【最終話】異世界転生に感謝を
エピローグになります。
「よおっし! 今日から冒険者だ!」
ようやく空が白み始める頃、一人の男の子が目を覚ます。
サラサラの金髪から覗く尖った耳がこの少年がエルフであることを主張していたが、物静かでもなければ神秘的でもない。見るからに元気いっぱいの少年は、早速着替えを済ませて一階へと降りていった。
「おはよう!」
「おはよう、ジーク。ご飯できてるわよ」
顔を洗った少年―ジークを出迎えたのは、同年代か少し年上と思われる人族の少女だ。
「ありがとう! お、昨日の残り物もあるじゃん! ラッキー」
「父さんが朝に食べる用に残してくれていたのよ。私はオムライスをもらうけどいいわよね?」
テーブルの上には昨日の残りと思われる唐揚げやハンバーグ、コロッケなどの総菜に加え、オムライスやチャーハン、おにぎりといった主食も並べられていた。
「レイアの好物だもんな。もちろんいいぞ。俺はチャーハンをもらうぜ!」
妙なハイテンションで人族の少女――レイアに応えるジークだったが、少々元気が良すぎたかもしれない。
「もー、ジーク。朝っぱらからうるさいよ」
そう文句をつけながら、ダイニングにまだ眠り足りなさそうな顔をした少女が入ってくる。
ジーク達と同年代と思われるその少女の藍色の髪から覗く尖った犬耳は、彼女が獣人族であることを示していた。
「おはよう、ルー」
「ごめんごめん。待ちに待った日だからはしゃぎすぎたかもしれない。勘弁して」
「……まあ仕方がないか。おはよう。私のご飯もある?」
軽くジークをにらむ獣人族の少女――ルーだったが、こう素直に謝られるとその怒りも持続しない。むしろさっきから鼻を刺激する美味しそうな匂いの方が気になってきた。
「もちろんよ。おかかおにぎりでいいわよね」
「あ、うれしいな。昨日食べただけじゃ物足りなかったのよね」
どうやら最初から各人が好む朝ご飯が用意されていたようだ。もめることなく、それぞれの主食が決まる。
「ふふっ、じゃあいただきましょうか?」
「「「いただきます!」」」
こうして三人の少年少女だけで朝食の時間が始まった。
「やっぱりレイチェル母さんには敵わないな。このオムライス美味しい」
「ははっ、そりゃあ年季が違うんだから仕方がないわよ。でも父さんもまた料理スキルのランク上がったと思わない? 昨日は幸せだったなー」
「それは思った。パーティの料理番としては学ぶところが多かったもの」
レイアとルーは料理に舌鼓を打ちながらもおしゃべりに興じていたが、ジークは食事に集中している。なにやら馴染みのある名前が出てきたが、つまりはそういうことだ。
ジンとアリアの子、次女レイア十六歳と五カ月。
ジンとエルザの子、三女ルー十六歳と二カ月。
ジンとレイチェルの子、次男ジーク十六歳と一日。
他にトウカとシリウスという姉と兄もいるため、彼らは五人姉弟ということになる。
そして昨日十六歳になったばかりのジークは、今日、姉二人に少し遅れて冒険者になろうとしていた。
「そういやジークはしばらく一人で活動するつもりなのよね? あんたもそこそこ料理は出来るんだし、どっかのパーティにお手伝いとして紛れ込ませてもらったら?」
レイアとルーは同じパーティに所属しており、彼女達のリーダーからはジークも面倒を見ていいといわれている。ジークがその気になりさえすれば、すぐにでもパーティに参加することは可能だった。
「いや、俺は強くなったら姉ちゃんのところに入れてもらうつもりだから、しばらくは一人の方がいいよ。抜けるのが前提だと迷惑をかけちゃうからね」
ジークはレイアやルーのことは姉とは呼ばない。彼が身内で姉と呼ぶのは一人だけだ。
「まったく、あんたも変わらないわね」
「ほんとあきらめが悪いというか」
レイアとルーは苦笑を隠せない。ジークの夢は幼い頃から変わっていなかった。
「そういえば、昨日はトウカ姉が来られなくて残念だったわね」
昨日のパーティに参加したのは、ジンとそれぞれの母であるアリア、エルザ、レイチェル。そしてジーク達にとっては姉のようであり、もう一人の母のような存在でもあるファリスの計五人だけだ。トウカは別の街を拠点にして頑張っているので今回は来ることが出来ず、シリウスは既に独り立ちしている。全員が揃って会えるのは、一年に一度か二度ほどしかなかった。
「別にいいさ。どっちにしろ俺はまだ弱いから、姉ちゃんのパーティには入れないし」
「ふふっ、強がっちゃって」
