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244 準備完了

二百四十四




 服飾店での出来事で疲れ切ったミラは、早めに男爵ホテルに戻った後、残りの時間を《意識同調》などの訓練に充てた。十分に落ち着け、じっくりと時間をかけられたからだろう。同調出来る距離を大きく伸ばす事に成功したミラは、その成果に満足しながら大浴場でのんびりと過ごし、夕食を堪能して心地良く就寝する。

 そうして清々しく朝を迎えたミラは、早くからハクストハウゼンの街に出ていた。


(確か、予定は十二時じゃったな)


 まだ対ファジーダイスに向けての準備や話し合いが残っているため、所長とは洋菓子店の前で待ち合わせの約束をしている。その時間が十二時頃。約四時間後だ。


(さて、まずはどこから見ていこうかのぅ)


 明日に備え、より詳細に下調べをするべく、ファジーダイスの逃走経路となりそうな場所を目指し、通りを進む。

 ミラには、一つ不安があった。噂で聞いた限りでは、どうにもファジーダイスは、まだまだ実力を隠している節がある。そんな、Aランク冒険者すら手玉に取るというファジーダイスが本気で逃走した場合、その機動力は、どれほどのものなのかという不安だ。

 仙術技能を活用すれば、ミラも相当な機動力を発揮出来る。とはいえ、それは圧倒的とまではいかない。

 所長とユリウスは、きっとミラの機動力ならば追跡出来るだろうと言っていた。だが、もしもこれまでにファジーダイスが一度も本気で逃走していなかったら、果たして彼らの目論み通りにいくのだろうか。

 今回利用する術具によって追跡感知出来るのは、三百メートル以内。少しでもファジーダイスがミラの機動力を上回っていたら、そうかからず見失ってしまう事になるだろう。

 ゆえにミラは、保険を用意する事にしたのだ。


(確か、この先が組合じゃったな)


 朝の活気に溢れる大通り。ミラは、その通りを遠く眺めながら、ハクストハウゼンの地図を思い浮かべた。

 組合を中心にした、周囲三百メートル。と、そうして色々と作戦を練っていた時だ。ミラは視線の先にあった屋根の上に、人が立っている事に気付いた。

 もしやファジーダイスか。などと思ったのも束の間。ミラは、直ぐにもう一つの要因に思い至る。


(あー……今日も捜しておるのぅ……)


 屋根の上を渡る複数の冒険者。また、大通りに視線を移せば、そこにはやはり、捜索活動に勤しむ者達の姿もあった。

 そう、かの者達は今日もまた、水の精霊を捜しているようだ。


(ふーむ……これは、アレじゃな……)


 一切関係のない事だったなら、ご苦労様程度にしか思わなかったであろう。しかし、この件については少々違う。

 冒険者達が捜している水の精霊は、昨日ミラが契約を交わしたアンルティーネであり、そのアンルティーネは既に昨日の夜には、こっそりと地下水路を通って街を出てしまっている。

 この事実を把握しているのは、この街でミラだけだ。水の精霊を心の底から求める冒険者達は見ての通り、それを知らぬまま、今日も捜索に精を出していた。

 既にいないため、いくら捜しても見つかるはずはない。その状況に関与しているミラは、流石にそのまま放っておく事も出来ず、屋根の上に上り周囲を見回す。

 そして、ちょうど良いところに、昨日この件について教えてくれた冒険者の姿を見つけた。


「今日も捜しておるようじゃな」


 ミラは屋根伝いに駆け寄ると、そう声をかける。


「おお! 精霊女王さんじゃありませんか! 昨日はありがとうございました。リナが……うちの召喚術士が凄く喜んでおりましたよ!」


 男は振り返るなり、輝くような笑顔でそう礼を言った。対してミラは、「そうか、それは良かった」と、後ろめたさを隠しながら答える。彼らが捜すアンルティーネは、自分と契約するために来ていた。ゆえに彼らの努力は一切が無駄であると知りながら、その時は保身のためにその事実を告げられず誤魔化したからだ。


