前夜
「さて、いよいよ明日には王都に到着するけど、心の準備はいいかな?」
ここまで順調に旅をしてきたが、今夜が最後の野営となる。この日も野営とは思えない充実した夕食に舌鼓を打った後、ジンはシェスティ達に最後の確認をした。
ここまで彼らは一切街や村に寄らずに王都まで来ているため、シェスティ達の姿は基本的にジャルダ村の住人達にしか知られていない。それは噂が一人歩きして余計なちょっかいを招くのを防ぐためではあったが、噂すら届いていない状況で目にする角が生えた彼女達の姿は、間違いなく王都に住む人々の興味をかき立てるはずだ。
「はい。何の問題もありません。ジンさん達もいてくれますし、ジロジロ見られるくらいなら覚悟してますから」
見世物であるかのような視線に晒されることも充分ありえる話だが、応えるシェスティの顔はやや緊張しているものの意外なほど不安の色は少なかった。
「そうですね。私も姫様同様覚悟は出来ています」
侍女であるティアはこのメンバーの中では唯一の一般人とも言えるが、その彼女もまたそれは同じだ。
「今後あり得る展開についてはこれまで散々話し合ってきましたからね。とっくに覚悟はできています」
「そうだな。我々が珍しく思われるのは当然だと自覚しているし、ちゃんと自分達が種族の代表であるということを忘れずに行動するので、安心してほしい」
姫であるシェスティはともかく、一般人に近いティアでさえ心構えができているのだ。護衛団の団員であるホープの覚悟ができていないはずもなく、ましてや団長であるファリスなら尚のことだった。
ホープやファリスの言葉からもわかるが、彼女達に不安が少なかったのはこれまで充分に話し合ってきたからだ。ジン達は王都で遭遇するかもしれない事態をいくつも想定し、それに対するシミュレーションを何度も行ってきた。
「種族もそうですけど、シェスティさん達は目立ちますから。注目されちゃうのは仕方がないところもありますよ」
シェスティ達女性陣はそれぞれに魅力的な女性だったし、ホープも筋骨逞しい巨漢と、頭に生えた角は別にしても目立つことは間違いない。それに角という要素まで加わってくるので、レイチェルの言うように注目を集めないはずがなかった。
「俺達の目的のためにも色んな人に皆の姿を見てもらわないといけないから、今回ばかりは注目を集める必要がある。見世物のようで良い気持ちはしないと思うけど、少なくとも王都にいる間は踏ん張って欲しい」
シェスティ達のことを気遣いつつも、ジンはこれが必要なことだと断言する
ジンもこの世界に慣れるまでは獣耳やエルフ耳、カラフルな色彩の瞳や頭髪に何度も目を奪われてきたし、日本にいたころも初めて外国人を見たときは無意識に目で追ってしまい、失礼だと気付いて慌てて目をそらしたことがある。そもそも不躾に視線を送ることは慎むべきなのは当然だが、一方で見てしまうのは興味があるからでもあり、決して悪感情からばかりではないことも事実だ。
そして自分達の種族をこの世界の一員として認めて欲しいシェスティ達にとっては、その「興味があるから見てしまう」ということが最も重要になる。自分達の種族を認識してもらうためにも、今回は多くの人々に見てもらう必要があった。
「まあ、普通にしていればすぐ収まるさ。村の皆がそうだっただろう?」
少しの辛抱さとエルザがファリスの肩を軽く叩く。
ジャルダ村でも最初は遠巻きに彼らを見るだけの者が多かったが、彼らが受け入れられるのにそれほど時間は必要なかった。そして完全に受け入れられたのは、つたなくとも意思疎通が可能になった時からだろう。言葉であれ、身振り手振りであれ、やはり意思疎通が可能かどうかということは人間関係の重要な要素であることは間違いない。
(すぐには無理じゃないかな~)
今ではシェスティ達は完璧にこの世界の言葉を話せるようになっている。ジンはエルザほど楽観的には考えられなかったものの、時間さえかければ必ず受け入れられると確信していた。
「何か問題があればまず私達が対応するから、ファリスが言ったように皆は種族の代表であることを忘れないでいて」
面倒ごとは任せてとアリアは力強く請け負う。何よりも大事なのは初めて見るファリス達有角族への人々の印象だ。
人は第一印象でその八割が決めると言われているが、同時に一を見て全てを判断してしまうところもある。初めて会った外国人に対する印象で、その国そのものに対しての好悪が決まることも珍しくない。今回は国ではないが、ファリス達への印象がそのままその種族の印象となることは充分考えられることだった。
「念のためにもう一度言うけど、別に全て我慢しろって言ってるわけじゃないからね? でも、そんな時でもまずは俺達に任せてほしい」
何度も繰り返したことではあるが、ジンは再度念を押す。
トラブルに巻き込まれる可能性があるのはシェスティ達だけではなくジン達も一緒だ。どうせ問題が起こるなら一緒にいた方が対処がしやすいことから、王都では基本的に全員が揃って行動するつもりだった。
「申し訳ないがよろしくお願いする。少なくともジャルダ村に戻るまではジン殿が我々の上官なのだから、何でも指示して欲しい」
「ええ、私達はジンさんの指示に従いますので、よろしくお願いします」
団長であるファリスに王女であるシェスティが続く。そこにあるのは共に全幅の信頼だ。
「任せてくれ。……でも、ファリスもシェスティもあんまりプレッシャーをかけないでくれると嬉しい」
一度は力強く応えたジンだったが、すぐに声のボリュームが少し下がる
今回、シェスティ達はジンを最上位者として捉え、その承諾を得ずに勝手な行動をしないと決めている。それはこの世界に伝手を持たない彼女達としては当然の判断だったが、全権を委任された形になるジンにとっては、自らが望んだことではあっても胃が痛いことではあった。
苦笑しつつ応えるジンの姿をティアやホープも微笑みながら見つめていたが、彼女らとジン達はこの旅を通してかなり打ち解けている。
ジン達はレイチェルを除いて敬語を使わなくなっているし、シェスティ達もジンに対しては敬語のままだが、その他のメンバーへの口調は大分気安いものへと変化している。
ジンに対してだけ敬語な理由としては、「恩人だから」、「感謝しているから」、「尊敬するリーダーだから」、「恥ずかしいから」など様々な理由があり、それぞれが複雑に絡まっているようだ。
……それぞれが誰の心に潜んでいるかはここでは割愛する。
「ふふっ。ちゃんと私達も手伝うからさ」
「ええ、ジンさんだけには押しつけません」
「そうね。ジンさんが一番大変なのは間違いないでしょうけど、ちゃんとフォローしますから」
わかってはいても、言葉にしてもらえると嬉しいものだ。お嫁さん(予定)達の励ましに、ジンの心も少し浮上する。
「トウカもお手伝いする!」
『シリウスも!』
さらにかわいい子供たちの励ましが加わったのだから、もうジンに恐れるものはない。
「よーし。お父さん、頑張っちゃうぞー」
一転して調子よく請け負うジンの姿に、周囲の人々も笑顔をこぼす。
これから王都で行う様々な活動には、シェスティ達百余名だけでなく、ジン達家族全員のこれからもかかっている。そしてリエンツにいるグレッグやクラーク達のように、王都にも頼れる人達がいる。一人では全てを成すことはできなくとも、そうして紡いできた全ての絆を手繰り寄せれば、必ず光は見えるはずだ。
皆が安心して暮らせるようにするぞと、決意を新たにするジンであった。
すみません。色々と足りないと思いますが、今回はこれでご容赦ください。
お読みいただきありがとうございました。