第十話:アヴァロン・ジュエルとロロノのお願い
【豪】の魔王との戦いで、ロロノが作り上げれた新型アヴァロン・リッターの三機。通称三騎士は大破させられた。
そして、大破した三騎士を俺は【覚醒】状態でのみ使える能力【創成】によって、進化した。
装いを新たにした三騎士は、いくつかの新技術、そして新素材によって強化されている。
それはオリハルコンすら凌駕する魔法金属。
軽く、魔力適応が以上に高く、硬度に優れ、魔法攻撃に対しての耐性も優れている。
夢のような魔法金属でありながら世界最高の鍛冶師たるエルダー・ドワーフのロロノですら存在を知らない金属だった。
戦いが終わってから、ロロノは進化した三騎士たちを解析をし、同時にどうにか入手をできないかを考えていた。
そして一つの可能性に考えが至る。
……【創成】によって新魔法金属が生み出された。
であるなら魔王の力で作ることができる金属のはず。
魔王の力に比例して強力な金属が採掘できる【鉱山】で採掘できてもおかしくないのではないか?
だが、そう甘くはなかった。
すでに【豪】の魔王との戦争後に徹底的な地質調査を行ったが新魔法金属は存在しなかった。
俺自身と俺が繋がっている【制約の魔物】たちのレベル上昇によりオリハルコンの採掘量は増したが、それだけだった。
今日、行うのは新たな実験だ。
俺が【覚醒】している状態であれば、魔王の力が大幅に増して採掘できる素材が変化するかもしれない。
【創成】で新魔法金属を生み出したときも【覚醒】状態だった。鍵はそこにある。
【鉱山】の場合、【鉱山】全体での埋蔵量は決まっており、一日に一度、埋蔵量がリセットする仕組みだ。
その資源がリセットするタイミングで俺が【覚醒】を維持していれば、リセット後の資源が変わるはず。
そうロロノが仮定し準備を進めており、協力を頼まれており……うっかり後回しにしてしまった。
うっかり以外にも、この実験を即座にできなかったのには理由がある。【覚醒】は消耗が激しい。
持続できるのは数分が限度だ。ピンポイントで鉱山資源がリセットするタイミングを狙う必要がある。
ロロノは【鉱山】が回復するタイミング予兆をつかみ取る装置をここ数日開発しており出来たのは数日前。
その装置の横に俺が張り付き、予兆を感知したら即座に【覚醒】をすることで実験をする。
◇
「マスター、お茶」
「ありがとう。ロロノ」
【鉱山】で俺たちは、【鉱山】を採掘し続けるゴーレムたちを見ながらロロノが開発した予兆を感知するセンサーの隣で、優雅に座りながらお茶とお菓子を楽しむ。
空を見上げると、グラフロスたちが全力飛行をしていた。
飛竜レースで勝つためのトレーニングだろう。【森】での食べ放題がかかっているため、みんな必死だ。
グラフロスを見て思い出した。堕天使ラフェロウの二ランク下の魔物の力を試せないとな。
カタログだけ見たが、【人】を使用していないせいか、人型の魔物ではなく聖鳥型、【渦】も購入可能だった。
アヴァロンの主力の一体になるかもしれない。
「ロロノ、進化した三騎士の解析は進んでいるのか?」
「ん。性能評価は一通り終わった。用いられた技術もほぼものにした。斬新すぎる発想。ちょっと嫉妬した。……でも、それをさらに前に進めることができそう。この技術は量産型のほうにもフィードバックする」
さすがだな。
新居の準備、センサーの開発と並行しながらやるべきことをしっかりやっていたか。
「新しい魔法金属が手に入れば何をしたい?」
「武器を作る。【機械仕掛けの戦乙女】。あれの性能をさらに上げる。【豪】の魔王との戦いで確信した。今の【機械仕掛けの戦乙女】じゃ性能不足。クイナもアウラも成長して強くなり続けてる。このままだと、私だけが置き去り。私も強くなる。それが終われば、クイナとアウラの新武装を作りたい」
「楽しみにしている。出来たら、見せてくれ」
「もちろん。……手に入る前提で設計を始めてる。今日の実験がダメなら、三騎士のうち、どれか一つぐらい解体して素材にするかも」
真顔でロロノがつぶやく。冗談ではなく本気だろう。
最高の錬金術士として、なんとしても新たな素材と格闘してみたいようだ。
