530 戦いの肖像 3
マイルの必死の合図で、映像を換えるナノマシン。
「や、ヤバかった……」
そして、ぜえぜえと荒い息をつくマイル。
「あ、アウグスト学院の校章旗。先頭は……、マ、マレエットちゃん?」
「何だ、お前、聖女マレエット様の知り合いか?」
グレンが、驚いたようにそう聞いてきた。
「あ、はい。……有名なんですか、マレエットちゃん?」
「聖女マレエット様と言やぁ、神殿や治癒魔法業界では超有名だぞ。勿論、一般の者達の間でもな。
大怪我を無料で治してもらったとかで、ハンターの間でもかなり……」
『先生! 先生が私に授けてくださいましたこの力は、今日のためのものだったのですね!
この世界のありとあらゆるものを守るため、頑張ります!』
「……コイツも、お前の関係者かよ……」
がっくりと肩を落とす、グレン。
「あはは……。気を付けてね。命大事に、で行こうね……」
「あ、あっちはハンターギルド連合軍みたいですね。
ティリザさん、このすべフェリシアさん、ラオウさんと私を養成学校に推薦してくれたギルマスさん……」
『ラウラですよっ!』
そしてその後方には、ハンター養成学校同期のベイルが率いる孤児達の一団が。
おそらく、後方支援要員なのであろう。
ベイルには、どこかで見たような気がする少女がくっついている。
『息災のようじゃな、メーヴィス!』
「お師匠様!」
ラディマール流剣術道場の道場主ラディマール師と、その門下生一同。
『言ったじゃろうが。兄弟子達を頼れ、と……。
あれだけ派手に、大陸中に宣伝してくれたのじゃ、これでラディマール流剣術は大きく躍進できるじゃろう。こりゃ、宣伝料を払わねばならんのぅ。
……代金は、儂らの命でどうじゃ! わっはっは!』
「お師匠様。兄弟子様方……」
領地の留守居役を任されていた下兄様が率いる、オースティン伯爵領軍残存部隊。
メーヴィスが救ったエルトレイア姫が率いる、王国近衛軍。
灼熱の男ケルビン率いる、男爵領軍。……確かにあそこも、帝国との国境に面していた。
その他にも、見知った顔が続々と……。
鍛冶屋、馬丁、料理人、店員、筆耕屋、牧童、町のチンピラ。
ありとあらゆる職種の、ありとあらゆる年齢層の人達が、次から次へと……。
「あ、あれは……」
義勇軍の上空を舞う、幼い少女を乗せた一頭の飛竜。
その右の翼の下面には王国旗が、そして左の翼の下面には領旗が描かれている。
「ロブレスと、チェルシーちゃん……」
「敵味方識別用を兼ねて、自領が飛竜を使役できること、そして秘匿戦力である秘密兵器を平然と提供したということを周辺諸国に大々的に宣伝か……。
あそこの領主は、いつも最小限の賭け金で最大の成果を上げるねぇ……」
「大したものです……」
呆れているのか感心しているのか、微妙な顔でそう呟くメーヴィスとポーリン。
そしてマイルは、レーナに向かって宣言した。
「戦いは数だよ、兄貴!」
「誰が『兄貴』かッ!!」
……勝てる。
こちらの大半が一般民衆だとは言っても、向こうも多くはゴブリン、コボルト、角ウサギ等である。高ランクの魔物は、全体のうちの一部に過ぎない。
そして、連携と戦術の面では、こちらの方が遥かに優れている。
10万対10万の戦いであっても、別に1対1の戦いが10万組、同時に行われるというわけではない。
ある時点で実際に戦っているのは、ごく一部である。
最前線を支え、疲れたり怪我をした者はすぐに後方へ下げ、代わりの者を前に出す。
敵の一部を自軍の奥深くへと誘い込み、圧倒的多数でタコ殴り。
いくらオークやオーガの新種と言えども、数十人からリーチの長い武器や魔法でタコ殴りにされては堪るまい。生活魔法程度しか使えなくても、使いようによっては魔物を倒すことも可能である。
人間、死ぬ気になって戦えば、思わぬ力が出せるものである。
そして相手が自分達を、そして大切な家族達を殺そうとして襲い掛かってくる魔物であれば、遠慮も、良心の呵責もない。
戦場での高揚感。恐怖を誤魔化すための自棄糞の開き直り。
……そして、血の匂いで、狂気に呑まれる。
今まで虫とネズミくらいしか殺したことのない者も、あっという間に立派な狂戦士へと早変わり。
マイル達は、丘を下った。
そして、次元の裂け目が現れる場所へと向かう。
それに続く、人々の群れ。
間もなく、地獄との通路が開く……。
* *
【次元震を感知。次元回廊、形成されます。次元貫通、5、4、3、2、1、今!!】
ずばしゃああああああ!!
