300 転身て?
「やべーっす兄貴! ロビー見ました!? ロスマンとヴォーグ! ロックンチェアも! 有名人だらけ!!」
「うるせェぞプルム、騒ぐな」
使用人邸の食堂で朝食中の厩務長ジャストに、厩務員のプルムが興奮した様子で話しかける。
ロビーというのは、現在タイトル戦出場者たちが宿泊している旅館風の屋敷のフロントロビーのことだ。
合宿参加者たちは、セカンドが「先生」を連れてくるとやらで、朝っぱらからロビーに集められ待機させられていた。
その光景を見かけたプルムは、あまりの興奮に居ても立ってもいられなくなったのだ。
「おいおいジャスト、俺はプルムの気持ちわかるぜ。なぁ?」
「おいらもわかりやすなぁ。なんせ、世代なもんでねぇ」
プルムをあしらうジャストへ、料理長のソブラが話しかける。
それからソブラは、キュベロの舎弟のビサイドへと話を振った。二人の年齢は、三十六と三十。まだ十代のジャストとプルムと対比すれば、ハッキリと「オジサン」であった。
「世代? ソブラ兄さんもですかァ?」
「おうよ。絶対王者と言やぁ、俺らの世代はロスマンよ」
「ロスマンとヴォーグっちゅうたら、負け知らずで有名でさぁな」
彼らがタイトル戦出場者のような強者に憧れを持つようになった頃、ロスマンとヴォーグは既にタイトル保持者として君臨していた。
そしてセカンド・ファーステストが現れるまで、彼らは王者として君臨し続けていたのだ。
「お客さんっすよ。呼び捨てはやべェんじゃないすか」
特にタイトル戦に思い入れのないジャストは、一人冷静にツッコミを入れる。
「いや、そりゃそうだがジャスト、俺らにとっちゃあ、なんというか、ほら、有名人過ぎてさぁ。わからねぇか?」
ソブラはぽりぽりと後頭部をかきながら言った。その横で、ビサイドもうんうんと深く頷いている。
「そんな超有名人たちがロビーに普通にいるんすよ! 目の前に! これ興奮しない方がおかしいですって兄貴!」
「うるせェ! お前ェは単に流行りもん好きのニワカだろうが! 黙っとけ!」
「痛てててっ! す、すいません兄貴!」
調子に乗り始めたプルムを、ジャストがヘッドロックして黙らせる。
すると、騒ぎを聞きつけたのか、執事服の男が真面目な顔で四人に声をかけた。
「無駄話をしている暇はありませんよ」
「おおキュベロ、もう先生とやらは来たのか?」
「いえ、ですがセカンド様曰く、そろそろお約束の時間だそうです」
「どうやって来るんだ? というか誰なんだ?」
「……さあ」
執事兼従者のキュベロでさえ知らないのならば、使用人の誰も知るわけがない。
ここのところセカンドは、毎日忙しそうに東へ西へと動き回っている。キュベロとしても、詳しい話を聞く時間がないのだ。
「しかし、一つだけ言えることは」
「なんだ?」
「お客人は、まだまだ増えるということです」
「違ぇねぇ……」
* * *
ロビーに集まった面々を見渡して、俺は底知れない不安を感じていた。
頼りないったらないのだ。
うちのパーティメンバーは、まあいいとして、その他のタイトル戦出場者たち。彼らは皆、なんだか「のほほん」としている。
旅行に来ているわけじゃないんだぞと一喝してやりたいような気持ちもあるが、俺は抑えた。
一人で焦って怒っていても仕方がない。
今は、より効率的に、彼らにスタンピード対策を叩き込むこと。これが最優先なのだ。
「セカンドさん、見てください。これで合ってますか?」
いや、一人例外がいた。ロスマンの息子レイヴ君だ。
彼は非常に熱心で、貪欲。自身の成長に繋がる何もかもを吸収したくて堪らないと顔に書いてある。朝だろうが夜だろうが、会う度に質問の嵐だ。
今も、つい昨日教えたばかりの「キャンセルスライドチェンジ」を見せてきた。おそらく一晩中練習したのだろう、それなりに形になっている。
この「キャスチェン」は、スキルキャンセルとほぼ同時に手を前方から手前へスライドさせながらインベントリ内の武器と持ち替えることで、通常より素早く武器交換ができるという小ワザだ。最初はタイミングを掴むのが難しいだろうが、慣れてくれば常にキャスチェンで武器交換を行えるようになる。大したメリットはないが、覚えていて損はない。
「いや、少し違う。手を引く時に、空中に出る武器を掴むようなイメージだ。こんな風に」
「おぉ……! ありがとうございます」
そして、レイヴ君は、俺が何かを見せるたびに目をキラッキラさせて喜ぶ。こんな様子を見せられては、次から次へと教えたくなってしまうな。
皆もレイヴ君のように貪欲になってほしいところだ。遠慮しているのかなんなのか、同レベルの者同士でつるみたがる気持ちはわからんでもないが、もっとガンガン俺に聞いてきてほしい。と、何度かそう口に出して言ってみても、この絶好の待ち時間に俺に話しかけてくるのはレイヴ君くらいのもんだものなあ。
