275 穴
「こっちです」
「「「…………」」」
あてのない調査ではなく、まるで始めから目的地が決まっているかのように、躊躇いなく行き先を指示するマイル。そしてそんなマイルを、胡乱げな眼で見る、レーナ達。
「……ま、マイルだものね……」
そして、諦めたかのようなレーナの言葉に、こくりと頷く、メーヴィスとポーリン。どうせ探索魔法のようなものでも使っているのだろう、と考えているのであろう。
そして皆が辿り着いたのは……。
「な、何よ、これ……」
変異種オーガ達が住処にしていた坑道から然程離れておらず、ドワーフ達が把握しているオーク達の住処との丁度中間あたり。そこにあったのは、『裂け目』であった。
岩の裂け目とか、地面の裂け目とかではない。何もないはずの空間にできた裂け目。そう、それは、『赤き誓い』が最近目にしたことのあるものであった。
「これって、ファリルちゃんの時の……」
そう、ポーリンが言う通り、それはあの時に開きかけた、そして開ききる前に再び閉じてしまった、あの空間の裂け目にそっくり、いや、同じものであった。
「これは、多分……」
「そうか!」
マイルが言いかけた言葉に被せて、メーヴィスが叫んだ。
「これはおそらく、あの時と同じもので、空間の裂け目だ。そして、裂け目の向こう側には別の場所があり、あのオーガやオーク達はそこから来たんだ。だから、このあたりのオーガやオークとは、見た目は同じだけど強さとかは全く違う種類なんだろう。なので、この裂け目を塞げば、もう奴らの仲間はやって来ない!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
メーヴィスの推理に、ドワーフ達が感心したかのような声を上げた。
「それ、今、私が言おうと……」
膨れるマイルは、スルーされた。
「でも、その魔法を使った魔術師達が、また同じ魔法を使ったら……」
「そ、そうですよ、まずは犯人達を捕まえないと……」
ポーリンの言葉に、マイルがそう提言するが、メーヴィスは首を横に振った。
「いや、その心配はないだろう。これが魔術師による人為的なものであれば、その魔術師は何らかの目的があったはずであり、何もせずに放置、というのは考えづらい。
そして、このあたりには争った跡も、血の跡もない。つまり、魔術師が、呼び出したオーガやオーク達に襲われて殺された、という可能性もないだろう。だから、これは自然現象である確率が非常に高いと思われる。
まぁ、前回のあの魔法のせいで、空間の裂け目ができやすくなっている可能性はあるが、この裂け目を潰せば、同じところにまた裂け目ができる可能性はそう高くはないだろう。もし次にできるとしたら、多分、他の場所だろうな……」
「「「…………」」」
呆然とした顔でメーヴィスを見る、レーナ達3人。
「メ、メーヴィス、あんた、いったいどうしたのよ……」
「ま、まさか……」
「偽物め! 本物のメーヴィスさんをどこへやった!!」
酷い言われようであった。
「私だって、ミアマ・サトデイルの異界冒険譚くらい読むよ!!」
「「「あ…………」」」
そう、確かに、ミアマ・サトデイルの作品の中に、空間の裂け目という概念が登場していた。
そして、メーヴィスは剣士であるが、別に脳筋というわけではない。れっきとした貴族の御令嬢であり、それなりの教育を受けている。
剣や槍の前衛職は脳筋、後衛の魔術師は知的、というのは、誤解である。いや、勿論、そのまんまである連中は確かに多いが……。
(……ナノちゃん?)
