異世界にて14
ふわり、と男の身体が空中に浮かんだ。
スピード感のある動きではない。まるでシャボン玉がふわりと浮き上がるかのような緩慢さだ。
……これが、彼のエゴか。
男はそのまま2メートルほどの高さで静止した。
「はぁ、はぁ……い、痛い……! く、クソッ……! 本当に刺すなんて、人間の風上にも置けないやつめ……は、恥を知れ!」
どの口が言うのか。
「うぅ、うう……! しかし! これでもう俺を傷つけることはできない! 離れているのにまだナイフしかださないってことはお前のエゴは近接系だろ! 俺みたいに飛べるなら街道を徒歩で移動したりしないはずだしな! 俺はずっと見てたんだ、間違いない!」
なるほど、優位に立ったつもりでいる人間ほど饒舌になるとはよく言ったものだ。
額には脂汗がにじんでいるのに声だけはやけに高らかだ。
「便利なエゴですね」
街を出てからここまで他に人の気配はなかった。
この“浮遊”がその理由か。
「そういうことだ。お、俺は慎重なんだ。他のバカどもと違ってな。勝てると確信できたときしか戦わない。……これが“賢さ”ってやつだ。へへっ……」
痛みをごまかすための笑みなのか、それとも単なる強がりなのか。いずれにせよ、見ていてあまり気分の良いものではない。
「そうですか。でも、これじゃ単に僕の攻撃が届かないだけであなたの攻撃も届きませんよね」
あからさまな挑発。さて、どう返してくるか。
案の定、男は「はははっ!」と勝ち誇ったような高笑いを上げてみせた。
「バカが! だからお前は頭が悪いって言ってるんだよ!」
男が右手を掲げ、自らの指輪を起動した。
何か道具を取り出すつもり――それだけわかればもう充分だ。
「《一激》」
地面を蹴り、全力で男に向かって走る。
慌てた男の顔。操作を続ける右手。何かを制止するように差し出された左手。逃げようとわずかに浮かび上がっていく身体。
すべての動きがひどくスローモーションに見えた。
跳躍。男の足首を掴む。
そのまま地面に叩きつける。
「げぼっ!」
肺の空気を一気に吐き出す、耳障りな音。
「〜〜〜〜〜っ!!」
言葉にならない悲鳴。男がもんどり打ってのたうち回る。
その腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。
「きゅわえぇっ!!」
妙に甲高い声が漏れ、男は芋虫のように丸くなる。
すぐさま収納から縄を取り出し、うつ伏せにした男の手足を縛る。
この状態ならエゴも使えないだろう。
拘束した男の背中に腰を下ろしようやく一息つく。
「ふぐぅっ……」
下から苦悶の声が漏れた。
「すみません。地面に座ると服が汚れるので」
一応、断っておく。礼儀は大切だ。
指輪から黒パンと皮の水袋を取り出す。
硬いパンを一口かじり、温くなった水で流し込む。
皮の匂いが染みついた水袋。その味にももうすっかり慣れてしまった。
男の背中でそんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
「ポーン」
軽快な音が、世界に響いた。