第八話:堕天使の力
【絶望】のメダル。そして【創造】、イミテートの【星】を使い魔物を生み出した。
俺は堕天使を狙っていた。
堕天使は非常に希少な魔物だ。ステータスが高くスキルも強力なものが揃っており実用性が高い。
望み通り、堕天使を引き当てた。
俺が生み出したのは堕天使ラフェロウ。ステータスもスキルも申し分ない魔物だ。
ただ、一つだけ問題があった。
どうやら、この子はかなりドジで……運動神経が壊滅的だった。
◇
レベル上げのために【紅蓮窟】へとやってきた。
マグマによって赤く照らされる洞窟の中を進んでいく。
レベル上げは重要だ。Sランクの魔物とはいえ、レベル1であればさほど強くない。
「あんまりクイナから離れちゃダメなの!」
「わかったよ。クイナ師匠!」
クイナを先頭にし、その後ろに俺とラフェロウ。最後尾はロロノが守っている。クイナは教育係兼護衛、ロロノはラフェロウが使う武器を設計するために同行している。
改めてラフェロウのステータスを見る。
堕天使ラフェロウ
名前:未設定
レベル:1
筋力D 耐久D 敏捷D 魔力S+ 幸運S+ 特殊S++
スキル:
・熾天使の後光
最高位天使の威光。敵対者が聖属性の場合、熾天使より下位であれば全能力1ランクダウン。敵対者が闇・死属性の場合には自身が与えるダメージは二倍となる
・黒光魔術
魔力に上昇補正(特大)、聖と闇の二重属性を持つ黒光魔術を使用可能。ダメージ判定時、対象の光・闇耐性の低い耐性でダメージ判定をする
・黒い翼の天使
黒い光の加護により、耐久・魔法防御が1ランク上昇。飛行時のみ敏捷1ランク上昇
・黒光聖域
黒い光が降り注ぐ聖域を構築可能。聖域内にレンジ内のすべてを取り込む。
レンジ:自身を中心に20~200メートル。範囲がせまいほど強度と効果が上昇する
・堕天
一次的な天使属性・光適性の消失を条件に、より深き闇の存在へとなり全能力2ランクアップ及び特殊能力の獲得。
三度目の使用で完全なる闇へと変質し戻れなくなる
ステータスは非常に極端だ。
近接戦闘に必要な、筋力、耐久、敏捷が最低ラインのD。
代わりに魔術戦闘に重要となる魔力、特殊に加え幸運がS+となっている。
特筆すべきはステータスではなくスキルだ。
熾天使の威光は、聖属性と闇属性の両方に対して圧倒的なアドバンテージになりえる。熾天使というのは天使の中でも最高位の階級、ラフェロウの能力が対象外となる聖属性はほぼいない。
そして、黒光魔術も強力だ。
光と闇に耐性を持っている魔物自体が非常に少なく、もっていたとしてもどちらかに耐性を持てば、もう片方に弱いという魔物がほとんどだ。
黒い翼の天使は使用条件が非常に緩い能力上昇。……まあ上昇したところでCランク相当だが。
ここまでは、手放しでほめることができるが残り二つは扱いが難しそうだ。
黒光聖域。
聖域を作って取り込むらしいが聖域の効果がわからない。
そもそも、近接能力が低いラフェロウが最大レンジ200メートルという狭い結界に敵と一緒に隔離されるのは自分から不利な状況に追い込まれるだけではないだろうか?