それから、ロロノとゆっくりと語らう。
資源のリセットの時間はランダム。
ただ、一日のうち必ずどこかで行われるのは間違いなく、測定器は今日は一度も反応していないので気長に待てばいつかは来るはず。こういう時間も嫌いじゃない。
一生懸命俺と話すロロノは可愛い。
そして、それは来た。
隣のセンサーが激しく音を立てる。
「マスター、一分後にリセットが始まる。【覚醒】の用意を!」
「任せろ」
ロロノが興奮を押し殺した声をあげる。
俺たちの推測が正しければ、一分後の資源が回復するタイミングで【覚醒】していれば、魔王の力が大幅に引き上げられることで、魔王の力に比例した素材を採掘できる【鉱山】で新魔法金属が手に入る。
さあ、やろう。
「【覚醒】!」
魔力を高めていく。黒い衝動が体の中で暴れ出す。
その衝動に身を任せつつも、最後の一線だけはしっかりと手放さない。
醜く欲望に満ちた黒い俺すらも、目を逸らさず自分と認めて、乗りこなす。
背中が盛り上がり、黒い翼が這える。
目がらんらんと輝く。力が湧きあがる。
変身が完了した。
【覚醒】。
魔王たちが限界を超えた力を振るうために姿を変える切り札。
「ロロノ、まだ資源の回復は始まっていないな?」
「ん、まだ。あと三十秒。……二十秒……十秒……五、四、三、ニ、一、今!」
見た目には何も変わらないが、【鉱山】のそのものがうごめいた気がする。
「ゴーレムたち、全力で調査を開始!」
ロロノの指示でゴーレムたちが計測器を持って散開する。
新魔法金属探査用の器具も持っている。
オリハルコンとはまた別のパターンであるため、地下深くに埋蔵されているかを確認するためには、専用の装置が必要になるとロロノが言っており、開発したものだ。
「マスター、できるだけ【覚醒】の状態でいて。たぶん、埋蔵されている資源はすでに確定されているけど。念のため」
「長くはもたないが、可能な限りこの姿でいるさ」
脂汗がにじむ。
やはり、【覚醒】はしんどい。
それでも、新たな魔法金属を得られるのであれば、これぐらいはやってみせよう。
本当に頑張ったのはロロノだ。
今日のために、さまざまな準備をしてくれた
ロロノのタブレットから次々にゴーレムの持つ端末から情報が送られてくる。
凄まじい情報量をロロノは一瞬でさばいていく。
「どんな調子だ」
「……確実に【鉱山】の埋蔵物は変化している。オリハルコンの埋蔵量がいつもの倍近い。資源のリセットのタイミングで魔王の力の変化を反映させるっていう推論は当った」
「なら、【覚醒】した俺の力で新魔法金属が出るかどうかだな。【創成】で作れたんだ。【鉱山】に存在してもおかしくない」
「ん。こればかりは祈るしかない」
数百体のゴーレムに計測器を持たせて、しらみつぶしに【鉱山】を探していく。
ロロノがタブレットを操作し、映像を空間転写する。
【鉱山】の地図が浮かび上がる。
調査済みのところを地図上に×がついていく。
×が増え続けるだけで、一向に新魔法金属の発見はない。
ロロノが親指の爪を噛む。
二時間経った。
とっくに俺は限界が来て、通常の姿に戻っている。
もう、【鉱山】全体の八割が×に塗りつぶされてしまっていた。俺もロロノも諦めが頭によぎり始める。
その時だった、ロロノが目を見開く。
流し見していた膨大なデータの中から、とあるゴーレムが送ってきたものをピックアップし、拡大しデータを凝視する。
ロロノが笑った。
「間違いない、この反応。進化した三騎士に使われているのと一緒の金属! 父さん、あった! ちゃんとあった! 今回の実験は成功!」
ロロノが感極まって抱き着いてくる。よほどうれしいのか、マスターではなく父さんと俺を呼ぶ。
「……良かったな。これだけ頑張ったんだ。ロロノは報われるべきだ」
「良かった。本当に良かった」
声が涙ぐんでいる。安堵してロロノの体から力が抜けた。
倒れそうになるところを支えてやると、ロロノが恥ずかしそうに顔を赤くした。
その間にも、他のゴーレムから次々にデータが送られてくる。
地図がすべて埋まった。
無数の×に一つだけの〇。
新魔法金属が埋まっているポイントは、この広い鉱山でたった一か所だけ。