そのトウカであるが、現在彼女は『白銀』や『風妖精』など、いくつもの字名を持つAランク冒険者として名を馳せている。そんな彼女のパーティに、ようやく今日冒険者になジークが入ろうとしているのだ。いくら強くなってからの話とはいえ、かなり無謀な挑戦であることは間違いないだろう。
「まあいいわ。精々頑張りなさい。でも無理は絶対しちゃ駄目よ」
「そうね。リーファ姉も心配していたわよ?」
「リーファ姉か。今度ちゃんと挨拶に行かないと」
二人の姉に諭され、ジークも素直に頷く。彼の二つ上にあたるリーファとは幼い頃から姉弟同然で仲良くしており、現在レイアとルーが所属しているのも彼女のパーティだ。彼が身内で姉と呼ぶのはトウカだけだが、リーファのことも姉と慕っている。その彼女に心配をかけるのは確かに本意ではなかった。
「ったく、あんたも意地っ張りよね」
リーファは以前から何度かジークをパーティに誘っていたが、それに彼が頷いたことはない。ルー達は見込みが薄い夢を追いかけるジークを諫めたこともあったが、今では翻意させることは難しいと諦めている。あきらめがつくまでやるだけやってみなさいという心境だった。
「父さんも初めは一人だったみたいだし、俺も頑張らないと」
ジークがしばらく一人で頑張ろうとしているのは、尊敬する父であり、ライバルでもあるジンに倣ってのことだ。
「父さんの真似をするなんて百年早いわよ」
「そうそう身の程を知りなさい」
だが、それは二人の姉によってけちょんけちょんに言われてしまう。二人共家族なだけあってジンの規格外さは身にしみて知っているので、比べること自体がおこがましかった。
「うるさい。俺は父さんみたいにならなきゃいけないんだ!」
それはジークにもわかっているのだが、それでも男にはやらなければならない時があるということなのだろう。レイアとルーは顔を見合わせ、深いため息を吐いた。
「……まあ、確かにトウカ姉の理想は父さんみたいな人だからね」
「……そりゃあ他の男が頼りなく見えるわよね」
一向に浮いた話の一つも聞かない姉のことを思うと、同じくジンを父に持つ二人にも考えさせられることがないわけではない。
「だから俺は頑張るしかないんだよ。父さんに追いつけ追い越せだ!」
強く言い切るジークだったが、それはどこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「……がんばりなさい」
「……がんばれー」
ことここに至っては、もう姉としては応援するしかない。ただ、どこか投げやりのように聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
「おう! 頑張るさ!」
ジークはただ応援して貰えているという事実だけ受け取り、元気よく応える。彼の夢はトウカのパーティに入って一緒に冒険することであるが、実はもう一つ夢がある。
今では口にすることは減ったが、むしろこちらの方が先に生まれた夢だ。
(トウカ姉ちゃんに相応しい男に俺はなる!)
幼い頃から抱いていた「お姉ちゃんと結婚する」という見果てぬ夢を胸に、ジークは意気揚々と家を出るのであった。
――そんな彼の姿を自宅の屋根の上から見守る四対の目があった。
「いよいよジークも冒険者登録ですか……」
感慨深げにアリアが呟く。昨晩も感じた事ではあるが、こうして冒険者の装いで出て行くその後ろ姿を見て感情がぶり返したようだ。
「昔から言ってましたものね。冒険者になってお姉ちゃんとパーティを組むって」
実の母親であるレイチェルだったが、アリアに比べるとあっさりしたものだ。ただニコニコと笑顔で我が子の独り立ちを見送っていた。
「そういや姉ちゃんと結婚するとも言ってたな。……まあ、どっちにしろトウカの方には全くその気がないみたいだが」
エルザはやれやれと苦笑を浮かべているが、その目元には小皺すらない。それは女性陣のみならず、ジンもまた同じだ。
彼女達とジンが結婚してからもう十八年目に突入し、それぞれの年齢は四十に近づいているはずなのだが、見た目だけならば全員が二十代で充分通用する。それも若くして高レベルになったおかげだろう。
「……まあ、前途多難だな」
ジンにも親として子供の夢を応援したい気持ちはあるが、同じ我が子であるトウカの気持ちも同じように大事にしたい。結果ジークの夢についてはジンも苦笑で済ませるしかなかった。
