学校にて2
沢田石礫は死んでいた。
外傷がなかったため、心因性のショック死や心臓発作、持病の悪化といった憶測が飛び交ったが、専門家ではない生徒や教師にできるのはその程度の推測に過ぎなかった。
死体は一旦保健室へと運ばれ、救急と警察の両方へ連絡が入り、授業はすべて中止に。
学年の教師は職員室で緊急の会議、生徒は教室待機の指示が出され、自習の体で今に至っている。
恐らく、警察の到着とともに生徒たちは帰宅させられるのだろう。
自習といっても学習に集中している者など一人もいない。
興奮気味に沢田石の死について持論を語るグループ、ショックで泣いている女子を囲んで慰めるグループ、それぞれが思い思いに騒いでいて教室は雑多な熱気に包まれていた。
そんな中、異世界からの帰還組は無月の提案で教室の隅に集まっていた。
話したいことは山ほどある。
だが、まずは目の前の現実、沢田石礫の死について話し合う必要があった。
「……まず確認なんだけど、みんなはあの世界に行った日以降、沢田石と会ったことはある?」
無月の問いに、全員が互いの顔を見回す。沈黙。誰も口を開かない。
「俺らは向こうでもほとんど一緒に行動してたからな。何かあるとすれば、お前じゃねえか、谷々」
御法川が片眉を吊り上げて、当然だろという顔で訊いてくる。
「……僕も会ってないよ。噂すら聞かなかった。だから正直、沢田石について知ってることはみんなと同じだと思う」
「……谷々も知らないか。となると調べようがないな。僕たちも向こうで彼の姿はおろか、噂ひとつ耳にしなかった。あの日、彼が消えて以降の行動も消息も、まるで空白だ」
「ていうかさ、沢田石って自分から消えたの? それとも、あの変なやつの仕業で?」
四方田が「変なやつ」の部分をやけに強調して言う。
「変なやつって……帰還のときに現れた、あの黒スーツの人?」
無月が訊き返す。
「そう。それも考えられなくはないけど、あのタイミングで沢田石を消す必要があるかな?」
「だよな。あの人、わざわざあんな演出する意味もなさそうだし」
「そもそも谷々、お前はあのあと何してたんだ? 修練って話だったけど、結局一度も会わなかったよな」
御法川が唐突に話を変える。
「……いや。実は修練なんてしてない。あの日、みんなと別れた直後に城を追い出されて、下町暮らしをしてた」
「えっ?」
一瞬、全員の目が丸くなる。
「僕たちはティアラから、『谷々は足手まといになるのを嫌って自ら修練に出た』って聞かされた。しかも、引き止められたくないから無言で出発したって」
「随分と脚色されてるね。ストイックな精神なんて、僕には似合わないと思うんだけどな」
「じゃあ、谷々くん……ずっと一人で?」
四方田が悲しそうな声で問いかける。
「完全に一人ってわけじゃないよ。向こうで知り合った人たちに、いろいろ助けてもらった。だからそれなりに楽しくはあったし、まぁ、運はよかった方かな」
「ったく……俺たち、まんまと騙されたってわけか。ま、谷々がついてきたところで役に立ったとも思えねぇけどな」
「実里!」
四方田が鋭い声をあげるが、御法川は肩をすくめるだけ。
「……ごめん、谷々」
無月がすっと頭を下げる。
「ティアラの言葉を鵜呑みにしてた。あんな世界で一人で……きっと大変だったろうに、何も気づけなかった。本当にすまない」
「気にしないで。恨んでもいないし、出会えた人たちが本当にいい人ばかりだったから。……今となっては、ちょっとした異世界体験ってやつだよ」
無月が安堵したように小さく笑う。
そんな空気のなか、空気を裂くように嵯峨が声を出す。
「……あのさ」
「どうしたの、結花?」
四方田が不安げに顔を向ける。
「みんな、自分のエゴは強かったし、魔法も使えたから気にしなかったと思うんだけど……」
教室の喧騒が、少しずつ遠ざかる。
嵯峨の一言に、全員が注目する。
「……あの世界で、死んじゃったら。こっちでは、どうなるの?」