学校にて
「頬杖もつかずに寝るとはなぁ、器用なもんだなあ谷々」
視界が教科書によって左右に分かれた状態で目が覚めた。額がほんの少し痛む。どうやら、国語担当の腰山に教科書で額を小突かれたらしい。
隣では松風がニヤニヤと笑っている。――懐かしい顔だ。
……本当に、帰ってきたのか。
胸の奥に、冬の日に飲むスープのような温もりがじんわりと広がってくる。
「……すみません、でも器用なだけじゃなく貧乏でもありますよ」
「たわけぇ。ちゃんと聞いとけよぉ」
腰山がぶっきらぼうにそう言い残して教壇へ戻っていく。
「珍しいな、お前が授業中に寝るなんてよ」
松風がヒソヒソと話しかけてくる。
どうやら「寝ていたこと」になっているらしい。まあ、こちらでもきっちり1年が経過していたら洒落にならないわけで……それならまだマシか。
「長めのまばたきだよ。寝てない」
とりあえず、自分でもよくわからない言い訳をしておく。
「で、僕はどれくらい寝てた?」
「さぁー、俺が気づいたときには寝てたけど……5分くらいじゃねぇ?」
たったそれだけか。
あの長い長い冒険に比べれば、あまりにも短すぎる現実の時間に、少しだけ現実感が揺らぐ。
……夢だったんじゃないか?
ふとそんな疑念が浮かぶが、右手を見て、その考えはすぐに打ち消される。
人差し指には、見慣れた指輪がはまっていた。
――きらり、と宝石が光を反射する。
……夢じゃ、ない。
そうなると、他の5人も――
教室をゆっくり見渡すと、最初に目が合ったのは無月だった。
無言のままこちらを見返し、静かにこくりとうなずく。
……やっぱり。彼も、あの世界にいた。
無月も僕を見て確信を得たのだろう。隣の四方田さんに何事か耳打ちを始めた。
きっと、異世界での出来事を確認しているのだろう。
できれば僕も今すぐそこに加わりたい。
けれど、授業中に「ねえ、異世界行ってたよね?」なんて話しかけるほど馬鹿じゃ無い。
──そう思っていた矢先。
「おい、無月! どうなってんだこれ!? 俺らさっきまで、あの変な世界にいたよな!?」
……いた。馬鹿が。
御法川は自分の席を勢いよく立ち上がると、ずかずかと無月の席へ向かい、周囲の「えっ、なに?」という視線もお構いなしに話し始める。
「おめぇらも行ってたんだよな!? 俺だけが変な夢見てたってわけじゃねぇよな!?」
「御法川、落ち着いてくれ。その話はあとでちゃんと――」
無月が周囲の空気を読みつつ、なんとか彼をなだめようとするが、
「落ち着けるかよ! ってかその反応はやっぱ行ってたんだな、お前ら!」
むしろヒートアップする御法川に、無月が困ったような顔をしている。
そしてついに、教壇から声が飛んだ。
「おい御法川ぁ! 授業中だぞ! さっさと自分の席に戻れぇ!」
腰山の怒号。
しかし御法川は怯まない。
「るせぇ! こっちはそれどころじゃねぇんだ!」
怒鳴り返しながらも、なおも無月に詰め寄ろうとしたその時──
「がしゃん!!」
「きゃあああ!!」
大きな物音と、誰かの悲鳴。
教室中の視線が一斉にそちらへ向く。
倒れた机の横には、泡を吹いて白目を剥いた沢田石礫が、文字通り転がっていた。