第七話:【絶望】より生まれいでし者
【絶望】の魔王ベリアルが正式に仲間に加わった。
……ただ、無邪気に喜ぶことはできない。どこか怪しさを感じている。
そのため、【創造】のメダルを渡すのは後回しにすると決めた。
反プロケル同盟の連中との戦いの中で、【創造】を渡していいかを見定めるつもりだ。
そして、今日は今回の交渉の中で得られた副産物について思考を巡らせていた。
「……さて、この【絶望】のメダルをどうするべきか」
手元にある【絶望】のメダルを見つめる。
ベリアルは自分から、友好の印にと【絶望】のメダルを差し出してきた。
俺の読みでは、【創造】のメダルを出させるために渡してきたもの。
このメダルの扱いを決めかねていたのだ。
【絶望】のメダルは強力なメダルだ。
その効果は、【反転】。
本来、産まれる魔物の属性を反転させることができる。
例えば、天使が生まれる場合は堕天使になり、エルフが生まれるはダークエルフ、聖騎士はデュラハンとなる。
反転した魔物はベースとなった魔物よりも、攻撃的で強力な魔物が生まれやすい。
「よし、やっぱり使ってしまおう。幸い【創造】はまだ残っている」
【絶望】のメダルをよく調べてみると、反転現象が起きるのはオリジナル【絶望】のメダルで合成するときだけらしい。
イミテートの【絶望】であれば、【闇】や【悪】といった暗黒系の魔物が普通に生まれるメダルでしかない。
何を生み出すかはしっかりと考える必要がある。反転した魔物を生み出せるのは一度きりだ。
いや、考えるまでもない。
堕天使型の魔物は、【絶望】メダルなしでは作れない超希少種で、有用なスキルを持っている者が多い。
ここは堕天使を作るべきだろう。
そう決めた俺は、クイナを呼びに行く。
堕天使型の魔物は、知性が高く性格が歪んでいる者が多い。
魔物たちは魔王を傷つけることができず、魔王の命令に逆らえないが、逆に言えばそのほかはなんでもできる。
からめ手で魔王を破滅させることすら可能だ。信頼できる魔物かを確かめるまでは、護衛をつけたほうがいい。
とくにクイナは、すべての属性の魔術に対する耐性を持っているうえに、本人が幻術を使いこなせるため幻術も見破れる。
クイナの部屋にたどり着く。
「おとーさん! 荷造りが終わったの! いつでもお引越しできるの」
クイナの部屋は片付いており、箱の中にクイナの私物が詰められていた。
明日、俺たちは【回復部屋】にある新居に引っ越しするので、最近は荷造に忙しかった。
「準備ができているのはいいことだ。クイナ、俺は今から新しい魔物を作る。傍に控えておいてくれないか?」
「やー、わかったの! 新しい妹、楽しみなの」
「……また、そうやって妹と決めつけて」
最近では俺の配下にも、少女型以外の魔物も増えている。決めつけはやめてもらいたいものだ。
デュークは男だし、グラフロスたちのほとんどは雄。アビス・ハウルも比率は半々だ。
「でも、おとーさんが【創造】でクイナたちみたいな子を作るときはみんな女の子なの! 今回はティロみたいな子を作るの?」
クイナが問いかけてくる。
ティンダロスは見た目は大型犬。今回もそのような獣型かを聞いているのだろう。
「いや、今回は堕天使だからクイナたちに近いな」
「それなら、きっと可愛い女の子なの! クイナの着なくなったお洋服とかプレゼントするの!」
今までの結果が結果だけに言い返せない。
意図的に絶対、男性型がいいと思えば男を引き当てられるが、【創造】の際はできるだけ能力面を重要視したいので性別なんて意識しない。
無数の可能性の中から望みの魔物を引き当てるには、必要以上に条件を増やすべきではないのだ。
……少女が多いのは意識ではなく無意識のほうの願望が反映されているのかもしれないが。
「とにかく行こう。地下室で魔物を生み出す」
「やー! おとーさん、せっかくだしティロも呼んでくるの! おとーさんは先に行ってて」
「わかった。待ってるぞ」
ティロは最近、クイナによく懐いている。
……地獄の猟犬。異空間に潜み地の果てまで獲物を追い続けるSランクの魔物は、すっかり我が家のペットになっていた。
◇
