第九話:魔王様の新居
新たに生み出したSランクの魔物、堕天使ラフェロウの力を見せてもらった。
たしかに強力な魔物だがいろいろと欠点がある。
規格外の威力を誇る魔術が主要な攻撃手段なのだが、燃費が悪く、手加減や困かな制御が苦手ですぐにガス欠を起こす。
燃費の悪さを補うための魔力・生命力を吸収するための【黒光聖域】も、あれはあれで欠点がある。
近接能力に問題があるラフェロウが、たいして距離がない状態で敵と隔離されてしまう。
今回、クイナは味方だからこそ二分間ずっと力を吸われるばかりにしていたが、クイナが敵であれば数秒でラフェロウを倒しただろう。それは強力な近接能力を持つ魔物が相手のときにも同じだ。
【黒光聖域】は敵・味方おかまいなしで力を奪うので、味方がフォローすることも難しい。
少なくても、距離を詰められたあとの自衛手段を確保したいところだ。
◇
屋敷に戻ってきてからは妖狐に、ラフェロウを彼女の家へと案内させた。
【誓約の魔物】と半ばクイナのペットになっているティロ以外は、Sランクの魔物であっても、それぞれの家を与えている。
「何本か尻尾の魔力も持っていかれたの……」
クイナがしょげている。
一万本魔力を溜めれば【進化】できるためクイナはせっせと尻尾の毛に魔力をため込んでいたが、あの結界で数本分のストックが持っていかれたらしい。
「【回復部屋】の新居にいけば、魔力の回復力が上がる。すぐに取り戻せるさ」
残念ではあるが、過ぎたことを言っても仕方ない。
「なの! それはそうと、ロロノちゃん、ラフェちゃんの武器はどうする?」
クイナは前向きなので、あっさりと気持ちを切り替えた。
ラフェロウの装備は重要となる。欠点をうまく補いたいところだ。
「ん。あえて射程の短い武器を作ろうと思う」
「そなの? その心は」
クイナとロロノが作戦会議をしている。
俺も参加しよう。
「意外だな。あのステータスだと距離を詰められたら辛いだろ。アウトレンジで戦える武器を作って距離を詰められる前に倒す方針で行くと思っていた」
「それも考えたけど、あの子は燃費が悪いとはいえ、規格外の遠距離攻撃魔術を持ってる。あの魔術を主武装にするべき。だから、距離を詰められたときの近接能力のなさを補う。……どうせ、遠距離用の武器を作っても当たらない」
「ロロノちゃん、頭がいいの!」
なかなか大胆な考え方だ。
「あと、おまけをプレゼントする。もともとはマスターのために開発してた護衛用の小型ゴーレム」
そう言うと、ロロノはポシェットから四振りの刀身だけしかない大型ナイフを取り出す。
蒼く透き通る結晶で出来ており美しい。
「ゴーレム? ナイフにしか見えないが」
「ん。じつはナイフの形をしたゴーレム。見てて」
ナイフがそれぞれ宙に舞う。
刀身に魔力が宿り光る。おそらくは【切断】の魔力付与だ。切断の概念そのもので物理的に斬れないものですら断ち切る。
くるくるとナイフがロロノの回りを旋回する。
「この子たちは持ち主が敵と認識したものに襲い掛かる。自立起動型だからどれだけラフェが鈍くても関係ない」
「うわぁ、かっこいいの。クイナもほしい! おまけだなんて信じられないの!」
クイナがうっとりしている。
たしかに、これはいいものだ。俺もほしいぐらいだ。
「さっきも言ったようにマスターの護身用に開発したもののプロトタイプで、ラフェのために作るわけじゃない。だから、おまけ」
「ほう、ということは俺の分もあるのか」
「ん。いろいろあって後回しにしてるけど、近いうちに完成する。……ただ、そのまえに【鉱山】を見てみたい。マスター、約束覚えてる?」
「悪い、忘れていたな。ロロノと鉱山を見に行く約束をしていたな」
この前、オリハルコンすら超える金属があるかもしれないという発見があった。
【鉱山】で採掘される鉱物は魔王の力と比例する。
俺は【豪】の魔王との戦争で多くの経験値と感情を食らい力を増した。
俺だけでなく【誓約の魔物】たちも強くなった。【誓約の魔物】の力が増せば、彼女たちと繋がっている魔王の力も増す。
Sランクの【誓約の魔物】を三体従えているのは、俺だけだ。そして、クイナたち全員がSランクとしてふさわしいレベルに至っている。
すなわち、俺の魔王としての力も規格外。
今なら、オリハルコンを超えるアイテムが採掘できても不思議じゃない。
「マスターが忘れてたこと、ちょっとだけ悲しい」
ロロノが顔を逸らして頬を膨らませる。
「悪かったな……明日だ。明日は朝から引っ越しの予定だろう。引っ越しが終わったらすぐに二人で【鉱山】だ」
「うれしい。マスター、今度は忘れたらだめ。……オリハルコンより強い金属があれば、マスターの護身具はそれで作る」
ロロノの頭を撫でる。
だめな父親だ。忙しかったからとはいえ娘との約束を忘れるなんて。
