再び-8
元々、千年前に問題になっていた人口の増加に伴う居住場所の喪失という事態に備え、宇宙での居住地、スペースコロニーと呼ばれる巨大な人工建設物を作るために用意されていたものでもある。
「確かこれさえあれば、どんなに埃っぽい場所とか、閉じ込められた新鮮な空気が入り込まない場所でもずっと快適に過ごせるんだよね?」
「そんなことのために作られたわけではないが、その通りだ。魔法による水の生成、電解、その他もろもろの魔法の細かい組み合わせによって自分の周囲の環境を適したものにしてくれる。……魔力銃器と一緒さ、魔法を放つための工程を色々すっ飛ばして使えるってだけさ」
「なんでもありだね……旧文明の道具って」
「なんでもってわけじゃないさ、過去に暮らしていた人類が何度も研鑽を積んでようやく生み出せたものだ。なんでも作れるなら……とっくに俺たちだけでデミスを倒している。その証拠に、來栖が千年もかけてようやく魔族を外に出せるようになったようにな」
來栖でさえ、魔族を外に出す技術を生み出すのにはかなりの時間を要していた。
それこそ、アリスのような協力的な魔族が現れたおかげで、こうして外に出ることが早まったほどに。
「最初……お前を見た時は驚いたぞ? あれだけ厳重にアースクリアに存在する肉体なき者たちを兵器として利用されないよう、リセット以外では記憶や意志を自由に操作できないプロテクトを施していたのに、お前たちが出てきたわけだからな? 來栖が遂にプロテクトを破ったのかと思ったぞ」
「そういえばあなた……來栖ちゃんと仲が悪いようだけど、昔に何があったの?」
ふいに気になったのか、タカコが問いかける。すると、どこか言い難そう遠い目でセイジは視線を逸らした。
「アースクリアを作るときに少しな。当時のあいつは自分を見失っていた……リーシアを失ったことによって、何を犠牲にしてでもデミスを倒すことが全てだと思うようになっていたのさ」
「具体的に……何をしようとしたのかしら?」
「あいつは戦うためだけに存在する生物兵器を作ろうとしたんだ。アースクリアのシステムを利用してな……お前たちなら、それがどれだけ危険な行為か理解できるんじゃないのか?」
セイジはそう言うと、タカコ、アリス、クルルの三人に視線を向けた。
向けられた視線で、それがどういう意味なのかを瞬時に悟り、三人は表情を暗くする。
「あいつが……より強い異種族を作ろうと多くを犠牲にしていたように、あいつは多くの命をデミス討伐のためだけに使おうとしていた」
開発途中だったアースクリアを利用し、來栖はデミスを倒すことだけを目標とした、従順に命令を遂行する超人を作り出そうとしていた。それは、生まれた時から延々と身体を鍛え、デミスと戦うことだけを目的とした死への抵抗すらない存在。
それによる犠牲は計り知れなかった。
デミスは過去にいた超人たちの力を得て強くなっており、戦力も変異体へと変化させられた人々がいるため数えきれないほどに保有している。
そしてデミスは眠っている状態にあり、常に攻撃を仕掛けるわけではない。そのため、充分な戦力、それこそ鏡のような巨大な力をもった者が生まれなければ勝負を仕掛けられなかった。
また、超人でもあまりにも人口が増加しすぎればデミスが目覚めてしまう危険性があったため、結局、そのほとんどが戦わずに人口の増加を防ぐために廃棄処分となってしまう。
デミスと戦うためだけに作り出されたのにも関わらず、何もせずに死んでしまう。それも、鏡のような大きな力をもった者が現れるまで永遠に。
それは、命を弄ぶという域を超えた所業だった。楽しいと思えることも、人との触れ合いで培われる協調性も一切磨かれない人生を送り、苦しい想いをして強くなったと思えば何もせぬまま殺されてしまう。
「俺は許せなかったんだ……人の意志や尊厳を奪った、戦うだけの生物兵器を作り出すのが」
「だから、今のアースクリアが作られたのね」
「そういうことだ。一応……お前たちも、デミスと戦うために作られた生物兵器になるが、お前たちにはちゃんと自分の意志がある。そして自分の意志でここに来たはずだ」
それが、セイジが來栖に交わさせた最低限の条件だった。
來栖のように全てを犠牲にするとまではいかなかったが、デミスを倒さなければ何も解決しないことには変わりなく、デミスに対抗できる強い者を生み出す必要はあった。
