第七話:大魔王様は見守る
青い雫型のスライムが、大きく息を吐いた。
少女形態をとれるシエルではあるが、やはり雫型が一番リラックスできる。
この部屋で起きているのは彼女だけだ。
彼女の主人と、そのお相手であるキツネ耳美少女は、裸で抱き合うようにして眠っている。
「ぴゅふ~、疲れたのです。魔王様、ハッスルしすぎです……。狙い通り、強い感情を得られましたがかなりやばいです。いつもの魔王様なら、この状況でも、最後には断って、他の手を探したはず。魔王様はそういう人です」
アヴァロンの中では新入りではあるが、シエルはプロケルのことをよく見ていた。
シエルはアヴァロンの魔物たちの一部をほぼすべて吸収している。
故に、魔物たちのプロケルへの想いを受け継ぎ、彼のことを誰より知っていた。
だからこそ、プロケルを試すようなことをしたのだ。
「魔王様は最強の三柱との戦いで【覚醒】の使いすぎで黒く染まってしまったです。アウラ様の治療で収まったと思ってましたが……。沈静化だったようです。本人は気付いてねーですが、黒い魔王様が表面に出てきてやがります。なんとかしないと。完全に黒くなっちまったら終わりです。アウラ様の黄金リンゴは使い切っちまってますし、なにより、ここにはみんながいねーです」
【覚醒】の副作用である、狂暴性の発現。それは黄金リンゴのポーションさえあれば、抑えられる。
しかし、最強の三柱との戦いでシエルが大量に保管していた備蓄は使い切り、補充ができていない。
「こういうとき、シエルは無力なのですよ。なんでもできて、なんでもない。世界最高のスライムの名が泣くですよ」
シエルは、ベッドで抱き合いながら眠るプロケルとクミンを見ながら、スライムボディを振るわせる。
「まあ、やれることはやるです。アウラ様の力を再現することは無理でも、ハイ・エルフのスキルならできるし、気休めにはなるです。……魔王様を魔王様のままで、クイナお姉さまたちの元へ帰す。責任重大なのです。でも、必ずやり遂げるですよ」
それから、【収納】していた各種薬草を調合し、いくつかのスキルや魔術を使い薬効を強化する。
アヴァロンの中でも特に気配り屋のスライムは、深夜遅くまでこつこつと、できることをしていた。
◇
朝食の時間となった。
クミンの様子がぎこちない。
「大丈夫か?」
「はっ、はい、大丈夫です。優しくしてもらいましたし、気持ち良かったです!」
かちかちになりながら、クミンが元気よく返事をする。
「それもあるが、生贄にされるのは今日だろう。怖くはないのか」
「生贄になるのは怖いです。でも、プロケル様がいれば、大丈夫。そんな気がするんです」
「んっ、アルヒも怖くない」
どうやら、まだ付き合いが浅いのに俺を信用してくれているようだ。
その信頼に応えて見せよう。
……こちらの魔王との交渉で平和的にこの姉妹を譲り受ける、そしてそれが失敗したとしても武力を持って圧倒する。
朝食はシエルが作ってくれていた。
「この、緑の粥はなんだ。ここまでどぎつい緑だと食欲がわかない」
「薬膳粥なのです。見た目は悪いですが、美味しくて体にいいのです。魔王様は絶対全部食べるです。食べなきゃ怒るですよ」
青髪の少女姿になったシエルが、強い口調で急かしてくる。
仕方ない。あまり気乗りしないが食べてみよう。
驚いたな。うまい。
滋味あふれる味で、しかも体が内側から温められるようで心地よい。
活力が沸いてくる。
体が軽くなったし、澱のようなものが流れていく気がする。
「うまいな」
「当然なのです。魔王様のために触手によりをかけて作ったのです。おまえらも食べるですよ。一日、二日で弱った体は治らねーです。もっと食べて肉付けるです」
「シエル様のお粥、本当に美味しいです。あとで、レシピを教えてください」
「おかわり! アルヒも気に入った」
「あと、この水筒に入れておいたですよ。こっちは冷めても美味しいよう濃い目の味付けにしたし、薬膳自体の殺菌効果で三日は持つ代物です。生贄で運ばれている間はろくなもの食わせてもらえねーですし、馬車の中で食べるです」
姉妹にもこの粥は好評のようだ。
ただ、いったいどういう心変わりだろう。シエルは体内に、非常に多くのものを【収納】している。
前線で使える補給庫であることも彼女の役割であり、それもシエルを【収納】していた理由の一つ。
その気になれば、姉妹に食べ物の取り方を教える必要なく、いくらでも食料を分けてやれた。
だが、シエルは自分たちがいなくなったとたんに飢えるのでは意味がないと、食べ物のとりかたを教えた。
なのに、この薬膳粥はあきらかにシエルが備蓄を使ったものだ。
姉妹たちの弱った体を癒すためと考えれば不思議ではないが、それだけではない気もする。
「シエル、なんのためにこの薬膳粥を作った」
「魔王様に元気になってもらうためですよ」
「ふむ、俺の体調に変化があったのか?」
俺以上に、シエルは俺の体を知っている。
