殺意
屋上から校舎内に戻ろうとドアに手をかけた。
その時、背後に妙な気配を感じた。
振り返ると、さっきまで自分がいた場所に闇が浮いていた。
闇が浮いているという表現は日本語的にあまり正しいようには思えないが、確かに闇が、実態のない黒い塊のようなものがそこに浮かんでいる。
ゆらゆらと浮遊する闇を前に、俺は立ち竦んだ。
何が何だか分からないが、このままこいつの近くにいるのは危険だ、そう思い距離を取ろうとした瞬間、
ギューン。
闇から棘のようなものが伸び、俺の体を貫いた。
何かが刺さっているような感覚はなく、血も出ていない。ただ、何となく苦しい。何だこの感覚は。
体を貫かれてから2秒後、俺は自分が息を吸えていないことに気付いた。
窒息する。
ヤバい…ヤバいヤバいヤバいヤバい…!
軽度のパニック状態になり暴れ回るが、棘に貫かれている俺の体の芯は全く動かない。闇の棘を掴むことは出来るがそれもピクリとも動かない。
だんだん意識が遠のいていくのが分かる。
太ももを尿が伝う。また失禁してしまった。
視界がぼやけてきた。
世界に靄がかかり、時も止まったような感覚に陥った。
そんな中、アヘ顔をした俺の横を何かがすごい速さで通り過ぎ、闇の方へ向かっていった。
そこで俺の意識は途絶えた。
目覚めると見覚えのある天井が映った。
「うっ…!」
起き上がろうとしたが予想外の痛みを感じて思わず声を出しまた仰向けの状態に戻る。
「おっ!起きたー!?小便ヤンキー!」
この聞き覚えのあるうるさい声、間違いない。
ここは保健室だ。
「58(ごっぱー)くんがおしっこ漏らして倒れてるって聞いてさ!急いで屋上に向かったらアヘ顔で寝てるんだもん!流石に爆笑しちゃったよ!あ、見てみて!写メ撮ったんだ!」
心の底から楽しそうな笑みを浮かべて俺のアヘ顔写真を見せてくるのは養護教諭の菊池だ。
ノリの軽さが空気の軽さに匹敵することから、生徒からはエアロと呼ばれている。
いつもウザいとは思っていたが、今ほどこいつを殺したいと思ったことは無かった。