「ところで、今日は如何なさいましたか? 俺にわかる事なら何でもお答えしますが」


 またもわざわざ屋根の上にいる自分に声をかけてきたという事から、何か質問でもあるのだろうかと男は考えたようだ。しかしながら、今回は違う件である。


「それなのじゃがな──」


 ミラは、男に状況を告げた。今日の朝に感知してみたところ、皆が捜している水の精霊は既に街にはいないとわかった事。ゆえに、それを知らずに捜している者達を放ってはおけず、声をかけたと。


「なんと……もういなくなっていましたか。ファーストコンタクトで驚かせてしまったという話でしたが、やはりそれが原因だったのですかねぇ……」


 真実は、目的であったミラとの契約を済ませたため、元気よく帰っていったというものだ。しかし、その事には一切触れなかったため、男はミラがこの件に深く関わっているとは思わず、そう判断したようだ。最初に水の精霊と出会った者が、ガツガツと契約を願ったせいであると。


「まあ、理由まではわからぬが、そういう事じゃ。出来ればお主から他の皆にも伝えておいてはくれぬか?」


 特に、鬼気迫る様子の女性達には余り近づきたくない。そんな心の内を隠しながら、ミラがそう頼んだところ、「わかりました! 精霊女王さんのお言葉として伝えさせてもらいます!」と、男は快諾してくれた。


「では、よろしく頼む」


 最後にそう告げて屋根から飛び降りたミラは、「ありがとうございましたー!」という男の声を背に受けて、そそくさとその場から退散するのだった。



 さて改めてと、対ファジーダイスの保険準備に戻ったミラは、術士組合を中心にしてハクストハウゼンの街を巡っていた。


「逃走経路としては、この辺りも該当しそうじゃな」


 ミラは周りを確認しながら、取り出した地図に点を書き込む。

 路地裏や住宅地、小さな商店街と見回ってきたミラは、貴族などの富裕層が住まう区画にまで来ていた。周りには、如何にもといった屋敷ばかりが立ち並び、道行く人々は、どことなく気品を漂わせた者ばかりだ。

 そんな中にあり、地図を広げるミラの姿は、よそ者感丸出しである。しかし、不思議とミラに向けられる視線に侮蔑の色はない。

 その理由は、完成された見た目から、どこぞのお嬢様と思われたわけでも、はたまた住民の人柄でもなく、精霊女王がこの街に来ているという噂が、既にここまで広まっていたからであった。

 富裕層にもミーハーな者がいる、というよりは富裕層だからこそ、そういった噂に敏感なのだろう。ミラを見つけて遠巻きに眺める者もいれば、是非とも屋敷に招待したいと意気込む者、甘い結婚生活を妄想する者など。その反応は、一般人と余り変わらない。いや、むしろ金という力がある分、多少過激寄りといえた。

 対してミラはといえば、そんな視線を気にする事無く、目的を進めていく。そして下心丸出しな者が近づいて来たところで、即座にその場から立ち去った。



 そうこうして簡単に富裕層の区画の確認を終えたミラは今、同じ区画にあったドーレス商会の屋敷前に立っていた。遠目から少しだけ開いている門より中を覗いてみると、武装した何人もの警備兵が見える。

 また、その中に交ざって、随分と大きな剣を担いでいる者の姿もあった。大型の魔物すら一太刀で真っ二つに出来そうな剣だ。その者が同種の武具で揃えた警備員とは違った武具を身に着けている事から、今回のために雇われた冒険者か傭兵あたりだろうとミラは予想する。ただ、その姿は屋敷の警備というよりは、何か大物でも狩りにいくようにも見えた。


「む……思えばこの辺りは、もしや……」


 屋敷の門番と目が合った事で、そっと視線を逸らしたミラは、ふと周りを見回して、ある事を思い出した。そして手にしていた地図を広げて現在地に指を置くと、そのまま思い出したもう一ヶ所を確認する。