さすがは希少金属だ。
「マスター、ゴーレムから連絡が来た。新魔法金属の採掘が終わった」
「ゴーレムに新魔法金属を届けさせてくれ。見てみたい」
「ん。すぐに来させる」
地響きがし始める。
ミスリル・ゴーレムが光り輝く金属を抱えて走ってきて、俺たちの前に丁寧に、その金属を置いた。
その金属は白っぽい金色という不思議な色合いをしていた。
どこまでも滑らかな表面で、なによりすさまじい魔力を感じる。
持ち上げてみる。その軽さに驚く。軽く叩いてみると硬質な音が響く。
軽量性・魔力適応力・硬度・対攻撃魔術耐性、すべてに優れた夢のような金属だ。
「マスター、この金属はだいたい二キロ程度。広い【鉱山】で、一日たった二キロしか取れない」
「これでゴーレム作りは厳しそうだな」
「ん。だから武器の素材に優先して回す。武器なら二キロあれば、一つ作れる」
ゴーレムサイズになると、何十キロも素材が必要になる。
一か月かけてようやく一体と言ったところか。
「……それとマスター。たぶん、明日の資源の回復タイミングで、【鉱山】は元に戻っちゃう」
「だろうな」
なにせ、資源の回復タイミングで魔王の力をチェックするのだ。当然、いつもの俺なら、いつもの金属しか取れない。
「実験用、予備、修繕素材、それらを考えると、最低でもあと十キロはほしい……マスター、お願いがある。明日から一週間、お仕事は【鉱山】でして。一分前じゃないと資源の回復の予兆はつかめない。マスターへ連絡しているうちに時間切れが着そう」
俺の【覚醒】の所要時間は三十秒ほど。
センサーが反応したことにロロノが気付き、俺に連絡を取っていれば時間切れになるだろう。
ダンジョンはフロアごとに次元が断絶している。通信機器も使えない。一分では不可能だ。
「それぐらいのわがままは聞くさ。アヴァロンのためだしな」
「ありがと。マスター、大好き」
ロロノの眼はきらきらと輝いている。
新しい玩具が手に入ってご機嫌だ。何を作るのかを考えているだけで楽しみで仕方ない様子だ。
「そういえば、この金属になんて名前を付ける? オリハルコンの上の魔法金属なんて誰も知らないだろうしな。名前なんてものはない」
下手をすれば、俺以外まだ入手したことがないかもしれない。
……入手が難しすぎる。
変動Sランクの魔物三体を誓約の魔物として従えた魔王が、【覚醒】して力を増すことでようやく【鉱山】で現れる。
常時、【覚醒】していられる魔王なんていない。都合よく、資源の回復タイミングで【覚醒】をしている魔王なんていないだろうし、運よくタイミングがあっても広い鉱山で一か所でしか採掘できないため、取り逃し、次の日にはリセットされる。
そもそもSランク並みの力を持つ魔物三体を従えるなんて俺以外にはほぼ不可能だ。
「アヴァロンでしかとれないなら、アヴァロン・ジュエル。いろいろと面白い特性がある。金属っていうより魔石のほうが近い。……だから宝石」
「ジュエルか、ここまで希少だと確かにもう宝石だな」
いい名だ。
アヴァロン・ジュエル。
これから新たな切り札たちを生み出してくれるだろう。
「早速、アヴァロン・ジュエルを工房に持って帰って研究。次の補充があるなら、三騎士にできなかった、ダメにしてしまうかもしれない実験もできる」
ロロノが鼻息を荒くして、リュックにアヴァロン・ジュエルを詰めこんだ。
連日無理をして疲れているのに、本当にこの子は研究が隙だ。
俺は苦笑してしまう。
「そのまえに、食事にしないか。気が付いたら日が暮れている。腹が減った。久しぶりにロロノと二人で、外で食べたい。付き合ってくれ」
「ん。うれしい。マスターと二人っきり」
ロロノが俺の腕に自分の腕を絡ませる。
断られなくてよかった。研究優先と言われていたらへこんでいた。
この子は、研究も大好きだが俺のことも同じぐらいに大好きなのだ。
そのことを嬉しく思う。
今日は奮発しよう。
少しでも、この頑張り屋の娘に喜んでほしいし、疲れをとってあげたい。
確か、ロロノの大好物のエビ料理がうまい店があったな。
最高のエビ料理をお腹いっぱい食べさせてあげよう。