第八話:葛原葛男と視線
軽く雑貨屋を見て回った後、対面にあったペットショップへ移動する。
「うわぁ、凄い……! グレートハウンドですよ、グレートハウンド! でっかくて、おっきくて、巨大ですねー!」
「ふふっ、凛々しいお顔の子ですね」
白雪と桜が店内中央の『わんわん触れ合いコーナー』へ向かう中、俺はふらりと別行動を取る。
犬猫用のフード売り場を通り、爬虫類の展示場を過ぎ、熱帯魚コーナーを抜けた先――。
「くくっ、やはりあったか・・・・っ」
これだけ大きなペットショップだ。
当然、ある。
あって当然。
チンチラコーナー・・・・!
(スタンダードグレー・パイド・シナモン・ブラックベルベット……目元よし、毛並よし、肉付きよし。健康状態はみんな良好だ。おっ、長毛種もいるのか、珍しいな)
チンチラは基本夜行性のため、お昼時はぐっすりと寝ている子が多い。
しかし、それは野生下での話。
こういうお店にいる子は、けっこう日中でも活動していたりする。
実際、目の前のまるっこちいのは両手で牧草を食っているし、右奥のシャープネスなのは砂遊びに興じていた。
(ふっ、ふふ、ふふふふ……っ)
癒される。
やはり小動物はいい。
うちのボロアパートはペット禁止だから、飼うことはできないけれど……。
将来、夢の3LDKを手に入れた暁には、必ずや幸せの小動物空間を作るつもりだ。
そうしてチンチラ成分をたっぷりと補給した俺は、フェレットやモモンガを横目に眺めつつ、白雪と桜のところへ戻る。
(さて、どこに行ったかな……っと、あそこか)
軽く周囲を見回すと、『にゃんにゃん触れ合いコーナー』に二人の背中を発見。
「ふしゃーふしゃーっ! ふふっ、可愛らしいですねぇ。ほれほれ、ふしゃしゃしゃー!」
桜は三毛猫を抱っこしながら、いつものように奇声を発している。
おそらく彼女には、恥や外聞といった概念がないのだろう。
その一方、
「にゃ、にゃー……」
白雪は膝を曲げて腰を深く落とし、ちょっと恥ずかしそうにしながら、目の前の黒猫に小さく手を振っている。
白雪姫+黒猫。
白と黒の絶妙なコントラストは……まぁ確かに可愛らしい。
このまま黙って見ているのもあれだったので、軽く声を掛けてみることにした。
「――よぉ」
「にゃー、に゛ゃ……!?」
白雪はすぐさま猫語を中断、ぎこちなくゆっくりと振り返り、大きく咳払いをする。
「こ、コホン……っ。葛原くん、急に声を掛けられたら、ビックリするじゃないですか」
「悪い。そんなに驚くとは思ってなかったんだニャー」
「~~っ」
彼女は顔を赤く染め、ポカポカと肩を叩いてくる。
「すまんすまん、冗談だ」
普段はあまり隙を見せない白雪が、思いのほか無防備な姿を晒していたので、ちょっと悪戯したくなってしまった。
ペットショップで可愛い動物たちと触れ合い、次はどこを見て回ろうかというそのとき――鋭い視線が背中に刺さる。
「……っ」
俺は勢いよくバッと振り返ったが……そこには誰もいない。
「葛原くん?」
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
振り返った瞬間に見えた景色、それを頭の中で隅から隅までチェックしてみるが、不審な人物はどこにも映っていない。
(……気のせいか? いや、でも今のは……)
俺が静かに考え込んでいると、ポンポンと背中を叩かれた。
「く、葛原くん、あれを見てください……っ」
「どうし、た……ッ!?」
桜の指さした先は――際どい女性ものの下着が展示された、ランジェリーコーナー。
「あはは、赤くなりましたね? やーいやーい! 葛原くんのむっつりスケベー!」
「やかましい」
どうしてこういう百貨店は、こんなに堂々と女性下着が売られているんだ。
俺がそっぽを向くと同時、途轍もない『爆弾』が投下される。
「あっ。白雪さんは、よくこういうレースのついた可愛いものを――」
「――ぶっとばしますよ?」
白雪は微笑みを浮かべているが、瞳の奥は一ミリ笑っていない。
「す、すみませんでした……っ」
桜にしては珍しく、誠心誠意の謝罪だった。