「やはり、そうか。ちょうどこの辺りの下になるのじゃな」


 今いる場所。それは、昨日アンルティーネと契約した広場からみて、北東の方向にあった。つまり、その時アンルティーネが口にしていた、水路の苔が生えていない場所があるという方角と一致したわけだ。

 どこもかしこも苔塗れだった水路の中で、唯一生えていない場所。それは人の手によるものなのか、その近くに隠し通路があるのではないかとアンルティーネは言っていた。

 もしかしたら、この地区のどこかに。富裕層ばかりが集うからこそ、余計に怪しい。もしかして地下水路で悪巧みでもしているのではないかと勘ぐるミラは、特に怪しいドーレス商会の屋敷を睨む。すると門番もまた、ミラの事を見つめ返してきた。というよりは、先程からずっと注目されているようだ。それは警戒してか、はたまた好意か。ただ一ついえる事は、所長と一緒にいるところを見ていたであろうが、さほど敵対的ではないという点だ。どうやら所長のみに厳しいらしい。

 と、そんな時であった。ふと、鐘の音が空高く響き渡ったのだ。


「おっと、しもうた!」


 それは、正午を告げる鐘の音だった。所長と待ち合わせていた時間である。

 ミラは慌てて踵を返し、仙術技能を全開で、待ち合わせのスイーツ店に向かうのだった。



「遅れてすまんかった」


 約束の場所には、既に所長とユリウスの姿があった。屋根から屋根へと飛び越えて急行したミラは、大通りに降り立つと同時、そう謝罪の言葉を口にする。


「いや、遅れてなどないようだが? 今は十二時と少しくらいか。十二時あたりという約束通りであったからね」


 ミラを気遣ってか、もとより曖昧なのか、所長はそう言って笑う。


「さあ、食べ尽くされる前に我々も参戦しよう」


 息巻きながら見事なターンを決めた所長は、我先にと車椅子を走らせた。実は、相当に楽しみだったようだ。あっという間に店の扉の前まで到着すると、振り返りミラ達を急かすように手招きをする。

 どこか子供のような所長の様子に、ミラとユリウスは顔を合わせ苦笑した。

 一行が『ようこそファジーダイス様記念 持ってけ怪盗食べ放題祭り』開催中のスイーツ店に入ると、そこは大勢の客でごった返していた。

 高級スイーツ店の大セール食べ放題。それがどれほどの集客効果を発揮するかを完全に失念していたミラは、これはもう満席なのではないかと予感する。そして、もう少し早めに来れていたら、もしかして。などと後悔した。

 しかしながら、それは杞憂に終わる。何と、所長が昨日の時点で特別に予約を入れる事に成功していたというのだ。

 なんでも今日の予約席分はいっぱいであったが、夜に所長が怪盗ファジーダイスとのあれこれを講演するという条件で、食べ放題の席を確保したらしい。

 ミラ達は、多くの客でごった返す一階から、予約客のみの席がある二階へと通された。その階は広く、テーブルもゆとりをもって配置されている。正にVIP席とでもいった様子で、とても落ち着いて作戦会議が出来そうだった。

 なお、講演については所長から言い出した事だという。余程話したがりなのだろう、今から講演の時が楽しみだと所長は笑っていた。


 そうしてスイーツ食べ放題にありつけたミラは、思う存分に甘味を堪能した。所長は全種を制覇するなどと意気込み、現在は残り半数を攻略中だ。

 ユリウスはというと、ミラ達のテーブルの一つ隣でファジーダイスファンの女性達に囲まれている。

 彼女達が応援する怪盗と敵対する探偵。一見すると恨まれていそうな関係だ。しかしながら、そうには見えない。

 どうにも怪盗何某を諦めずに追い続ける警部のような、そんな立ち位置になっているようだ。状況からそう感じたミラは、それでいて時折自分に突き刺さるこの視線は何なのだろうかと苦笑した。

