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第十五話:クイナの敗北

【豪】の魔王の最終フロアにたどり着いた。

 そこで俺を待ち受けていたのは【豪】の魔王本人。

【覚醒】をすることで生まれ持った能力を高次の次元へと昇華している。


【覚醒】によって強化された能力は、自らの魔王を喰らうことで力を得るというものだろう。

 もともとの【豪】の力は二つだ。

 一つ目の力は女を犯すことで力づくで支配する力。この力でロロノを奪おうとしたことが今回の【戦争】の発端になっている。

 二つ目の力は名前から連想される通り、自己強化。


 自己強化は厄介だ。

 実のところ、魔王の能力は単純であれば単純であるほど出力は高い。マルコの【獣化】などはその最たるもので、Sランクの魔物すら凌駕する力を得られる。

 とはいえ、【豪】の場合は一つ目の能力があるのでマルコほどの強化は得られていないだろう。

 本来なら恐れる必要はない。


 だが、【覚醒】して進化し、代償を支払う能力になったことで、とんでもない力を得ている。

 ロロノが作った三騎士を一瞬で粉砕した。

 三騎士は【バーストドライブ】を発動しSランク並みの力を発動していたにもかかわらずだ。

 ……今回のことは肝が冷えた。

 クイナの反応が間に合わなければ、殺されていたかもしれない。


 そのクイナは、【豪】の魔王との決闘をしている。

 二人の戦いの衝撃波が飛んできた。それだけでふきとばされそうだ。


 部屋の中央で【豪】の魔王とクイナが拳をぶつけ合っている。

【豪】の魔王はどこまでも醜かった。異様なまでに筋肉が肥大化し二回り大きくなり、皮は分厚くなりひび割れ外殻のよう。怪しげな突起が背中から出て煙が噴き出ている

 

 対するクイナはどこまでも美しかった。

 クイナは全力をもってしても勝算が低い相手と判断し、省エネモードである少女の姿ではなく、髪が伸び、女性的な体つきになり尻尾がよりもふもふで優雅になった美女……本来の姿で戦っている。


