259 また逢う日まで
何だかんだで、もうすぐ4月も終わりですねぇ……。
という事で、書籍版とコミカライズ版の発売日である4月28日も、すぐそこに迫ってまいりました!
よろしくお願いします!
二百五十九
街に戻ってみると、その雰囲気が、ガラリと変わっていた。あれほど賑やかにごった返していた大通りに、今は疎らに人がいるだけなのだ。
溢れかえっていたファン達はどこにいったのだろうか。そんな事を思いながら、ミラは術士組合の少し手前に降り立った。
「祭りの後、といった感じじゃのぅ」
ペガサスに労いの言葉をかけて送還した後、今日一日の騒ぎっぷりから一転し、どこか物寂しく感じる大通りを眺める。そしてその目が向こう側に並ぶ店を捉えた時、今の状況に納得した。
いつぞやに所長と行った高級スイーツ店。ファジーダイスファンが経営していると思われるそこに、大量のファン達の姿があったのだ。
どうやら彼女達は、こういった店で打ち上げパーティをしているようだ。果たして、ファジーダイスから精霊女王がお宝を取り戻した、なんて話が彼女達の耳に入ったらどうなるだろうか。
理由はどうあれ、ミラが初めてファジーダイスに土をつけた者になるわけである。
「なるべく、会わないようにせねばな」
想像も出来ない状況に思いを巡らせ震えたミラは、こっそりと大通りを進み、逃げ込むようにして術士組合に飛び込んでいった。そして、大いに盛り上がっている組合内の様子に茫然とした。
「なんともまた……騒がしいのぅ」
組合のロビーは、宛ら宴会会場となっていた。並べられた大きなテーブルに、料理と酒が山ほど積まれ、男女入り乱れて飲めや歌えの大騒ぎである。
これは何の騒ぎだろうと、近くの組合の者に訊いてみたところ、それは所長の残念会であるという答えが返ってきた。
「これほど盛大な残念会は、初めて見たのぅ……」
一見するならば、その様子は祝勝会である。組合内を見回しながら、ミラが所長に向けて歩いていくと、それに気付いた冒険者が「精霊女王様のお帰りだぞ!」と声を上げた。
今回、所長の協力者として動いていたためか、さっと冒険者達が割れ、所長への道が出来る。
その先にいた所長は、ミラの姿を見るなり、大きく手を振った。
「おお、ミラ殿。戻ってきたようだね。さあ、こっちへ。あの後、どうなったのか詳しく聞かせてくれないか」
どうやら、ここにいる者達は、ファジーダイスが脱出してから先の出来事については詳細を把握していないようだ。知っている範囲は、どこかの屋敷に入っていった、程度までだという。
「ふむ、ならばわしが見聞きした事を、語るとしようか」
そう言いながら所長の向かい側に腰を下ろしたミラは、グラスに果実酒を注ぎ、ぐいっと飲み干すと、気分良く組合を出た後の事を語った。
「と、いうわけでのぅ。きっと奴の目的は、その現場を押さえさせる事だったのじゃよ」
ファジーダイスを追いかけた先にあった屋敷。そこに残っていた怪盗の痕跡。それを追った先にあった、人身売買の拠点。それらについてクリスティナから聞いた事も踏まえ話し尽くしたミラは、最後に兵士長から聞いたドーレス商会の末路についても簡単に付け加えた。
「そのような事があったのか。それは是非とも現場に立ち会ってみたかった」
足がこんなでなければと、残念がる所長。だが、それでいて、流石はファジーダイスだとばかりに笑う。
「まったく。奴は、とことんまで正義のヒーローのようじゃな」
果実酒の瓶を逆さまにしながら、ファジーダイスを持ち上げるミラ。そして、正義バカが本当のヒーローになっていたと、心の中で苦笑した。
そうしてミラの話が一段落すると、組合内は更に盛り上がった。
ざまあみろ、デンバロール子爵。まさかハクストハウゼンの汚点を二つも潰してくれるとは、などという声がちらほら上がる。どうやら、どちらも悪い意味で有名だったようだ。
またその他にも、いったいファジーダイスは、どうやってそれらの犯罪を見つけているのか、どうやってその犯人を特定しているのかという声も飛び交っていた。
と、そんな声を聞きながら、ミラはここでようやく知った。かの屋敷の主人は、デンバロール子爵という名であった事を。
(まあ、どうでも良い事じゃな)
有罪が確定した悪党の名を知ったところで、もう意味はない。ミラはさっぱりその名前を忘れると、追加の果実酒の瓶を受け取り、グラスに注いだ。