 と、そのようにスイーツを味わいながらも、作戦会議は順調に進んでいた。その内容は昨日の補足が半分と、作戦当日についてだ。

 怪盗ファジーダイスの動向については、ユリウスが現場から直接報告する。ミラと所長は、その報告に合わせて行動する。そして全てが上手く行き、組合での事が済んだら、後はミラの裁量に任せるという事だった。


「ふむ……。本当に、わしの好きにしてしまっても良いのか?」


 ここまで周到に用意しながら、締めは自由にしてくれという所長に、ミラはそう問うた。始めから終わりまでの作戦がピタリと嵌れば、それは所長のお手柄だ。しかし、ミラが自身の策で怪盗ファジーダイスを捕まえるなり、そのアジトを見つけるなりした場合、その手柄の大部分はミラに渡る事だろう。


「ああ、構わない。この状態だ。もとより今回は、何も出来ないはずだったからね」


 所長はそう口にしながら、自分の足に視線を落とす。そして、怪我をした足では、あの怪盗を追う事すら叶わないと笑う。

 と、そこまで真剣な面持ちで語っていた所長は、次の瞬間少しだけ肩を竦めてみせる。そして、本当は今回のために練った作戦を無駄にしたくなかった事と、どれだけ通用するのかを早く知りたかっただけだと笑い飛ばした。


「それとだ。正直なところ、実は追跡するところから先は考えてはいなかったのだよ」


 どうやらこの部分は彼にも内緒だったのだろう、ふとユリウスの様子を確認した所長は、そっと囁くように言葉を付け足した。

 なんでも所長は、その追跡するところからを考えている際に足を怪我したそうだ。そして、今回の対決は無理だろうと思い、追跡後については白紙のまま。しかしながら、気付かれないように術具への登録が可能かどうかが、とにかくどうしても気になったという。

 せめて、それだけでも確認したいと、協力してもらえそうな術士を探していたところ、まさかの精霊女王を捕まえる事が出来たと所長は笑う。


「なるほどのぅ。まあ、わからなくもないが」


 所長の気持ちが少しだけ理解出来たミラは、苦笑気味に呟き答える。かつての自分も、新しい戦略や術による連携を思い付いた際は、居ても立っても居られなかったと。そして、よく夜中にもかかわらずログインして、寝不足に陥っていた。また、仲間すらも上手く言いくるめて実験台にしたものだ。


「しかも、流石は二つ名持ちだ。かの怪盗に、負けず劣らずな機動力まである。始めからミラ殿が来ると知っていれば、追跡についても詳細に策を練ったのだがね」


 流石に予想外過ぎる協力者だったと口にした所長は、流石に昨日今日でミラに合った作戦を立てるのは難しかったと続ける。そして、ならば全て任せようと決めた事を告げた。


「まあ、やれるだけやってみるとしようかのぅ」


 そう返したミラは、実に楽しげにケーキを頬張る所長を見つめると、やれやれと微笑みながらショートケーキにかじりつくのだった。




 当日決行する作戦の確認が済んだ後、雑談なども交えながら、ミラ達は時間いっぱいまでケーキを堪能した。

 所長は見事に全種を制覇し、ミラもまた好物のモンブランをたらふく食べられてご満悦だ。ただ、ずっと女性達に捕まっていたユリウスは、二人に比べ、少々やつれ気味であった。

