第二十二話:【創造】と【絶望】と
【絶望】の魔王に巣くっていた【黒】の魔王を排除し、ベリアルをアヴァロンに連れてきている。
【粘】の魔王ロノウェの粘液、それもアウラが改良した特別製を使い、クイナの炎弾でできた穴を埋めたおかげで一命をとりとめた。
だが、危ない状況だ。
今は黄金リンゴが実る【始まりの木】があり、医療設備が整っている屋敷でアウラに治療させている。
アウラの邪魔になってはいけないので、俺たちは別室で待っていた
……彼の魔物たちに情報を伝えるべきだろうが、主を瀕死に追い込んでいる。
敵だと認識され、戦いになってしまえば無駄な被害がでるし、時間も奪われる。
治療が遅れればそれこそ最悪なので、黙ってベリアルを連れてきた。
クイナが頬を膨らませる。
「おとーさんが教えてくれていたら、もっと手加減したのに」
「【黒】の魔王が戻れない状況を作る必要があった。せっかく、外に引っ張り出したのに【絶望】の魔王の体に戻られても困る。それに、クイナが知らなかったこそ騙せた。クイナはよく約束を守ってくれた」
何があっても、クイナにベリアルを殺すなと言っていた。
もし、クイナが手加減なしに炎を放っていたら灰すらも残らなかっただろう。
クイナが約束を守り、殺さないと思ったからこそ、あんな賭けができたのだ。
「やー。でも、おとーさんに大怪我させたと思ったから、九割殺しぐらいにしたの」
九割殺し、冗談でなくそれぐらいだった。
超一流の癒し手と、改良した粘液がなければ殺してしまっていただろう。
しばらくクイナと話しているとアウラが戻ってきた。
「ベリアルは大丈夫か?」
「はい、峠は越えました。傷跡は残りますが、後遺症などはないと思います。ぎりぎりでしたね」
「ほっとした。よく、あの状況から持ち直したものだ」
アウラの能力とロノウェの粘液、その両方がなければ不可能だっただろう。
「たぶん、明日には目を覚まします。黄金の気が満ちるこの屋敷に留まり、私がほぼ付きっ切り、最高級の黄金リンゴポーションを惜しみなく使うという条件なら、一か月ほどで完治するという見立てです」
「構わない。彼は俺の恩人だ。彼の治療を最優先してくれ」
「かしこまりました。その条件なら絶対に癒してみせます」
ベリアルが回復するようで一安心だ。
あとはアウラに任せよう。
◇
翌日の昼頃、ベリアルが目覚めた。
目が覚めただけで、上体を起こして話すのが精いっぱいだ。もう少し回復すれば話そうと伝えると、今がいいと引き留められた。
彼は苦痛で顔を歪めながら口を開く。
「【創造】の魔王プロケル、【黒】の魔王から僕を解放してくれて感謝するよ」
「プロケル様は止めたのか」
「……気味悪そうにしていたからね。ただ、君に敬意を持っているのは本当だよ。君は昔の僕と同じ道を歩きながら、別の結末を掴んだ」
悔しさと、憧れが入り混じった複雑な表情を浮かべてベリアルは俺を見る。
「マルコ……【獣】の魔王マルコシアスから聞いた。かつて、ベリアルは俺のように新人魔王の中でも突出した力を見せて、あっという間に先輩魔王たちにも追いつき、その結果、目を付けられて潰されかけた」
「その通りだ。僕はあのとき、強くなることしか考えてなかった。勝つことが楽しくて、ただがむしゃらに力を求めて、その結果疎まれた……そして、君と違って僕を疎む連中と戦う勇気もなく、生き残るために他人の力にすがってしまったんだ」
今でもそのことを悔いているのが、苦々しい口調だ。
「その結果が、【黒】の魔王の傀儡か」
「そうだ。【黒】の魔王は僕にこう言った。『しかるべき援軍を用意してやる。その代わり、もし新しい体が必要になったらその体を差し出せ』。僕はその条件を飲むしかなかった。……そして、とうとうその時が来てしまった。後から知ったことだけど、そもそも僕を倒そうと魔王たちが集まったのは【黒】の魔王が仕組んだことだった」
えげつない手を使うものだ。
【絶望】の魔王ベリアルはAランクの若い魔王かつ、所有する能力が有用であり、延命のための体として、どうしても欲しかったのだろう。
そして、次の得物は俺だったというわけか。
ベリアルのときと同じ手口、新人潰しのために徒党を組んで絶望的な状況に追い込み、その隙を突く。
単純な手だが、それ故に対策が難しい。
心の闇に住みつく【黒】の魔王は次々に有力な魔王の体を渡っていき、力をつけ続けながら永遠に生きていく。
今思えば、恐ろしい相手だった。
ここで始末できたのは僥倖だ。
「事情は分かった。一つ、気になることがある。どうして、俺を助けようとした。……盗聴器に気付いていたのだろう? 気付いたうえで、いろいろと吹き込んでいた。加えて俺が違和感を覚えるようにわざとらしい口調をしたり、場にそぐわない表情を見せてくれた」
あの部屋で、盗聴器を聞いていたときには驚いたものだ。
