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第二話:大魔王様と【完全模倣《パーフェクト・トレース》】

 エヴォル・スライムのシエルと共に外にでる。


「ぴゅふふふふ、シエル大手柄です。ここで活躍すれば、【聖四天】の座は無理でも【八魔将】になれるかもです。心がぴゅいっとしちゃいます」


 青髪の少女が邪悪な笑みを浮かべている。

 ちなみに聖四天やら八魔将やらは、特別な魔物に与えられる称号だ。

 俺の魔物たちの頂点は、三体の【誓約の魔物】であり、それに次ぐ絶大な力を持つ【聖四天】が存在しており、これらの魔物は単体戦力でも圧倒的だが、それ以上に指揮官としての色が濃い。

 そして、最後の【八魔将】は純粋な力を持って選ばれる。


【八魔将】の中には、それこそ純粋な戦いであれば【誓約の魔物】とすら互角なものもいる。

 これらの魔物は単独で、一つの国を相手にできる。

【聖四天】と【八魔将】は俺の参謀である黒死竜ジークヴルムのデュークという竜人が造った称号で、魔物たちのモチベーションアップに繋がっていた。

 ……ちなみに、これらに選ばれると二つ名持ちになる。

 毎回、魔物たちにねだられて魔王たる俺が直々につけることになっているが、ぶっちゃけた話ちょっとやってしまった感もある二つ名もある。

【告死天使】とか、何を考えて付けたのだろうか。本人が喜んでいるのが救いだが。


「ぴゅふふふふ、これでシエルも二つ名もちなのです」


 ……さすがに俺を無事連れ帰ったら、褒美をやらないわけにもいかない。今から、この子の二つ名を考えておこう。なるべく地味なのを。

 そうして外に出ると、俺の世話をしてくれた少女が駆け寄ってきて、心配そうな顔でいろいろと聞いてくる。

 足元には洗濯物を入れた籠があって、洗濯の途中だったらしい。

 笑顔で頷き、身振り手振りでなんとか元気だと伝えると、ほっとした顔で戻っていく。

 言葉が通じないのは不便だ。どうにかしたいものだ。


「魔王様、あの女の言葉わかったほうが便利です?」

「それはそうだ。みんなが迎えにくるまで、ここで世話になる予定だ。……あの子が俺に向ける感情は心地いい。他に、ちょうどいい餌がある拠点を確保するのは面倒なのもある」


