1巻出版記念SS 「ある日の朝ギルの光景」
※50話~100話の間くらいのお話です。1巻の少し後くらいのSSになります。
《朝ギルの光景 鑑定係の場合》
非常識で不条理です。全くもって意味不明、聞かないとわからないのに聞くと絶望的にわからない、正体不明の意味不明。
「いやはや冒険者ギルドなのにいつ見ても掲示板の内容が変わらない冒険心が感じられない安定の掲示板なんだけど、一体全体いついかなる時に掲示板に新しい依頼が掲示されるのか探究心で探検に来たんだけど探検者ギルドじゃなくって冒険者ギルドなんだから暴挙なくらい依頼を貼ろうよ? みたいな?」
黒髪の少年、遥さん。どこから来たのかと聞けば森と答え、出身地を聞くと遠い異国と答える。その風貌は見たこともない黒髪黒目、漆黒のように深い黒瞳とつややかな黒髪の、子どもっぽいけど16才だという異邦人。そして、それ以上に常識破壊の異常人。
「冒険者登録していないからこっそりと来るとか言ってたお話は一体何処へ行ったものやら、何で毎日毎日冒険者ギルドで大騒ぎしてる人からこっそり感が感じ取れるのか是非是非お聞きしたいものですが……コッソリ!! 少しの欠片の一部の破片程度で良いからひっそりとこっそりとして下さい!」
そして先輩が日に日に応対に慣れてきている。ほんとうにこの人が現れてからどれだけの魔石を鑑定したでしょう。ゴロゴロゴロゴロと毎日毎日どれだけ魔物を虐殺しているのやら、専門鑑定士は私一人なのにドンドコドンドコと魔石を積み上げては支払いはある時払いで帰っていく……また残業だ。
「だってお金がなくって困った貧しい少年がこっそり毎日見に来てるのに、何で全くがっぽり稼げる依頼が一件もないどころか一回たりとも仕事の内容が変わらないのかこっそりしてても叫ばずにはいられない熱い衝動があっちこっちとあっちっちに駆け巡ってるから掲示板のせいで、俺は全く悪くないんだよ? うん、掲示板を憎んで俺を怒らず? 全く掲示板には困ったものだ?」
ギルドの長であっても、辺境の領主オムイ様の前であってもこの調子で全く名前すら覚えないで知らないおっさんとして面倒そうに喋り、それを笑って……寧ろかしこまるように聞く辺境伯様とギルド長……辺境の生ける伝説の2人が対等か、まるでそれ以上の相手のように話す姿が……意味不明極まりない。
「だから騒ぐなこっそりしろと申し上げているのに何で全く欠片の反省もなく非ぬ罪を掲示板に放り投げちゃってるんでしょうか? 何で毎日毎日冒険者ギルドの有り金を持って帰っているのに朝には必ず貧乏なのかこそを悩んで下さい! それこそが悩むことで冒険者じゃない方が冒険者ギルドで探検者ギルドの掲示版問題で悩まないで下さい! 悩むならせめてこっそり隅っこで悩んでて下さーーい!(ぜー、ぜー、ぜー)」
でもあれは心から笑っている、先輩も辺境伯様もギルド長も。言葉は困惑で光景は荒唐無稽、だけど溢れ出している思いは嬉しさと感謝。そして万謝の想いと慚愧に堪えない悔しさを滲ませていますが、その万感の思いは憧憬にすら見える笑顔。
困った問題児な重要人物。だけど「ちゃんとボーナス出してあげてね」と言ってくれるし、差し入れのお菓子も素晴らしい美味! だけど迷惑でそれでも恩人でなのに困ったもので、意味不明な歩く大迷惑が毎朝毎晩訪れる。
どうしたものかと一緒にいる黒髪の美人さんたちに聞くと、あれはどうしようもないもので「立てば災厄、座れば地獄、歩く姿は大迷惑」何だそうですが、言い得て妙でピッタリです。
だから誰もが困りながら笑う。だけどみんなが想いを言葉に出来ず当惑する、だからこそ聞こえてくる言葉は意味不明の大騒ぎなのにその目は感謝にあふれて光景すらが意味不明なんです。口では罵りながら目は称える、怒って追いかけ回しながら瞳は焦がれる、呆れ顔でヤレヤレしながら誰もが嬉しそうで全てがあべこべな演劇みたいに意味不明な喜劇みたいに。
「あ、罪のない通りすがりに寄ったら迷宮だったみたいだったって言う全く無実で不幸な事故が今日は2回起きたから魔石がいっぱい落ちてたんだよー、ヨロ?」(ドサドサズサササッ、ドガガガガ……ドッサリ?)
悲劇でした! 笑ってる場合じゃなかった、またやらかしやがってます。毎日毎日高位の冒険者以外は立入禁止の迷宮に、罪のない通りすがりで無実と言い張る罪悪感のなさで不幸な事故を連発で多発して今日は2つだけだったそうです。
辺境の悲劇が2つも消え去り、私の残業に変わったようです。迷宮には魔物が居るんです、魔石は落ちてないんです、何処かの誰かが皆殺しにしないと魔石にはならないんですよー!
皆が頭を抱えながら笑みを浮かべる。嬉しさとも呆れともつかない溜息とともに迷宮対策会議が始まるんです……会議自体は定期的にやっていましたが最近では毎日です。毎日毎日迷宮の地図が書き換わる、殺せない最悪な迷宮たちが潰され回って殲滅されている。
大喜びの出来事なのにため息。その非常識さに呆れて、その凄まじさに憧れる冒険者たち、あれの真似したら死にますよ? あれはあれにしか無理ですよ?
