おつかれ
成れの果ての近接攻撃は主に長い爪を使っての斬撃である。見かけは大きい人型なので爪といわれるとあまり強くない印象があるだろうが、成れの果ての爪は宝箱からドロップしたダリルの重鎧よりも頑丈だ。それでいて大盾に突き立てても折れずにしなり、滑るようにしてかいくぐってくる。
「っ!」
重鎧によって守られている腕をなぞるように斬られただけで、ダリルは大きく弾き飛ばされて後退る。この防ぐこと自体が厳しい攻撃は捌くのが難しく、ビットマンも未だに苦戦している様子だった。そのため今回は技術云々より、無限の輪の中で最もVITが高いダリルを連れてきている。
そして大盾がズラされた時点で、ダリルは成れの果てと目が合ってしまう。すると彼は身体の中心、腹の部分に違和感を覚えた。
ダリルは成れの果てが持つ石化の魔眼と目を合わせてしまったことにより、石化状態となった。とはいえこれだけで死ぬわけではない。すぐにダリルが視線を逸らすと石化の進行は止まる。
アルドレットクロウが実験したところ、石化は共通して身体の中心から進行が始まる。そして三分目が合ってしまうと石化は完全に進行してしまって死亡扱いとなる。とはいえ一分で身体が動かしにくくなり、二分で動けないまで進行してしまうので実質は二分がタイムリミットだ。
「ダリル、石化した?」
「はい!」
「動きにくくなったら声かけてくれ、すぐに治す」
ダリルと成れの果ての様子を観察していた努は拡声器ごしにそう言いながら、自身の身体に保険のバリアを重ね掛けしている。マウントゴーレム戦の時にもしていたバリアの積み立て。それを余裕のある序盤にしておくことで、終盤に活きてくる可能性があるからだ。
そのためまだ支援の必要性を感じないディニエルにはスキル付与を行わず、ダリルの石化状態もすぐに治しはしない。全てのPTメンバーに完璧な支援回復をすることも重要であるが、難敵相手にはヘイトを加味して取捨選択することもヒーラーに必要な素質だ。特に成れの果てに限っては過剰な支援回復をすると余計なヘイトを稼いでしまい、逆にタンクが辛くなってしまう。
努がフライで浮かびながら様子を見ていると、成れの果てがダリルを爪で薙ぎ払った後に叫び声を上げて天へ祈るように両手を掲げた。その声を聞いた時点で努は上空で動きながら指示を行う。
「全体攻撃3。リーレイアはそこから右。ダリルは防御態勢。ハンナは僕のところに」
成れの果てが天へ祈る姿とは裏腹に、空からではなく地面から髪の毛のような黒点が一斉に生え始める。事前に全体攻撃の回避練習は行っていたため、成れの果ての近くにいたリーレイアは努の指示に従い遠距離から狙撃をしていたディニエルも迅速に対応している。ただダリルは成れの果ての攻撃を受けて吹き飛ばされた直後だったので、回避は間に合わない。
「ダ、ダリル大丈夫っすか!?」
「問題ない」
焦った声で問いかけてくるハンナに振り返らずに答えながら、努は下の黒点とダリルの位置を確認して杖を差し向ける。するとダリルは地面を蹴ってフライで宙に浮かび、頭を下に向けて大盾を構えた。
「ヒール」
努がスキル名を口にしたその瞬間、地面の黒点から漆黒の針が一斉に射出された。ダリルが下に向けて構えている大盾を針が叩き、はみ出している足などに当たって無数の硬質な音が響く。そのまま連射される黒針に打ち上げられる形で上空へと跳ね飛ばされた。
しかしダリルの着ている重鎧はその針を通さず衝撃だけで留め、彼自身のVITは高く頭だけは守っているので重傷を負うことはなかった。それに上空へ吹き飛ばされるダリルの後方に合わせてヒールが設置されていたので、既に打撲の痛みは消えている。
「コンバットクライ!」
色付けもされていない、槍のように研ぎ澄まされた赤の闘気が放たれて成れの果てへ突き刺さる。すると成れの果ては骨組みだけに見える翼を広げると上空へ舞い上がり、ダリルへと襲い掛かった。