「いやはやセカンド氏ぃ、朝からとても良いものを見せていただきましたぁん。その持ち替えというのは魔術のキャンセル後にもできるのですかな?」
……ああ、あとこいつも。
「ムラッティ、魔術は基本的に素手だな」
「ですなぁ」
「素手の状態から武器を握ることを、持ち替えとは言わない」
「そうですなぁ」
「キャスチェンは手をスライドさせることで武器を仕舞う動作と出す動作を同時に済まして時短を図るテクニックだ。よって仕舞う動作がない場合、そもそもキャスチェンする意味がない」
「なるほどですなぁ!」
魔乗せをしない限り、【魔術】は素手で撃った方が威力が高く詠唱時間も短い。例外もあるが、【魔術】は基本的に素手だ。ゆえに【体術】や【合気術】とは相性も良く、「殴り魔」という【魔術】と【体術】をメインに据えた育成も存在する。
というわけで、現在ムラッティには【体術】を上げてもらっているのだが……どうだろうな。本番まで間に合うかどうか。
「――!」
俺が育成プランを再考していると、突如、ぶわりと風が舞った。
ここは屋内だというのに、窓ガラスがガタガタと鳴るほどの突風だ。
……あ~っ、久しぶりに見た。なんとも言えない懐かしさが染み渡る。
これは、《陣風転身》というスキルだ。
まあ、平たく言えば、瞬間転移のスキルである。
「あ、セカンドさん、お待たせしました。これ、つまらないものですが……」
「あ、リンリンさん、どうもありがとうございます。すみません、遠いところを」
「いえいえ、一大事ですし。オレもお力になれるなら」
「いや百人力ですよ、マジな話」
「まあ、ここの水準考えると……正直釣りしてる場合じゃないなとは」
「ははは」
転移してきたのは、プリンスの首根っこを掴んだリンリンさんだった。
《陣風転身》は、手に持ったものと一緒に、特定の場所もしくは特定の人物の傍に一瞬で転移できるスキルだ。再使用までのクールタイムは120秒で、風属性精霊を《精霊憑依》している状態でなければ発動できない。
リンリンさんはプリンスの首根っこから手を離すと、《精霊憑依》を解除した。
「それにしても、驚きました。スタンピードがあるって」
「いや、俺も盲点でした。まさかですよ」
「うん、まさかですね」
俺はリンリンさんから受け取った、おそらく帝都で買ってきたであろうお菓子をユカリに渡しながら、相槌を打つ。
リンリンさんも、この世界の状況でスタンピードイベントが起きたらどんな悲惨なことになるかがよくわかっているため、乗り気じゃないのは明らかなのに、こうして助っ人に来てくれたのだ。
ありがたい。本当にありがたい。今回のスタンピードの生命線となるだろう人材だ。
「プリンスも、よく来たな」
「いや、僕はリンリン先生に言われたからしゃーなしに来ただけだ。勘違いするなよ、別にお前のために来てやったわけじゃーないからな」
「はいはい」
プリンスはツンデレみたいなことを口にして、ぷいっとそっぽを向く。ああ、相変わらずで安心したよ。
「プリンス、口の利き方に気を付けろ。少なくともオレの前では。精神衛生上よくない」
「……はい、リンリン先生。すみませんでした」
すると、リンリンさんから注意され、プリンスは途端にしおらしくなった。やーい、怒られてやんの。
「凄いな……あのプリンスがあんな態度をとるなんて」
「畏怖の念がひしひしと伝わってくる表情ですね。余程のお方なのだと窺えます」
そんな二人の様子を見て、ヘレスとロックンチェアがそんな感想を漏らした。
よく見ると、ヘレスたち以外も、なんだかざわついている。
ああ、そうか、皆リンリンさんが誰だか知らないんだな。
俺は「世界5位の超凄い人だよ」と自慢したくなったが、話がややこしくなるので言わないでおいた。
ただ、単に「凄い」で済ませていい人ではないのだ。そこだけはわかっておいてほしい。
リンリンさんは、プロである。俺のように全てをゲームに注いでいたわけじゃない、きちんとプロゲーマーという社会人として活動をしながら、最高世界5位にまでなった、マジもんの超人なのだ。
そして、プロであるがゆえ、人にものを教えることも上手い。プロゲーマーの仕事の一環としてコーチングやティーチングを行っていたため、きっとそのノウハウを持っているはずである。
ともかく、メチャクチャに心強いことだけは確かだ。
「じゃあ、新しい先生も到着したことだし、とりあえず皆の育成の方向性を洗い直す。各自、覚えているスキルや持っている装備品をすぐに伝えられるよう準備しておいてくれ。順に回っていく」