 魔王というのは、食料を必要としない。

 人の感情を喰らって生きる。

 魔王の多くは、ダンジョンを作り、財宝や、魔物を殺すことでレベルを上げようとする冒険者を誘い込み、その欲望を、恐怖を、絶望を喰らう。


 俺は少し変わりもので、街を作って人を集めた。

 そして、街で過ごす人々の感情をもらって生きている。マイナスの感情ではなく、楽しさや幸福といった感情を好んでいる。

 感情の強さでは、マイナスの感情に大きく劣るが、多くの人間から長く得られるという点では勝っている。


 人の感情がなければ、魔王は飢え死ぬしかない。

 彼女の感謝という感情は、量はもの足りないが、質は悪くない。

 ……とはいえ、おそらくたった一人の感情なら、もって十日。

 感謝の気持ちなんてものは日に日に薄まることも考えれば、もっと短いと考えるべきだ。

 あまり、帰りが遅くなるようであればこちらでも多くの人間の感情を得るために行動を起こさないといけないだろう。

 それも、飢えて満足に動けなくなる前に。


「なら、仕方ないです。シエルにお任せなのです。ぴゅいっと、もぐもぐ」


 シエルが、さきほど彼女とすれ違うときにキツネ尻尾から抜いた毛を咀嚼する。

 飲み込むと、さきほど青い髪の少女になったときと同じように空中で一回転。

 キツネ耳と尻尾が生えた少女になった。

 シエルの能力、【模倣トレース】。


 相手の一部を体内に取り込むことで、その姿とスキルを手に入れる。


「ぴゅむむむ……ぴゅいっと理解できちゃいました! あの子たちが使う言葉。魔王様にも教えてあげます!」

「ああ、頼む。たしか、そういうスキルがあっただろう」

「ですです! この前戦闘で戦ったときにばくっと食べちゃってゲットしたんですよね。……ちょっと待ってくださいね。一度元に戻って……【転心】」


 さきほどの青い髪の姿。シエルの人型形態に戻り、【転心】を使う。

 先の戦争で、敵対した魔王の魔物が使っていたスキルで、自分の知識を他人に譲渡するスキルだ。

 素早い情報伝達に使えてなかなか便利だ。


 シエルは調子乗りだが、気が利いている。

 こちらの言葉だけじゃなく、あの子から得た情報、今いる村や、それをとりまく環境なんてものを【転心】で移してくる。

 ……いくつか国の名前が出てきたが、どれも知らない。


 違和感が増えてきた。いくらなんでも、あまりにも、聞き覚えがなさすぎる。

 なにか、根本的な勘違いをしているのではないだろうか?

 いや、考えるのはよそう。

 今は何より、アヴァロンと連絡を取ることが先決だ。


「じゃあ、魔王様。【完全模倣パーフェクト・トレース】いきますです!」

「ああ、やってくれ。【創造】の魔王プロケルの名において力の解放を許可する」

「かしこまりです!」


 シエルが、デフォルトの雫型スライム状態になり、周囲の木々や風が騒ぎ出すほどの魔力を放出する。

 そのタイミングで、魔王の能力でシエルのステータスを覗く。


種族:エヴォル・スライム Sランク

名前:シエル

レベル:87

筋力E 耐久E 敏捷C 魔力D 幸運D 特殊EX


スキル:

模倣トレース:対象の一部を吸収することで、その姿に変身可能となり、変身時は対象のステータス・スキルを一ランク低下して使用可能に。

 ※変身時は対象のスキル以外使用不可

 ※変身をしていない場合でも対象のスキルを使用可能だが、二ランク性能が低下する

 ※対象にできるのはAランクまで

・分裂:己の分身を生成可能。

・物理完全無効:物理攻撃を無効にする。魔術抵抗(中)