「美女と野獣か」


 醜い化け物と美女が対等にぶつかり合っていた。

 その姿はどこかシュールでもあった。

 本気で戦うクイナの姿は神々しさすら感じる。


「マスター、ごめんなさい。まだ、足りなかった」


 ロロノがわずかに生き残ったアヴァロン・リッターたちに三騎士の破片を集めさせ顔を伏せて作業をしていた。


「私が作った三騎士が弱いせいで父さんを殺しかけた」


 ロロノが声が涙声になり、無意識に父さんと呼んだ。

 自分を責めて涙を流しながらその場で三騎士たちの修理を始めていたのだ。


 クイナが【豪】の魔王の拳を止めなければ俺は死んでいた。

 そのことを悔やんでいるのだろう。

 もし、三騎士がもっと強ければそんな危険はなかったと。


「……慰めの言葉はかけない。ロロノは聞き入れてくれないだろうからな。だから、こう言おう。さらに強いゴーレムを期待する」

「ん。ぜったい、ぜったい作る。もう、失敗しない」


 きっと、ロロノはこの約束を守るだろう。

 強い子だ。

 俺もこうして見ているだけというわけにはいかない。


 手を打とう。

 アビス・ハウルとオーシャン・シンガーたちに指示を出す。

 もともと、【豪】の魔王の魔物には異空間系の魔物の戦力が足りない。

 だからこそ、敵の異空間系の魔物は駆逐し終わっており自由に動ける。

 つまるところ、あの【豪】の魔王を無視して簡単に【水晶】の部屋へと行けてしまう。


 事実、そうなっていた。

 異空間を渡り、そのまま【水晶】の部屋へとアビス・ハウルたちはたどり着く。

 一応、最低限の用心をしていたのか魔物は配置されていたが、助けを呼ぶ間もなく奇襲で倒した。


 アビス・ハウルの奇襲性能は非常に高い。

 アビス・ハウルの一体が【水晶】を咥え牙を突き立てた状態で待機している。

【水晶】の部屋に【豪】の魔王の魔物か魔王本人が入った場合、あるいは俺が合図した場合、即座にかみ砕く。


 これは保険だ。

 クイナを信頼していていないわけじゃないが、万が一があった場合の手を考えるのが俺の仕事だ。

 クイナには恨まれるだろうが、クイナの身がやばくなれば俺はためらいなく【水晶】を砕く。 


 本気のクイナが負けるほど【豪】の魔王が強いなら、ティロとロロノ二人がかりでも勝てない可能性がある。

 ……逆に言えば、この保険があるからクイナの成長のために一対一を容認した。

 俺は何よりも大事な娘たちを失うことを恐れているのだ。


 保険が出来たので、クイナとの戦いを見守ることに集中する。

 さきほどから拳を打ち合っていたが変化が出始めた。

 クイナが押し負け始めたのだ。


【豪】の魔王がどんどん、大きく強く硬く速くなっている。


「まだ、強くなるのか」


 どうやら勘違いしていたようだ。……あいつはまだ吸収していた力が馴染んでおらず本調子でなかった。

 さらに、さらに、さらに強くなる。

 完全にクイナがついていけなくなる。


「だめ、勝てないの!?」

「うがあああああああああああああ!」


 状況は劣勢だ。

 真の力を解放したクイナですら、変質した【豪】の魔王に攻撃力も防御力は大きく劣り、クイナ自慢の素早さですら劣る。


 クイナが背負っていたショットガンを抜きトリガーを引く。

 最新型のEDモデル、クイナが魔力を込めれば込めるほど威力を増し、その魔力に耐えるだけの強度を兼ね備えている完成形ショットガン。

 さらに威力を高めるために弾が分散しないスラッグ弾を使った射撃。

 轟音が響き渡る。


 クイナには【未来予知】と【超反応】という二つのスキルがある。

【未来予知】によって数瞬先の世界を覗き見て、【超反応】によってありえないほどの反射神経を発揮し常に最善の行動がとれる。


 それにより、素早さで劣ろうとも確実に射撃を当てることができるのだ。

 吐き出されたスラッグ弾が三発、まったく同じ個所に吸い込まれる。


 そう、クイナは一発では仕留められないと判断し射撃音が一つに聞こえるほどの限界の連射で同一箇所へのピンポイント狙撃を行った。

 だが……。


「ごろすうううううううううううううううう!!」


 目論見どおり外殻を砕き、肉を抉ったものの、致命打にはならない。筋肉が柔軟かつ硬く衝撃を殺し弾丸が浅くしか肉を抉れない。


 痛覚がないのか、そのまま突っ込んでくる。

 クイナは素早くステップを踏んで躱す。

【未来予知】と【超反応】のコンボは回避にもその威力を発揮する。

 ふざけた防御力だ。クイナが勝機を見出すには今の三連射で抉れた箇所を狙うしかない。だが、数秒で【豪】の魔王の体は再生してしまった。


 ……一呼吸では三連射が限界だ。

 つまるところ、銃撃は通用しない。

 クイナは残った弾丸をすべて打ち尽くしてからショットガンを捨てた。


「うがああああああああああああああ!」


【豪】の魔王は地面を思い切り殴りつける。

 すると、大地が隆起し黒いオーラを纏った無数の土槍がクイナを襲う。

 クイナにはその攻撃が【未来予知】で視えていた。

 圧倒的な攻撃範囲の攻撃を躱す。逃げた先には【豪】の魔王が突っ込んで来ている。

 技も何もない、巨体を生かした体当たり。


 クイナは躱そうとするが、わずかにかすった。それだけでピンポン弾のように吹き飛ぶ。

 クイナは地面に叩きつけられるとくるくると転がりながら衝撃を殺す。それでもなおダメージは甚大だ。

 ……未来が見えているはずのクイナがダメージを負った理由は簡単だ。


 どうあがいても詰んでいる状況を作られた。

【豪】の魔王はその圧倒的なタフネスさで防御を考えずに捨て身の攻撃ができる。もともと素早さで優る相手にそんなことをされれば、どうあがいても防げない状況に陥る。


 クイナが起き上がり右手を掲げた。左手はだらんとしている。おそらく折れているいるのだろう。


 掲げた右手には朱金しゅきんの炎が燃え盛っている。

 クイナはショットガンを捨ててからずっと力を溜めていた。

 生半可な炎では今の【豪】の魔王には通じない。だからこそずっと耐えて逃げつつ時間を稼いでいたのだ。


「【紅金宝玉】!」


 その炎を放つ。

 限界まで力を溜めていながら、拳大の小さな炎。

 見た目は地味だ。

 だが、密度がとてつもない。クイナの全力、一度に放てる魔力のすべてが詰まっている。


 天狐たるクイナの真の炎はすべてを燃やし尽くす。

 燃やすという概念そのものだ。いかに防御力が高かろうが関係ない。

 そして、【未来予知】による数瞬先が見えるクイナが切り札を放つということは必中の確信があるからだ。


 限界まで圧縮された炎は光の速さで【豪】の魔王に向かう。

【豪】の魔王は黒い力を纏った右腕でクイナの【紅金宝玉】を殴る。燃えるという概念そのものの炎は黒い力も【豪】の魔王の外殻もその肉も骨も燃やし尽くしていく。

 だが……。


「これでも足りないの!?」


 肩先まで燃やしたところで切れた。

 炎が効かなかったわけじゃない。

 すべてを燃やせる炎とはいえ、燃やす代価にエネルギーを消費する。【豪】の魔王の存在の密度が高すぎて、クイナの全力でも腕一本が限界だった。


「アガガガガガガガガガガガガァ!」


【豪】の魔王が雄たけびを上げる。すると、今肩まで燃えた右腕が再生する。

 さらに筋肉が盛り上がり、外殻が肥大化した状態で。

 まだ強くなるのか!?


