第六話:【絶望】の加入
そして、とうとう【絶望】の魔王ベリアルと会う日になった。
俺の屋敷で彼を待っていた。この部屋にはルーエとクイナがいる。
「パトロン、僕は嘘を見抜けばいいんだね」
「ああ、どんな些細なことでもいい。嘘をつけばその都度教えてくれ」
「いいよ。僕は声に乗った感情を絶対に聞き間違えないし、言葉じゃなくて鼓動とか、体の音で嘘は全部見破れるからね」
異界の歌姫ルルイエ・ディーヴァ。
こと、音に関しては彼女は完璧に近い。何度か実験をしてみた。嘘の下手なクイナやロロノはともかく、アウラやデュークと言った感情を隠すことが得意な魔物の嘘もあっさりと見破った。
「……前から思っていたんだが、その能力があるなら飛竜レースじゃなくて、対戦式のカードのギャンブルをやればいいんじゃないか?」
カジノにはルーレットや飛竜レースの他に、ブラックジャックやポーカーに似たゲームもある。
相手の嘘を100%見抜けるルーエなら楽に勝てるはずだ。
「うーん、だってそれ楽しくないじゃん。こう、ひりひりするのがいいんだよね。一寸先は闇のぎりぎり勝負、血がぶわーってなるの。勝てば頭がチカチカしてぐわーってして最高だし、負けたときも血の気がすーって引いて凍り付くのもたまんないね。勝って当たり前のギャンブルなんてクソだよ。まったく心が揺れない」
「筋金入りのギャンブラーだな」
そうか、こいつは金のためにやってるのじゃなくてギャンブルの興奮を味わうためにやっているのか。。
一瞬で持ち金を失う理由もわかる。ようするに、すべてを失うぐらいのリスクを負わないと興奮できないのだろう。
ルーエは飛竜レースの勝率は悪くなく、むしろいい。なのに手元に金がないのは勝った金も全額ぶちこみ、いつか負けるからだ。
「ふふん、闇に降り立った天才、ルーエちゃんのすごさが良く分かった」
「ベクトルはともかく、すごいってことはわかった」
ドヤ顔をするルーエから顔を逸らす。
まあ、アヴァロンにいる限り生活には困らないから好きにさせよう。別に魔物は食事をしなくても飢えはしない。
ノックの音が聞こえて、家政婦の妖狐が入ってくる。
「プロケル様、【絶望】の魔王ベリアル様がいらっしゃいました……ただ、強力な魔物を傍に控えさせております。このまま通してよろしいでしょうか?」
「クイナもいるし問題ない。そっちのほうが普通だ」
「やー♪ クイナに任せるの! おとーさんに手を出そうとしたら、灰にするの!」
前回は一人でやってきたが、今回は魔物同伴か。
武力に訴えかけるためとは考えにくい。おそらくは自分の力を見せるためのものだろう。
クイナとルーエがいれば、万が一があっても対応できる。
「かしこまりました。では、そのように」
妖狐が頭をさげて部屋を出る。
【絶望】の魔王の魔物か、いったいどんな魔物を使うのだろう?
◇
妖狐が【絶望】の魔王とその連れの魔物を案内してきた。
「プロケル様、お久しぶりです! また会える日を、ずっとずっとずっと楽しみにしていました。いや、もうずっと不安だったんですよ。もしかしたら、僕調子に乗って、余計なこと言っちゃって怒らせちゃったのかなって。ああ、でも、別にプロケル様の心の広さを疑ってるわけじゃなくて、ほら、なんていうか、僕小心者なんで」
いきなり、凄まじい勢いでまくし立ててくる。
「その、なんだ。座ってくれ」
「はい! クイナちゃんもこんにちは!」
「こんにちは……なの」
クイナすら若干引いている。
「そちらの方は前回いらっしゃいませんでしたね。うわぁ、すごいなSランクの魔物がクイナちゃん以外にも居たんですね。それにすっごい美人!? こんな美人をはべらせるなんて、プロケル様、まじはんぱないですよ」
「ふっふっふっ、見る目がある魔王だね。ほら、パトロン、美人だって、美人。パトロンもこれぐらい素直に僕のことを褒めればいいのに」
ルーエの戯言は放って置いて、ルーエのことを紹介する前に奴はルーエがSランクと見抜いた。
その事実は重要な情報となる。
魔物のランクが高ければ高いほどステータスは覗きにくくなる。Sランクの魔物を見れるということは、【絶望】の魔王の力は俺に匹敵するということだ。
「俺も新顔を呼んだが、今回はベリアルも魔物を連れてきたようだな。なんのつもりで魔物を連れてきた?」
俺は、ベリアルの背後にいる魔物に目を向ける。
美しい女性だった。黒い煽情的なドレスを着た二十代前半。雪のように白い肌にシルクのような銀色の髪、一房だけ漆黒の髪が混じっているがそれがアクセントになるより魅力的に映る。
最大の特徴は漆黒の翼。ステータスを覗き見る。
堕天使ルシフェル
名前:ユーベル
レベル:75
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A++ 幸運A++ 特殊S
スキル:
・黒光の天使
光と闇及びその複合魔術を使用可能。威力に上昇補正
・神に近きもの
同一フロアに存在する自軍の天使族の全能力上昇(小)。その他の天使族の全能力下降(小)
・堕天
天使属性と光適性を失うことで発動、莫大な闇の力を得る。三度、能力を使用すれば堕天使ではない何かになる
・神具召喚
星によって鍛えられた武装の召喚。月光の弓を召喚可能
・????