故に、モンスターや魔族、そして魔王という暮らしを脅かす存在がいて、強くなることが快適な暮らしへと繋がってはいるが、それを避けて平和な暮らしを営むこともできる今のアースクリアが生まれたのだ。
「かつてのリーシアのように、デミスと戦えるだけの存在が現れるかは不安だったが……お前たちが来てくれた。どうせ無理だと諦めかけてはいたが……長生きはしてみるもんだな」
最早アースに希望はないと、アースクリアを真の世界として全てを終わらせようとしていたセイジは「少し早まったことをした」と、申し訳なさそうに手を額に当てた。
「とにかく、話がずれたが旧文明の道具は全て……かつての人類が努力の果てに作り出したということだけは覚えといてくれ。それを背負っているということを忘れるな」
「うん……わかったよ」
再度の確認にアリスは真剣な顔つきで頷き返した。
過去に何があったのか詳しいことまではわからなかったが、それでもこの時代にまで受け継いでくれたことに感謝しつつ、一同も同じように頷いた。
「さて……それでは早速、ここの見張りはワシとミリタリアが持つとしましょう。クルル、それとタカコは自分の特訓に時間を割くといい。アリス、お前も何か他のことをするといいだろう」
「あら? いいのかしら? 王様に直々にやらせてしまうなんてなんだか申し訳ないのだけど」
「ふ……この世界で元王の権限など関係ない。むしろこの世界を救うかもしれないお前たちの方が権限は上だ。まあ……それだけワシが、お前たちに敬意を抱いていると思えばいい」
真っ直ぐに視線を向けてくるシモンから本当にそう思っているのが伝わり、タカコは目を丸くして「そう……ならお言葉に甘えるわ」と微笑を浮かべる。
長年、王として無慈悲に人々を洗脳し、外の世界へと向かわせようと心を閉ざしてきた生活に、希望の光を差し込んだのは紛れもなく鏡、そしてその仲間たちだった。気兼ねない生活を自分の代で得られるかもしれないチャンスに何もしないわけがなく、こうしてシモンは自分から買って出ている。ミリタリアも同じだ。
「じゃあボクも……パルナさんの様子を見に行こうかな。セイジさんはこれからどうするの?」
「俺はこれからまた、ティナをしごきに行く予定だ。あいつには何がなんでもスキルを使いこなせるようになってもらわねばならんからな」
それだけ伝えると、セイジは來栖に似た醜悪な笑みを浮かべ、転移による光のサークルに包まれて部屋から立ち去った。
それに続いて、これからティナの身に襲い掛かる地獄を想像してアリスはタカコとクルルに顔を見合わせて苦笑い浮かべると、それぞれ目的の場所へと向かうため、セイジの後を追って部屋から立ち去った。
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地下施設エデン。現在施設まるごと空に浮遊しているそれは。ノアのような一つの巨大な空間に、居住区やセントラルタワーなどの重要な拠点が密集しているわけではなく、ガーディアンのように各階層で施設が分けられているわけでもない。
二つの地下施設とは大きく異なり、セントラルタワーのような建造物が一切なく、全ての施設が枝分かれした通路から施設のある部屋へと繋がっており、ノアとガーディアンのように一つの大きな部屋に複数の施設があるわけではない。
その内装は迷路のようで、どこかダンジョンを沸騰とさせるが、ノアとガーディアンのように無駄なスペースが生まれないように考慮されて作られていた。
施設毎に全てが部屋分けされているため、どこか狭苦しい感覚はあったが、そもそもセイジがこの地下施設を空へと浮遊させるため、最初から極力無駄が生まれないようにしていたのであれば、その機械的な構造にもどこか納得できた。
しかし、あまりにも閉鎖的な空間は人の心の余裕を徐々に蝕む。
それが狙いだったのかは本人にしかわからないことだが、セイジは肉体に負担が掛からないよう、少しずつエデンに居た者たちをアースクリアへと移動させていた。
そのため、エデンの施設内には頑なにアースクリアへと行くことを拒んだ者しか残っておらず、内部はその広さに相反してほとんど人がいない。故に、多くの施設が使われないまま残っている。
また、施設内部には農作物をほぼ自動で栽培し、採取したものを長期保存するために加工を施せる工場もあり、食料品が潤沢に保管されている。