そして、最大の問題スキルは堕天だろう。
「忠告しておく、ラフェロウ。絶対に堕天は使うなよ」
「わかったよ! 堕天は使わない」
……心配だ。こいつなら
『堕天は使うな』
『りょーかいだよ。堕天!!』
なんて愉快なことをやりかねない。
堕天は一見、強力なスキルに見える。全能力二ランクアップは【狂気化】すら上回る。
だが、そのために天使・聖属性であることが前提になるスキル、熾天使の後光、黒光魔術、黒い翼の天使を失ってしまう。
はっきり言って割に合わない。ただ、俺の直感は堕天仕切ったあとにこそ、堕天の真価がある気がする。
もちろん、そんな危険な賭けをするつもりはない。
「クイナ師匠、初めての狩りは緊張するよ」
「はじめはそういうものなの! 師匠の背中を見て学ぶの!」
「はいっ、クイナ師匠」
以上にきょろきょろと周りを見ながら、クイナを尊敬の目で見ている。
クイナのキツネ耳がぴくぴくと動く、これは敵を見つけたときの反応だ。
「ラフェちゃん、向こうを見るの」
「あっ、あれがわたしの初めての相手」
ロリ巨乳のラフェロウがそう言うと、変な意味に聞こえるから不思議だ。
クイナの指さした方向、百メートルほど先には赤い蜥蜴。Dランクの魔物、サラマンドラがいた。
向こうもこちらを見つけたようで、ちろちろと炎を吐いて威嚇してくる。
「とりあえず、ラフェちゃん。アサルトライフルで撃つの。ここからなら一方的に攻撃できるの」
「やってみるよ!」
当面の装備としてEDAR-04 レーヴァテインをラフェロウは装備していた。
ロロノが誰が使っても最大限の威力を発揮できるように作ったアサルトライフルで諜報部隊も愛用している名機。
その高い性能と扱いやすさからアヴァロンでもっとも愛用者が多い銃だ。
ラフェロウは命中精度を高めるのための三点バーストで連射をする。
だが、ことごとく外れる。
ロロノが頭を抱えていた。鈍いとは思っていたが、まさかレーヴァテインを使って、この距離でも当てられないとは。サラマンドラは回避行動をとらずに、まっすぐに進んできているだけだというのに。
「ふえええええ、当たらないんだよぅ」
ついに弾倉が空になる。弾倉交換をしようとするがお手玉して落とす。
「ラフェちゃん、もう拾っている時間はないの。魔術を使うの! そっちなら当てられるかもなの!」
「はっ、はいクイナ師匠。【黒光爆裂】!」
レベル1とは思えないほどの、圧倒的な魔力を感じる。
手のひらをまっすぐ、サラマンドラに向ける。黒い光がほとばしった。
次の瞬間には、サラマンドラの首から上がなくなっていた。
圧倒的な速度、直進性。これが黒光魔術なのか。
黒い光は、その名のとおり光の直進性と速度で放たれるのだろう。光速ゆえに照準さえあれば回避不可能。
クイナとロロノが目を見開いている。
速さと直進性も驚きだが、本来、Sランクでもレベル1時点でDランクの魔物に致命傷を与えることは難しい。にも拘わらずあっさりと首から上を吹き飛ばした。各種スキルによる威力増加と魔力S+は伊達ではないらしい。
もし、ラフェロウがレベルを最大まで上げたとき、黒光魔術がどれだけ理不尽な攻撃になるかを考えるとそら恐ろしくなる。
回避不可能な速さで襲い来る、一撃必殺。
……おそらく、クイナのような魔術無効スキルを持っている魔物かアウラのようなレンジ外から攻撃できる魔物以外、何もできずに撃ち抜かれて死ぬだろう。
「すごいの! びっくりしたの」
「……これなら銃は必要ない。理不尽すぎる性能」
「うんうん、だめな子だと思ってたけど見直したの!」
「あの、クイナ師匠」
「どうしたの? ラフェ」
「今の魔術で全魔力使い切っちゃって、ちょっと休憩したいよ」
「やっぱり、ダメかもしれないの……」
一発で打ち止めか。どうやら、燃費はあまりよくないらしい。
