317 謎な
「いざ参る」
14時となり、いち早く行動を起こしたのはアカネコ。
シャンパーニとコスモスもそれに続く。
アルフレッドとミックス姉妹は、前線へと駆け出した彼女たちを援護できる位置で弓を構えた。
「おや、休憩かい?」
棍棒の巨人たちを粗方倒し切ったシガローネとナトに、マサムネが声をかける。
「そちらこそ呑気に一人で怠慢か?」
「巨人の群れ、それに弓持ちまで……加勢が必要に見えます」
二人は新たに現れた魔物を目にして、顔つきを真剣なものへと変えていた。
遠距離攻撃手段を持った敵が現れたということが、どれほどの脅威になるかを知っているのだ。
しかし、そんな二人とは対照的に、マサムネは余裕の表情である。
「あの六人でも十分だよ。疲れたろうから、二人は休んでいるといい」
確信めいた物言い。まるで結果を見てきたようなマサムネの言葉に、ナトは閉口するよりなかった。
「流石はごぼう抜きの女、見習いたいほどの太っ腹だな」
シガローネはマサムネの指示に従って、その場に腰を下ろすと、憎まれ口を叩く。
ごぼう抜き……つまり、後から出てきてチーム・ファーステストの面々を追い越すほどの強さを見せたどころか、セカンドの恋人という立場までゲットしてみせたマサムネの強かさを揶揄していた。
「生憎と、弁才流は男子禁制なんだ」
「ほう、技は盗めということか」
「それしかないね」
「ではまずセカンドに股でも開いてみるとしよう」
あえてデリカシーに欠ける発言をして、相手の反応を観察し、性格を読み取る。シガローネの外交における常套手段である。
ナトは冷や冷やしながら二人の応酬を眺めていた。
「面白そうだから、やる時はボクにも見せてね」
「!」
どうやらこの場においては、マサムネの方が一枚上手だったようだ。
言外に「性を利用して対価を得た」と捉えられるようなシガローネの発言は、マサムネが怒りをあらわにしてもおかしくないほどに無礼極まりないものである。
それも、セカンドへの真剣な気持ちまで嘲笑されているようで、普通なら到底許すことのできない言葉であった。
そう、的確にマサムネの地雷を見抜き、踏み抜いていたのだ。
しかしマサムネは、シガローネがそれをわざと口にしているというところまで見抜いていた。
そして、全くもって本心ではないということも。
「参った。非礼を詫びよう」
「素直でいいね、将軍さん」
「私の数多くある長所のうちの一つだ」
互いに互いの性格をなんとなく理解した二人は、戦場へと視線を向ける。
「……なるほど、確かに加勢は不要ですね」
ナトが感心するように呟いた。
前衛三人、後衛三人。巨人の軍勢を相手にする六人には、僅かな隙も見当たらない。
「ほう、あの薙刀のメイド……」
「はい。正直申し上げて、あの動きは勉強になります」
シガローネとナトがまず注目したのは、シャンパーニであった。
槍術の心得のあるシガローネとナトは、やはり槍術が気になるようだ。
シャンパーニは豪奢なメイド服のロングスカートを翻し、「おーっほっほ!」と笑いながら《龍馬槍術》を撃って乱舞している。
強力な衝撃波で何体もの巨人を纏めて消し炭にすると、シャンパーニはそれを見届けるや否や《飛車槍術》の突進で移動、途中でキャンセルし、《桂馬槍術》で跳躍、空中でキャンセルし、またもや射線を変えて《龍馬槍術》を放ち、「おーっほっほっほ!」と笑う。
「包み込むように。基本だな」
「ええ。基本が徹底されており、一つ一つが丁寧で、移動にそつがありません」
二人からのシャンパーニへの評価は、非常に高かった。
「しかしあのメイド、何故笑っている?」
「……わかりません」
若干の謎は残ったが、二人の注目は次へと移る。