空中戦をあまり得意としていないダリルは被弾覚悟で顔を下向かせて地面へと向かい、五指の爪を重鎧に受けながらも地面に着地して前転し衝撃を逃す。背後からヒールを浴びながらすぐに上空へと振り返るがそこでまた目が合ってしまい、石化が進行した感覚がしたのですぐに視線を落とした。
「レインアロー」
そして空中から勢いをつけて降りてくる成れの果てに狙いを付け、ディニエルは地上から一本の矢を放つ。するとその矢は成れの果ての丁度真上で拡散し、雨のように降り注いだ。レインアローは拡散しきる前の根元部分を当てるとDPS効率が良いのだが、彼女はそれを自然と行っていた。
「シルフ、力をお借りしますよ」
「♪」
矢の雨が成れの果てを圧し潰すように降り注ぎ、地へ落ちたと同時にリーレイアは風の精霊であるシルフの力を借りて風力により地面を滑るように移動した。風を纏った細剣を振りかざし、足下から駆け上がるようにして切り刻む。
「おっと……おや、これでも駄目なのですか」
両手を地についた成れの果てにチラ見されたリーレイアは目を逸らすが、その判定が外れていないことがわからず十秒ほど目が合ってしまっていた。そのことに気付いて思い切り横を向くと、成れの果てもリーレイアから視線を切ってダリルの下へと向かっていく。
そしてリーレイアも腹部に違和感を覚えたのでインナーの胸元を指で引っ掛けて覗き、石化の兆候が出てきていることを確認した。へそから球形に広がって進行している石化の部分を触ってみるとざらざらとしていて、自分の身体ではないようだ。
「リーレイア、まだ動ける?」
「問題ありません。不味そうならば声をかけます」
「よろしく」
横目でリーレイアを見ていた努は軽い調子で返すと、再び成れの果てとダリルの観察に戻る。成れの果ては誰かと目を合わせる際に目元が薄く光るため、その秒数を各自把握しながら支援スキルの効果時間も図っている。
(糞仕様だな。面倒くさい)
常時発動の魔眼も目元が薄く光るのも『ライブダンジョン!』にはなかった仕様で、努は嫌になりながらも支援回復の秒数管理を乱さない。もはや呼吸することと同じレベルで時間を測って支援回復と戦況確認を継続させている努は、全体攻撃の予備動作を上空から確認すると全員にその種類含めて知らせて安全圏へ移動する。
五種類ある全体攻撃のうち三種類は上空から降ってくるため、フライで飛んでいるとその分避ける時間に余裕がなくなる。ただ予備動作の一つである叫び声は努の耳に染みついているため、誰よりも早く全体攻撃の種類を把握して動き出すことが出来る。そのため努だけは上空へ浮かびながら指示出しをしつつ全体攻撃を避けていた。
なので努の行動を真似すれば全体攻撃を食らうことない。そして努は後ろに付いてきていたハンナに確認した。
「そろそろ行ける?」
「待ちくたびれてるっすよ! いつでもいけるっす!」
「それじゃあダリルと交代して。魔流の拳は指示があるまで使わないこと。どうしても使わざるを得ない状況なら使ってもいいけど、もし判断間違えたなら……」
「わかってるっすよ。また減給されたらもう生活出来なくなっちゃうっすから」
「よし。行ってこい」
「おっす!」
ヘイトを稼ぐためにハンナはその身にコンバットクライを纏い、成れの果てへと突っ込む。それからはコンボ数が上がるごとに威力も上昇するカウントバスターを主軸にしながらヘイトを稼ぎ、数分でダリルと入れ替わった。
「ダリル、後ろ向いて」
少し汗をかいているダリルを空中に呼び寄せた努は全員に支援回復を行った後、重鎧を脱がせて正面からインナーを捲り石化の進行具合を確認する。四十秒ほど成れの果てと目が合っていたダリルの筋肉質な腹は、既に表面のほとんどが石化していた。
「痛みはある?」
「ないですね」
「動きにくさは今のところどう?」
「身体を捻る時は、表面の筋肉が固まってるみたいな感覚がしますね。でもこれくらいならそこまで問題ないです」
「そう、なら五十秒くらいがラインかな。はい、治ったよ」
