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異世界にて10

沢田石礫さわたいしつぶては草原から森に入ってすぐの開けた場所で空を見上げていた。

彼はクラスメイトの前から自身の【被害妄想ラブ・ミー・テンダー】を使用して消えた後、1人森の中で一般的にレベル上げと呼ばれる行為にいそしもうとしていた。


彼が単独行動をとった理由は大きく3つある。


1つ目は単純に他のメンバーを足手纏いに感じたからだ。


異世界に転移したという状況をいち早く理解し、自らの能力も驚くべき速さで把握した。

それに加え、異世界転移というものをアニメや漫画で腐るほど見てきたという自負があり、単独で問題ないという自信があった。


圧倒的アドバンテージがある中、状況を把握できないクラスメイトなどと行動することは効率が悪いという判断だ。もちろん、正義感の強い無月や不良の御法川とは反りが合わないという理由も大きい。


2つ目はこの手の異世界転移や転生でよくある、召喚者や権威者からの干渉を嫌ったためだ。


こういった干渉は情報の入手やアイテムの付与などメリットになる場合も多いが、相手次第では不利な契約をさせられたり、隷属させられたりするリスクもある。


そんなギャンブルなどせずとも転移者としての能力さえあればどうとでもなる、というのが彼の考えだった。


そして3つ目、これが彼にとって最大の理由と言っていいだろう。


いち早くレベル上げを行い、チートを手に入れて人々からの賞賛や自分だけのハーレムが欲しかったのだ。


いままで見た漫画やアニメの主人公達は異世界に転移することでそれらをいともたやすく手に入れていた。


大した努力もせず、与えられた力を我が物顔でふるい、文明や知識で劣っている相手に無双する姿を彼は『子どもの草野球に大人が一人参加するようなもの』と捉えていた。


ドヤ顔でホームランを打ち、すごいすごいと子どもたちからもてはやされてもその輪からはずれればただの一般人だ。


『そんな状況を手放しで喜ぶなんて恥ずかしい奴ら』


沢田石は異世界転生ものの小説を見るたびにそう蔑視までしていた。


しかし、それでもなお異世界転生、異世界転移といった題材を読み漁っていたのはまぎれもない『あこがれ』からだった。


人から認められたい、女の子からモテたい、冒険がしたい、そういった感情を秘めていた。


そして様々な物語を見るうちに『自分が主人公だったらこうする』という展開に対しての不満を持つようにもなっていた。


そんな彼がようやく手にした機会をフルに活用したいと思うのは無理からぬことだ。


沢田石は意気揚々と森へと踏み入り、用心深く【被害妄想ラブ・ミー・テンダー】を発動させた。


発動時間は10分。


効果中は存在感が薄くなり、敵に気づかれにくくなる。


「ふふっ、これって正にアサシンってやつだよな。僕にピッタリのクレバーな能力だ」


口元にニヒルな笑いを貼り付け、テレビで見た特殊部隊の動きを真似して木々の間を移動していく。


そうやって進んでいくとすぐに小鬼が3体群れているのを見つけた。


……ファンタジーの始まりにふさわしい雑魚だな。


舌なめずりをし、手近に落ちていた石を拾い上げる。

そして後方にいた1匹に目標を定めると、後頭部を思い切り殴りつけた。


「ぐぎゃっ!!」


ゲーム感覚で殴りつけた沢田石だったが、石が小鬼の頭蓋骨を砕く鈍い感覚、吹き出した赤い血の色を見て想像していなかった類の不快感を感じた。


殴られた小鬼は口からどす黒い血を吐き、白目をむいて地面に倒れふした。

ピクピクと動いているようだが、ほとんど致命傷だろう。


軽く吐きそうになる気持ちを抑えつけ、残りの2匹を見据える。


「おえっ……思ったより……リアルだな。まぁ……これくらいじゃないとゲームとの違いがないしな。は、はやく慣れないとな……」


息を整えていると、残った2匹は急に倒れた仲間へと駆け寄り、何事か喚いている。


間近で観ると子鬼は深い緑色の肌にボツボツとしたイボ、黄色く不揃いな歯、生ゴミのような臭いがする汚らしい腰布など醜悪極まりない姿だ。


……大丈夫、まだ【被害妄想ラブ・ミー・テンダー】は発動しているし、今のできっとレベルもあがったはず。……エゴが増えた様子はないが確実に力はあがっているんだ……!


目に見える体への変化はないが、こういった転生ものではそれもまたテンプレート。


能力なしで普通に戦っても敵を圧倒するくらいのステータスになっているはずだ。


そうやって自らを鼓舞した沢田石は「うぉおおお!!」と気合を入れ、残りの小鬼へと石を振り上げて襲いかかる。


狙うのはやはり頭だ。


振り上げた石を棒立ちしている小鬼の眉間へと叩きつけようとしたその時


トンっ、という音とともに沢田石の脇腹にナイフが突き立てられた。


「えっ……?」


なにが起こったのかわからない。


振り上げていた石がその手を滑り落ちる。


脇腹に深々と突き刺さったナイフを見て、それから小鬼を見た。


その瞬間はっきり小鬼と《《目が合った》》。


刺されたと理解した途端、燃えるような痛みが脇腹から全身へ広がりその場にうずくまる。


「え……? ……ああぁあぁ……痛い、イダイいぃい……!」


まるで熱した鉄の棒を押し付けられているようだ。


傷口からドクン、ドクンと脈に合わせて血が溢れ出ていくのがわかる。

腹部の痛みで頭がいっぱいのところに、突然別の痛みが加わった。


小鬼が前髪を乱暴に掴んだのだ。


小鬼はそのまま沢田石の髪の毛を引っ張り、地面へと仰向けに叩きつける。


「ひぐぅ!」という鶏を絞め殺したような声が響く。


小鬼は沢田石の髪の毛を掴んだまま、空いている手で脇腹に刺さったままのナイフをゆっくり掴んだ。


「あ……あぁ、お願い……お願いしますぅ……! 抜いて、抜いてくださいいぃいい……!!」


必死に懇願する沢田石の顔は涙や鼻水、涎などの液体でぐちゃぐちゃだった。


その顔を見下ろしていた小鬼は口の端をゆっくりと歪ませ、刺さっているナイフをそのままミチミチっと左右にひねりあげた。


「あああぁああぁあぁ!!!! やめっ!! やめてええぇああぁ!!!」


絶叫が森にこだまする。


痛みから反射的に上体を起こそうとしたが、小鬼は左手で掴んだままの髪の毛を引き後頭部を地面に叩きつけてそれを許さなかった。


ゲテゲテっ、と言う声が小鬼から発せられる。


恐らく笑っているのだろう。


「いたいイタイ痛いイダイいいいああぁあぁ!!」


沢田石に許されたのはただ痛みに声をあげることだけだった。


そんな様子を心底楽しいという様子で見続ける小鬼は何度も何度も何度も突き刺さったナイフをグリグリとひねり上げる。


いつのまにかもう1匹の小鬼も自らのナイフを取り出し、沢田石の腹部に突き刺して遊び始めていた。


沢田石はしばらくの間絶え間なく続く痛みに悶え、喉が焼き切れるほどの声をあげていたが、小鬼どもが自分の内臓で遊び始めるのを見る頃にはほとんど身体の感覚を無くしていた。


そして朦朧としていく意識の中、木々の合間から見える狭い空を見つめる。


空は蒼く澄み、どこまでも綺麗だった。



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