地下室で待っていると、ティロに乗ったクイナがやってきた。
ティロは青い体毛をした大型犬で、蛇のように長く細い舌が特徴的だ。
新たな仲間が生まれるのを楽しみにしているようで、舌を出して息を荒くしている。
「ティロちゃん、これから妹ができるの! クイナと一緒に可愛がってあげてね」
「がうがう!」
末っ子のティロは妹ができるのがうれしいのだろう。
さあ、さっそく生み出そうか。
アヴァロンの新たなSランクの魔物、究極の堕天使を。
……実のところ、堕天使を選ぶのは【絶望】でしか生み出せないからという理由だけではない。
もし、ベリアルが敵に回ったときに勝つためだ。
向こうの切り札は堕天使。ならば、同系統かつ力が上回る魔物がいれば対応しやすい。
だからこそ、Sランクの堕天使を作る。
俺の手の中にあるメダルは三枚。
【絶望】……魔物を反転させる力を持つ強力なメダル。
【創造】……今回は天使型の魔物を呼び出せる【聖】に変化させる。
【星】……アウラを生み出すときに【創造】を変化させて生み出したメダルのイミテート。【星】は自然を司る力。この星そのものの力であり、世界の守護者である天使との相性がいい。
「さあ始めようか」
【絶望】【創造】【星】の三枚のメダルを握りしめる。
握りしめた拳に光が満ちる。
手を開くと、光が漏れていく。
最初に変化を始めたのは【創造】のメダル。俺の願いに応えて、【聖】に変化する。神聖な力を持つ強力なメダルだ。
そこに、【星】のイミテート……この星そのもの力が結びつく。
聖なる力に星の力が加わり、魔物の方向性が生まれていく。
星と繋がり、星の力を得て星と共に生きていく神聖な魔物。
【星】と【神聖】は相性が良く、現れては消えていく無数の可能性たちの中には強力な魔物が多い。
手を伸ばす。優れた可能性の数々の中から、もっともすぐれた可能性。聖なる存在の中でも最上位への天使へと……掴んだ!
高みにあり、より神聖な魔物ほど反転したときの力は強くなる。
この二枚のメダルの時点ですでに強力な魔物が確定している。だが、ここでは終わらない。
三つ目の力、【絶望】を加える。
属性が反転した。
神聖な力は暗黒に染まり。星の力は生命を育む慈愛ではなく理不尽な災害と破滅へと変わっていく。
手の中で光が暴れる。
圧倒的な力に翻弄されている。とんでもない魔物が生まれそうだ。
新しい命。その道筋を俺が正しく導いていく。一歩間違えれば【神聖】と【星】で高まった力と【絶望】の力が対消滅して、ただの弱体化で終わる。
高まった力を、ロスなく反転する可能性を探し続ける。
「みつけた。おまえが俺の望む魔物だ」
脳裏にイメージが固まる。
それは黒い翼の天使。闇に落ちてなお、高貴さを失わない、黒い光を纏う熾天使。
光の粒子たちが魔物のシルエットを生み出し、徐々に色づき始める。
レベルは固定ではなく成長できる変動を選択。求めるは即戦力ではなく、最強。変動以外はありえない。
ついに、魔物が生まれた。
息を呑むほど美しい少女だった。小柄だが凍り付くような美貌で幼さを感じさせない。
漆黒の髪、透けるように白い肌。上品だが煽情的なノワールのドレスを身にまとっている……不思議なドレスだ。全身を包むワンピースだが、体の中心線、首の下からへそまでの布がなく、豊かな胸の半分やへそを露出している。
何よりも特徴的なのは神と同じく漆黒の翼、見るものを引き付けてやまない。
彼女が目を開けた。
気を付けないといけない。
魔王の目で、彼女の力は見えている。最高クラスのステータスに、最上のスキルたち。間違いなく、最高位の堕天使だ。
堕天使は自分だけではなく周囲を堕落させる。その圧倒的な美貌とささやきだけで異性を虜にして意のままに操ることもできる。
……篭絡して操るというのは魔王を守るルール、魔物は魔王を傷つけられない、魔王の命令に逆らえない、どちらにも抵触しない、堕天使は規格外に強力だが、魔王ですら操り人形にされるリスクがある。
俺は隙を作らないように心掛けで、堕天使ラフェロウを見つめる。
堕天使が口を開いた。
「はっ、はじめまして、聖上! わっ、わたしは。堕天使ラフェロウです。だよ!」