既に胴体の石化が進行しかけて薄白くなっているダリルにメディックをかけて解除しながら、努は石化についてはそう結論付けて健康的な肌色に戻った彼の背中をぺチンと叩く。そしてまたPTメンバーの状態を確認しながら重鎧の装着を手伝った。
「やっぱり、ハンナには成れの果ても追い付かないみたいだね」
「凄いですね」
ヘイトを取っているハンナを成れの果ては視線で追っているが、今のところは追いつけていない。ハンナの青翼とフライを併用しての緩急ある空中機動を目で追うのは慣れていなければ難しい。努も彼女が本気を出した時の動きは追うのに苦労した。
爪での斬撃も間を縫うように避けて顔面に蹴りをお見舞いし、見られる前には既に背後へと移動。また振り返ろうとしてきた際には足下に潜り込み、努が設置したヘイストの方向に移動しながら装備した籠手で打撃を与えていく。
「飛ばしすぎだっての」
最初から全力のハンナに努は愚痴を零しながらも彼女の進行方向にメディックを設置し、リーレイアに追加のヘイストを飛ばす。息を整えながらその様子をダリルも観察するように眺めている。
序盤の立ち回りはアルドレットクロウの実戦映像と努が『ライブダンジョン!』の知識を持って作った練習で煮詰まっているため、今のところ特に問題は起きていない。その後ハンナが全力を出しすぎて疲れているのも見越してダリルが早めに代わったので、彼女が窮地に陥ることもなかった。
「次から体力はある程度保ちなよ。本番はこれからなんだから」
「お、おっす……」
努に渋い顔をされながらメディックをかけられているハンナは息も絶え絶えといった様子で、青翼を力なくパタパタさせながら何とか頷いた。
▽▽
「全員、こっちを向いてダリルに動きを合わせろ! 成れの果てと目を合わせてもいいから振り返るな! 横向きでも視界に入ったら死ぬぞ!」
序盤戦で成れの果ての全体攻撃を五種類体験し、動きに支障が出ない程度の石化で収まるくらいには目を合わせないことも慣れてきた頃。努は成れの果ての背後に紫色の気が出たのを見てそう叫んだ。
『ライブダンジョン!』ではこの攻撃こそが石化の魔眼と言われていたもので、紫色の巨大な目を模した気を作成してくる。それと目を合わせれば石化が一瞬で進行して即死してしまうという、恐ろしい攻撃だ。
だがこの世界では成れの果てと目を合わるだけでも石化は進行し、更に紫色の魔眼を出した後も平気で動いてくる。今も成れの果ては開眼された紫の魔眼に背中を向けたPTメンバーへ回り込み、覗き込むようにしながらダリルに近づいて攻撃していた。
紫の魔眼が設置されて背後を見られない状態で成れの果てとも戦闘を行わなければいけない状況は、相当不利になる。紫の魔眼の効果時間は開眼してから十秒と短いが、見たら即死だという状況は緊張が走る。
「全体攻撃4!」
それに加えて全体攻撃をしてくる時もあるため、その範囲を正確に把握していないと避けるのは難しい。紫の魔眼がある方向は絶対に見られないし、成れの果てと目を合わせすぎても石化が進行して動けなくなる。範囲攻撃に当たってもアタッカーは重傷でヒーラーに至っては即死もあり得るため、その三つを全て掻い潜らなければ生き残れない。
しかしこの状況を掻い潜るために、努はこの二週間全体攻撃を避ける練習をPTメンバーと共に進めてきた。それにここまで来るまで何十回と全体攻撃を避けて慣れ始めていたPTメンバーたちは、紫の魔眼と成れの果てがいる方向を見ずに全体攻撃の範囲外を把握して移動することが出来た。
「怖いっすー!」
「僕の方が怖いわ」
その中でハンナだけは目を瞑って努に手を引かれて移動する形となったが、結果としてアルドレットクロウが苦戦していた中盤に差し掛かる前のパターンも超えることが出来た。紫の魔眼に全体攻撃が重なったことは不幸だったが、最悪のパターンを多少の石化進行で切り抜けられたことは大きい。
(ここからは、未知だからな。頼むから知らない行動はしてくれるなよ)