一人ごとに見せかけて、ベリアルがいくつものヒントを意図的に吹き込んでいた。
あの場で真相を掴めたのは盗聴器を聞いたからと言うのが大きい。
……まさか、盗聴器に気付く魔王がいるとは驚きだ。
「【黒】の魔王が、僕の心を残していたのは、心を読み取る魔物を警戒したからだが、直接的に裏切れば、あいつは僕の心を完全に黒く染め上げていたた。奴に悟られないように必死だった。そうまでして、君に気付かせようとしたのは、利用されるのは僕で終わりにしたかった。それに、僕を嵌めたあいつに一泡吹かせてやりたい。言うならば意地だよ」
「変な奴だな。普通なら、俺に【黒】を押し付けて自分は解放される。そう考えるだろ?」
「そう考えもした。だけど、そっちよりもこうしたほうが僕らしい」
きっと、根が善人なのだろう。
彼のことは嫌いじゃない。
そして、頭が良く、忍耐力もあり、戦力としても申し分ない。仲間としては理想的だ。
「納得したよ。改めて聞きたいことがある。俺に近づいたのは、【黒】の魔王のためだが、これからも仲間でいるつもりはあるか?」
「いくら、君のためにヒントを出したからと言っても、僕は敵だったんだぞ?」
「それでも俺を助けようとしてくれただろう。だから、改めて誘いたい。俺と共に戦ってくれ。【絶望】の魔王ベリアル」
俺は手を伸ばす。
彼は悩んでいる。
それは俺に対する引け目からだろう。
「ベリアル、言っておくが。別にこの提案を断ったとしてもベリアルは恩人だ。治療を打ち切ったり、報復をすることはない。【創造】のメダルを返せというつもりもない。だから、ベリアルがどうしたいか。それだけで答えてほしい」
ベリアルは苦笑する。
そして俺の目をまっすぐに見つめた。
「……まったく、僕もたいがいお人よしだと思ったけど、君はそれ以上だな。逆に断り辛くなった。いいよ。いや、僕から頼もう、君の派閥に入れてくれ【創造】の魔王プロケル。僕がたどり着けなかったその先まで、君とならいける気がする」
ベリアルが俺の手を握る。
瀕死の重傷だとは思えない力だ。
これで、彼は真の仲間になった。
怪我がもう少しよくなったら、ロノウェやストラスとも引き合わせよう。
「プロケル、早速だが頼みがあるんだ」
「なんだ?」
俺がそう言うと、彼は【収納】していた魔物を取り出した。
彼の【誓約の魔物】、堕天使ルシフェルのユーベルだ。
「この子を僕のダンジョンに連れて行ってくれ。きっと、みんなが心配している。この子は特別でね。【収納】されていても外の状況はわかっている。彼女が戻れば、みんなにうまく説明してくれる」
ユーベルが優雅に一礼をする。
「ベリアル様の窮地を見守るしかなかったのは辛かったですわ。ご無事で何よりです。【創造】の魔王プロケル様。ベリアル様を【黒】の魔王の呪縛から解放していただき感謝します。ベリアル様の魔物一同を代表して礼を申し上げます」
一瞬、主を瀕死に追い込んだことで恨まれているかと思ったが、その心配はなかったようだ。
「いいだろう。【転移陣】は残してある。……ティロ、来い」
「がうがう!」
居間で寝ころんでいたティロが走ってきた。
「この子に送らせよう。それから、ベリアルは完治まで一か月は、俺のダンジョンに居たほうがいい。アウラ以上の治癒能力を持つ魔物がそちらにいれば話は別だが、どうだ?」
「ここで世話になりたい。僕の魔物には、あの重傷を一日でここまで治すような魔物はいないからね」
「わかった。なら、ユーベル。魔物たちにそのことを伝えてくれ」
「かしこまりました。では、可愛いわんちゃんをお借りしますわ」
「がうっ!」
ティロが転移陣を描き、【絶望】のダンジョンに残してあった【転移陣】へとユーベルと共に飛んでいく。
これで一件落着というところだ。
「……そろそろ体力の限界だ。僕は寝る。改めてよろしく、プロケル」
「ああ、こちらこそ頼む。ベリアル」
ベリアルが眠りにつく。
仮面を外したベリアルの話し方は理知的で、あのうっとうしく軽薄な口調とは程遠い。
だけど、こうなると不思議とあの話し方が懐かしくなるから不思議だ。
「さて、一件落着か」
ようやく、【夜会】に集中できる。
プロケル派閥のお披露目だ。
綿密に打ち合わせをしよう。
あの創造主のことだ余興をやれなんて言い出すかもしれないし、そのあたりのこともマルコから聞いておこう。
……それから大事なことを忘れていた。
「そろそろ【ランクアップ】の使用期限か。使いどころがなくて、すっかり忘れていたな」
創造主から与えられたご褒美。
そして、一定期間以内に使わないと罰則があると言われている。
さて、どうしよう。
リスクのあるものを、クイナをはじめとしたアヴァロンの切り札たるSランクの魔物たちに使うことはありえない。
かと言って、Bランクの魔物たちを実験台にするのも気が乗らない。
【夜会】と合わせてしっかりと検討しよう。