250 マーレイン王国 2
「な、なぜ怒られるのじゃ……」
ギルドマスターにそう言われて、互いに目を見合わせる『赤き誓い』の面々。
言われてみれば、確かに、なぜ文句を言ったのか。
最初の資金稼ぎのために、自分達で考え、自分達で作り、自分達で売ったのである。そして、パーティの名を売ることは、ハンターにとっての大きな目標である。ならば、感謝して、ギルドマスターに少しサービスを……。
「「「「誰がするかああああぁ~~っっっ!!」」」」
「ひえっ!」
レーナ達の思考の流れを読むことなどできないギルドマスターは、突然怒鳴りつけられて驚いた。
全くわけが分からない。
ギルドマスターを責めることもできず、むっつりとした顔で資料室を後にし、1階へと下りる『赤き誓い』の4人。
そしてそのまま、ギルド支部を出ていった。
「な、何じゃったんじゃ、いったい……」
レーナ達の不機嫌の理由が分からない、ギルドマスター。
「まぁ、華々しいデビューを飾った、あの期待の新人パーティ『赤き誓い』が来てくれたんじゃ、なるべく長く滞在して貰い、皆の良き刺激となってくれれば……。そして、あわよくばこの街に定住して貰えれば……。
すぐにティルス王国へ戻る護衛依頼を確認しなかったということは、しばらくここに滞在するつもりじゃろう。おそらくこの国に来たのは初めてじゃろうからな。
よし、いい男揃いのパーティをけしかけて、せめて定期的にこの街にやってくるように……。
ふひ。ふひひひひ!」
自分が管理するギルドのためならば、ルール違反にならない範囲内で全力を尽くす。
……隣国のギルドに対して無礼?
いくら両国が友好的であろうが、そしてこのギルドマスターが好人物であろうが、それはそれ、これはこれ、であった。
「「「「…………」」」」
むっつりと押し黙ったまま街路を歩く、『赤き誓い』の4人。
皆、何か言いたそうな顔をしているが、しかし誰も何も言わない。
そしてとうとうマイルが口火を切った。
「あ、あのフィギュア……」
「い、言わないでくれ……」
メーヴィスが、顔を赤くして俯いた。
「まさか、こんなに恥ずかしくなるとは……。あの時は、カッコいい、と思っていたのに……」
「あああ、どうして私は、あんな恥ずかしい恰好を指定したのよ! 馬鹿馬鹿、ノリノリだったあの時の私の、馬鹿っっ!!」
「ねぇ、マイルちゃん。私のフィギュア、あんなに胸を強調してましたっけ……」
悶々として、悶える3人。
そして、それを見たマイルは……。
(い、今です! あの、『いつか言ってみたい台詞集』の中の、アレを言うのは!)
そして紡がれる、マイルの言葉。
「ふっ、認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」
「「「「…………」」」」
みんな、大ダメージを受けて、どんよりと落ち込んだ。言ったマイル自身を含めて。
「ところで、あれ、いくつ作ったっけ……」
メーヴィスがポツリとこぼした言葉に、ポーリンが答えた。
「1000体です……」
「「「「…………」」」」
そして3日後。
「『赤き誓い』の連中、そろそろ王都見物を終えて、依頼を受けに来る頃じゃのぅ」
休養兼見物として、3日もあれば充分であろう。そう思って、にこにこと笑顔のギルドマスター。
「わざわざ、若い者達が興味を持ちそうな、ちょっと珍しくて難しそうな、面白い依頼を用意しておいてやったのじゃ。うまくあの連中が受けられるように、職員達にも根回し済みじゃし。
ふふふ、充分楽しんでくれるじゃろう……」
そして4日後。
「まだ来ぬか……。まぁ、若者には、遊ぶ時間も大切な人生の糧じゃからな……」
そして5日後。
「いくら何でも、遊び過ぎじゃろう! おい、ちょっと様子を見てこい!」
ギルドマスターに命じられ、職員のひとりが王都内のハンターが泊まりそうな宿を調べて廻った。そして……。
「何? どこにも泊まっていないじゃと! 『赤き誓い』が宿泊したらしき形跡は一切ない?
