51-14 長老の家
仁はまず、700672号の『家』を作ることから取り掛かることにした。
この惑星ヘールの『長老』的な存在であるから、敬意を表したのである。
「済まぬな、ジン殿」
「いえ、いいんですよ」
工事を行っているのは職人101から300までの200体。
文字どおりあっという間に基礎工事を終えてしまっていた。
今は、石窟の工事を行っているところだ。
「わあ、早い」
ネージュとルージュもそれを眺め、はしゃいでいる。
おとなしい印象の2人だったが、ここヘールに来てからというもの、明るく活発になった印象を受ける。
やはり屋内から屋外へ出たことが影響を与えているのだろうか、と仁は考えている。
石窟が作られているのは、一枚岩が屹立している岩壁だ。
「おそらく、ずっと昔に石材を切り出したんだろうな」
垂直に切り立つ岩壁を見上げながら仁が呟くと、それを聞きつけた700672号も、
「うむ、そうに違いないな」
と頷いた。
何千……、いや、おそらく1万年を超える歳月が流れ、石切場だった岩壁も自然の景観に溶け込んでいったのだろうと、仁はしばし悠久の過去に思いを馳せた。
閑話休題。
そんな岩壁に、職人たちは穴を穿っていく。
『強靱化』を掛けながらなので、少し時間は余計に掛かるが、より安全な住居ができる。
余計に、とはいっても1分間に10立方メートルくらいの石を掘削しているので、数時間で基礎工事は終わりだ。
「わあ、かっこいい」
石壁側は、地下2階地上3階建て、プラスアルファ。
プラスアルファというのは……岩壁の高さが50メートルほどあったので、展望室とでもいうべき部屋を45メートル付近に設けたのだ。
螺旋階段とエレベーターを付ける予定である。
地下は広く取り、研究室と倉庫、それに700672号の書斎というべき居室にする予定。
つまり、アルスにある『白い部屋』を再現する予定なのだ。
こうしておけば、ネージュやルージュもホームシックに掛かりにくいだろうと仁は考えたのである。
というのも施設時代に、何人かの子供たちが引き取られていったわけだが、そんな子たちの何人かは引き取られた先にすぐには馴染めず、たまに施設に戻ってきては安らいだ顔をしていたことを思いだしていたのだ。
慣れ親しんだ環境というのは、例えそれが他人から見てあまりよいものでなくても、当人にとっては居心地がいいもの……らしい。
「これは……確かにいいな」
700672号も、その地下の1室が『白い部屋』と同じ大きさであることに気が付き、同時に仁の意図を察していた。
この部屋に関しては仁からのサプライズプレゼントであったのだが、もうばれてしまったようだ。
「内装は吾がしよう」
なので700672号はそう言いだした。
「……お願いします」
仁は、他の部屋を見回ってみる。
今は階段を使うが、最終的にはエレベーターも設置する予定だ。
地下2階が倉庫で、食料や素材ごとに部屋が分かれている。
そして地下1階が『白い部屋』。小型の転移門もこの階層に設置する。
1階は玄関ロビー、倉庫、空き部屋。
2階は居間、客間、空き部屋。
3階も居間、客間、空き部屋。
そしてそのずっと上に展望室がある。
ネージュとルージュ用の『子供部屋』も作ろうと思っているが、今のところ彼女たちの希望が決まり切らないので保留。
……となっている。
職人たちは、石窟の方があらかた終わったので、『家』を建て始めていた。
こちらは地下1階、地上2階のこぢんまりした家だ。
近くで採れた石材を使い、色彩的に違和感なく仕上げる予定。
ちなみに、このあたりの岩は『珪岩』と呼ばれる硬くて緻密な岩だった。
それに『強靱化』を掛けているので耐久性は問題なし。
1時間で形ができていく『家』を見て、700672号は感心するやら呆れるやら。
職人200体が働いているのだから当然と言えば当然だが。
「こちらはどう使えばいいのだろうな?」
こうした家での生活をしたことがない700672号なので、当然の疑問だろう。
「そうですね、今はともかく、将来的にはお客さんを泊めたり、何か会合みたいな集まりを開く際に使えばいいんじゃないでしょうか」
700672号にはこのヘールの『長老』として相談役的ポジションになってほしい、と仁は言った。
「なるほどな。吾としては、それは構わない」
「ありがとうございます。では、これからは『長老』と呼ばせていただきます」
そして、『家』の方は職人101から200に任せ、職人201から300は、ドームの建設に取り掛かった。
「おお!」
こちらの作業も早く、さすがの700672号……長老も思わず声を上げたほど。
「ドームそのものはキュービックジルコニアではなくダイヤモンドにしますけどね」
ダイヤモンドの方が、ジルコニアに比べて構造が簡単なことと、炭素だけでできていることから、『結晶化』で合成できるのである。
「ほう、興味深い」
長老はそのやり方について熱心に仁に尋ねた。そして、
「……よくわかった。そんな途轍もないことができるのはジン殿くらいだということもな」
と、微笑みながら感想を述べたのであった。
『ドーム』の大きさは直径10メートル、高さ5メートルの半球状。『強靱化』処理した、厚さ10センチのダイヤモンド製。
出入り口は地下に設け、地上部からは出入りできない。地下1階で『家』、『石窟』と繋がっている。
転移門も設置してあり、閉じ込められないよう安全措置が施してある。
内部は空調完備。換気、温度、湿度をコントロールできる。
……と、ここまでが仁の指示によるもの。
「内部をどうするかはお任せしますよ」
「うむ、ネージュとルージュにも聞いて、あの子らの気に入るようにしていこう」
元々、その2人の要望により作っているのだから、当然と言えば当然である。
「ここは談話室とか、のんびりできるスペースにしたらよさそうですね」
仁が思いつきを口にすると、長老は頷いた。
「うむ、あの子らもそんなことを言っていたな。のんびり過ごせる場所がいい、と」
「そうですか。なら、やっぱり中は……」
仁としてはインテリアに植木類を置き、ふかふかの絨毯にソファ、テーブル、それにロッキングチェアをイメージしている。
重厚な木製の本棚があるとなおよし。
だがこれは仁の嗜好なので口には出さない。この後、自分用の住居……別荘? を作る際のイメージだ。
「どうするか、考えるのは実に楽しいな」
長老の顔がほころんでいる。それを見た仁も満足であった。
「あとは周囲に少し木を植えましょう」
実の生る木は桃やリンゴなど。花の咲く木は桜や椿などを。
「おお、それはいいな」
土壌改良も進んでいるので、この付近ならそうした樹木は問題なく育つであろうと思われた。
こうして、仁と700672号……長老は住居を整備していくのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20190106 修正
(誤)岩壁の高さが50メートルほどあったので、展望室でもいうべき部屋を45メートル付近に設けたのだ。
(正)岩壁の高さが50メートルほどあったので、展望室とでもいうべき部屋を45メートル付近に設けたのだ。