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異世界にて6

この世界には魔法が存在する。


それはマッチほどの火を起こすだけのものから、突風や水の生成といった生活に根ざしたものまで幅広く、訓練と知識さえあれば誰にでも使えるようになるらしい。


魔法を成立させるための鍵となるのが『マナ』というエネルギーだ。

空気のように遍在する不可視の物質であり、人々は自身の内側にある『器』でそれを吸収し、蓄えて魔法を使っている。


器から必要な量を取り出し、性質を変換することで魔法は世界に顕現する。

……どうやら、魔王とやらはこのマナを強引に吸い上げて独占する能力を持っているようだ。


マナが枯渇した場所で無理に魔法を行使しようとすれば、不足分は自らの《生命力》で補うことになる。

つまり、マナ不足とは死に直結する事態だ。


魔王の拠点に近づくほど空間からマナは減っていく。

敵地に燃料の切れかけた戦車で突っ込むようなもの、と言えばわかりやすいかもしれない。


当然、この世界の有力な魔法使いたちも簡単には前線に出られない。

魔王を討伐した後も世界は続いてくのだ。国にとっての貴重な戦力をおいそれと投入するわけにはいかない。


ではどうするのか。

──その答えが『勇者』だ。


勇者はこの世界に召喚された、いわばイレギュラー的存在。

勇者が持つ特殊能力『エゴ』こそが、魔王に抗う最後の希望らしい。


エゴはひとりひとりに固有の能力であり、魔法とは違う原理で作用する。

例えば姿を消したり、瞬間的に移動したり、空を飛ぶことなども可能だ。


エゴの仕様にもマナを使うようだが、魔法に比べて圧倒的に燃費が良く、マナが枯渇しつつある状況下ではまさに切り札と言える。

食事で言えば、魔法がカツカレー五杯分のエネルギーを必要とするなら、エゴは板チョコひとかけで同じ効果を得る、そんなイメージだ。


だからこそ各国は勇者たちの直接支援には消極的で、自国からの戦力投入は避けるらしい。

勇者という"異物"に賭け、彼らだけにすべてを委ねるというのがこの世界のリアルな選択なのだろう。


ティアラ王女の口から語られた内容は、要するにそういうことだった。


まるでRPGのチュートリアル。

そう思う反面、僕はこの説明を割と冷静に受け止めていた。状況を理解しなければ何も始まらないし、それが生存の第一歩になる。


ただ──急に「君には特殊な能力があります」と言われて納得できる人間は、そう多くないだろう。


ティアラは、そうした僕らの戸惑いを察していたようだった。


「エゴの行使には、その力を自覚することが必要のようです。信じることが鍵──とでも言いましょうか。でも、そう簡単に信じろと言われても困ってしまいますよね。そこで……」


視線だけで側近に合図すると、その人物が懐から白いカード束を取り出し、ティアラに渡す。


「これは《エゴサーチ》といいます。いまはただの白紙カードですが──」


ティアラは優雅にこちらへ歩み寄り、無月の手を取り、そっとカードを乗せた。


「……!? 文字が……浮き出てきた……」


無月が目を見開いてカードを見つめている。


「それが、あなたのエゴの名前です。認識した瞬間、その力の内容が理解できたはずです」


この手の展開には免疫があるはずの僕ですら、思わず息をのんだ。

無月の肩がわずかに震えたのが見えた。


「僕のエゴは……【正義漢セイギカン】です」


あまりにも無月らしい名前だったので、笑いそうになるのをぐっと堪えた。


「セイギカン、ですか。どのような能力ですか?」


「すべての攻撃や状態異常を、一定時間無効化できるようです」


「素晴らしい……防御に特化した能力ですね」


ティアラは微笑み、まるで祝福するように言ったが、その顔には一分の隙もなかった。


──どこか、芝居がかっている。

だが、それを指摘できるほどの根拠もない。今の僕には。


「他の方も、ぜひご自身のエゴを確認してみてください。そして、無月様──」


「はい」


「エゴは一つとは限りません。まれに複数の力を持つ勇者様もいらっしゃいます。カードに文字が浮かぶ限り、その数だけ能力を所持しているのです」


その説明に無月がうなずき、束を受け取った。


「……皆、自分のエゴは確認しておこう。情報が武器になる。ここではそれが生きる手段だ」


「……うん。家に帰るためにも、まずは今できることから」


「けっ、最初からこいつみてぇに話してりゃ、あのジジイどもにも文句言わなかったっての」


「えぇー……私も引くの? ……引いても戦うのはムリだから、あとはよろしく~」


みんなそれぞれの想いを抱えながら、カードを引いていく。


無月から手渡されたカードを僕も受け取った。


金属のようにひんやりとした手触り。

目を凝らすと、白紙だったカードの中央に、黒い煙のようなシミが広がり、やがて文字が現れた。


そこには──


【一激】


とだけ、記されていた。



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