「ロロノちゃん、おとーさん、ラフェちゃんの武器の話を忘れてるの! そのナイフがおまけなら、本命はなんなの?」
ロロノがポシェットから、拳大のパイナップルのようなものを取り出す。
「これは手榴弾っていう」
「銃じゃないの?」
「ん。どうせ、当たらない」
いったい、どれだけラフェロウに信用がないのだろう。
「実は、これもマスターの護身用に開発したもの。でも、失敗作でお蔵入り」
ロロノがピンを引き抜き、投げる。
二秒で爆発した。
空気が震える、凄まじい威力。爆風だけじゃなく無数のベアリングをまき散らす。
「この手榴弾の爆発は指向性。爆風とベアリングが前方にばらまかれる。至近距離でこれだけの面攻撃は躱せない」
「でも、ロロノちゃん。面攻撃ならショットガンでもいいの! 連射できるショットガンのほうがお得なの」
「ラフェの細腕じゃ、ショットガンの威力に耐えられない。反動を抑えきれずにおもいっきり銃口がぶれそう。それにクイナほど筋力ステータスが高くない。威力不足になる。単発の威力は手榴弾のほうがずっと上。もちろん、事前に魔力を貯蓄して威力を引き上げるようにする」
理には適っているな、だが気になることが一つある。
「指向性で前方に爆風が展開されるとはいえ……扱うのはラフェロウだろう?」
何度もこけて、下着を晒すようなおっちょこちょいだ。自爆する気しかしない。
「ん。そこは考えてる。持ち主の魔力に反応して、ベアリングが動いて重心が変化する。空中で向きを変えるから、理論上、どう投げようが爆発前に正しい方向を向く」
「それでも、ラフェロウだぞ?」
「……きっと大丈夫、幸運S+を信じる」
ロロノがそこはかとなく自身無さげに目を逸らす。
ロロノの工夫と幸運S+を信じよう。
たしかに、今聞いている話だとうまく機能すれば距離を詰められても対応できるだろう。
不安が消しきれないので、威力を抑えたものでなんどか実験をさせてみようか。
「あとは数を用意できるかだな」
「そっちも大丈夫、構造自体は単純。月に一回ぐらい作り溜めしとく。汎用品だし、ラフェ以外も使えるからたくさん作っても問題ない」
「そうだな、任せよう。俺もいくつか持っておきたい」
「マスターの分も作っておく」
こうして、ラフェロウ用の装備が決まった。
ナイフの形をした自立起動型の小型ゴーレム。
そして、指向性の爆風とベアリングをまき散らす大威力の手榴弾。
完成するのが楽しみにしておこう。
◇
引っ越しの日になった。
クイナたちが次々と、荷物を地下の転移部屋に運んでいく。
この屋敷での生活も長く、それぞれの荷物が増えていた。クイナの荷物がひと際多い、ぬいぐるみやら服やらが箱からはみ出して顔をのぞかせている。
逆にロロノは非常にものが少ない。彼女の場合は、工房に必要なものをため込むからそのせいだろう。
「お引越しなの♪」
「部屋が広くなる。楽しみ」
「新居は、ロロノちゃんが私たちの要望をたっぷり盛り込んでくれましたからね。今よりも素敵な生活ができそうです」
「がうがう!」
三人と一匹は上機嫌だ。
俺も荷造は終わらせている……まあ、お手伝いの妖狐にほぼすべてを任せてしまったが。
転移部屋には、アビス・ハウルたちが待機しており、彼らの力で荷物とクイナたちを運ぶ。
住処は【回復部屋】の新居に移すが、元の屋敷はアヴァロンの領主の家という表向きの役割は今後も継続し、接待などには使う。
なかなか【回復部屋】から【転移】なしで街のところまで通うのはしんどい。
そのため、アビス・ハウルをこの屋敷と新居の転移部屋に常駐させる。
俺は魔王権限でのダンジョン内での【転移】はできるが、クイナたちはそうはいかない。
「じゃあ、みんな新居に移動だ」
「やー♪」
「ん」
「では行きましょう」
「がう!」
全員で新居に向かう。
転移が終わり、荷物の整理の前にみんなで外にでる。
すでに移植が終わった黄金リンゴの木が雄々しくそびえており、すがすがしい黄金の気に体が包まれて心地よい。
新たな屋敷を見る。
立派な建物で、威風がある。
見た目だけではなく、物理・魔術、両方にロロノとアウラが全力で守りを施した。万が一、ここまで冒険者や魔物がたどり着いても防衛戦ができる。
ちなみに、ここはアヴァロンの最下層であり、ここより先は水晶の部屋だ。
水晶の部屋を屋敷で隠しているので、この屋敷は最終防衛ラインでもある。守りが硬いは魔王である俺の居城というだけでなく、こういった理由もある。
みんなの要望が盛り込まれているため、快適性も今までの屋敷とは比べ物にならない。
新生活は楽しみだ。さて、うかれるのはここまでにしよう。
片づけを簡単にすませて、ロロノと【鉱山】に向かうのだ。
遅くはなってしまったが、父として役割を果たそう。
……オリハルコンを超える金属、もしそれが採掘できればアヴァロンはさらなる力を得るだろう。