「それでだ、ファジーダイスはどうなったんだね?」
ミラが話したところは、ファジーダイスの痕跡を追った先での事だった。では肝心の怪盗について、その後どうなったのか。所長が再び問うたところ、ミラは不敵な微笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「奴は……わしらに人身売買の拠点を見つけさせようと痕跡を残していたわけじゃが……わしはそれにいち早く気付いておったのじゃよ!」
なぜか勝ち誇ったように言い放ったミラは、先程の話を少し修正しよう、などと言って説明を続けた。ファジーダイスの狙いに気付いたその時、兵士長のデズモンド達と協力して、二手に分かれていたのだと。
「あの怪盗のやる事じゃからな。わしは痕跡を追った先に何かあると直感しておった。ならば、それを見極める必要がある。しかしじゃ。そのままファジーダイスの奴を悠々と逃がすわけにも、またゆかぬ。そこで、わしの召喚術の出番じゃ!」
人身売買の拠点を見つけさせて、尚且つ自身はそのまま姿を消す事がファジーダイスの狙いだった。しかし、そこまで思い通りにはさせるつもりはないと、ミラは笑みを浮かべる。
水路内を逃走するファジーダイスの位置は、水の精霊の力によって特定が容易だった。更には、その向かう先まで予測出来た。よって、怪盗が向かう出口へペガサスに乗って向かい、先回りに成功したと胸を張る。
「そこでわしも奴の流儀に則って、非殺傷で相対したのじゃよ」
決して相手を傷つけるような事はしないファジーダイス。だからこそ同じ土俵で戦ったと、ミラはその時の攻防を話し始めた。ファジーダイスが操る、様々な蜘蛛糸。それを掻い潜り、炸裂させた魔封爆石。更には、召喚術による華麗な連携技を。
「というわけで、今回は引き分けという結果に終わったわけじゃ」
召喚術の有用性を要所に織り交ぜながら若干の脚色交じりで語り終えたミラは、果実酒を呷り上機嫌に笑う。ファジーダイスは噂通り、実に手強い相手であったと。
また途中から随分と酔いが回ってきたようで、ミラのろれつが怪しくなってきていた。ただ最も重大なファジーダイスの正体については、しっかりと自制に成功している。
「すげぇな! 流石精霊女王さんだ!」
「相手に合わせるとか、痺れるっすよー!」
どうやらミラ以外の者達も、相当に酔ってきているらしい。ミラがここぞと決めてみせれば、やんややんやと声を上げる。
その声で更に調子に乗ったミラは「これがその時の戦利品じゃー!」と、かの『銀天のエウロス』を見せつけた。すると三十億は下らないとされるお宝の登場によって、会場は更に沸く。
ただ、流石にお宝過ぎるためか、何かがあっては身の破滅になるからか、一定距離以上には誰も近づこうとはしない。
そんな中、所長は楽しそうに微笑みながらも、ミラが話していた対決の内容を精査していた。
「確か警邏騎士という者達が、そのような効果の投擲武器を持っていたな……。なるほど、上手く使えば一泡吹かせられるかもしれない」
ミラが使っていたスタングレネード風の魔封爆石だが、警邏騎士はスタングレネードそのものを所持しているようだ。早くも次の対決に向けて、作戦を練り始めた所長は、「ミラ殿。先程の話にあった蜘蛛糸についてなのだが──」と、情報を求める。対してミラは、求められるまま存分に答えていった。
そうして非常に盛り上がった残念会は、深夜を回り八割方が酔い潰れたところでお開きとなった。
ミラもまた、そんな潰れた一人だ。残念会が解散すると、ニナ達の手によって男爵ホテルまで運ばれ、そのままベッドでぐっすりと眠った。
次の日の朝。もぞもぞと起き出したミラは、はて、いつの間にホテルに帰ってきたのだろうかと首を傾げる。記憶にあるのは、術士組合で大いに騒いでいたところまでだ。
「誰かの世話になったのは間違いなさそうじゃな……」
更に気付けば、ホテル備え付けの寝間着用ローブに着替えさせられていた。ミラは、その誰かに心の中で礼を言いながら、朝の支度を始める。
用を足してシャワーを浴び、着替える。ただその際にミラは、特製の魔導ローブセットを着ず、普段着用としてカバンに用意されていたワンピースに袖を通した。ファジーダイスとの戦いやら何やらで、随分と汗だなんだと汚れてしまっていたからだ。
「ふむ……これは快適じゃな!」