まあ、そのあたりはレベルを上げて魔力容量を増やしつつ、手加減を覚えてもらうしかないだろう。
◇
その後も黄金リンゴの回復ポーションをがぶ飲みさせることにより魔力の回復効率を上げさせて、狩りを続けた。
クイナとロロノは燃費が悪すぎる黒光魔術の弱点を補うためにも銃を扱えるように指導しているがなかなか上達しない。
銃があれば魔力切れでも火力を確保できるし、天敵になりえる魔術無効の相手でも善戦できるのだが……。
「ねえ、ロロノちゃん。誰がどう使っても敵に弾があたる銃とか作れないの?」
「作れなくはない。でも、そのためにいろいろとほかの性能を犠牲にしすぎる」
「うう、難しいの」
「クイナ師匠、ロロノ師匠、ごめんなさいだよ」
さきほどから、何度もラフェロウが頭を下げている。親切に教えてもらっているのに上達しないことを申し訳なく思っているのだろう。
ドジだが悪い子ではないのだ。ちなみに、今まで七回ほどこけて、そのうち二回はパンツを見せつけるぐらい重症だ。
「ラフェ、謝らなくていい。……世界一の鍛冶師のプライドにかけてラフェでも使える銃を作る」
変な方向でロロノが燃えている。
「あの、クイナ師匠、ロロノ師匠。レベルが上がって魔力容量があがったから、次はちょっと魔力の補充したいんだよ」
「そんなことできるの!?」
「黒光聖域を使えば、できるんだよ」
ほう、聖域にはそんな力があるのか。便利だな。
燃費が悪い黒光魔術の欠点を補えるかもしれない。
「だから、次に魔物が現れたらクイナ師匠には離れていてほしいんだよ。クイナ師匠を殺しちゃいかねないんだよ」
「クイナを殺す? それは聞き捨てならないの! できるならやって見せてほしいの」
微妙にクイナのプライドを傷つけたらしい。
クイナは強さに誇りを持っている。低レベルの魔物に近づけば死ぬと言われれば黙っていられない。
「でっ、でも本当に危ないんだよ」
「いいの! クイナは自分の身ぐらい自分で守れるの」
「クイナ、危険なことをするな」
「むぅ、おとーさん、クイナを信じてないの?」
どうやら、言っても聞いてくれなさそうだ。
……さてどうするか。
クイナなら、大抵の状況はなんとかできるし、聖域でラフェロウを魔物と二人きりにするのは怖い。
ラフェロウは紙耐久なうえ、ドジで運動神経が悪い。
魔王権限で命令をすればクイナをラフェロウから引きなせるが、ここはクイナに任せてみようか。
「……クイナ、ラフェロウのお守りを続けろ」
「わかったの!」
しょうがない。
好きなようにやらせてみよう。
◇
【紅蓮窟】のマグマが噴き出るエリア。
マグマの中を溶岩の鱗を持つ蛇たちが泳いでいる。
マグマの淵にラフェロウが経つと、巨大な溶岩の鱗を持つ蛇たちが近づいてくる。五匹はいる。それらはランクC、ラヴァスネーク。
ラフェロウが聖域の準備に入った。魔力が高まり、足元に巨大な魔方陣ができる。
……なにかおかしい。ラフェロウは気が弱い。
今日の狩りだって、さんざんびくついて、怯えていた。
にも関わらず、ランクCかつ見るからに強そうなラヴァスネークたちに怯えていない。
それどころか薄く笑い、見下すような目つきをしてる。ラフェロウの雰囲気ががらりと変わっている。
黒光聖域には、人格を変える何かがあるのだろうか?
ラヴァスネークたちが飛びかかる。クイナが見ていられなくなりサポートのためにショットガンを構えた。
次の瞬間だった。
黒い光に周囲が塗りつぶされる。
周囲から音が消えた。
視界が戻り、前を向くとラフェロウの周囲に半円状の黒いドームができている。中の様子は外からはまったく見えない。
「これが聖域か。取り込まれるとはこういうことを言うのか」
「とんでもない魔力、それにまがまがしい力。本能的な危機感がある。こうして見ているだけでも気持ち悪い。中に入るなんて死んでも嫌」
珍しくロロノが震えている。
いったい何が中で起こっているのだろうか?
