461 姿なき敵 2
「では、報告してくれ」
ハンターギルド、ティルス王国王都支部。その本館の2階にある会議室で、『赤き誓い』、ギルドマスター、副ギルドマスター、ギルド上級幹部3人、そして依頼者側3人の、計12人が席に着いていた。
そして、こくりと頷いたマイルが報告を始めた。
やはり、こういう時の説明はマイルに丸投げである。『よく状況が理解できない時の説明・報告は、マイルの仕事』というのが、レーナ達の共通認識なので……。
「隣国、オーブラム王国の政情は安定、民心にも大きな混乱はなく、謀反や民衆の蜂起等の可能性は『今、この国でそれが生起するのと同じくらい』、つまり非常に低い確率であり、通常の状態であると判断します」
それを聞いて、うむ、と小さく頷く依頼者達。どうやら、少し安心したような様子である。
このあたりは、往路、復路で宿泊した町や村、夜営や休憩の時に食事を振る舞った商人やハンター達から聞き出して、きちんと調べてある。勿論、Bランクパーティ『輝きの聖剣』から聞き出した話もあり、二重三重に裏を取ってある。
勿論、貴族や王宮、政治家方面は別のチームが調査している。あくまでもこれは『市井における、民意の調査』に過ぎないことは、皆が承知している。
「国がざわついている原因と思われるのは、殆どの魔物達において出現した新種、『特異種』によるものです。
この特異種については、以前マーレイン王国のギルドから通達が出たと思いますが……」
マイルの説明に、そういえばそんな報告もあったような、という顔をするギルド側と、何の事か分かっていないらしき依頼者側。
……おそらく、他国のギルド支部からの『強い、魔物の変種が現れた』などという信憑性の低い情報など、上に伝わることなく途中で止まったのであろう。苦笑と共に、ゴミ箱にでも捨てられて。
よくあることである。
「原因は、……本当の原因と言えるものは不明ですが、『現象』としては、各地に不規則に強力な新種の魔物が出現しているということです。……そう、『出現』です。唐突な出現……」
え、と、驚きの顔をする『赤き誓い』以外の列席者達。
「ある場所で偶然新種が発生して、というような話ではありません。それならば、問題はその地域限定のはずです。今回の場合はそうではなく、各地で、同時並行的に発生したものです。
おまけに、様々な理由によりその事実をハンターギルドも王宮や軍部も把握できておらず、各地の現場ではハンターや村人達の被害が増大、大混乱には至らないものの、各地では次第に疲弊が広がり、不安が高まって……、あとは皆さんが不審に思い調査を始められるくらいの状況、つまり現状に至ったわけです」
「「「「「「…………」」」」」」
会議室の人々の顔には、そのような事態が発生したのが我が国ではなくて良かった、という思いがはっきりと表れていた。そんな皆さんに、マイルからの残念なお知らせが……。
「そして、御存じのとおり、最初にこの事象が発見され各国に警告が流されたのは、マーレイン王国のドワーフ達の村、グレデマールです。そして私達はオーブラム王国の王都近郊でも新種を発見しています。
グレデマールとオーブラム王国の王都、そしてここ、ティルス王国の王都との位置関係は……」
そう言いながら、胸元に手を入れて、丸めた地図を取り出すマイル。
いや、ここにいる者たちは皆、マイルの収納魔法のことくらい知っているので、別に空中から取り出しても構わなかったのであるが、『様式美』というものに拘るマイルであった。
だが、それを見た皆の思いはひとつであった。
((((((そんなのが潰れずにはいる隙間はないだろうがアァ!!))))))