どういうことじゃ! まだ、ティルス王国行きの護衛依頼どころか、一切の依頼を受けておらんのじゃぞ! 常時依頼の素材採取で野営を続けているとでもいうのか!」
しかし、そう言われても、宿泊した形跡がないものは仕方ない。職員には、首を傾げることしかできなかった。
* *
「王都から、大分離れましたね。そろそろいいんじゃないでしょうか」
「そうね。さすがにこれだけ離れれば、あの資料室とやらに出入りした者やギルドマスターの話を聞いた者もいないでしょうね。次の街に少し滞在するわよ」
ポーリンとレーナの言葉に、マイルとメーヴィスも頷いた。
一行は、あの後宿泊することなくマーレイン王国の王都を出発し、完全に暗くなる寸前まで街道を進んだ。そして野営を繰り返し、街や村に立ち寄ることなく先へと進んでいたのである。
……理由は、ただひとつ。
あのフィギュアとギルドマスターの盛りまくった卒業検定の話を知っている奴らがいるところになど、滞在できるか、ということであった。
しかし、王都からこれだけ離れれば、その心配もあるまい。
王都へ、そして王都のギルド支部へ行った者はいるかも知れないが、その時にわざわざ資料室を見に行ったり、ギルドマスターの盛り話を聞きに行ったりはしないであろうから……。
別に、王都に滞在しなければならないというわけではないし、全ての国に滞在しなければならないというわけでもない。面白くない街、気に食わない国は、そのままスルーして次の街、次の国へ行けば良いのである。たとえそれが、その街や国には何の責任もなく、自分達のせいであったとしても。
「他国の新米ハンターの養成学校卒業検定なんか、余程の暇人でもなければ、わざわざ往復何日もかけて見に行くはずがないですし、フィギュアの大半は王都の住民が買ったでしょうから、他国に流れたものは少ないはずです」
ポーリンが、皆を安心させるためにそう言うが……。
「つまり、ティルス王国の王都では、その大半が出回っていると……」
「「「言うなあぁ!!」」」
マイルの空気を読まない発言に、皆が一斉に突っ込んだ。
* *
かららん
ギルド支部のドアベルは統一規格でもあるのか、どこでも同じ音である。
そして、新たな街のギルド支部にはいった『赤き誓い』に、いつものように部屋中の視線が注がれる。品定めするような眼、睨め付けるような眼、嫌らしい眼、馬鹿にしたような眼、興味深そうな眼、そして何やら良からぬことを企んでいそうな眼。
そのうちの半分は、すぐに逸らされて元の用事に。そして残り半分は、そのままカウンターへと向かう『赤き誓い』にじっと注がれ続けている。そう、初めてのギルド支部に顔を出した時の、いつものことである。
「ティルス王国の王都所属、『赤き誓い』です。修行の旅の途中なので、しばらくこの街に滞在します」
カウンターの受付嬢に滞在報告をするのは、いつもメーヴィスの役目である。勿論、パーティリーダーだからでもあるが、メーヴィスが報告すると、受付嬢の応対が良くなるのである。
それは、未成年に見える生意気なチビとか、同じく未成年に見える少し抜けたようなチビとか、自分より巨乳の女とかが来たら、心配になって余計な差し出口をしたり、不機嫌になったりするのは仕方ない。馴染みになるまではメーヴィスが報告するのが、一番無難で安全なのであった。
そして受付嬢は、にこやかに応対してくれた。
「遠いところ、ようこそ! 歓迎致します。
……ごめんなさいね、ここ、若い女性ばかりのパーティが殆どいないから、みんな物珍しそうにじろじろ見つめちゃって。女性が来たら、いつもこうなの。あの人達にとって、あれが普通の反応なのよ……。悪気はないのよ、勘弁してあげてね」
「「「「全っ然! 全く気にしていませんから!」」」」
「は、はぁ?」
嬉しそうな4人に、怪訝そうな顔をする受付嬢。
そう、余所者の女性パーティがはいってきた時の、普通の反応。
普通。普通の反応……。
「「「「普通って、いいよねぇ!」」」」
マイルの口癖が移ってしまったレーナ達であった……。