二分ほど経つと、聖域がほつれていく。
目の前の光景を見て、ぎょっとする。
五体のラヴァスネークが倒れていた。ただ、その様子が尋常じゃない。
自慢の溶岩の鱗は光を失い砂のように崩れ落ち、身は干からびて骨と皮だけになっていた。
一分もしないうちに息絶え、次々に青い粒子になり消えていく。
その中心には、ラフェロウがいた。
天を見上げ、翼を限界まで広げている。
生気に満ち溢れ、頬を上気させ恍惚とした顔をしていた。
「ああ、美味しかったよ」
唇を舐める。その仕草はどこまでも艶めかしかった。
その足元を見てより、驚きは強くなる。
「クイナ!」
「おっ、おとーさん、だいじょーぶ、なの」
クイナが倒れていた。
大量の脂汗を流し、息を荒くして、衰弱しきっている。
「クイナ師匠、危ないって言ったよ。わたしの聖域、敵も味方もなく、ぜんぶ食べつくしちゃう。でも、美味しかったなクイナ師匠の命……きらきらしてジューシーで、甘くて柔らかくて溢れて、はううううぅ、雑魚とは全然違った。また、食べたいよぅ」
クイナの耳元でラフェロウはささやく。
かなり、危険を感じる。
まだ、黒光聖域の人格豹変は続いているようだ。
状況から、黒光聖域の能力に察しがついた。
「驚いたの。聖域は中にいる生物すべての生命力と魔力を吸い上げて、自分の力にする……聖域内だと敵はどんどん弱くなって、自分はどんどん強くなって、ほとんど無敵なの」
敵の力を吸収し、己の糧とする。
聖域を破るための力すらも奪い、その力でさらに聖域を強化する。
一秒ごとに、どんどん有利になっていく。
……なにより恐ろしいのがたった二分でクイナですらボロボロになること。クイナに効いたということは魔術ではない。耐性も役に立たない。
恐ろしい能力だ。この能力を打ち破るためにはレンジである200メートルに入らないこと、あるいはラフェロウを瞬殺するしかない。
「おまえの能力はよくわかった。……だが、今後は範囲内に味方がいるときは使うな」
怒りたい気持ちはあるが、クイナが言い出したことだし、俺も許してしまった。
ここでラフェロウを責めるのは可哀そうだ。
だが、二度目が起きないように注意はする。
「わかったよ! 聖上」
今回ばかりはクイナのわがままを聞くべきではなかったな。
「聖上、元気になったし次の得物を探すよ。あっ、でもクイナ師匠はもうダメかな」
「だいじょーぶなの。これぐらい、すぐに回復するの」
クイナは強がっているがかなり辛そうだ。
「ロロノ、しばらく護衛を代わってやれ。クイナはポーションを飲んで休憩、俺が運んでやる」
「ん。わかった」
クイナは文句を言いかけるが、お姫様抱っこすると黙った。
強がりを止めて自分から抱き着いてきて、上機嫌になる。クイナはお姫様抱っこが好きだから、うまくごまかされてくれたみたいだ。
「じゃあ、ロロノ師匠お願いします。だよ」
「ん。近くで戦闘スタイルを観察してる。まずくなったら助ける。黒光聖域を使いたいときは言って。クイナと違って私は逃げる」
「りょーかいだよ!」
そうして、ラフェロウの初陣は無事終わった。
初日にしてはかなりレベルも上がっていた。
能力もしっかりと確認できた。
かなり物騒な能力の持ち主だが、間違いなく強い。
デュークと相談してラフェロウの運用法を考えてみよう。使い方を間違わなければ、アヴァロンの切り札の一枚となってくれるだろう。