だが、アルドレットクロウの実戦を見て予習出来たのはここまでだ。努は『ライブダンジョン!』の知識で成れの果てのことは知っているが、この世界のモンスターはたまに未知の行動や仕様を持っていることがある。そのため入念に保険をかける必要があるので、一つのミスも許されない。
「メディック」
石化の進行状況を成れの果ての目を見ながら確認し、主にダリルやハンナ。たまに成れの果ての近くにいてチラ見されるリーレイアの三人を中心に石化を動きにくくならない程度まで解除しておく。常に完治させることも出来はするが、努は保険のバリアを作ることを優先させていた。
「~~~~!」
それと目が見えなくなって声も出せなくなる暗黙状態にかかった者は、すぐに治す必要がある。そのため全体攻撃を上空から見て黒煙に当たると思った者には事前にメディックを送り、数秒で暗黙状態を治していた。
当人の努は暗黙状態になった時はステファニーが行っていた対策を使おうと思っていたが、今のところ一度も当たっていない。黒煙が発生する場所は完全にランダムだが、それでも成れの果てを何百体も倒している努の勘は鋭い。その感覚に従って動いている結果、彼はまだ一度も暗黙状態になっていなかった。
しかしPTの状況は紫の魔眼と全体攻撃の組み合わせが続くごとに悪くなっていき、その中でダリルが連続で当たってしまって崩れかける事態が起きた。
「はぁっ!」
だがダリルが窮地に陥った際には、近くにいたリーレイアがシルフを使った精霊魔法によって成れの果てを怯ませて隙を作った。そしてディニエルが弦を強く張る音を響かせた後に放った一矢は、成れの果ての目を正確に撃ち抜いた。
「ヤアアアァァアァァ!?」
成れの果ての目は破壊すること自体は可能だが、いずれ再生する能力を持っている。だがそれでも自身の魔眼については良く知っているのか、成れの果ては目については異常なまでの警戒心を備えてある。しかしその中でもディニエルは成れの果ての目を撃ち抜いてみせた。それに続くようにハンナが次々と攻撃を当ててヘイトを取り、ダリルから成れの果てを遠ざける。
「あ、ありがとうございます!」
「礼には及びません。ポーションをどうぞ」
全体攻撃を運悪く連続で受けてしまったダリルにリーレイアはポーション瓶を開けて渡すと、ハンナの援護をするためにシルフと共に向かっていく。そして右ポケットからウンディーネを覗かせている努はダリルにメディックを複数送りながら、わざわざ上空から降りた。
「正直今のは場所的に運が悪かった。リーレイアに感謝して切り替えよう」
成れの果て自身の攻撃に加えて全体攻撃も重なってしまうと、どうしても避けきれない場面というのは出てくる。そのためダリルに対して食らって当然だという雰囲気を出して声をかけた努は、軽く励ますように肩を叩いた。
今のところハンナは成れの果ての魔眼をほとんど受けることなく、更に被弾も一度掠っただけだ。点数でいえば百二十点といってもいい立ち回りだろう。避けタンクはリスクが高い分、上手くいく際はとことん上手くいく。
対するダリルは成れの果ての鞭のようしなり頑丈な爪に翻弄され、全体攻撃を避けることも出来ていない。ただビットマンですらそれは同じなので、点数でいうと六十点くらいは出せている。しかしその大きな差はダリル自身も自覚していて、少しずつ動きに自信がなくなっていっているように努には見えた。
受けタンクはVITの高さも相まって常人よりもずっとモンスターの攻撃を一身に受けることが出来るが、いくら身体が頑丈でも心が折れてしまってはどうしようもない。それに以前マウントゴーレムで折れたこともあるので、気を遣っている部分もあった。
しかしダリルはそんな努に対して、二ッと口角を上げて笑ってみせた。
「大丈夫です! 確かにハンナさんやリーレイアさんは凄いけど、僕は僕のやれることをしますから!」
「なんだ、励ます必要はなかったみたいだね」
「……でも、申し訳なさで押しつぶされそうにはなってましたけどね」