幸いにも皆の心の声には気付かなかったマイルは、テーブルに地図を広げて説明を続けた。
「……ここが、最初に新種が発見されたグレデマールです」
そう言って村の位置を指で示し、続いて……。
「そして、ここと両国の王都の位置関係は……」
そう言って、マイルは左右の手の親指と人差し指で地図を押さえた。右手の指でグレデマールとオーブラム王国の王都、左手の指でグレデマールとここ、ティルス王国の王都の位置を……。
「「「「「「…………」」」」」」
そして、それを見て黙り込む列席者達。
そう、マイルが地図上でそれぞれの場所を指し示すために開いた親指と人差し指の間隔は、左右、ほぼ同じであった。つまり……。
「我が国が、王都を含めて、異変の発生圏内に……」
「入っている可能性は、かなり高いのではないかと……」
正体を明かしていない『依頼人達』のうちのひとりの、呻くような声に、マイルがあっさりと非情の答えを返した。
「やべぇ……。クソやべぇ……」
おそらくは身分のある人たちの前であるにも拘らず、ギルドマスターが、つい下品な言葉を漏らしてしまった。……それくらい、動転してしまったのであろう。
「直ちに陛下に御報告し、軍と各地の領主、そしてギルド支部に指示を……」
「各国への警告も出さねばなるまい。警告は、オーブラム王国、マーレイン王国と……」
事態の深刻さを理解したらしい依頼者達の焦ったような言葉に、マイルが口を挟んだ。
「両国に接する、トリスト王国には絶対必要でしょう。位置関係から、既に各地で被害が出ている可能性は高い……、いえ、ほぼ確実と思われます。オーブラム王国と同じく、まだそれに気付いていないだけで……。
オーブラム王国は王都のギルドマスターから直接王宮に報告が行っているとは思いますが、事態を軽く考えた馬鹿が対処を遅らせる可能性を考えれば、この国の国王陛下から直接、親書で警告するべきかと……」
マイル、『出来る子モード』の発動である。
(((いつも、これだけ冴えていれば……)))
そして、心の中でため息を吐く『赤き誓い』の3人。
そう、いつも幼女だのケモ耳だのと騒いでいる時との差が、あまりにも大きすぎた……。
しかし、『いつも冴えているマイル』というのも何だか気持ち悪いので、やっぱりこのままでいいか、と考え直すレーナ達であった……。
* *
「報告も終わったし、優れた成果あり、とかで追加報酬まで出してくれたし、万々歳ね」
「証拠として提出した特異種も、全部高額で買い上げてもらえました。さすが王宮、太っ腹です!」
一応、依頼人の身元は隠されてはいたが、そんなものバレバレである。そして依頼人の金払いの良さを絶賛するポーリン。
少なくとも、追加報酬を出そうと考えた者の意図は、ポーリンに対しては効果絶大のようであった。きっと、次の王宮絡みの依頼も大喜びで受けてくれるであろうという、その目論見通りに。
実際には、ポーリンにとって契約はそれぞれ独立事象であり、前回に稼がせてもらったということと次回の契約とは全く関係ないのであるが、まぁポーリンも人間であるから、多少の効果はあるかもしれなかった。
ギルドマスターの部屋から退出し、階段を下りながらそんな話をしていた『赤き誓い』であるが……。
「……で、マイル。これって……」
急に真面目な顔になって、メーヴィスがマイルに問い掛けた。
「分かりません。……でも、その可能性は充分あるかと……」
そう、あちこちで多発している特異種……他の者への説明では、分かりやすいように『新種』という言い方をする時もあるが……がひと繋がりの事件であることは、確認するまでもない。メーヴィスがマイルに尋ねているのは、『これが、アレなのか』という質問であった。
アレ。
マイルが一度は『赤き誓い』のみんなと別れて旅に出ようとした、あの『古竜達が先史文明の遺跡を調べている理由』に繋がること。古竜達が何かに対しての準備が必要だと考えた、その『何か』。
それに関わることではないのか。
古竜は、世界最強の種族である。魔力も、肉弾戦闘も、……そして知能も。
その気になれば、簡単に人類を滅ぼし、あるいは支配して世界に君臨することも可能であろう。
……だが、古竜はそんなことはしない。
そのようなつまらないことに興味を持つのは、幼年竜だけである。
人間は、アリの暮らしに介入したり、アリを従えたりしようとはしない。そんなことをするのは、アリの巣穴を棒切れで突く幼児だけである。それと同じことなのであろう。
マイルは、考えていた。
……ならば、なぜ古竜は古代文明の遺跡に拘るのか。
やはり、古竜からもう一度話を聞く必要が……。
しかし、そう簡単に古竜と会えるわけでもない。
「あ、マイルさん、お手紙が届いていますよ!」
「え? あ、ハイ!」
階段を下り、そのまま宿へ帰ろうとしていた『赤き誓い』に向かって、受付嬢がそう声を掛けてきた。
そして手紙を受け取り、差出人を確認するマイル。
「ええと、誰からかな? どれどれ……、って、この紋章は、ケラゴンさんの!
向こうから、連絡キタ~~!!」