「しかし、こんなところで見送らなくてもよかったんじゃないか?」
エルザが指摘するように、屋根の上から息子の旅立ちを見守るのは、端から見ればなかなかにシュールな光景だろう。
「昨日の今日で会うのも、ちょっと恥ずかしいじゃないか」
昨晩ジークの成人のお祝いをした際に、ジンは父としてジークに言うべき事は全て伝えていた。なのでその日の夜には現在の拠点であるヒューブリックの街に戻っており、本来なら今日ここに来るつもりはなかった。
「ファリスさんもジークのことを可愛がってくれていたし、一緒に来られたらよかったんですが」
ジン達がここに来たのは、ファリスからせっかくだから見送りだけでもしたらどうかと提案されたからだ。そして提案した本人は、ジン達が少し遅れることを伝えるため、一足先に勤務先へと向かってくれていた。
――ジン達が結婚してからもうすぐ十八年になろうとしている。それだけの年数が経てば、彼らを取り巻く環境が大きく変化していても不思議ではないだろう。
現在のジン達の勤務先、それは古くからの友人であるシーリンが三年前に開いた学校だ。
貴族以外にも広く門戸を開いたこの学校で、現在ジン達は冒険者活動を一時的に休止して講師として働いている。
ちなみに現在のジン達のランクはAA。未開拓地にある『迷宮』を二つも制覇した彼らは、冒険者として確かな名声を得ていた。
「なあジン。これも録画してるんだろ? 今晩にでも撮りためた成長の記録を皆で一緒に見ないか?」
せっかく『カメラ』機能が存在するのに、ジンが子供達の成長記録を残さないはずもない。これまでじっくり見返す機会はなかったが、今日で子供達が全員成人して独り立ちしたのだ。その成長を振り返るには絶好の機会と言えるだろう。
「それは良い考えね。でも、それより先にしなければならないことがあるんじゃない?」
アリアはジンに思わせぶりな視線を向け、そして続ける。
「ねえジンさん。そろそろファリスの想いに応えてあげたら?」
ファリスがジンに想いを告げてから十七年が過ぎたが、彼女の想いは今も尚変わっていない。もうそろそろいいんじゃないかと考えるのは、アリアだけではない。
「そうだな。私もそう思うぞ」
「子供達も喜ぶと思いますよ?」
エルザとレイチェルもアリアに続く。少なくともジンの気持ちが以前とは少しばかり違っているのは、妻である彼女達が一番わかっていた。
「……そうだな。子供達も全員成人したしな」
十七年も待たせるなど言語道断という気もするが、それでもジンなりに考えた上でのことだ。
「まったく。もし離れたら悲しいくせに、やせ我慢しちゃって」
このエルザの一言が、全てを表しているのかもしれない。ジンが少なくとも子供達が成人するまではファリスとの進展は考えないと決めてから、もう五年以上が経つ。
ファリスと出会ってから十七年以上が過ぎたその時間の流れは、ジンの心に大きな変化をもたらしていた。
「我ながら面倒な性分だと思うけどな。……よし、それじゃあ帰るか」
「ええ、ファリスも首を長くして待っていると思うわ」
遠く離れた場所に気軽に帰ると言えるその根拠。昨晩から三度目となるこの長距離移動を可能にした『転移』の魔法は、かつて聖獣ペルグリューンが使って見せ、そしてこの十七年でジンが身につけた新たな力の一つだ。
『転移』
そうジンが口にしたと同時に彼ら四人を半透明の膜が覆う。そしてその次の瞬間にはジン達の姿は消え、そこには四人がいた痕跡すらなかった。
元の世界で老人になるまで懸命に生きたジンは、この世界テッラで新たな生を得た。そこで彼は多くの絆を結び、そして伴侶や子供を得た。
その絆はこれからも広がり続ける。今やジンの人生は彼だけのものではない。
『異世界転生に感謝を』
『この人生に感謝を』
それは願いであり、誓いであり、そして喜びでもある。
これにて完結となります。
現在いただいたご意見ご感想を参考に『異世界転生に感謝を』7巻の書籍化作業を進めておりますが、私の執筆が遅れた為、予定していた春にはお届けできませんでした。申し訳ありません。
ですがもっと良いものにしていきますので、お待ちいただけたらありがたいです。
また本編は終わりましたが、今後はしばらく閑話的なものを更新していきたいと考えております。更新は遅いと思いますが、楽しみにしていただけたら幸いです。
では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
古河正次