・収納:異空間に物質を貯蔵できる

・超変身:形状、質量、質感、硬度、色、ありとあらゆるものを思い通りに変更できる


 エヴォル・スライムはSランクの魔物としてはステータスが低い。

 スキルも、物理無効、超変身は頼りになるが、それでもSランクとしては地味だし、収納に至っては戦闘には使えない。


 やはり、特筆する点としては【模倣トレース】だろう。

 一ランクもステータスとスキルが低下するとはいえ、体の一部を取り込んだ相手であれば誰にでもなれる。

 凄まじい汎用性だ。

 加えて、姿を変えない状態でも二ランクスキル性能が落ちるとはいえ、今まで取り込んできた魔物すべてのスキルが使用できるため手札の数が凄まじい。

 当然だが、アヴァロンの魔物すべての一部をシエルは摂取しており、彼女ほどなんでもできる魔物はいない。


 ……ただ、惜しむべきはAランクまでしか【模倣トレース】の対象にとれないこと。

 真に強力なSランクを【模倣】できないのは痛い。

 だが、これらに加えて、魔王の力と名前を与えたこと、そして高レベルになったことで手に入れたスキルがある。

 それこそが真の切り札であり、俺の許可がなければ使えない封じ手だ。


「ぴゅいいいいいいいいいいいいいっ!」


 シエルが叫ぶ。

 爆発的に魔力が膨らむ。

 そして、その切り札を発動した。


「【完全模倣パーフェクト・トレース】」


 雫型のスライムは、麗しい銀髪の背が低い美少女となった。

 アイスブルーの冷たい瞳が圧倒的な知性を感じさせる。


 その姿は、世界最高のドワーフにして、俺の【誓約の魔物】、ロロノそのものだった。

 姿だけじゃない、その能力までも完全に再現している。


・【完全模倣】:対象の一部を吸収することで、その姿に変身可能となり、そのスキル・ステータスを再現する


 そう、【完全模倣パーフェクト・トレース】には一切の制限がない。

 つまり、シエル一体で、アヴァロンにいる全魔物だけでなく、かつての敵や友の魔物を連れているとの同じだ。

 それ故に、相性がものをいう一対一ではほぼ無敵。相手の弱点となる魔物を呼べば圧倒できる。


 ただ、欠点もある。

 燃費が最悪なのだ。【完全模倣パーフェクト・トレース】は変身し続けるだけで莫大な魔力を消耗する。

 そして、コピーしたスキルを使用する際、コピー元と比べて二倍もの魔力体力を消耗する。


 ステータスをコピーすることで魔力生産量は変身対象によってはあがるが、保有魔力量は変わらず変身前の貯蔵量に依存する。

 シエルの魔力はランクD。【完全模倣パーフェクト・トレース】を発動し、スキルを満足に使うには二週間近く魔力を溜める必要がある。


「ん、完璧。ロロノ様になった。父さん、さっそく人工衛星とリンクする」

「別に、口調や俺の呼び名まであの子を真似る必要がないだろうに」

「気分は大事。……コネクト」


 エルダー・ドワーフの能力を得たシエルが、人工衛星とのリンクを試みる。

 完全にロロノと同一だからこそ、人工衛星側の認証をパスするだろう。

 しかし、シエル=ロロノの顔に焦りが浮び、次第に驚愕へと染まる。


「……おかしい、一号機、二号機、三号機、全部反応がない。同時に故障なんてありえない。……私の【完全模倣パーフェクト・トレース】は完璧で、ロロノ様がアクセスできないなんてありえない。つまり、最初から人工衛星は存在しない?」


 シエルが口走った言葉で、なぜか妙に納得した部分があった。

 ……俺が創った街、アヴァロンでは世界中と商売をしている。

 ゆえに、世界中の国をある程度把握している。

 だというのに、さきほど【転心】で渡された国の名前には何一つ、心当たりはなかったのだ。

 そういう可能性も否定しないが、さきほど少女の記憶を覗き見たところ、それなりに大きな国が存在しており、それほどの国を見逃す可能性は低い。

 もしかしたら、俺たちが飛ばされた先はただ距離が離れているわけではなく、世界を跨いでしまったのかもしれない。あるいは、別の星なんてことまでありえる。


「そろそろ限界、解除」


 息を荒くして、シエルが雫型のスライムに戻り、それから青髪の少女形態になった。

 さっそく、俺は自分の推論をシエルに伝える。

 飛ばされた先が異世界か別の星であることを。

 そうだとすれば、人工衛星がない理由もわかる。


「ぴゅいいいい、異世界かもしれないんですか!? そんなのどうしていいかわかんないですよ。世界を渡るなんて聞いたことないのです!」


 さきほどまで、余裕しゃくしゃくだったシエルが、面白いぐらいに動揺する。


「ぴゅいいい、帰りたいです。アヴァロンに帰りたいですよう。世界中から集めた美味しいご飯、世界樹、黄金のリンゴ、カジノ、温泉、演劇、ゲーム、アヴァロンの外で暮らすなんて、拷問なのです……クイナ姉さまたちにも会いたいですぅ」

「俺もそう思う。だからこそ、手を考えよう。……【誓約の魔物】との絆は感じられる。ちゃんと繋がっているんだ。だったら、どうにかなる。だいたい、【遷】の魔王の力で飛ばせたんだ。Sランクの魔物の力があれば、同じことができるはずだ」

「そっ、それもそうなのです。このシエルが変身できるみんなのスキルで、そういうことができないか考えるです!」


 アヴァロンすべての魔物になれるシエルなら突破口になってくれるはずだ。

 ただ、シエルの【完全模倣】を無駄遣いしたのが痛い。

 次に【完全模倣】が使えるのが二週間後だ。


「シエル、次は絶対にミスできない。最低でも、次でクイナたちと連絡を取らないといけない」

「わかっているのです! あんまりもたもたしてると、あとでクイナ姉さまたちにお仕置きされるです!」


 いい心構えだ。

 シエルに期待しつつ、俺も手を考えよう。

 ……いや、そもそも根本的なところで見落としていないか?

 シエルの能力が使えないなら、この状況をどうにかできる魔物を生み出せばいい。

 魔物を生み出すことこそが、魔王の本懐なのだから。


 俺の【創造】なら望んだ力を持たせて生み出せる。

 手の中に生まれた、魔王の力の象徴ともいえるメダルを握り占める。

 さて、どのメダルを組み合わせるかを決めるとしよう。

 それから、食事もなんとかしなければ。

 シエルのアクセスが失敗したのだから、アヴァロンに戻る前に飢え死にしかねない。

 手早くするには、人間を傷めつけて絶望を喰らえばいい。

 だけど、それは俺らしくない。

 やはり、俺はどうせ感情を喰らうなら、笑顔と幸せを向けてほしいのだ。

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