学校にて3
嵯峨さんの問いに、誰も答えなかった。
その問いが――沢田石は異世界で死んだのではないか、という可能性を――あまりにも自然に浮き彫りにしてしまったからだ。
考えてみれば、その可能性は充分にあり得た。
そして今この教室にいる全員に共通しているのは、異世界で“死ななかった”という一点だけだ。
「沢田石が向こうで死んで、それでこっちでも……嵯峨さんが言いたいのは、そういうことだよね」
僕の言葉に、嵯峨さんは静かにうなずいた。あいづちではなく、覚悟を込めた“是”として。
「……あり得るな。唐突な病死とか、“あいつ”の仕業とかよりは、よっぽど筋が通る」
「でも、でもそんな……そんなことって……!」
「可能性の話だよ、八重。あの世界に行った時点で、常識の限界はとうに越えてた。死が“反映”されたって何もおかしくない。……逆に、されないほうが都合が良すぎる」
無月の冷静な一言が、さらに空気を重くする。
「向こうで死んでたら、こっちでも死んでたかもしれねぇのか……チッ、あの国の連中、ますます許せねぇな……」
御法川は拳をぎゅっと握りしめ、机の縁が少しきしんだ。
「……兵士やモンスターが死ぬのは、戦争みたいなもんだからと納得できてたけどさ。どこかで、ゲームの世界だって思ってたんだよね。自分は死なない、みたいな。……滑稽だったな」
四方田さんが苦笑交じりに言う。
重い。空気が、言葉より重い。
この教室にいる誰もが――自分の死が、本当はすぐそばにあったことにようやく気づいてしまったのだ。
そしてその“すぐそば”が、思った以上に“現実”に近い距離だったことに、ぞっとしている。
嵯峨さんなんて、またあの過呼吸スイッチが入りかけている。
……と、そんな空気を感じ取ったのか、無月が話題を変えた。
「ところで、話を変えようか。皆、“特典”は何を選んだ? 現実に持ち帰れるもの、二つまで――ってやつだよ」
「あっ、えっと、私はエゴと、魔法! ちゃんと選んで持ち帰ったわ!」
四方田さんが、救われたように声を弾ませる。
「……私も。エゴと、魔法。念のため、ね」
嵯峨さんも、ようやく呼吸が落ち着いたようで、ぽつりと呟く。
「だよね、僕もその組み合わせ。正直、エゴ以外で持って帰りたいものって意外と迷うよね」
皆が一斉にうなずく。
異世界で得た力が、この現実でも使えるかもしれない――
それは半信半疑ながらも、どこかワクワクする話だった。
「谷々は?」
無月にそう聞かれ、「エゴと魔道具だよ」と答えると、御法川がニヤついた。
「お前のエゴ? あの役にたちそうもねぇの選んだのかよ」
「うん、なんとかとハサミは使いようってね」
「はぁ?」と御法川が眉をひそめる。
そして、ふと思い出して、僕は皆に問いかけた。
「そういえば……魔王が倒された時、アナウンスが流れたよね?」
「ん、ああ。流れてたな。……それがどうかしたか?」
御法川が首を傾げる。僕は答える代わりに、問いを重ねる。
「いや、気になってさ。別に大したことじゃないんだけど……」
本当に、なんでもないみたいなテンションで、僕は言った。
「《《深谷》》無月って、誰?」