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第五話:新たなる方針②

 僕の言葉に、最近雨に濡れた犬みたいなテンションをしていたオリヴァーは目を輝かせた。


「おおん、ボス、本気ですか」


「オリヴァーにも働いてもらう。そもそも吸血鬼って守りに向いていないよね」


 弱点多すぎである。攻める時にも気をつける必要はあるが、一度守りに入れば相手はカイヌシのように吸血鬼の弱点てんこ盛りで襲ってくるだろう。

 卑怯だと言うつもりはない。そもそも吸血鬼って卑怯なくらい強いし。


「もちろんでさあ、ボス。ボスの力ならば人間はもちろん、大抵の妖魔には負けねえでしょう」


 最初に会った時は随分調子に乗っていたのに変わったものだ。僕を助けた直後も酷い怯えっぷりだったが、どれだけ吸血鬼にトラウマがあるのだろうか?

 同じような経緯で呪いを得たはずのアルバトスと比べて殺意が違いすぎる。


「オリヴァー、君、先鋒ね」


「!? 俺ですか?」


「弱点ないし、頑丈だからね」


 さすが始祖(アンセスター)が生み出した種だけあって、狼人は吸血鬼の弱点をほとんどカバーしている。恐らく、『獣の王(リュコス)』を生み出した死霊魔術師はどうしても消し切れない数多くの弱点を何とか対策すべく彼らを生み出したのだろう。彼らは吸血鬼には弱いが、それ以外に大きな欠点がない。銀の武器くらいか。


 僕と比べて弱点がないし、モニカと比べて頑丈だし、何より、ミレーレと違ってうっかり死んでもあまり惜しくないのが素晴らしい。おまけに人間にだって変身できる無駄な高スペックっぷりだ。これで血が吸える女の子だったら完璧だった。


「へへ……第三位ですからね……確かに、変身も自在の俺に弱点はない」


「狼人は吸血鬼の下でこそ真価を発揮するのです」


 褒めたわけではないが、オリヴァーが舌を出し獰猛に笑い、モニカが小声で教えてくれる。


 どうやら狼人には相応の忠誠心も存在するらしい。寝首をかかれる心配はない、か。まぁ、僕はほとんど眠ったりしないけど――。


「スマートに行こう。一番弱い魔王から順番に降伏勧告していく」


「む? 奇襲を仕掛けないんですかい?」


 弱点の多い吸血鬼にとって、奇襲には計り知れないメリットがある。

 だが、恐怖での支配には限界があるはずだ。僕の目的は王になる事ではないし、交渉で済むならばそれに越した事はない。そもそも相手を配下にしようとしているのだから人数は多い方がいいに決まっている。


 僕の言葉に、モニカが言いづらそうに進言する。


「エンド様、妖魔は戦わずに降伏などしません」


「…………やってみないとわからないじゃん」


「まぁ、やれって言うならやりますがね……情報収集より百倍マシな仕事だ」


 どうやらオリヴァーに任せていた仕事は彼に合っていなかったようだな。魔王というのもなかなか難しい。


「正面から戦っても勝てそうな相手は正面から降伏勧告して、きつそうな大きな相手は奇襲で倒そう。人間の国とは交渉で」


 センリと再会した時に人の国を滅ぼしたと知られるのはまずいし、終焉騎士団がまともに動けない状況で人の国は絶体絶命だ、戦力を集め紳士的に交渉すればノーとは言うまい。


 柔軟性に富んだ作戦に、ミレーレがぱんぱん拍手してくれる。まるでこれから大好きな遊びをするかのような満面の笑顔だ。

 吸血鬼になって倫理観は多少欠けたが、節々に生前の性格が垣間見えている。


「素敵です、兄様。それで……私達はなんと名乗ればいいでしょう?」


「ふむ? 名乗り……名乗り、か」


 確かに名前は重要だ。有名になればどこかで戦っているセンリにも届くかもしれない。となると、センリにすぐに分かるような名前が望ましい。

 エンド軍は問題かな……僕の名前はルフリー達にもバレている。なるべくならセンリにだけわかるような名前にするべきだ。


「………………センリ大好き軍…………?」


「兄様…………」


 これまで何を言われても嬉しそうになっていたミレーレの表情が一気に曇る。オリヴァーがぴくぴくと頬を引きつらせ、正気を疑うような目つきを向けてくる。


 モニカがしばらく沈黙した後、絞り出すような声で言った。


「エンド様………………………………その……その名前だと、センリ様に迷惑がかかりますよ?」


「じょ、冗談だよ。そうか、そうだよね」


「軍が始まる前に終わるかと思いました」


 確かに、センリが必死に戦っている際にセンリ大好き軍が外の世界で猛威を奮っていたら、センリは面倒な立場に置かれてしまうだろう。それは本意ではないし、僕がセンリを大好きなのは今更言うまでもない事だ。


 ロードは僕を昏宮の王として設計した。だからその名前を使うのも悪くはないが…………その名前、センリ、知ってたっけ?