????
堕天使ルシフェル、Aランクの魔物だ。レベルを見る限り変動で生み出され極限まで鍛え上げられている。
【誓約の魔物】かはわからないが、少なくとも名前を与えられた特別な魔物。
使いやすく強力な能力が揃っている。天使族の魔物を揃えられるなら指揮官として輝くだろう。
そして、隠された能力が一つ。
なにかしら特別な魔物だろう。もしかしたら、【絶望】の能力が関わっているかもしれない。
「プロケル様に僕の強さを理解してもらうために連れてきたんです! この子は僕の【誓約の魔物】にして恋人、堕天使ルシフェルのユーベル。ほら、ユーベル。プロケル様に挨拶をして! 可愛くね!」
一房だけ黒い髪が混ざった銀髪の堕天使がこくりと頷く。
彼女は席に着かず、ベリアルの後ろに控えていた。
「私はユーベルでございます。ベリアル様の【誓約の魔物】、ベリアル様の剣、ベリアル様の恋人。主ともども、プロケル様と共に戦場を駆ける日を楽しみにしております」
頭を下げる姿すら優雅だ。同じ天使だがストラスのリーゼロッテとはずいぶん印象が違う。
「初めまして。俺はプロケル。【創造】の魔王プロケルだ。そして、こっちが異界の歌姫、ルルイエ・ディーヴァのルーエ。アヴァロンにおいて、異空間系魔物の頂点に立つ魔物だ」
「まあ、機会があったら僕の歌を聞いてよ! 美人って言ってくれたからサービスするよ。それより、恋人ってなに!? 詳しく!!」
ルーエが、空気を読まずに変なところに突っ込みを入れる。
……ぶっちゃけ俺も気になっていたが。
魔王と魔物が恋人というは、驚きに値する。
「言葉の通りですよ。僕とユーベルは愛し合っているのです。魔王と魔物の主従を超えて、男と女としてね。プロケル様、なにをそんなに驚いているんですか? こういう魔王も珍しくないですよ」
「あっ、やめてくださいベリアル様、見られてます。見られてますからぁ」
ベリアルが後ろに立っていたユーベルを引き寄せ、頭を下げさせるとキスをした。
「うわあああ、すごいの」
クイナが目をきらきらさせて、それを見ている。
俺は思わず咳払い。うちの子の教育に悪い。
「ああ、ごめんなさい。つい癖で。あははは、僕一つのことに集中するとほかのことが見えなくなっちゃうんですよね。でっ、どうです。僕の自慢のユーベルは強いでしょう! 僕の【絶望】で生まれるのは堕天使を初めとした、反転系の魔物。もとは聖属性で闇に落ちたり、他にもダークエルフとか、裏側の子たちなんですよ! ベースになった魔物より、攻撃的な子が多いですね。頼りになりそうでしょ!」
【絶望】の性質は属性の反転か。堕天使などその際たるものだ。組み合わせ次第でいろいろと生み出せそうだ。
「ユーベルは変動で生み出されてしっかりと限界までレベルが挙げられたエルフだ。【誓約の魔物】にそういう魔物を据えていることからも、ベリアルの強さは想像がつく」
【誓約の魔物】のチョイスは失敗しやすい。
なんとなく、最初に生み出した魔物を選んでしまう魔王が多い。
だが、ベリアルはしっかりと親のサポートを受けて正しい選択をしているし、変動Aランクのレベルを上げ切るほどの戦闘経験がある。
全体的な戦力も期待できるだろう。
「うわあああ、褒めてもらえてうれしいです! 見ての通り、僕はけっこう強いですよ! ぜひ、プロケル様と一緒に戦わせてください!!」
真摯な瞳で、【絶望】の魔王ベリアルは俺の顔を見つめてくる。
俺はルーエを横目で見る。ルーエは首を縦に振る。嘘は言っていないようだ。彼は本気で、俺と一緒に戦いたいらしい。
その前に一つ確認しておかないといけないことがある。
「その返事をする前に、いくつか確認させてほしい。かつて、ベリアルは俺と同じように、若い魔王が活躍しすぎ、複数の魔王に徒党を組んで狙われた。……そのとき、誰かの力を借りたと聞いている」
「良く知っていますね。当時の僕は弱かった。だから、親の伝手で別の魔王にすがりました」
「その魔王は誰か教えてもらっていいか?」
俺の勘では、それは【黒】の魔王だ。
そのときに彼が【黒】の傀儡になったのではと疑っているのだ。
【黒】は何者かに殺されたが、そんなことがタイミングよく起こるとは思わない。
必ず、闇に潜み俺を狙っている。
……そして、俺が【黒】ならこの状況を狙う。
仲間をどうしても欲している状況での都合のいい強力な増援。飛びつかざるを得ない状況だ。
