異世界にて9
「……魔法適性値は、限りなくゼロに近いですね。1stランクの初歩魔法すら行使は難しいでしょう。それに……マナの器も標準以下です」
無月たちと別れたあと、セラフィム・カテドラルの南棟――王宮の裏手にある石造りの簡素な検査室へと通された。
神聖な王宮の、華やかさとは無縁の場所だった。
宗教と王権が一体となったこの国では、見せる場所と見せない場所がきっちり分かれているらしい。
しばらくすると、黒いローブを羽織った男たちが三人、無言で入ってきた。
挨拶もなく、「これに手をかざせ」とぶっきらぼうに告げられ、水晶玉のようなものを取り出される。
言われるままに手を差し出すと、水晶玉はぼんやりとわずかに輝きを放ったあと、すぐに光を失った。
……どうやら、それが答えだったらしい。
「召喚された者はエゴの派手さばかり注目されがちですが、実のところ魔法適性や器の容量が飛び抜けている場合も多いのです」
右手の男が一方的に話し始めた。
「エゴが弱くとも、それを補って余りある魔法の才能というケースも珍しくない」
続けるように中央の男が口を開く。
「くくっ。だがその両方が底辺……終わってんな、お前」
左の男が愉快そうに言葉を重ねた。
「これでは修練の意味もない。ただの雑魚を養う余裕は王都にはありません。……陛下もすでにそう仰せです」
「……はぁ」
曖昧な相槌を返す。
返す言葉も見つからない、というよりさっきの態度を思うと妥当すぎてむしろ納得する。
「残念でしたが、あなたは“戦力外”。追放とさせていただきます。お疲れさまでした」
三人が順に言葉を紡ぎ、最後に丁寧な口調で結論を告げた。
「……追放って国外追放みたいなものでしょうか?」
なにせ“追放”された経験がないので、想像でしか話ができない。
「なんだ、案外冷静じゃねえか。つまんねえ」
「安心なさってください。あくまで城からの追放です。町を出る必要はありません。このまま王都ルクレアの外縁区で暮らしていただければ構いません。治安は少々悪いですが住む場所くらいはあります」
まるで“ゴミの分類”でもするかのような声音だった。
「そうですか。……ところで、他の勇者たちには僕の追放をどう説明するんです? “才能がないから切り捨てた”じゃ、無月あたりが黙ってませんよ」
あの性格なら間違いなく食ってかかるだろう。
「ご心配なく。『谷々様は特殊な修練のために出立された』と伝えます。本人が不在なら信じるほかありませんから」
微笑みながら言い放ったその言葉には微塵の感情もなかった。
……なるほど。城の手間もコストも最小限。
無月たちに悟らせることなく隔離できる――これが“最善”というわけか。
「でも、それだと中途半端ですよね。城下町で僕が無月たちに会ったらあることないこと吹き込みますよ」
「それも問題ありません。実際に修練に出てもらうのは他の勇者様たちの方です。魔王討伐が終わるまでこの街には戻ってこられませんよ」
……周到すぎて少し感心してしまう。
「国外追放ともなると、兵に命じて監視、捕縛など余計な労力が増える。あなたごときにそこまでする価値はありません。その力では王都をでて遠くにいくこともできませんしね」
なるほど、価値の有無で“扱い”を決めるのか。
王政というよりは、よくできた選別装置のようだ。
ルクレアの王政は“夢の神の巫子の血”を継ぐ者による神権封建制だと聞くが、信仰の中身よりも、こうした機能性のほうがよほど信じられる。
ティアラ。あの王女――最初から、これが狙いだったんだろう。
あの気品も、言葉も、礼節も。すべては“計算”のうちか。
「……なるほど。最後に一つ、いいですか?」
「あァ? なんだ?」
「広間では“エゴは成長できる”と説明がありましたが……ここまでその話がでないということは」
「察しの良いガキだな。……その通りだ。“理論上”可能ってだけで、実際にエゴを成長させたヤツなんて、ただの一人もいねぇ」
おっと……1人もか。
そこまでは察していなかったな。