異世界にて5
「ざけんな! んなもんてめぇらの勝手な都合じゃねえか! 俺はそんなもんやらねぇぞ!」
御法川の怒声が大広間の高い天井に反響する。
その言葉は粗野ながら誰より真っ当だった。
珍しく、四方田さんも御法川の言葉に反論しなかった。むしろ――静かに、同意を示す。
「私も、協力する気にはなれません。……第一、私たちはまだ高校生です。魔王を倒せと言われても、そもそも戦うことすらできません」
毅然としたその声に、王の隣で神経質そうな男――モーツァルト髪が即座に反応する。
「無礼者! 異世界人風情が何を言うか! これは本来大変名誉ある役割で──」
「カッツェよ、構わん」
王が左手をすっと掲げ男の怒声を静かに遮る。
「戦わぬというのなら、それもまた一つの選択だろう。……だが、そうなると元いた世界には戻れぬかもしれんがな」
その言い回しはあまりに意図的だった。
案の定、御法川が反応する。
「はァ!? どういう意味だ、クソジジイ!」
「言葉通りだ。お前たちを誰が、どうやって召喚したのか……我々にも分からん。
ならば、“どうやって戻すか”も、当然分からぬ」
まるで茶番のセリフを読むかのように、王は飄々と口にする。
「だが、過去の勇者たちは魔王を討伐した直後例外なく姿を消した。光に包まれ、この世界から忽然と──。
……それは使命を果たしたことにより元の世界へ“返された”のではないか、と我々は考えている」
王の口元にニヤリとした笑みが浮かぶ。
嘲るようでもあり、興味なさげでもあるような実に薄ら寒い笑みだった。
「黙って聞いてりゃ、人をデリヘルみてぇに……! ふざけんなマジで!」
御法川が前へ一歩踏み出す。
その瞬間、周囲の衛兵たちが一斉に槍を構える。空気が一気に凍りついた。
……と、その緊張を裂くように静かな声が響いた。
「お待ちください」
それはあまりにも澄んだ声で、だが剣より鋭かった。
声の主は――王の反対側に控えていたひとりの少女。
見た目は中学生ほどの年齢。けれど、その立ち居振る舞いは大人以上に研ぎ澄まされていて、場の空気が自然と彼女の存在に引き寄せられていく。
「突然異界に連れて来られて……戸惑い、怒り、不安、当然のことです。……私には皆様の気持ちが痛いほど分かります」
少女は凛と頭を下げた。
「私はこの国の王女、ティアレスタ=ノエリィア=アナ=ルクレア。どうぞティアラお呼びください。まずは数々の非礼……心よりお詫び申し上げます」
「姫! 王族たる者が頭など──!」
「この世界を救っていただく立場にある我々が、礼も尽くさず何を願いましょう」
その一言に場が沈黙した。
彼女の声はやわらかく、それでいて命令のように強い。
――王とはまるで正反対の理知と誠意を携えた言葉だが、それが彼女の本質なのかどうかはまだわからない。
思い出すべきは彼女の姓だ。
“ルクレア”家の血筋。夢の神の巫子とされるその一族は、宗教と王権を一体化させた神権封建の頂点に君臨している。
つまりこの少女もまた、あの王と同じ“構造”の一部であるということだ。
「……とはいえ、王が申し上げたこともまた事実。
我々は勇者の召喚主を知りません。ただ、“召喚された意味”だけは明白なのです」
ティアラの瞳がほんの一瞬だけ曇った。
「これまで召喚されたすべての勇者は、魔王を倒した直後、光に包まれて消えていきました。
その様子はまるで“帰還”そのものであった、と……」
御法川の拳が震える。
だが――その拳を振り上げることはしなかった。
「つまり……」
「帰りたければ戦うしかない。そういうことですね」
無月が一歩前へ出た。
その声は冷静だったが確かに怒りが滲んでいた。
「王女様、あなたの言葉には誠意があります。僕たちはようやく“人として”接してもらった気がします」
ティアラはふわりと笑った。
その笑みは柔らかく美しかった。
……だからこそ、ほんのわずかな“違和感”が浮き彫りになる。
ごく小さな、冷たく研がれた刃のような静かな“影”――。