マイルは、そっとナノマシンに確認した。
『ははは……。あはははははは!』
……正解らしかった。
『あ~っはっはっは!』
……ヤケクソらしかった。おそらく、禁則事項か何かだったのであろう……。
「と、とにかく……、マイルが(ナノマシン達に)命ずる! 異界と繋がりし空間の裂け目よ、修復せよ!!」
『ナノマシン達に』の部分だけは、声に出さずに頭の中だけで唱えるマイル。
これで、ナノマシンを名指しして命じたことになり、効果が約3.27倍になるはずである。
自分達が守ろうとしていた禁則事項を、事情を全く知らないメーヴィスに簡単に言い当てられてヤケになっていたナノマシン達であるが、さすがに重要な仕事はおろそかにするつもりはないらしく、すぐに魔法は発動した。
……というか、先程のナノマシンの態度は、ただの『お茶目』なのであろう。本気でヤケになるようなプログラムが……、いや、人間には想像もつかない高度な知性を持つ高次生命体が、どのような論理構造の思考をするのかは分からないし、その被造物に、どこまでの『生物らしさ』を付与するのかも分からない。なのでマイルは、ナノマシンのことは生命体と同じように考え、そのつもりで対応することにしているのである。
また、ナノマシンにとり、この『穴塞ぎ』は自分達を造った『造物主』に与えられた任務外のことであり、自己判断でそれを行う権限がないけれど、それにも拘らず『それを行わなければならない』と判断し、あらゆる手段を講じてそれを実行すべく手を尽くしたというところに、その柔軟性というか、能力の高さが表れている。
これで、もしマイルの存在が無ければ、また別の方法でそれを行えるよう理由をこじつけ、でっち上げたことであろう。
そう考え、ナノマシンに対する認識を新たにするマイルであった。
一方、ナノマシン達はマイルからの命令という名の『許可』を得て、次元連結孔の修復作業に取り掛かっていた。
事前に、周辺地域一帯から大量のナノマシンを緊急呼集してある。……そのため、現在周辺地域では、魔法の効率が一時的に3割近く低下しているはずである。そして、集めた大量のナノマシンにより、時空間の癒着分離作業を実施する。
マイルの『アイテムボックス』と称する異次元倉庫の使用や、現地人も使用する『収納魔法』と称する亜空間の作成と維持を易々と行うナノマシン達である、本気になれば、そしてこれだけの数が集まれば、小さな裂け目であれば修復はそう難しいことではなかった。
多分そんな必要はないのであろうが、他の者達に『魔法で修復中』という印象を与えるためか、色とりどりの魔法陣が空中を乱舞して、なかなか派手で見応えのあるエフェクトとなっている。
『……完了しました。これで、この亀裂が再び開く可能性は、他の場所で新たな亀裂が発生する確率よりずっと低いものとなりました』
ナノマシンの言葉に、ああ、一度骨折した部位は、治ると前より頑丈に……、って、それは大嘘の都市伝説で、本当は以前よりずっと折れやすくなるんだ、と思い直すマイル。
とにかく、ぐるぐる巻きで固定したから以前より頑丈、ということだろう。
(ナノちゃん、これからも、裂け目があったら報告してね。その都度、修復の指示を出すから)
『え? いえ、この処置に関しましては、事前に対処を指示しておいて戴けましたら、今回のように現場で魔法を使う、という手順を踏まなくても、我々だけで適宜対処致しますが……』
(それだと、私が裂け目の発生状況を把握できないから、駄目)
『うっ……』
やはり、報告無しで勝手にやろうとしていたらしい。その表情を見ることができないのが少し残念な、マイルであった。
(その都度、事後報告だけ、というのも考えたけど、ナノちゃん達、色々と屁理屈を考えて誤魔化しそうな気がするから……)
『ううっ!』
(やっぱり!)
まぁ、これもナノマシンのわざとらしい演技なのであろうが、ここは、乗ってあげるのが、乙女の嗜みである。
(まぁ、無いとは思うけど、もしまたここで裂け目ができたら、すぐに報告してね)
『御意』
「……終わりました。これで、もう新たな特異種がやってくることはありません。あとは、今現在住み着いているものを全滅させて、間違っても繁殖したりしないようにすれば……」
「「「「「おおおおお!!」」」」」
ドワーフ達の喜びの叫びと、ま、マイルだから、こんなもんよね、という顔のレーナ達。
メーヴィスがあまり嬉しそうな顔をしていないのは、またマイル頼みで終わってしまったことに対する、複雑な思いのせいなのか……。