同じくメイド服を着る杖術師、コスモスだ。
コスモスは、前衛の中で最も広範囲に攻撃を与えていた。
これは杖術におけるメリットの一つ。突・打・払と三種類のスキル形態を持つ杖術は、“払”を使うことで攻撃範囲に特化させることができる。
《龍王杖術・払》――非常に強力な広範囲攻撃を“払”で発動することによって更に攻撃範囲を広げたスキル。
近接系の範囲攻撃スキルでは最も攻撃範囲の広いスキルである。
地獄の特訓でステータス上げもこなし、火力も十二分。前線で大活躍できるほど、コスモスは大いに成長していた。
「しかしあのメイド、何故喘いでいる?」
「…………わかりません」
相変わらず若干の謎は残るが、二人は次なる前衛へと注目する。
アカネコだ。
二人にとっては、彼女が一番の衝撃であった。
そして異質。
抜刀術というスキルは、二人にとって全くの謎なのだ。
だからこそ……目を見張るものがある。
「あの発動速度であの火力か。笑えるな」
「一撃ずつ鞘に納めなければならない制約があるのでしょうか? それにしても……」
異常なほどの高火力。
目にもとまらぬ攻撃速度。
一瞬、何かが煌めいたかと思えば、巨人が倒れている。
アカネコはひらりひらりと巨人たちを躱しては斬り、躱しては斬り、魔物の軍勢の奥へ奥へと進んでいく。
そして、ぐるりと周りを囲まれたタイミングで《龍馬抜刀術》を発動し、全周囲への範囲攻撃を繰り出して、恐ろしいスピードで巨人たちを殲滅していた。
「銀将抜刀術。アカネコちゃんの火力なら、1秒も溜めれば一撃確殺かな」
「…………」
マサムネによる解説。
二人は、アカネコが巨人を倒しまくっているスキルが銀将だと知り、思わず黙り込んだ。
あまりにもコスパが良過ぎる。準備時間も発動時間も短くクールタイムも短い、それであれほどの火力が出せるのであれば……もはや笑うよりない。抜刀術を知らない者の殆どが同様の感想を抱くだろう。
実際のところ、抜刀術で火力を出すためには、STR・DEX・AGI・VITを上げる、すなわち多種多様なスキルを覚えて満遍なくステータスを上げなければならない。つまり、アカネコのような火力を出せるようになるまでには、抜刀術以外のスキル習得こそが重要となる。
そうして多くのスキルを修練すると、今度は抜刀術の弱点も見えてくるようになる。全てのスキルは一長一短であり、それぞれに役割があり、万能なスキルなどないのだ。
確かに抜刀術は強力で優秀なスキルであり、メヴィウス・オンラインでの人気も高かった。だが、決して万能ではない。
マサムネはそれをよく理解していた。ゆえに、彼らの存在が重要だと知っている。後衛三人の存在が。
「……なるほどな。射程勝ちを狙ったか」
シガローネが気付いた。
そう、アルフレッドとミックス姉妹は、武器を射程に特化させていた。
ミスリルロングボウの六段階《性能強化》による射程延伸、更に射程を伸ばす“遠見”の効果も付与されている。
これによって、弓の巨人の射程距離外から矢の雨を降らせ、一方的に攻撃して制圧しているのだ。
「圧倒的ですね。本当に余裕が見えます」
ナトは状況をそう見る。
確かに圧倒的だった。巨人の軍勢はたったの六人になすすべなく蹂躙されている。
だが、マサムネは余裕の顔を崩さず、しかしその表情とは裏腹に、こう口にした。
「今はね」
スタンピードイベント、テーブルH「亡霊兵団」――その恐ろしさを、セカンドと零環から嫌というほど聞かされていたのだ。
次の15時から、いよいよ始まろうとしている。
本当のスタンピードイベント。
通称、魔の二時間が――。
◇ ◇ ◇
時は遡り、13時55分。
ビターバレー南に、ファーステストの面々が転移してきた。