マイル達の前方数百メートルの空間が縦に裂け、それが急速に左右に広がって、大きな円となり……。
「横から見れば厚みのない平たい板なのに、正面から見ると、トンネル……」
そう、まさに、異次元トンネルとでも言うべきものが形成されていた。
そして、その中から……。
「来ます! 敵主力、その前衛!」
先頭は、角ウサギとコボルト。
罠対策か、それとも何も考えておらず、ただ素早い種族が一番に飛び出しただけなのか。
だが、こんなのをこちらの主力が相手するわけにはいかない。少ない主戦力は温存し、手強い敵にぶつけなければならない。
「角ウサギ、コボルト、ゴブリンは、邪魔なやつだけ処理しろ! その他は、後ろに流せ! 後方の仲間達を信じるんだ!!」
誰かが、指示を出してくれている。おそらく軍の士官か、ベテランのハンターであろう。
処理、というのは、とどめを刺すことに拘らなくてもいいということであろう。
乱戦で、いちいちとどめを刺す暇はない。その隙を狙われるのも危険である。
目的が決まっている戦いにおいては、不必要なことにリソースを割く必要はない。
魔物が密集して噴き出すため、裂け目の近くで戦うとまともな戦いとはならず、いくら精鋭揃いであろうと、押し潰されて全滅であろう。そのような、貴重な戦力の無駄遣いはできない。
なので、戦うのは少し距離をとり、離れた場所である。
迫り来る、魔物達。
そして……。
「交戦開始!!」
戦いが始まった……。
* *
味方の陣形は、厚みを持った2層構造である。
1層目は、軍隊、傭兵、Cランク以上のハンター、エルフ、ドワーフ、獣人等の、戦いを生業とする者や、戦闘能力が高い者達。……丘のふもとに集まっていた連中である。
そして2層目は、一般民衆による義勇軍。……戦いには不慣れな連中である。一部、例外も混じっているが……。
それぞれが分厚い壁となり、魔物を塞き止める。
『赤き誓い』率いる部隊は、エルフやドワーフ、獣人、高ランクハンターや熟練兵士達と共に1層目の前縁部に位置している。そしてその周りを、他の者達が固めている。
精鋭達は大物狙いであり、周りを固めている連中は、雑魚の排除役である。
これは、精鋭部隊が雑魚に手を取られるのを防ぎ、後で出てくるBランク以上の魔物達に対峙するまでの消耗をなるべく抑えるためである。
前縁部では、邪魔になるものを除きCランク以下の魔物は通し、1層目の者達に叩かせる。
その後方、2層目の者達に通していいのは、ボロボロになったCランクの魔物と、Dランク以下だけである。間違っても、元気なCランクなどを通すわけにはいかない。
但し、1層目前縁部の者達があまり魔物を素通ししては、いくらその後方に控えているのが兵士やハンター等の戦闘要員だとはいえ負担が大きいため、マイル達は適当に魔法攻撃を加えて魔物達を混乱させ、魔物達の流れを乱すことにした。
全く邪魔が入らずに魔物達が集団でぶつかってくるのと、その前に魔法攻撃をバラ撒かれて集団が乱れて分散し、勢いを削がれたり負傷したりしてバラバラにやってくるのとでは、第一層の負担が大違いである。
どしゅ、ばしゅ、ずばっ!
1層目の前縁部に位置するメーヴィスとマイル、そして前衛職の者達が、自分達に向かってくる魔物を斬り払う。いくら戦力を温存するとはいえ、真正面から向かってくるものは対処せざるを得ない。
周囲にいる魔術師達は、前方の広範囲に爆裂系やニードル系の範囲攻撃魔法をバラ撒く。
……あくまでも、主目標であるBランク以上の魔物を倒すための力は温存しての軽い攻撃であるが、精鋭揃いであるため、それなりの効果はある。
あとは、後方の戦闘員部隊がぐちゃぐちゃにして、ボロボロになった奴らを、荒野に展開した民間人……義勇軍が、数にものを言わせてタコ殴り。
全体数では魔物の方が多かろうが、実際に戦いが行われているごく一部の場所、つまり敵味方の接触面において局所的に、その瞬間だけヒト種側の数が勝っていればいいだけのことである。
知恵と策略で、それを実現する手段。
……人、それを『戦術』と言う……。