緊張感がいっきに薄れてしまう。
元気よくというか、おっちょこちょいな印象を与える口調で堕天使ラフェロウはまくしたてる。
口を開き表情を浮かべた瞬間、イメージががらりと変わった。
凍り付く美貌は、どこかコミカルに変わり。美貌に覆い隠されていた小柄故の幼さがよみがえってくる。
……そのせいか、今まで気にならなかった彼女の容姿に対する言葉が脳裏に浮かぶ。ロリ巨乳。
そもそも、今の一言だけでいろいろと突っ込みたくなる。
聖上とは俺のことだろうか? そもそも、「です。だよ」という口調が良くわからない。
それはあとで考えよう。
……どこか頼りない印象を受ける魔物だが、能力はずば抜けて強い。【創造】と【絶望】。魔物の力を引き上げるメダルを二枚も使っているのは伊達ではない。
今は、彼女を歓迎しよう。
「初めまして。俺は【創造】の魔王プロケル。君を生み出した魔王だ。堕天使ラフェロウ。俺はおまえの活躍に期待する。その黒い光で俺の覇道を照らしてくれ」
俺は彼女に微笑みかけて、手を伸ばす。
少し離れた位置にいたため、ラフェロウとは慌てて駆け寄ろうとして……こけた。
思いっきり、俺の股間に顔を埋める。
ラフェロウは耳まで顔を真っ赤にして、顔を離し、ただでさえ慌てていたのに、よけいにてんぱっていたせいか立ち上がろうとして足を滑らせて、そのまま倒れた。
ドレスのスカートが盛大に捲られている。……さすが堕天使、デフォルトでそんなエロい下着を見に付けているのか。
「ううう、恥しいよう。いきなり失敗しちゃったよう。このままだと、『なんだ、この間抜けは? 戦闘には使えない。しかし、魔物どもの性欲処理の仕事ぐらいには使えるか? さっそく、俺が味見してやる。いきなり股間に顔を埋めるようなあばずれだ。おまえもうれしいだろう』なんて言わちゃう。だよぅ」
「……あほか」
思わず、素で突っ込んでしまった。あと、微妙に俺の声音を真似るのがうまくていらっとした。
どこの世界にSランクの魔物に娼婦の代わりをさせる無能な魔王がいる?
そもそも、うちの魔物で人型の男はデュークだけだ。そんなもの必要ない。
倒れているラフェロウの手を取り立たせる。
「おまえは強い。戦場での働きを期待している。だから、変なこを言うな」
「うわぁ、いい魔王のところに生まれて良かったよ。頑張るんだよ」
ラフェロウが抱き着いてくる。
少し頭が痛くなってきた。
こいつのステータスもスキルも破格だ。だけど、もしかしたらラフェロウはドジなアホの子で、ステータスもスキルも宝の持ち腐れになるかもしれない。
俺の魔物たちはみんな優秀で、こういう抜けている奴は初めてだ。
……いや、きっと鍛えれば大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせる。
「おとーさん、やっぱり生まれたのは可愛い妹だったの! クイナがたっぷり鍛えてあげる。ティロも手伝って」
「がうがう!」
俺たちを見ていたクイナたちはがしゃいでいる。
幸い、クイナは面倒見がいい。教育はクイナに任せよう。
スポコン形式で鍛えて、ラフェロウを矯正してくれるだろう。
「うん、がんばるよ! わたしは頑張ればできる子だよ!」
「クイナの特訓は厳しいの! ちゃんとついてくるの」
「はい、師匠! だよ」
変な師弟関係が早速できている。
……そうだ。
「クイナ、さっそくラフェロウを連れて【紅蓮窟】でレベル上げだ。今回だけ俺もついていく。ラフェロウの能力をこの目で見たい」
「やー、準備してくるの! あとロロノちゃんもこれないか声をかけてみる。ラフェちゃんの武器が必要なの」
クイナは今まで、何体もの魔物を鍛えてきた。育成もお手のものだ。アヴァロンの頂点は伊達ではない。
ラフェロウはきりっとした顔で頷いているが足が震えている。
……まさか、Sランクの魔物のくせに敵と戦うのが怖いのか?
ラフェロウが優れたステータスと強力なスキルがあることはわかっているのだが、その能力をちゃんと活かせるかが心配だ。
【紅蓮窟】での戦いでその心配を払しょくしてくれることを俺は祈っていた。