 何を考えたのか、数メートル距離があるのにそのまま思い切りクイナに殴りかかる。

 クイナは驚愕の表情を浮かべたあと吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。


 風圧だけでクイナを吹き飛ばしたのだ。

 その場で【豪】の魔王は何度も何度も空気を殴る。

 クイナが壁に張り付けにされ、どんどん壁にめり込んでいく。

 数十回、それを繰り返すとようやく腕を下ろした。ボロボロになったクイナが前のめりに倒れる。


「アガアアアアアアアアアアアアア、ゴロスウウウウウウウウウウウウ、ゴロスウウウウウウウウウウウウウ」


【豪】の魔王は叫ぶ。

 その目には一欠けらの理性も残っていない。

 強化が進めば進むほどわずかに残った思考すら失っていくようだ。

 それが圧倒的な強さの代償だ。

 この強さは魔王である奴がすべてを捨てたからこそたどり着けた境地だ。

 ……少し怖くなった。

 俺はいままで、反プロケル連合というものを舐めていたのだ。

 所詮は俺に勝てないからと同盟を組んだ二流魔王たちだろうと。


 実際はどうだ?

 ただ、すべてを捨てただけで一人の魔王ですら俺の切り札であるクイナを超える力を見せている。


【豪】の魔王が特別かもしれない。

 しかし、そんな楽観視はできない。こんな化け物を何体も同時に相手にしないといけない可能性がある。


【豪】の魔王がクイナから興味を無くし、こちらを見た。

 ……限界か。終わらせよう。


 すでに俺たちの足元には転移陣があり、やつがこちらを向いた瞬間、アビス・ハウルにクイナを拾わせ、【転移】で逃げ、【水晶】まえに配置したアビス・ハウルに【水晶】を砕かせてしまう。

 そうすれば勝てはする。

 しかし、クイナは勝つと約束した。

 あの子が約束を守ると信じたい。


「クイナ、ギブアップか。起きないようなら、この【戦争】を終わらせるぞ」


【豪】の魔王の注意が向くのを覚悟して大声を上げる。

 ティロとロロノが前に出て俺をかばう。この二人なら【豪】の魔王を倒せないまでも数秒は稼げる。


「プロケルぅぅぅぅぅぅごろすううううううううううううう」


 これだけ狂っても俺の名前は忘れないか。

 光栄だ。

【豪】の魔王が飛び出してきた。


 ティロが魔力を高めて、ロロノが【機械仕掛けの戦乙女】を纏い、【豪】の魔王に挑んでいく。数十体のアビス・ハウルが【闇の咆哮】でわずかながらの弱体化補正をかける。


 魔物たちには時間を稼ぐことだけを命じている。

 防御に徹すればしばらく持つ。

 クイナはぼろぼろの体で立ち上がる。


「まだ、終わってないの。クイナは負けてない」


 小さく笑う。


「なら戦え。次倒れれば終わらせる」


 しかし、満身創痍なのは変わらない。

 本当は今すぐにでも戦いを終わらせたい。この子を失いたくない。

 だが、クイナはそれを望まない。

 そして、俺もクイナの成長を見たい。だから、あと一回だけチャンスを与える。


「やー。クイナはもう倒れないの」


 クイナが何かをやろうとしている、だがうまくいかないみたいだ。

 力が足りていないのだろう。

 ……少しだけ力を貸すか。


【誓約の魔物】と魔王は繋がっている。

【誓約の魔物】が強くなれば魔王は強くなる。その逆もしかり。

 俺が強くなればクイナも強くなる。

 今、この場で強くなる方法は一つしかない。


【覚醒】を使う。

 己のうちに秘めた黒い力が溢れてくる。

 欲望が俺を飲み込む。抑圧していた汚い俺が全面に出る。


「アハハハハハハハハハハハハハ……って、またハイになるところだったな」


 かつての俺なら、この黒い力に飲み込まれていただろう。

 しかし、マルコがこの力の御し方を教えてくれた。

 汚い己を認めて、欲望すらも飲み込み、乗りこなす。

 それこそが魔王のあるべき姿なのだから。


 深呼吸。

 俺はいつもの俺だ。あの子たちが好きだと言ってくれる存在。

 絶望と嘆きを喰らう魔王じゃない。人と魔物が笑いあうアヴァロンを作ることを望んだ魔王プロケルだ。


 力が溢れていく。

 クイナとのつながりをたどり、俺の力が彼女に注がれる。クイナが笑った。

 クイナの全身が朱金に包まれていく。


「おとーさん、ありがとうなの。これで勝てる」


 クイナが微笑みかけてくる。

 何をするかはわからない。

 だけど、クイナはまた一つ殻を破る。

 その確信があった。



 

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