322 死 闘 2
『貴様……』
もう1頭も立ち上がり、2頭並んでマイル達に正対した古竜達。
2頭の古竜は既に、全てを悟ったようであった。自分達が全く信じず、馬鹿にしていたベレデテスの報告が、全て真実であったこと。そしてこの人間達が、『相手を馬鹿にして、油断しまくった愚かな1頭の古竜』を一斉攻撃で倒せる程度の戦闘力を持っているということを。
しかし、今の自分達は2頭であり、油断しているわけでも、愚かであるわけでもない。……そして勿論、いくら愚かであったとはいえ、仲間の1頭を倒した者達を馬鹿にしているはずもなかった。
『早くルクレッドを治癒してやらねばならぬため、手加減してやる余裕があまりない。悪く思うな』
そう言って口を大きく開いた古竜。
「位相光線!」
ちゅん!
パシッ!
マイルが放ったビーム攻撃は、古竜が前方に張った魔法障壁で弾かれた。まともに受けるのではなく、大きな角度を付けた障壁で受け流され、逸らされた。
そして……。
どひゅん!
「格子力、バリアアアアァ!」
ぐぉん!
炎の奔流ではなく、焔の塊として発射されたブレスは、マイルのバリアによって弾かれた。1枚板タイプではなく全周を覆うタイプのバリアなので、同じく、避弾経始というか、傾斜装甲(Sloped armour)というか、とにかく、効率的な防御形態である。
「サンダー・ボルト!」
どぉん!
マイルの雷魔法が炸裂し、頭上から雷の直撃を受けた古竜であるが、平然と立っている。
おそらく、ベレデテスの報告が全て真実であると悟った瞬間から、その報告の中にあった敵との戦闘についての記述を全て考察し、真上から落とされる雷についても注意を払っていたのであろう。
そして魔力の変化(ナノマシンの活動の気配)を察知したのか、電気の集積を感知したのか、はたまた野生のカンなのか、反射的に頭上に魔法障壁を張ったらしい。
雷魔法が、火魔法のような『魔力そのものによる攻撃』なのか、『電気、という物理現象による攻撃』なのかは分からないが、とにかく、魔法障壁によって弾かれてしまったのは間違いないようである。
「ファイア!」
「シュート!」
マイルが時間を稼いでいる間に、ポーリンとレーナが詠唱を終えて攻撃魔法を放った。攻撃の種類は、1頭目に効果があった、先程と同じものである。
しゅん!
ガクン!
そしてレーナの炎魔法は消滅し、ポーリンの岩の槍は炎魔法が消滅したのと同じあたりで速度を大きく落とし、その後、古竜の尾で叩き落とされた。
どうやら、魔力塊に対する障壁だけでなく、人間達にはまだ知られていないはずの対物理障壁も展開している模様であった。
対物理障壁はマイルの『格子力バリア』程の完成度ではないらしいが、土魔法による実体弾攻撃をある程度は防げるらしく、質量の大きなものはその運動エネルギーのかなりを相殺、そしておそらくは質量の小さなものであれば完全に阻止されるのであろう。
『無駄だ。余程油断でもしていない限り、古竜が人間如きに危害を加えられることなどあり得ぬ。
数百年前には若い古竜が人間に後れを取ったという話もあるが、あれは、まだ幼い仔竜が人間と遊ぶつもりで数千の軍隊とやり合い、攻城兵器であるバリスタの金属矢弾を無数に撃ち込まれたからである。僅か4人の人間に、成竜がどうこうできるものではない』
「マイル、いけそう?」
「……1頭の障壁で、私の攻撃を逸らされます。皆さんの攻撃も……。そして、2頭同時に攻撃されれば、こちらのバリアは、おそらく貫通されるかと……」
バリアの中でこそこそと話すレーナ達であるが、マイルのその返答は、『詰み』を意味していた。
そして、倒れた仲間の治癒を急ぐ古竜達は、そのまま攻撃を行った。
ごおっ!
連続した、炎の奔流。
そして……。
どしゅん!