俺が号令をかけると、皆のざわつきは一層大きくなった。
何故洗い直す必要があるのかという疑問だろうか。
答えは単純である。俺の考えが間違っていないかどうか、「精密流」のリンリンさんに判断してもらうためだ。
方向性とは、それほど重要なのである。本来は上に伸ばすべき芽が、斜めに伸びてしまえば、その角度分、効率は落ちるということ。その角度が味になることもあるにはあるが、スタンピードまであと二か月を切っている現状、できる限り効率を重視しておきたい。
そして、方向性が定まれば、あとは思いっ切り、行けるところまで伸ばし続ければいい。対魔物戦のテクニックも、嫌と言うほど叩き込んでやれる準備がある。俺とリンリンさんに任せてほしい。
「あ、シルビアとエコとラズは、方向性云々より前に精霊強度45000の達成が最優先だ。先の話として聞いておけ」
「……んーー……」
駄目だあいつら、半分寝てる。
毎日毎日ふらふらになりながらアイソロイスダンジョンを周回しているせいだな。気の毒に。
「うん。はい。はい。なるほど」
そうこうしている間に、リンリンさんはもう巡回を始めていた。
なんだか傍から見ていると、患者を診察する医者のようだ。
「はい、わかった。じゃあ杖魔ね。ワンド持って固定砲台やってもいいから、ひとまず杖術伸ばして」
「おっふ、興味深そうな単語キタコレ。ワンドとはこれ如何に」
おお、いきなり俺になかった発想の指摘をしてくれている。
ムラッティは【体術】苦手そうだったから、殴り魔はな~と、思ってはいたんだ。そうか、杖魔か。それはアリ寄りのアリだな。だが……。
「リンリンさん、火力ワンドがなくて」
「え、あ、そっか」
うっかりしていたようだ。
ワンドという武器は、メヴィオン時代でも結構なレアアイテムだった。
なんせ、武器装備による【魔術】の効果低減がない上に、【杖術】を扱えるという便利武器なのだ。それに加えて、上手いこと付与効果を調節できれば、【魔術】や【杖術】の火力を上げることができる。
ただ、それをやろうとすると、ワンドというレア武器で付与・解体・製作ループを行わなければならず、端的に言って地獄だ。とても二か月でできるようなことじゃない。
「じゃあオレの貸しますよ」
「!」
持ってんのかい!
しかも、凄ぇ。“雁木”の付与されてる月蝕杖だ。
雁木の効果は、ワンド系武器に付与された場合、STRとINTが100~150%である。この二つの上昇分の合計が50%以内になるよう付与効果が調整されるため、【魔術】と【杖術】どちらをメインに戦うかで求める数値が変わってくる。
「見せてもらっても?」
「あ、全然、どうぞ」
リンリンさんから月蝕杖を受け取って、じっくり見てみた。
うーわ! INT149%のSTR101%だ。ガチ武器じゃんこれ。普通にフェリルアランダンジョンとかでメッチャ重宝するやつだ。
「もともと持ってたんです」
「あ~」
こっそりリンリンさんが教えてくれた。
なるほど、そういえばそうだ。サブキャラで転生しているから、サブキャラのインベントリにもともと入っていたものは、全て持ってこれているということだ。
ということはリンリンさん、最初からある程度このキャラは育っていたのかな? それとも倉庫キャラ? どうだろうな。
まあ、どうでもいいか。
とにかくこの調子で、じゃんじゃん皆を見ていってほしい。
「あかんわ、うち羨ましくて目ぇ覚めてもうた」
「なんだラズ、羨ましいって」
暫く経つと、ソファで仮眠していたラズが起きてきた。
「世界5位と世界1位のティーチングやで、垂涎もんやわそんなん」
「お前、毎日俺と会ってるじゃんよ」
「そらそぉやけどぉ~」
てれっとした顔でくねくねするラズ、不覚にも可愛い。
しかし冷静に考えると凄いな。確かに世界1位と世界5位が二人がかりで誰かに何かを教えるなんて、未だかつてない。
それがあと二か月続くってんだから、最高の環境だよ。間違いなく。
「……もっと呼ばないとな」
俺は誰にでもなく呟いた。
隣で「せやな」とラズが頷く。
リンリンさんの参戦で、かなり不安は軽減された。
だが、まだまだ足りない。「ギリギリなんとかなる」程度じゃ、死人が出るかもしれないのだ。「これなら大丈夫」と思っても、懸念は残る。「ここまですれば流石に」くらいで、ようやく安心できるだろう。
「そうだ、ラズ」
「?」
忘れていた。俺は俺で、万全の準備をしておかなければならなかった。
「スタポ、頼んでいいか」
「スタポて……まさかセンパイ、アレやるつもりなん?」
来るボスラッシュへ向けて、とっておきの奥の手を――。
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