彼女の意見は聞いておいたほうがいい。
「風邪の予防みたいなのです。病気になる前に体力つけておくです。あんまり気にしないでいいです」
シエルはそれ以上言おうとしない。
ならば、無理に聞き出すこともないだろう。彼女があえて言わないのであれば、それは聞かないほうがいいことだ。
扉が乱暴に叩かれる。
キツネ姉妹を迎えに来たようだ。
「二人とも、俺たちはしばらく姿を消す。だが、必ず近くにいて見守っているから安心しろ」
「はい、信じてます」
「いい子にして待ってる」
「では、魔王様失礼するですよ」
シエルが俺を丸呑みし、そしてその色を周囲と同化させる。
高度な擬態だ。たとえ、目の前にいても気付かない。
クミンが扉をあける前に、蹴り破られた。
「夜逃げはしなかったようだな」
「……そんなこと、考えもしませんでした。早く連れて行ってください」
「殊勝だな。俺の物になれば死ななかったのに、馬鹿な女だ。あの男はどうした?」
「プロケル様はもうたたれました」
「あれだけ偉そうなことを言っておいて、逃げたか。はん、つまらない奴だ」
クミンの後ろに隠れていたアルヒが何かを言おうと前に出ようとするのをクミンは咎める。
いい判断だ。ここで揉めるわけにはいかない。
ほとんど、連行されるように姉妹は馬車に乗せられた。
このままこちらの魔王とやらのところまで連れていかれるのだろう。
馬車が出発するのを見届けた。
「さあ、俺たちも行こうか」
「ぴゅいっと、変身なのです」
シエルがその姿を変える。
ヒポグリフ、鷲の上半身と馬の下半身、複数の翼を持つ魔物。
それに跨り、空から馬車をつける。
もちろん、ただ変身して飛んだだけなら目立ってしまう。
シエルは隠密系のスキルをいくつも使っている。
変身しなくとも、二ランクほど威力は落ちるが吸収した魔物の能力を使える。
相変わらず便利な奴だ。
◇
そうして、まる二日尾行を続けていた。
「ご主人様、あの馬車に加速をかけていいです? トロすぎていらいらしてきたですよ」
「気持ちはわかるがやめておけ」
アヴァロンで使われているゴーレム馬車ならあれの三倍は速度を出す。あれに慣れているせいで普通の馬車が亀のように感じる。
「こっちの魔王は、わりと手広くやっているようだな」
「ですです。このあたりの集落や村を回りながら生贄を拾っているです」
「生贄のすべてが若い女か。偶然ではないだろうし、とんだすけべ魔王だな」
「……そ、その通りなのです」
女だけを集めるなんてどうかしている。
いったい、そんなことをしてどんなダンジョンを作るつもりなのか?
その答えは思ったより早く出た。
「目的地に着いたみたいなのです」
「趣味が悪いな」
それが俺の第一印象。
「あれ、ダンジョンですよね」
「ああ、そうだな。こっちの魔王は、まったく違うルールで動いていると思っていたが、少なくともダンジョンを作るというのは俺たちと同じようだ。……そして、よりにもよってこっちの魔王が俺と同じく街を作っているとはな」
ダンジョンであることは、肌でわかる。
そして、そのダンジョンの入り口はぎらぎらする蛍光色ピンクの門、卑猥な絵まで描かれている。
驚いたことに、その門を人間が次々にくぐっていた。獣欲をむき出しのだらしない顔をして。
馬車と一緒に、ダンジョンに潜入する。
世界が切り替わった。ダンジョンというのは一種の異世界であり、魔王の腹の中。
この中で生じる感情はすべて、魔王のものとなる。
感情の流れから、感情を喰らうという点も俺たちと同じだと察する。
……入って少しして、この街を作った魔王の狙いがわかった。
ここの魔王は好きになれそうにない。
女を見世物にしていた。
残虐で、過激で、どうしようもないほどに玩具にしていた。
今はステージで大型犬の魔物が逃げ惑う女を押し倒し、性的な意味で襲っている。それを見て、男どもが狂喜乱舞する。
別の場所では、人間の男が女をいたぶっていた。人の尊厳などまったく気にしないほど自分本位に。
ようするに、ここは各集落から女をさらい、死ぬよりも辛いほどの責め苦を与えて感情を絞り出し、逆に男は客にして、その欲望をさらけ出させる。
女からも男からも、ありえない量の感情を引きずりだしている。
感情を得るうえで、これ以上ないほど効率的な手法だ。
それはわかる。
わかるが……、嫌悪する。
「シエル、ここの魔王を潰したくなってきた」
「魔王様、無理はしないでほしいです」
「もちろんだ。勝てない戦いはしない。だが、勝てると思ったら、俺はそうするだろう。こういうやり方は反吐がでる」
正義感じゃない。
ただ、気に喰わない。それだけだ。
それに、クミンやアルヒがこうされるのも許せない。
……何をするにしてもまずは魔王と接触しないと。
そのために、軽く騒ぎを引き起こすとするか。
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