 そうしてスイーツ店を後にしたミラ達は、次に術士組合の向い側に位置する店を訪れていた。目的は、その建物の三階にあるベランダを使わせてもらうためだ。

 術士組合までの見通しが良く、遮蔽物のない角度をとれる場所。怪盗ファジーダイスを待ち構え、術具で狙うために一番適したベランダが、ここなのだ。


「──というわけでね。ベランダを使わせてもらえないだろうか」


 所長は、作戦について包み隠さず説明し、店主に許可を求めた。対して店主は、「貸してやりたいのはやまやまだけどねぇ」と、渋い顔で答える。やはり、義賊のファジーダイスは正義というイメージがある。それと敵対する関係にある所長に手を貸す事に、ひっかかるところもあるのだろう。それも仕方のない事だ。客商売には、イメージというのも大事なのだから。


「いいじゃんいいじゃん。別に目立った事するわけじゃないんだしさ」


「そうそう、誰も気付かないって」


「ただ、特等席で怪盗の登場を待つ、ファン達。皆、そう見るだけだよ」


 渋る店主にすり寄るようにして説得する、三人の女性。綺麗どころが揃った彼女達は、スイーツ店からここに来る途中で合流した、今作戦に協力する冒険者だった。

 何でも所長が言うには、より成功率を高めるためだそうだ。ミラが少女である事を有効に活用した方法。ベランダにミラだけを待機させるのではなく、ファジーダイスを待つファン達を装う女性達に紛れ込ませる。毎回、術士組合前はファン達でごった返すため、ミラならば確実に溶け込めるだろうと、所長は断言した。

 なお、ファン達に紛れるという作戦は、過去に一度だけ実行した事があったと雑談時に所長が話していた。そしてその際は所長とユリウスが女装するという、とんでもない手段だったらしい。

 結果は、言わずもがな。所長が即座にばれて騒ぎになり、大失敗。ただ、ユリウスは意外にもばれる事なく、無事に退散出来たそうだ。


「わかった。好きに使ってくれ」


 と、なんやかんやで説得効果により、無事店主からベランダの使用許可が下りた。途中ミラは、ワーズランベールで光学迷彩なりを使えば十分だろう、などと思ったが、それを口にはしなかった。きっと、これもまた何かの試しなのだろうと察したからだ。

 次に似たような作戦があったとしたら、きっと今度はユリウスが。そんな予感からミラはそっとユリウスを見つめ、心の中で合掌した。



 作戦決行の場所の確保を無事に終えたところで、決戦に向けて必要な話し合いは一通り完了した。後は当日を待つばかり。怪盗ファジーダイスが予告した日は明日。その夜七時に決戦は始まる。

 ドーレス商会で証拠を盗み出し、それを教会と術士組合に提出する。と、そこでミラは、ふと思った。


「ところで一つ気になったのじゃが、怪盗の仕事は、教会やら組合やらに証拠を預けて終いなのじゃろう? もしもそこに、標的と繋がりのある不届き者が紛れていた場合、折角の証拠を処分されてしまうのではなかろうか?」


 神を崇める教会や、人々のために奮闘している組合とて、人の集まりである以上、不正をしでかす者がいないとは言い切れない。もしも、ファジーダイスの標的と裏で繋がっていた場合、その者が盗み出された証拠を隠蔽してしまうのではないだろうか。ミラは、そこが気になったのだ。

 するとその時、所長が新しい燃料を得たとばかりに笑みを浮かべた。


「私もまた、前に同じ事を考えた事があってね──」


 その言葉と共に、また所長の推理語りが始まった。

 なかなか話が終わらない。そんな事を思いつつも、やはり気になるミラは、所長の説明に耳を傾ける。

 すると何とも、ミラの疑問はとんでもない現実に行き着いた。

 何でも所長が詳しく調べたところ、ファジーダイスが犯行を行った全ての街では、予告状が届く少し前から、不正に手を染めていたその街の組合員や教会の者が、次々と検挙されるという騒ぎが起きるそうなのだ。