この反応から察するに、おそらく今のは本当に悪気がなく、ただただ思ったことを口にしてしまったのだろう。
(天然+脳みそ空っぽの相乗効果、か……。桜ひなこ、なんて恐ろしい女だ……)
そんなことを考えていると、服の袖がクイクイと引っ張られた。
「あ、あの、葛原くん……さっき桜さんが言っていたのは、その……っ」
「あぁ、気にするな、もう忘れた」
咄嗟に優しい嘘をついたのだが、どうやらその声は届かなかったらしく……。
「わ、私は……もう少し大人っぽいものを……ッ」
白雪は顔を真っ赤にしながら、とんでもないことを打ち明けようとした。
「いや、いい! 大丈夫だから! マジで綺麗さっぱり、全部忘れたから!」
そんなこんなで、慌ただしい時間はあっという間に過ぎていき――時刻は17時30分。
そろそろいい時間になってきたので、最後は記念撮影をして解散する運びとなった。
「へぇ……プリクラって、まだあったんだな」
「確かこの大型装置、写真を撮る機能があるんですよね? 携帯のカメラでいいのでは……?」
「何を言っているんですか、プリクラは今でも現役バリバリですし、これにこれのよさがあるんです! さぁ、行きましょう!」
俺たちはそれぞれ百円ずつ入れて、筐体の中へ。
(初めて入ったが、外見よりも、けっこう広いんだな……)
中は雛壇のような形になっており、5人以上での集合写真も難なく撮れそうだ。
「私は背が低いので、こういうのは逆に1番上で撮ると決めているんです!」
桜はそう言って、ぴょんと雛壇に跳び乗った。
(まぁ学校の集合写真とかじゃ、身長低い奴はいつも最前列だからな)
わからんでもない話だ。
「ほらほら、白雪さんも葛原くんも、もっと寄ってください」
上段を取った桜は、俺と白雪の肩をグイグイと押して近付ける。
「あっ、おいちょっと」
「さ、桜さん……っ」
互いの肩が触れ合い、甘く優しいにおいが鼻腔をくすぐる。
「わ、悪い……っ」
「い、いえ……大丈夫です」
「何を恥ずかしがっているんですか? さぁほら、カウントダウンが始まりますよ! ポージングポージング!」
桜が指さした先――正面の液晶には、俺たち三人の姿とカウントダウンが映っている。
「葛原くん、眼が死んでますよー?」
「ふふっ、もうちょっと柔らかく笑ってみてはどうですか?」
「こ、こうか……?」
その間にもカウントはどんどん進んで行き、
「3! 2! 1! ……パシャリ!」
アナウンスと同時、連続して何枚かの写真が撮られた。
何故かDJポーズの桜。
優しく微笑む白雪。
そして――引き攣った笑みを浮かべる俺。
「……さすがに酷ぇな」
「ぷくく……っ。これ……証明写真でも、もっとまともなのが撮れますよ……ッ」
「ふふっ、葛原くんは笑顔の練習が必要かもしれませんね」
我ながら、この顔はマズいと思う。
とてもじゃないが、子どもに見せられる代物じゃない。
(『笑顔の練習』、か……また今度やってみよう)
こうしてウィンドウショッピングを満喫した俺たちは、POLCOを出て帰路につく。
「――白雪さん、葛原くん、今日はとても楽しかったです! またみんなで一緒に行きましょうね! それでは、ばいならー!」
「帰り道、気を付けてくださいね」
「じゃあな」
渋谷駅で桜と別れた後、俺と白雪は家が近くなので、同じ電車に乗って同じ駅で降り――今日の出来事を話しながら、肩を揃えてゆっくりと歩く。
時折無言の時間も流れるが……前に弁当を食べたときとは違って、居心地の悪さは感じない。
この沈黙はお互いがお互いを理解し合う時間、落ち着いた優しい静けさだ。
それから少しすると、右ポケットに入れたスマホが振動した。
(……ヒツウチ?)
いつもなら無視するところだが……。
買い物中に感じた妙な視線、あれがどうにも引っ掛かった。
「……悪い白雪、ちょっと電話だ」
「あっ、はい。それでは、あちらの公園前で待っていますね」
「あぁ、すぐに戻る」
俺は少し距離を取ったところで、画面の通話ボタンを押す。
「もしもし、どちら様で――」
「――オマエヲ見テイルゾ」
電話の先から、冷たい機械音声が響いた。