そのため、現在は各々デミスとの戦いに向けて準備を行っているが、臨時の際にはノアとガーディアンを完全に封鎖し、戦える者たちはここを拠点にすることになっていた。
「おいデカ乳女、食材はこれしかないのか? 保存食ばっかりではないか! こんな食材では妾の口に合う料理はもちろん、レックスが満足する物など作れぬぞ!」
そんな、誰も使わなくなった広大な食料保管庫とキッチンにて、エプロンと三角巾を着用したパルナとフラウがそれぞれ包丁を片手に並んで立っていた。
「あたしに言わないでもらえます? むしろ食料があるだけマシだと思うべきじゃないですかね? あんまり贅沢言っていると、喚いていうこと聞いてくれないってフラウ様のお姉様……ニニアン様に言いますよ?」
先程から文句ばかり口にするフラウに、パルナが皮肉たっぷり嘲笑を浴びせかける。
「ぐぅ……ね、姉様に報告するのは卑怯だぞ! この卑怯者!」
「あらぁ? あたしは事実しか報告するつもりはありませんけど? それで怒られるならフラウ様が悪いんじゃないですかぁ? 勝手にあたしを悪人扱いしないでもらえますぅ?」
「……醜い争いでござるな」
暇つぶしがてら、片腕を枕にして寝そべりながら、二人が料理をする様を傍らで見守っていた朧丸も、一向に進まない調理を前に思わずため息を吐いた。
というのも、先程から二人は何故か一つしかなかった生板を奪い合っていたからだ。
恐らくはちゃんと探せば見つかるか、生板に代わる装置があるのだろうが、食糧庫の場所と調理場所のことしか詳しく聞いていなかった二人は、調理器具が一式あった場所に置いていた1枚の生板を取り合っていた。
今も、殺気の感じられる笑顔を浮かべながら、二人は包丁を片手にまな板を奪い合っている。
「というより、フラウ様に料理なんてできるんですか?」
「ふん……妾を甘くみるでないわ! これでも姉様に死ぬほどしごかれ……いや、妾の趣味としてだな、お手のものよ! 未だに父上は食べてくれんがな!」
「それって……胸を張って言えることなのでござるか?」
認められてもいないのにない胸を張るフラウに、朧丸が呆れて目を細めた。
「うるっさいわこの小動物が! 妾はヘキサルドリア王国が第二王女だぞ⁉ お前ごとき畜生が軽口聞いてよい存在ではないわ!」
「ふぐぅ! まだ傷も完全に癒えてござらんのにこの仕打ち! またこれでござるか!」
そんな朧丸を、いつものように片手で鷲掴みにするフラウ。
「あらあら? まーた権力ですか? 飽きないですねぇ?」
「ぐ……しかし妾がヘキサルドリア王国の第二王女なことには変わりない! だが……な? 妾もそれなりに考えたわけだからこうして特訓に明け暮れる皆に食事を振舞おうとここに立っているのだ」
「皆って……レックスを含めても今は数人しかいないじゃないですか、別にあたしだけで充分なのでトレーニングルームに戻ってくれていいですよ?」
「何を言っておる? 妾が作らねば一体だれがレックスの食事を作るというのだ? 未来の夫の食事を作るのだから、妾の仕事であろう?」
まるで、既に婚約したかのような口ぶりでフラウは言い放つ。
レックスと覚醒の試練を終えて以降、妙によそよそしい態度になっていたと思った矢先に放たれた爆弾発言にパルナの眉間に皺が寄った。
「……そういうのは、まともに料理が作れるようになってから言ってください。クーちゃんから聞いていますよ? 料理……とぉ~ってもお下手だって」
「く、クルルの奴……いらぬことを! お主だってクルルの話では、旅の最中はティナがいつも料理を担当してて、ほとんど料理をしたことがないらしいではないか!」
「残念ながらあたしはいつもアリスのお弁当を作ってましたから料理はお手の物ですよ? というわけでそろそろ生板を渡していただけますか? どうしても料理がしたいなら、フラウ様は自前の生板を使えばいいじゃないですか?」
「おっとぉ? 胸元に視線を感じるぞぉ? お主……絶対に許さん…………!」
料理をするはずが、いつの間にか目的がずれて取っ組み合いになり、ようやく解放された朧丸は「女怖い」と虚ろな瞳になりながら床に倒れ込む。
ちょっと地獄を旅していたのですが、ようやく戻ってこれたので。明日からガンガン更新します。
(3日間連続更新 以降2~3日一回更新)読者の皆様には大変お待たせしてしまいすみません。。。