 虚影の王との戦いは激しかったし、その上あれから三年以上も眠っていたのだ。センリに伝わっているかは――五分か。





 僕は大きく頷くと、ぐるりと周りを見て宣言した。







「よし、僕は――『白い子犬の王』だ。決定!」


「え!?」


「!? じゃあ、俺達は『白い子犬の王』軍ですかい!?」


「なんか文句あるの?」


 これなら間違いなくセンリにも伝わるよ。名前が被る心配も多分ない。もしも他の魔王に白い子犬がいたとしても、白い子犬の王は名乗らないだろう。


「兄様、なんか…………可愛いです」


「白い子犬の王で降伏勧告しても誰も受け入れませんぜ……そもそも、獣の王という似たような方向性で明らかに格上のビッグネームが――」


「いいんだよ、別にずっと名乗るわけじゃないんだから。この名前を、歯向かう連中に、恐怖と共に刻みこんでやろう。わかったな? オリヴァー」


「せ、せめて、白犬の王とか――」


「駄目だ! それじゃ僕の意思が伝わらない!」



 睨みつけてやると、オリヴァーの語気が弱くなる。どうやら僕の本気が伝わったようだ。


 それに、悪いことばかりではない。この名前だったらいざ戦いに入った時に、相手は絶対油断するよ……それに、その力が知れ渡った暁には誰も名前を忘れないだろう。僕は正気だ。


 ついでに、白い子犬の王の力が『吸呪(カース・スティール)』とは思うまい。戦争は交戦前から始まっているのだ。



「しかし兄様、兄様は、たまに黒くなります…………」


「モニカ、周囲で一番弱い王から取り掛かる。君には参謀の地位を与えよう。いいか? 一年だ。一年で、センリ達を見つけて、このくそったれな時代を終わらせるッ!」


 傍らに置いておいた虚影の王から受け継いだ剣を握り、持ち上げる。呪われし魔剣は呪われた体には酷くしっくりと馴染んだ。


 あの虚影の王との戦いでギリギリまで追い込まれていなかったら、このような時代は訪れていなかった。少なくともセンリと離れ離れにはなっていなかったはずだ。



「い……一年!? は、はい。わか、わかりましたッ」


「……兄様、私の地位はなんですか?」


「えっと………………じゃあ王女で」



 この時代の始まりは《滅却》のエペの失脚だったらしい。全くあの男はいつだって僕の邪魔ばかりする。


 僕は笑みを浮かべると、身を固くするモニカ、オリヴァー、適当にあげた王女位に大喜びするミレーレを順番に確認して、『白い子犬軍』最初の命令を下した。









§ § §










「ぶふッ……な、何!? 何だってえ!? 白い子犬の王!? 白い子犬? それは、自分で決めたのか!?」


「…………そうだ。名前は可愛らしいが、舐めてもらっちゃ困る……この手紙を王に渡せ」


「お前は犬っころの犬ってわけか……」


「ッ…………」


 あからさまな嘲笑を受け、オリヴァーは歯を食いしばった。


 渡した手紙をぞんざいに受け取り、縄張りを巡回していた常夜の魔王の兵隊――ダーク・エルフの男が鼻で笑う。オリヴァーを取り囲んだ他の兵士達も、皆がオリヴァーを見下していた。


 狼人の形態でここまで舐められるのは初めてだった。全て名前が悪い。


「そんで、その白い子犬の魔王様とやらの軍は何人いるんだ? 百人か? 二百人か? 聞いたことないが――」


 だが、文句は言えなかった。この光景は手紙を受け取る前から想像がついていた。オリヴァーが彼らの立場だったとしても同じような態度を取っていただろう。


 魔王の名前とはその武勇を示し、配下にとっても誇りであらねばならない。


 『常夜の魔王』はこの近辺ではそこそこの勢力を誇る王の一人だ。強力な魔法を使える妖精種の妖魔を主に集め、その殲滅力を背景に既に近辺の人の国では抵抗できない規模にまで肥大化している。

 今ではじわじわと他の魔王の領域にまで侵食しつつある新進気鋭だ。それらを頭に抱く兵たちにとって、単騎で手紙を持ってきた白い子犬の王の兵は冗談にしか思えないだろう。


「…………四。四人、だ」


「四人? 四人……冗談だろ? 隠すなよ」


「…………」


「ま、まさか――本気、なのか!?」


 爆笑がオリヴァーを包み込む。それはそうだ。四人で軍を名乗る者など滅多にいない。だいたい、四人という数字は今オリヴァーを囲んでいる兵の数より少ない。


 狼人であるオリヴァーには魔法に耐性がある。それでも、ここまで大勢の兵士を同時に相手にすれば勝ち目は薄いだろう。相手は魔導師だが、身体能力が低いわけでもない。



 もちろん、逃げる事くらいは出来るだろうが――。



 根気強く、目の前の常夜の魔王の下っ端に言う。



「降伏勧告だ。返事を持ち帰る必要がある」


「くふッ…………わ、わかった。確かに、王に、伝えよう。子犬の王とか言う、頭のイカれた魔王が現れた、とな」


 その延びた爪の先に炎が灯り、手紙が一瞬で灰になる。任務は失敗だったが、オリヴァーには悔いはなかった。


 戦いもせずに降伏勧告など、成功するわけがないのだ。


 モニカは最弱の王を聞かれ、最初の相手として常夜の魔王を選んだ。


 強力な攻撃魔法を使える無数の兵隊はそれは脅威だろう。だが、呪われた吸血鬼に魔法は効かない。




 白い子犬の王はちょっと抜けたところもあるが、強力で勇猛で、そして狡猾だ。

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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてエンドは極骨のせいで気配ゼロで威圧不可?
[良い点] ここ一年くらいで一番笑いました [一言] 頑張ってください
[一言] 白犬族合流してほしーーーー!(笑) それも白犬族はあまり強くなくて、他の魔王軍が舐め腐ったところで実は魔王は白犬族の王のことじゃなくて、ゴリッゴリの武闘派貴種吸血鬼っていうオチで(笑)
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