家族、才能、決意――
俺は、いつの間にかジャックと呼ばれていた。
ジャック。ジャック・リーバー。
それが、俺の名前だった。
俺は地方に領地を持つ伯爵家の第一子として生を受けたようだ。
両親は前世の俺と同じくらいか、下手すりゃ年下の若い夫婦で、どっちももの凄い美男美女。
その遺伝子を受け継ぐ俺自身のルックスにも期待が持てるってものだ。
そんな新しい自分を確認して思い出すのは、神様が言ったこと。
逃げ延びろ。
隠れろ。
やり過ごせ。
決して見つからないように。
あれは……きっと、応援だ。
今度こそ、あの妹の魔手から逃れ、幸せな人生を過ごせ、と……そう言ってくれたのだ。
せっかくもらえた、有り得ない二度目。
このチャンスを……あんな妹なんかに、奪われてたまるか。
絶対に、絶対に絶対に、あの妹には見つからない……!
それは、普通に考えれば、そう難しい話じゃないはずだ。
だって、俺は転生したのだから。
名前も違えば顔も違う。
俺を俺だと特定できる材料は、記憶くらいしかない。
つまり、俺がボロさえ出さなければ――
例えば、幼い頃から常識外れの才能を発揮するとか――
例えば、現代の知識を駆使して領地に繁栄をもたらすとか――
例えば、世界を救って英雄になるとか――
――そういう『私は転生者です』と言わんばかりのことさえしなければ、あの妹が俺を見つけだすことはできないはずなのだ。
ただ……一つ懸念があるとすれば。
あの妹が、常軌を逸して優秀だということ。
あいつなら、俺には思いも寄らないような手段で、俺を見つけ出すかもしれない……。
そうなったら――
「おお、ジャック! お前はあまり泣かなくていい子だな。将来が楽しみだ!」
「ふふ、あなた。赤ちゃんはよく泣くくらいが元気でいいじゃありませんか」
「ふむ、そうか。だが心配はあるまい。見ろ! この覇気のある顔を! この子は必ず、何か大きなことを成し遂げてみせるぞ!」
そう言って父が、俺を高く抱き上げる。
俺を見上げる父と母の笑顔は、愛情と優しさに満ちていて――
――壊させるわけにはいかない。
この家族を、前世のようには。
自衛の手段が必要だ。
あの悪魔めいた妹に対抗するための、自衛の手段が。
そうして、俺は思い出す。
あの妙におどおどした神様は、こうも言っていた。
転生先を裕福な家にするほか、才能も一つサービスする、と――
それは、俺が生まれて9ヶ月目に表れた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
なんか、いつもより天井が近いな。
最初の認識はそんな程度だった。
だが、徐々に状況がわかってくる。
背中にベッドの感触がない。
身じろぎすると、ぐるりと身体が回った。
なんだ? なんだ? なんだ!?
もしかして――
俺、浮いてる?
俺は、宙に浮いていた。
まるで風船みたいに、ふわふわと……。
「あ……ああ……!」
髪をツインテールにした14歳くらいのメイドが、驚いた顔で俺を見上げていた。
俺の世話役のメイドで、名前はアネリという。
彼女がおしめを変えようとした瞬間、俺はふわふわと浮き上がり始めたのだ。
つまり、俺は今、下半身丸だしの状態で浮かんでいることになる。
あの……早く履かせてくれません?
そんな俺の思いは、第二の母親と言ってもいい少女アネリには届かなかったようだ。
「だっ……旦那様ぁぁ――――!! 奥様ぁぁ――――っ!!!」
そう叫んで、アネリは部屋を飛び出していってしまった。
えーと……なんだっけ?
『幼い頃から常識外れの才能を発揮する』とか、そういうことはしちゃいけないんだっけ?
俺は小さな身体に嫌な汗をだらだら流しながら、両親がやってくるのを待った。
「おお……すごい! すごいぞ、俺たちの子供は!」
「ええ……! こんな歳で精霊術を発現させるなんて……!」
駆けつけてきた両親は、ふわふわと浮いている俺を見るなり絶賛した。
精霊術……って言ったか?
何それ?
「俺など初めて使えたのは四歳の頃だったというのに……」
「稀に生まれてすぐ使える子がいるとは聞きますが……この子は、精霊に愛されているのですね」
稀にってことは、俺だけじゃない?
じゃあセーフ? セーフですかね?
ともあれ、話はまだよく見えない。
俺は説明を求めたくて、両親に手を伸ばして「あー、あー」と言った。
「そうね、怖いわよね。おいで、よしよし」
俺は母親に捕まえられて、暖かな腕と豊かな胸の中に収まる。
それから、父親が俺の顔をのぞき込んで、言い聞かせるように語った。
「いいかい、ジャック。我々には皆、精霊の分霊――子供のようなものが宿っている。当然、お前にもだ。お前の身体を浮き上がらせたのは、お前の中に宿る精霊の御力によるものなのだ」
ああ、なるほど。
精霊の力による魔術だから、精霊術ってわけか。
「精霊の御力は誰しもに宿り、手足を動かすのと同じように、自然に扱えるものだ。だが、お前は紛れもなく特別だ。
父は決めたぞ、ジャック。お前のその力を、俺は全力をかけて磨こう。そして世のため人のために使ってくれ」
「そんなことを言ってもわかりませんよ、あなた。まだ赤ちゃんなんですから」
「いいや、伝わっているはずだ! 何せ、俺の子なのだから!」
ああ、伝わってるよ、父さん。
俺はこの力を、世のため人のために使う。
そう――あの恐ろしい妹から、世と人を守るために。
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精霊は全部で72柱存在し、エルフなども含めたすべての人類種に、その分霊が1柱ずつ宿る。
発現する精霊術は、宿った精霊によって異なるようだ。
世話役のツインテメイドに読み聞かせてもらった精霊術の入門書によると、俺に宿ったのは精霊〈アンドレアルフス〉。
精霊術は【巣立ちの透翼】――『自分自身および身体が触れたものから重さを消し去る力』。
人や熟練度によって細かい効果は変わってくるようだが、現状の俺が使えるのはそんな力だった。
ハイハイができるようになって、行動に自由が生まれてくると、俺は積み木を使って精霊術の訓練をした。
父親は俺に精霊術の英才教育を施してくれるつもりのようだが、さすがに1歳にも満たない子供に家庭教師をつけたりはしないらしい。俺がもう少し育ってからと考えているようだ。
だが、妹がいつ俺を見つけ出すかはわからないのだ。
独学でも、やるしかなかった。
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「おおっ!」
俺を見つけるなり、父さんは感嘆の声を上げた。
俺は、10個の積み木を同時に浮き上がらせていたのだ。
「この歳にしてここまで術を使いこなすとは……やはりお前は天才だ!」
父さんは大喜びで俺を抱き上げる。
同時に、浮いていた積み木はばらばらと落下した。
浮かせていられる時間にも、個数にも、やはり限界がある。
使い方はだいぶわかったし、その辺りをきちんと把握しないとな。
積み木での訓練じゃたかが知れてるし、外に出ていろいろ試せたらいいんだが……。
などと考える俺をよそに、父さんは俺に頬ずりし始めた。
じょりじょり痛い! ヒゲを剃れ! ヒゲを!
頬をぺちぺち叩いてやったら、父さんは悲しそうな顔をして離れた。
そんな顔すんなよ……。
こんな風に他愛もない、普通の家族として過ごしていると、まるで戒めのように、まるで楔のように、あの日々の記憶が脳裏をよぎる。
18歳の頃。
高校卒業とほぼ同時に始まった、悪夢の日々が。