異世界にて8
「……先ほど能力の強弱で差別することに反対したところですが?」
無月の声には鈍感な僕でもはっきりと分かるほど、怒気がにじんでいた。
それは彼にしては珍しい、本物の怒りだった。
だがティアラは、そんな感情の波を何とも思わないかのように、完璧な微笑みを崩さず言葉を返した。
「いえいえ、差別ではありません。むしろ、谷々様だけを《特別》に扱わせていただこうというお話です」
「……どういう意味ですか?」
無月が、あくまで冷静に問い返す。だが、その声音には疑念という名のナイフが隠されていた。
「先ほどカードで確認されたのは、あくまで“エゴの素質”にすぎません。この世界には“魔法”という、また別種の技術体系が存在します。向き不向きはあれど、訓練次第で誰にでも身につく力です」
ティアラはそう言って、場を見回す。優しげなまなざしだったが──
その奥に光った、あまりにも冷たい観察者の目を僕だけは見逃さなかった。
「では、なぜ谷々だけを分けるんですか?」
無月の言葉は穏やかだが、明らかに鋭さを増していた。
「……単刀直入に申し上げましょう。谷々様には、皆様とは別に《特別講座》をご用意させていただくことになりました。理由は簡単です。戦うにしても、戦わないにしても、魔法の基礎は生死に関わるためです。……特に、《エゴが非力な場合》は」
その言葉は、刃物のように空気を裂いた。
ティアラはあえて目をそらさず、僕を見たまま言い切った。
“あなたの力では、生き残れませんよ”というメッセージを、まるで絵に描いたように。
「王立魔法師団が皆様の訓練を支援いたします。戦いを選ぶならば、ですけどね」
ティアラはそこで一拍置き、声を落とした。
「逆に……戦わないを選ばれた場合、我々は一切の支援をいたしません」
「えっ!? なんでっ!?」
嵯峨さんの甲高い声が跳ねた。
「当然であろう」
玉座から響く、王の重々しい声。
不遜な態度。尊大な言葉。まるで“選別”を語るかのように。
「勇者とは、魔王に挑む者を指す称号だ。戦わぬ者に、我が国の資源を費やす理由などない」
「そんなの……! 勝手に召喚しておいて……!」
「我々が呼んだわけではない。そして、お前たちだけが勇者ではない。誰か一人でも魔王を倒せば、我々の目的は達成される」
“君たちはコマに過ぎない”──そう言われたのと、同じだった。
嵯峨さんが顔をぐしゃぐしゃにして、四方田さんの肩にしがみつく。
……その泣き方すら、もはや演技の一部なのだろう。
ティアラが改めて、僕に目を向ける。
そして、心にもない言葉を、口にした。
「谷々様には、どのような道を選ばれても、“最低限”生き抜く力を授けておきたいのです。それが我々なりの──“誠意”です」
「……つまり、弱者には手取り足取り教えてあげましょう、ってことですね」
無月が静かに、しかし刺すように言った。
「ええ、まさしく」
ティアラの冷たい声は、もう遠くの騒音のようにしか聞こえなかった。
「……谷々、どうする?」
無月が言った。僕の目を覗き込む。
彼のその瞳には、優しさと──一緒に行けないことへの罪悪感が滲んでいた。
だから僕は、笑ってみせた。
「そんな困った顔しないでよ。僕なら大丈夫だから。先にご飯食べてて」
それから、ふと思い出したように付け加えた。
「あ、メニューにゆで卵があったら残しといて。……好物なんだ」
──そのふざけた一言が、僕がこの世界でクラスメイトに交わした、最後の言葉になった。