「僕が頼ったのは、【光】の魔王マルバス様です。偉大な魔王でした。強さだけではなく、気高く、慈悲深い、僕にとって第二の親とも言える魔王です。彼は卑怯を嫌い、見返りなしに追い詰められた僕を救ってくれました」
【光】の魔王マルバス。マルコから聞いたことがある。強力な魔王であり、かつては最強の三柱とも並び称された。だが、五年前何者かに殺害されたらしい。
ルーエを見ると頷いた。
これも嘘じゃないらしい。【黒】の魔王とベリアルは繋がってはいない。
「最後に質問だ。【黒】の魔王の協力者か?」
一瞬、間ができる。
どことなく雰囲気が変わった気がする。
それから、ベリアルは笑顔で口を開く。
「いいえ、僕は【黒】の魔王の協力者じゃありません」
「……変なことを聞いて悪かったな」
「いえ、とんでもない。ありとあらゆる可能性を疑うことは大事ですよ! そういう冷静で思慮深いところも僕が惚れたところです!」
ルーエを見るがはやり嘘はついていない。
俺の気にしすぎか。
なら、決まりだ。味方に引き入れよう。
「【絶望】の魔王ベリアル。俺と一緒に戦ってほしい」
右手を伸ばす。
「ええ、喜んで。僕はプロケル様とならどこまでも行ける気がします! これでやっと前へ進める」
その手をぎゅっと【絶望】の魔王ベリアルは握り締めた。
俺たちは笑いあってから手を離す。
ベリアルが胸元から、メダルを取り出す。
「約束通り、僕のメダルを差し上げます。【絶望】のメダル、大事に使ってください」
「ありがたく受け取ろう」
【絶望】のメダルを受け取る。
さて、俺も【創造】のメダルを渡すとしよう。そんな約束はしていないが、こうしてメダルを差し出してくれたのだ。それに報いないと。
同盟者にSランクの魔物を生み出してもらい、Bランクの【渦】を作ってもらうのは一日でも早いほうがいい。
変動で生み出すなら育てるのに時間がかかるし、【渦】も作るのが早いほど生まれる魔物が多くなる。
幸い、一か月たってメダルは新しく作ってある。
どっちみち、ロノウェは【水晶】が復活するまでメダルを渡しても無駄だ。
そんな俺の手をルーエが引いた。彼女自身もとまどっている。
ルーエは嘘をついていないと太鼓判を押した。
この反応を見る限り、止めた根拠は彼女にもない。
……おそらくは、ギャンブル慣れした彼女の第六感。
俺はそれを信じ、ポケットのメダルを握らずに手を出す。
「さあ、ダンジョンの外まで送るよ。それとも、うまい店でも案内しようか。派閥に入ってくれた祝いだ。奢るよ」
ほんの刹那、ベリアルの表情が歪んだ。
わずかに苛立ちのようなものが漏れ出たような気がする。
クイナのキツネ耳がピンとした。何かに驚いた時の反応だ。俺の何倍もクイナは気配に敏感だ。
「いえ、今日は素直に帰ります。早く戻ってユーベルと愛し合いたいので。ではまた。戦いになれば、声をかけてくださいね!」
「そのときは頼む。逆にベリアルは俺の派閥に入ってるんだ。面倒ごとになったら俺を頼ってくれ。全力で駆け付ける」
「お願いします!」
そうして、俺はアヴァロンの入り口まで彼を送ってから別れた。
「ルーエ、俺がメダルを渡そうとしたとき止めたな。なぜだ」
「勘。と、もう一つ。なんか変だったんだよね。パトロンがさ、【黒】の魔王の協力者か聞いたあと変わった。……人ってさ鼓動だけじゃなくてさ、いろんなリズムを体が発しているんだけど、そのリズムが変わったんだ。まるで別人になったみたいに。変なこと言うけどさ、二つ目の質問は嘘はついてないけど、別の人が応えたように思っちゃった」
ルーエも半信半疑で答える。
なるほど、たしかに不思議なことを言っている。
ただ、その判断は間違っていなかったかもしれない。【創造】のメダルを渡そうとしてやめたときに漏れ出た負の感情。
俺は勘違いをしていたのかもしれない
。
【絶望】のメダルを無償で差し出すというのは、俺に信じてほしいからではなく、自然と【創造】のメダルを差し出す流れを作るためではなかったのか?
そう考えれば筋が通る。
普通に交換を持ち出しても俺は断っただろう。だからこそのからめ手。
「もう派閥には入ってもらったし、【創造】のメダルを渡すのはもう少し様子を見てからにしよう。本当の戦友だと思ってからでいい」
俺はそう決めた。
そうだな。対プロケル同盟との戦いの【戦争】。一度でも最後間で戦い抜いてくれたとき、そのときは改めて【創造】を渡そう。
彼はロノウェと違って普通に強い魔王だ。
【創造】のメダルがなくても戦える。急ぐ必要はない。真の仲間と見定めてから【創造】のメダルを差し出そう。