53-10 幕間十 老君と礼子
資料集も含めて2000話目となりました。
これも応援してくださっている皆様のおかげです。
そして2000回記念SSを『スピンオフ』の方にアップしました。
併せてお楽しみください。
来るべき未来に、仁を400年前へ帰さなければならないという使命を帯びた老君は、そのための準備に手を尽くしていた。
『……今の能力でも不足ですね』
仁により何度も改造され、そのたびにその性能を向上させてきた老君だが、時間を超えるという途方もない作業には、まだ能力が足りないと感じていた。
幸いにして、『オリジナルの』仁が、最晩年にリミッターを外してくれたおかげで、自己改造という手段がとれるようになっていたのだ。
これは、『オリジナルの』仁が、400年後のことを考えると同時に、自分の『後継者』を見つけるための措置でもあった。
記憶容量は度重なる改良によって十二分であったが、情報処理能力がぎりぎりであると判断したのだ。
『これ以上の能力向上は難しいでしょうか』
老君は、それまで行ってきた作業を一旦止めてでも、この機能向上に賭けるつもりであった。
『クロックアップと並行処理。他にいい方法はないものでしょうか……』
細かいことであるが、OSの改良や、処理の最適化なども行ってはいるが、その効果は数パーセントに留まっていた。
『せめて、倍に上げたいですね……』
パソコンでいうところのクロック周波数に関しては、限界近くまで上げられていた。
その限界値は、使われている魔結晶の純度や属性に左右される。
老君の頭脳には、手に入る限り最高品質のものが使われていた。
『考え方を変えてみましょう。自由魔力素波の周波数を変えられないならば、伝播速度を上げられないでしょうか』
自由魔力素波も、電気と同様に媒質によって速度が変わる。だがそれは、実用的な材質では数パーセントしか変わらない。
『実用的でない素材はどうでしょうか』
老君が思い至ったのは『ハイパー』系素材である。
『ハイパー』系素材とは、分子圧縮した素材全般を指す。
『密度が上がった場合、自由魔力素波の速度は……』
かつてサキが非常に精密な実験を行い、自由魔力素波は縦波に近い性質をもっているらしいことがわかっている。
そして縦波の速度は媒質の密度が高くなると遅くなり、また媒質の弾性率が低くなると(硬くなると)速くなる。
『これです!』
老君の考えはこうである。
密度が倍になった『ハイパー』魔結晶は、情報密度も倍になる。つまり、同一構成の魔導頭脳を半分の大きさで作れることになる。
そして、圧縮されたがゆえに弾性率は低くなり、伝播速度は速くなる。密度の増加による速度低下と相殺し合い、事実上自由魔力素波の速度が上がったのと同じ効果が得られる。
老君は、実用的な『ハイパー』魔結晶の圧縮率を実験で検証していった。
そして、密度8倍程度の『ハイパー』魔結晶が最も実用的であると判断する。
それ以上の圧縮率だと、魔導式を書き込むことが難しくなるのだ。
『速度低下は半分で済みますから、クロックが4倍になったことになりますね』
もちろんこれは理論値であり、情報バンクとのやり取りを含めて総合的に見ると3.5倍くらいとなった。
『それでも十分です』
既に驚異的な処理能力を誇った老君が、さらに3.5倍の性能アップをする。
これは途轍もないことであった。
『性能は、高いに越したことはありません』
重力が大きいほど、時間がゆっくり流れるということは、仁からも教えられて知っていた。
そこで老君は、重力制御魔導装置を使い、己の周囲の重力をほぼ0にする。これで0コンマ00何パーセント、くらい効率が上がると考えたのだ。
こうした大小の工夫を凝らし、最終的にはトータルで5倍の性能アップを果たした老君は、改めて仁を400年前に帰す研究を再開したのであった。
* * *
そしてまた時は流れ、世界では『魔法連盟』が台頭しはじめていた。
「老君、そろそろわたくしは眠りに就こうと思います」
ある日礼子が老君にそう持ちかけた。
礼子は、先日まで仁の子孫たちを見守っていたのだが、もう心配いらないだろうということで別れを告げ、蓬莱島に戻ってきていたのだ。
彼らには、老君が用意したゴーレムメイドも付いているので安心だった。