それに被せて放たれた、焔の塊。
「駄目です、次の息継ぎで、右の岩陰へ退避!」
バリアが、もう保ちそうにない。
しかし、こんな時のために、戦場を岩場にしたのである。
バリアと岩塊を併用すれば、少しは防御力が高まる。そして向こうは、あの巨体では岩陰に身を隠すことはできない。たとえ僅かな効果しかなくとも、そういうことをいくつも積み重ねれば、最後に勝敗を決するひと押しになるかも知れない。
2割しか効果が上がらなくても、そういう小細工を4個行えば、1.2かける1.2かける1.2かける1.2。そう、2倍の効果が得られるわけである。
強大な敵と戦うには、情報、技術、罠、悪だくみ、その他全ての力を注ぎ込む必要がある。そうやって、少しずつ効果を重ねてゆくのだ。
ドラゴンブレスは、ブレスとは言っても、魔法の一種である。別に息を吐く必要があるとは思えないのであるが、古竜達自身の思い込みか、それとも何らかの理由があるのか、その使用時には古竜達は息を大きく吸い込み、そして吐く。……つまり、ブレスを継続する場合は、途中で息継ぎがあるわけであった。
マイルは、連続した火炎流を吐いている方の古竜のブレスが息継ぎのために止まった時に、岩陰へと移動して防御態勢を立て直し、その後、即座に反撃に出るつもりであった。そして当然、他の者達もそれくらいのことは阿吽の呼吸で了解している。
そして、何発目かの火焔弾がバリアに命中した直後、火炎流が途切れた。
(ラッキー! 火炎流と火焔弾の合間が一致した!)
それは、望外の幸運であった。
「退避!」
マイルの叫びに、皆が一斉に右側へと駆け出した。
そして、思い切り息を吸い込んでいる2頭の古竜達。
(よし、大丈夫だ、間に合う! 岩陰にはいると同時に、バリアを……)
「あ」
コケた。
4人の中で一番運動神経がトロいポーリンが、ゴツゴツの岩場に足を取られて、びたん、と、まともに顔面から地面に叩き付けられた。
岩場だけに、肉体派ではないポーリンにはかなりのダメージであったらしく、すぐには起き上がれないらしい。
ポーリンより先行していたレーナとマイルは、それには気付かずに岩陰へと走り込み、そして後方を振り返ったふたりの眼に映ったのは……。
万一の時には皆の退避を助け、盾になれるようにとしんがりを務めていたメーヴィスが、ポーリンを助け起こし、ちらりと古竜の方へ眼を遣り、ポーリンをマイル達の方へと突き飛ばし、……そして古竜のブレスを浴びる姿であった。
「うあああああああぁっっ!!」
「「「あああああああああっっっ!!」」」
苦悶の叫びを上げるメーヴィスと、それを遥かに上回る悲鳴を上げる、マイル達。
岩陰に転げ込み、振り返ってメーヴィスの姿を見たポーリンが、最も大きな叫び声を上げていた。
火炎流を、全身にまともに浴びたわけではない。炎の直撃を受ける寸前に必死で身を躱し、身体の大部分は火炎流を何とか避けた。……その、左腕を除いて。
「くあああぁっ!」
悲鳴を上げながらも、必死で岩陰へと転げ込むメーヴィス。
痛い痛い、などと言ってしゃがみ込んでいても、死ぬだけである。なので、痛みは無視して、とにかく少しでも安全な場所へと移動する。それが、戦いに従事する者が生き延びるための鉄則であった。
「メーヴィス!」
「メーヴィスさん!」
「メ、メーヴィス、て、手が……、左手が……」
ポーリンが、岩陰へと転げ込んできたメーヴィスを見て、呆然として呟いた。
「手が……。わ、私のせいで、メーヴィスの左手が……。
夢が、メーヴィスの、騎士になるという夢が、私の、私のせいで……」
そう、メーヴィスの左腕は、その肘のあたりから先が、消失していた。
その黒く焼け焦げた左肘の先には、何もなかった。何も……。
「痛覚麻痺、温度伝導遮断、加熱部分冷却、細胞破壊阻止っっ!」
マイルが、必死で痛み止めと損傷の拡大を防ぐための魔法を掛けるが、このような大規模部位欠損など対処したことがないため、どうしていいか分からない。
固まったまま、身動きもしないレーナ。
蒼白で、錯乱状態のポーリン。
必死で応急処置のため魔法を掛け続けるマイル。
「わ、私のせい……、私のせいで、メーヴィスの夢が、夢が……」
取り乱すポーリンに、マイルのおかげでようやく激痛が治まったメーヴィスが、にっこりと微笑んで言った。
「……そんなもの、ポーリンの命に較べれば、大したことじゃないさ……」