また、ついでに下着も替えたところで、ディノワール商会で購入した『魔動式服下用冷却クルクール』をワンピースの下に着込んだ。その効果は抜群であり、夏の日差しがギラギラと差し込むベランダに出ても、ひんやりとした心地良さが身体を包む。流石はディノワール商会の商品だ。
その性能に満足したミラは、魔導ローブセットを手に部屋を出る。そして廊下の途中にあるクリーニングサービスに預けてからロビーへ下りた。
男爵ホテルのロビーには、見知った顔があった。そう、所長とユリウスだ。何やら二人は、商人らしき男と冒険者らしき女性を前に話をしている。
と、その途中で所長が気付いたのか、こちらに手を振った。
「では、出発は一時間後に。よろしくお願いします」
商人らしき男は、そう言って振り返る。そしてミラとすれ違うところで、小さくお辞儀をして、女性を伴い去っていった。
「やあ、おはようミラ殿」
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
そう何気なく朝の挨拶を交わしたところで、ミラは先程の男が出ていった先に目を向ける。
「なんじゃ、出発と言っておったが、もう街を出るのか?」
昨日の今日で随分と忙しない事だ。そう訊いたところ、所長は「その予定だ」と頷いた。
「昨日で用事も終わったのでね。長居は無用というものだ」
ニヒルな笑みを浮かべながら、そう答えた所長。しかし、そんな彼の後ろに立つユリウスが、そっとその真実を暴露する。「事件が終わったらすぐに帰らないと、奥さんに叱られてしまうんですよ」と。
自由奔放でそれを許されているような印象の所長であったが、どうやら世の中の旦那の類に漏れず、奥さんには頭が上がらないようだ。
ちょっとした決めどころを潰されて、無言のままユリウスを睨む所長。対してユリウスは、とぼけるように視線を遠くに向けた。
「ミラ殿、朝食はもう食べたかね?」
所長は改めるようにして、そう口にした。その目には、ありありとした期待が込められている。
「いや、これからじゃな」
ミラがそう答えると、所長は早速とばかりに一つのレストランを指し示した。男爵ホテルに併設するそこは、先日一緒にパンケーキを食べたところだ。所長が言うには、教会で節気典礼が行われた日より一週間だけ、限定スイーツが食べられるとの事である。しかもそれは、グルメ本に載るほどの逸品だそうだ。
「ふむ、付き合おうではないか」
「そうこなくてはね」
ミラが快諾すると、所長は早速とばかりに車椅子を走らせた。
そうしてありついたスイーツ、『ディープシー・カスタード』。それは、ふわとろパンケーキが溺れるほどのカスタードに沈んでいるという衝撃的なビジュアルのスイーツだった。
この店自慢のカスタードを大盤振る舞いした至極の一品。更に付け合わせのプレーンの薄パンにたっぷり乗せると、余す事無くカスタードを堪能出来るというものだ。
三人は、そんなド級のスイーツを朝から存分に堪能する。程良い甘さに、ふわりと鼻に抜ける風味は、重々しい見た目に反して朝食として抜群であった。
「では、ミラ殿。またいつか」
「お世話になりました」
「うむ、達者でのぅ」
朝食を終えロビーに戻ったところで、ミラは所長達と、そう別れの挨拶を交わした。
スイーツといえば、所長の語りたがりもセットのようなもので、気付けばもうじき、所長達は出発の時間だ。
なお彼らは護衛兼相談役として、とある商隊に同乗するのだそうだ。先程の商人らしき男こそが、その商隊の頭だったらしい。
待ち合わせ場所まで時間ギリギリなのか、ユリウスが車椅子を押しながら駆けていく。ミラは愉快な者達だったと微笑んで、その背を見送った。
「さて、わしも行かねばな」
昨日の夜、ファジーダイスは別れ際に、こちらから会いに行くと言っていた。しかし、それがいつどこでかは、わからない。となればまずは、今ある用事を済ませておくべきだ。そう考えたミラは、今日一番の大事であろう用件を済ませるべく、ホテルを後にした。
まさか……まさか本当にこんな事になるなんて……。
なんと、春のパン祭り終了間近な今この時に、なくした台紙が見つかりました……。
2枚目が、あと少しで埋まろうかというこのタイミングでの発見。
喜びよりも、戸惑いの方が大きかったりします……。
しかし、なぜ……。
ここに置いておいたはずなのだから、ここらへんだろうと、真っ先に探した場所にあったのです……。
2、3回はそこを確認したはずなのに……!
ミステリー