「す、すみません、遅くなりました。シェリィさん、お一人で大変でしたよね……? 私なんかでよければ、交代します」
「いいわよ、別に。良い準備運動ができたわ」
アルファがシェリィに対して気を遣うと、シェリィは上機嫌に断った。
兵士たちからの英雄扱いがよほどお気に召したようで、まさに絶好調という表情である。
「よしたまえ、アルファ嬢。シェリィなぞに気を遣ってはもったいない」
「お兄様、どういう意味よそれ!」
「骨折り損のくたびれ儲けという意味だ」
「わかったわ、殺されたいって意味ね」
「ふふっ」
「笑ってんじゃないわよ元金剛!」
「ああいや、すみません、失礼失礼」
ヘレスがシェリィと言い合う様子を見て、ロックンチェアはつい笑ってしまった。
待機中にはあれほど緊張していたというのに、戦場へ来るや否や、一転してあまりにも普段通り過ぎたのだ。
「仲の良い兄妹ですねぇ」
「そ、そうですね……」
元一閃座ロスマンが微笑んでそう言うと、アルファが小さな声で同意する。
「ほら、いつまでも駄弁っとらんと、キリキリ働きや~」
手をパンパンと鳴らして号令をかけたのは、《陣風転身》で皆を連れてきたラズベリーベルだった。
「見てみぃ、ベイリーズはんとリリィはんを。もう顔付きからしてちゃうで」
ベイリーズは蜘蛛糸を手に巻いて糸操術の準備をしている。
ふと、皆から注目されていることに気付くと、凛とした所作でお辞儀をして沈黙を破った。
「ベイリーズと申します。皆様とご一緒に戦えること、光栄に存じます。勿論、リリィ、貴女ともね」
リリィは筋肉もりもりの巨体をしならせて、腕のストレッチをしていた。
ベイリーズの挨拶が終わると、リリィはぐるんと肩を回し、ポキポキと首を鳴らしてから口を開く。
「リリィと申しますわぁん。アタシもとぉっても光栄よん。それと、アタシのことは“リリィちゃん”って、呼・ん・で。ねっ?」
リリィおねえさんによるウィンクで、男性陣は引き攣った顔になる。アルファは眼鏡で表情が見えず、ラズベリーベルだけは何故だかニッコリと微笑んでいた。
そんなやりとりをしている間も、シェリィは一人で魔物の処理を淡々とこなしていた。
「あっ……で、では、皆さん、間もなく14時になりますので、頑張っていきましょうっ」
時計を見てハッとしたアルファが、わたわたしながら皆に声をかける。
一見して頼りなさそうな彼女だが、この面子では一応リーダーのポジションであった。
一方、ラズベリーベルはというと……。
「うち見学~」
そう口にして、サングラスをかけると、持参した折り畳み椅子に座った。
◇ ◇ ◇
同じ頃、港町クーラ西では。
「ぼーぐ、おっすおっす~」
「ヴォーグです」
「ぼーぐ」
「ヴォーグ」
「ぼーぐ!」
「……ええ、もういいわよそれで」
一人で無双していたヴォーグのもとへ、《秋水転身》によってエコが現れる。
その横には――。
「おっほ、と、とりあえず、14時からは、拙者とヴォーグ氏とエコ氏の三人で、頑張りますぞいっ」
――ムラッティ・トリコローリ。
この地点の担当は、あとレンコとグロリア、イヴとカレンがいるはずであった。しかし、転移してきたのはエコとムラッティのみ。
つまりは、この三人で十分だという、セカンドの判断である。
ムラッティはリンリンから借りている“雁木”の付与された月蝕杖を装備すると、前線へと歩み出た。
そして、14時になると同時に、にんまりとした満面の笑みで【魔魔術】を発動する。
「むほほ~っ! ワンドの魔術、気持ち良過ぎでしょ常考――」
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