『そうですね、礼子さん。以前御主人様からお聞きしていたように、貴女は彼の地で眠りに就く頃ですね』
彼の地——ラシール大陸の最西端。
仁から聞いていた場所。
そこに、アダマンタイトのカプセルに入って、仁が訪れるのを待つのである。
ある意味、歴史の必然ともいえる。
「おそらく、このあたり」
仁から聞いていたとおり、蓬莱島を小さくしたような地形が見つかった。
「これが蓬莱山……とすると、この辺が研究所ですね」
礼子は内蔵『魔素通信機』で老君に連絡を取った。
20秒でカプセルと『職人』2体が転送されてきた。
協力してその場所に深い穴を掘り、アダマンタイトのカプセルを設置した。内部にはエーテノールを満たしてある。
「では、あとのことをお願いします」
「はい、お嬢様」
工学魔法によりアダマンタイトのカプセルに穴が空く。礼子は内部に潜り込んだ。
すぐ、『職人』たちによって穴は塞がれた。
真の闇の中で礼子はまどろむ。
(お父さま、お待ちしております……)
敬愛する仁に再び会える、その日を夢見て。
* * *
礼子を埋めた『職人』たちは、迎えに来た『スカイ』たちの『ペリカン』に乗って蓬莱島へ戻った。
『さて、この後、『魔法連盟』が攻めてくるわけですね』
仁を400年前に送り返す準備をほぼ整え終えた老君は、『守り』の体勢に入る。
「先代様がお作りになり、御主人様が発展させたこの蓬莱島を、不逞の輩に蹂躙させは致しません」
そして数々の防衛措置をとっていく老君。
だが、1歩……いや、半歩遅かった。
空から、巨大なゴーレムが落下してきたのである。
50隻を超える飛行船によって吊り下げられていたらしい。
そして『認識阻害』の結界によって、ここまで侵入を許してしまったようだ。
『ゴルバート・マルキタス……侮れませんね』
巨大ゴーレムは研究所を破壊すべく、その腕を振り上げた。
『まったく、スマートではありませんね。……しかし、その力が未知数な以上、危険は冒せません』
仁が精魂込めて仕上げた研究所は、ゴーレムによる打撃程度で傷つくとは思えなかったが、老君は大事をとった。
研究所を『物理障壁』で覆い、周囲に『魔導無効化結界』を張ると同時に、研究所周辺の自由魔力素を無効化したのである。
当然、ゴーレムは停止する。
『……やれることは全てやりました。あとは御主人様がおいでになるその日をお待ち申し上げるだけですね』
そうして老君は、その活動レベルを最低限にまで落としたのだった。
* * *
そして大陸暦3899年9月13日。
「老君!」
待ち望んでいた仁の声が聞こえた。
『はい、御主人様』
362年ぶりに、老君は仁に再会したのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/ です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
20180909 修正
(旧)どうやって運んだのか。辛うじて老君はそれを行った。
(新)(削除)
20180910 修正
(旧)
かつてサキが非常に精密な実験を行い、密度が2倍になった場合、速度は2の三乗根分の1になることがわかっている。約0.79倍……2割減、といったところだ。
『これです!』
老君の考えはこうである。
密度が倍になった『ハイパー』魔結晶は、情報密度も倍になる。つまり、同一構成の魔導頭脳を半分の大きさで作れることになる。
だが、自由魔力素波の速度は2割減で済む。つまり、事実上自由魔力素波の速度が上がったことになるわけだ。
(新)
かつてサキが非常に精密な実験を行い、自由魔力素波は縦波に近い性質をもっているらしいことがわかっている。
そして縦波の速度は媒質の密度が高くなると遅くなり、また媒質の弾性率が低くなると(硬くなると)速くなる。
『これです!』
老君の考えはこうである。
密度が倍になった『ハイパー』魔結晶は、情報密度も倍になる。つまり、同一構成の魔導頭脳を半分の大きさで作れることになる。
そして、圧縮されたがゆえに弾性率は低くなり、伝播速度は速くなる。密度の増加による速度低下と相殺し合い、事実上自由魔力素波の速度が上がったのと同じ効果が得られる。
※元の文章ですと相対的に速度変わっていません……orz