 しかもその者達が疑われ、そして検挙に至った要因というのが、共通して匿名による密告と証拠の提出だという事だった。


「いやはや、本当に偶然というのはあるのかね。実はこの街でも二週間ほど前に、そこの術士組合から三人、教会から二人の不届き者が検挙されていったばかりなのだよ」


 小さく肩を竦めてみせた所長は、「そんな都合の良い密告者が、どこから湧いてきたのだろうね」と続けて、わざとらしく笑った。


「何ともまた、そこまで暗躍しておったとはのぅ……」


 あくまでも、匿名による密告者。だが、所長が言いたい事実は、考えなくともわかる事であり、ミラもまた半ば呆れたように笑う。

 ファジーダイスが狙う者は決まって大物ばかりだ。人脈も多く、そして深く、一筋縄ではいかない相手である。しかし、そんな大物がファジーダイスによる一夜の犯行により、悉く制裁されている。

 その大きな理由の一部が、これなのだと所長は語った。

 一見、派手で目立つファジーダイスの大立ち回り。しかしそれは最後の仕上げであり、予告状というわかり易い始まり(・・・)以前から、かの怪盗の仕事は進行していたというわけだ。


「いったい、どこからどこまでが奴の仕業かは絞り切れないが、ファジーダイスが現れた街では、その後、犯罪件数が激減しているという数字も出ている。いやまったく、不思議な事が続くものだ」


 そうとぼけたように口にした所長。どうやら、その点についてはもう調べる事を止めたそうだ。暗躍している時より、堂々と姿を見せて華麗に舞っている時こそが、所長にとっても本番らしい。


「まあ、街が平和になるのなら、有り難い話じゃな」


 舞台の上で正々堂々。何となくその気持ちはわかると、ミラもまたそれ以上深く訊く事はなく、ただただ平和は良い事だとだけ同意した。



 匿名による密告と証拠の提出により、教会と組合に潜んでいた不正者は裁かれていた。そんな理由から今はどちらもクリーンな場となっており、ファジーダイスが盗み出した証拠が隠蔽されるような心配はない。安心して犯行後を狙えるというものだ。


「ではまた、明日の夜六時に組合前で」


「うむ、わかった」


 ミラと所長が、そう言葉を交わした後、ユリウスは小さくお辞儀をしてから所長の車椅子を押していった。ミラはといえば、すぐさま踵を返し、駆け出していく。中断していた保険の下調べを再開するためだ。


「しかしまあ、策なしじゃったとはのぅ」


 追跡用の術具『ロックオンM弐型』でファジーダイスをマーキングした時点で、所長の立てた作戦は完了だという事だ。今回は、新たに入手した術具の使い勝手を試す事こそが最大の目的であり、そこからどう追跡するかについては、完全にその場の勢いでと所長は考えていたらしい。

 初めて使うものであるため、その実際の使い勝手を見てみなければ作戦は立て辛いそうだ。ゆえに、使用後には感想を聞かせてほしいという事でもあった。

 とはいえ、それもまた、ある意味で気楽である。必要なのは使い勝手のデータであり、追跡結果について、所長は何も言っていない。失敗にするにせよ、成功するにせよ、ミラが気負う必要はないのだ。

 もしかしたら、所長は余計な責任をミラに感じさせないようにと気遣ったのだろうか。ふと、そんな事を思ったミラだったが、あの時の表情は、塔の研究者のそれに似ていたなと思い出す。

 はて、所長の真意はどちらなのかと考え始めたのも束の間。まあ、どちらでもいいかという結論に辿り着いたミラは、自分流の追跡作戦を練るべく、日が沈むまで、ハクストハウゼンの街を駆け回るのだった。







いよいよ今月末に、新しいモンハン出ますね!

ポータブル3以降やっていないので、とても楽しみです!

何やら色々と変わっているようですねぇ。

しかも何やら、PVを見る限り……ちゃんとした声が入っているようで……。

モンハンもしっかり言葉を話す時代になっていたのですねぇ……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この作品で主人公を除くと所長が一番長く話すし登場時間も多い件…。そろそろうざいかな…。所長の長話とか描写が始まると読み飛ばす癖がつきました。
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