そう、これは誰も知らない英雄譚、それは喜劇みたいに楽しい悲劇。
だって鑑定士の私にはわかります、分かってしまうんです。この少年はとても弱くてボロボロの身体だって。無理と無茶をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような歪な魔力に苛まれている、この少年の体を壊して苦しめているのはこの少年自身なんだって。
だから弱いのに魔石が山積みで魔の森は平穏で、村も街も襲われたという報告もない平和な日々が続く。その代わりのように壊れ果てたボロボロの黒髪の少年の身体だけが真っ赤に私の瞳に映る。
平和になった。それが一時のもので、まだ辺境には幾多の迷宮があり魔の森だけでは焼け石に水なのだとしても皆が笑える日が……そんな日が来るなんて。
こんな日がずっと続けばいいのに、こんな幸せな毎日が日常だったら良いに。だから本当は言うべきなのに、その少年はもうぼろぼろだって……もう、行かしちゃ駄目だって。
なのに夢見てしまう。ずっとこんな日が続くんじゃないかって、それが黒髪の少年と引き換えの幸せでも……だって言おうとすると、止めようとすると私の瞳を真っ黒な瞳が覗き込む。それは怖くて優しくて真っ黒な瞳、その目が何も言わせてくれない。何故だか大丈夫な気がしてきて、そんな訳ないのに、そんなはずないのに。
私は鑑定士ですから。私はあれは化物で、あれがどれほど異常なのかを視て知っていますから……あれがどれだけ無残に壊れているか知っています。だから笑えない、だから悲劇。そして終わらない残業……ボーナス貰っても使う暇ないじゃないですかー! あー、お休みが欲しい!!
「いやいや違うって言うか俺が迷宮に行ったんじゃなくって、俺が行ったところが迷宮だったんで寧ろ迷宮側の事故? だから俺は悪くない通りすがりのって縋ってないで歩いてたんだよ? どうしてこの分かり易い俺が悪くないという真実に基づいた理路騒然の論理ができないのかな? ロリじゃないんだよ?」
私にはそれは呪いにしか見えない。辺境の不幸とともに壊れていく呪い、毎日何十回何百回死ぬほど壊れても死ねずに闘い続ける呪われた運命なんて笑えない。
「誰がロリの話をしているんですか、誰が! こっそりのお話なんです、こっそり!! 知って居られますか、こっそりっていう意味を? コッロリとかごっそりとかじゃなくこっそりを求めているんです、こっそりと迷宮に行っちゃったことにしてるはずの人が、どうして迷宮に入るなり「おおっ!なんだここは! まるで迷宮ではないか! ん? あそこにあるのは…ありゃ、魔石だ~! 見てくれ~! 迷宮中の魔石だ~! 道を歩いていてとんでもないものをみつけてしまった!…どうしよう(某)」って騒いでたと報告が来ていますが、そのカッコ某は何なんですか!? なんで毎回それをやら無いと気が済まないんでしょうか? いちいち報告が来るんです! 迷宮も冒険者ギルドもこっそり!!」
街中が満ち溢れるほど豊かで幸せで、笑顔に包まれた幸福の世界の真ん中で、死よりも苦しい呪われた男の子が笑う。それは辺境の死の全てを一身に受け続けて、その死を魔物に撒き散らす魔物にとっての災厄。
私の中の理性が囁く、こんな御都合主義な奇跡みたいな毎日がずっと続くはずはないって。だって私の鑑定能力が告げる──この少年はもう……。
それでも私の心が叫ぶ。絶対に大丈夫だって、きっと大丈夫に決まってるって、だって、だって……そうじゃないと悲しすぎるって……そんな残酷なことって許されないって。
そして少年だけが真っ赤な「鑑定不能」の壊れた身体のまま笑う。まるで壊れ果てた道化師の人形で演じられる喜劇みたいに歪な光景。それは誰もが幸せに笑う喜劇で、誰も壊れ果てた少年を知らない残酷な悲劇。
こんな能力なんてなければ良かったのに、そしたら私も一緒に幸せに笑えたのに。もし、もう戻ってこなかったら……あの砕け散りそうな身体が迷宮で砕け散ってしまったら……私は……って思っているのに、また同じ日が始まる?
笑い顔と怒声と大量の魔石と黒い瞳、まるで楽しい夢みたいな毎日がずっと続くような幻想──夢にまで見た平和な日常。
「じゃあ、こっそりと迷宮とか迷宮王とかをごっそり地道にぽっくり葬って偶然魔石を拾ってくるしか無いのかー、儲からないな?」
「こっそりです! 宣言も断言も宣誓も明言も公言もしないでこっそり行ってこっそり帰って来て下さい! 」
扉が開き、逆光の中を黒髪と黒衣の少年が光に溶けていく、消え去っていく。それは幸せな光景で、だからこそ悲しくて苦しい……夢みたいな毎日の始まりの毎朝の光景、そして今日も一日が始まる。
皆様のお陰を持ちまして、オーバーラップ文庫様から2018年1月25日に発売となりましたm(_ _)m。
「ひとりぼっちの異世界攻略 life.1 チートスキルは売り切れだった」
著:五示正司 イラスト:ぶーた様
発売中でOVL様HPにて特設サイトも公開されております、そんなわけで1巻より少し後の風景を。
ど素人の大迷走なお話を読んで頂いた上に沢山のレビューを書いて頂き、本当に沢山の方々からブックマークや御評価を頂き、感想欄では誤字脱字からステータスまで皆さんに修正していただいて本当にありがとうございます。
もう只々恵まれ過ぎて皆様への感謝で一杯です、重ね重ね本当にありがとうございます。
五示正司m(_ _)m