「リーレイアとディニエルのことはわからないけど、ハンナは気にしてないよ。それに僕もいくらだって支援回復するから、被弾が続いても気にするな。全員で九十階層も突破する。だから今はハンナが疲れるまでは休んでくれ」
「はい!」
余計なお世話だったなと思いながら努は上空に再び上がり、全体への指示出しと支援回復を継続した。その後も成れの果ての設置魔眼と全体攻撃の組み合わせは続いたが、全てを回避するのは困難なので少なくとも石化が進行するのは避けられない。
「狙いがズレるから治してほしい」
「了解」
石化は五十秒蓄積するまで解除は後回しにしていいと考えていたが、ディニエルは石化によって僅かでも身体の感覚がズレるのが嫌なようだった。努もAGIが低い分石化によって少しでも全体攻撃での移動が遅れるのを嫌って解除していたため、彼女にも常に石化状態にならないようにメディックをかけながらそろそろいけるだろう終盤のことについて考えていた。
(終盤からは新しい全体攻撃が増えるし、武器と拘束攻撃も増える。驚きながら避けないとな……)
そんなことを考えながら戦闘状況を見ていると、突然成れの果ての動きがピタリと止まった。まるで操り手がいなくなった糸人形のように俯いている。
「……全員、警戒して! この動きは見たことがない!」
その動きは神台でも、『ライブダンジョン!』でも見たことがなかったので努はすぐに警戒態勢を取る。そしてするするとワイヤーにでも吊られているように上がっていく成れの果ての一挙一動を見逃さないよう、徹底的に観察する。
すると成れの果てから徐々に薄い光が漏れだし、最後には口や目からとてつもない光量の白い光が吐き出された。
「ヤアアァァアァァ!!」
「えっ!?」
その叫び声と同時に、努の近くで休んでいたハンナが驚きの声を上げた。彼女の肌がみるみるうちに灰色となり、努が振り返った時には完全に石化していた。
「メディック!」
その出来事に驚きながら努はすぐにメディックを放つが、ハンナの石化が治る気配はない。そして顔にピシリとヒビが入り、命を宿さない石像は装備だけを残して崩れた。
すぐに周りの状況を確認すると、ダリルとリーレイアも既に物言わぬ石像に成り下がっていた。ただリーレイアの近くにいたディニエルだけは無事で、突然石像化してしまった彼女に驚いた顔をしていた。それに努も石化することはなかった。
真っ黒の空に浮かぶ成れの果ては光が収まるとその攻撃の反動なのか、登場した時のように丸まって動かなくなった。しかしそんなことは何の救いにもならない。未知の攻撃で三人も持っていかれるとは、完全に想定外もいいところだ。
(……ふざけ、やがって。何だその攻撃!? 三人一気に溶けたわ! 初見殺しもいいところだぞクソがっ!!)
成れの果ての見たことがない攻撃の理不尽さに努は毒づきながら、すぐに蘇生時間の秒読みを開始して立て直す算段をつける。そして上空で止まっていた成れの果てが動き出したのを見て思考を加速させ、狙われているディニエルに指示した。
「ディニエル! 時間を稼いでくれ! 立て直す!」
そんな努の声に神妙な顔をしていたディニエルは、僅かにだが弓を上向かせた。しかしすぐに下げて一つため息をつくと、ようやく調整し終えた弓をマジックバッグに仕舞い着ていた白布の装備も続けて入れ始めた。
その行動で彼女の心情を察した努は、思わず必死の形相になって叫んだ。
「ディニエルッ! まだ終わってないぞ!?」
「いや、無理」
「無理じゃない!! 僕が絶対に立て直す!」
「装備と時間の無駄。ツトムも早く装備を纏めるといい。バリア張ってたし、集められるでしょ」
もはやクランハウスにいる時のようなやる気のない瞳になっているディニエルは、素早く装備をマジックバッグに入れ終わった。そして説得を試みている努から目を逸らすと、空から向かってくる成れの果てを見つめた。
「おつかれ」
そんな言葉を最後にディニエルは成れの果ての爪で切り裂かれて身体を三等分にされ、その勢いで飛んだ血は努の頬に付着した。その血は砂金のような煌めきを帯びて、光の粒子に変化して消えていった。