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第百四十四話 製作後日


【前書き】


 前回までのあらすじ。

 主人公、アークス・レイセフトは魔力量の少なさを解決するため、魔導籠手(チャンバーガントレット)を完成させた。

 今後それがどんな波乱を生み出すのか。

 彼の運命やいかに……。




 とある日のアークスの屋敷にて。


 アークスが作業を終わらせてまったりとしていた折、ノアが彼の耳元でささやく。

 ぼそり。



「『俺は天才だ。なあノア君。君もそうは思わんかね?』」


「あっ、あぁああああああああああああ!?」



 しかして、ノアの奇襲技は綺麗に決まった。

 その言葉は、いつかアークスが口にしてしまったセリフだ。

 思い出したくない過去を掘り返されたせいで、アークスは絶叫を禁じ得ない。


 以前の睡眠を犠牲にした研究によって生まれた弊害。疲労から来る妙なテンションの上がり方でやたらと気が大きくなり、意味不明な大口を叩いていたのが明確に思い出される。

 身体を内側から焼き焦がすほどの恥ずかしさに、できる抵抗は叫び声を上げて声を掻き消し、一時の意識の空白を生むことのみ。


 だが、そんなささやかな抵抗もむなしく、今度は反対側にいたカズィが容赦ない追撃技を浴びせてくる。



「『くぅ! 我ながらかっこいい!』だったか?」


「ぎぃやあああああああああああ!?」



 カズィが半笑いを見せるのに対して、アークスは顔を隠してバタバタと床をのたうち回る。さながらそれは、ダメージの大きい攻性魔法をもろに受けてしまったかのよう。

 一方でノアは顔を背けて忍び笑いを漏らし、カズィは面白い生き物でも見たかのように笑っている。



「キヒヒヒヒッ! すげえよなぁ。お前この前、そんなことマジな顔して言ってたんだぜ?」


「ああっ! ああっ! あああっ!」



 ノアとカズィの間断ない攻撃に晒され、アークスは半ば過呼吸気味。

 当然、ここに重ねるのは言い訳だ。



「違う! 違うんだ! あのときの俺は寝不足でほんとどうかしてたんだ! あのときの俺は俺じゃなかった!」


「まったくです。自分のことを天才と言ったり、世紀の大発明と言ったり……」


「何言っても聞かなかったし、手が付けられなかったから放っておくことしかできなかったよなぁ」


「うわぁあああ! うわぁあああ! うわぁあああああああああ!!」


「これに懲りたらもう研究で寝不足になどならないよう、きちんと言うことを聞いてください」


「そうだな。お前にぶっ倒れられちゃあこっちが困るんだ。やめてくれよ天才さんよ?」


「その前に俺の過去を掘り起こすのをやめてくれよ……」



 そう懇願するように言うと、ノアはきっちり真面目な表情を見せ、



「それはそれです」


「だな。キヒヒヒヒッ!」


「この不良従者どもめぇえええええええええええええ!!」



 アークスはそんな風に、従者たちにひとしきり遊ばれたあと。

 ふいに玄関口から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「世紀の大発明をした天才のアークスいるー? ちょっと面白い遊びを考えてきたんだけど……」


「お願いだからもう許してくれぇえええええええええええ!!」



 再び屋敷に、アークスの悲鳴が響き渡る。

 結局のところ、そのあともしっかりと遊ばれてしまったわけだが。



 ……ともあれ、魔導籠手(チャンバーガントレット)の完成に伴い、そんな一幕があったあと。

 ある日の魔法院のたまり場にて。

 この日突然現れたのは、アークスが入学のときに出会った南部伯爵家の長男、オーレル・マークだった。

 金髪碧眼色白の肌。背はアークスよりも高く、制服はシワ一つなくきっちりと着こなされている。

 一体どこでこのたまり場の存在を知ったのか。そもそもどうしてここを訪れたのか。

 こちらのそんな疑問も余所に、彼は開口一番、とんでもないことを口にした。



「――ここがケイン・ラズラエル打倒の最前線基地だと聞いた」



 突然ぶちまけられた物騒なセリフに対し、アークスは突っ込みを入れずにはいられない。



「違うわ! 一体誰がそんな物騒なこと吹き込んだんだ!」


「そうですよ! ここはアークスさんが周りの人に翻弄されておたおたするのを眺めてお菓子を楽しむ場ですよ! あ、どうぞ、それ用のお菓子です」


「ふむ、そうなのか? すまんな」



 アークスの叫びも余所に、オーレルはいつもと同じ堅物そうな表情で、セツラからお菓子を受け取る。

 それはともあれ、



「おいセツラ! そんなわけないだろ!」


「あれ? 違いましたっけ?」


「全然違うわ! しかもどうして俺限定なんだよ!」


「えー、でもここに来るとだいたいそんな光景が見れるじゃないですか?」


「たまたまだ! たまたま! ここはそんな場所じゃない!」


「そうだよ? ここはそんなところじゃないよ?」



 直後、一緒になって声を上げてくれたのは、このたまり場の主であるスウだった。

 心強い味方の存在に、希望を感じずにはいられない。



「おお! そうだそうだ! スウ、もっと言ってやれ――」


「ここはアークスにお菓子を作ってもらって、あと頬っぺたと堪能するための場所だよ」


「あっれぇえええええええええ!?」



 スウがこちらの想像とは全然違う方向に舵をきり始めたことに、やはり叫び声を禁じ得ない。振り向いてその表情を確認すると、セツラの話が業腹だというように口を真一文字に結んでいる。ということは、いまのセリフは本気なのか。



「確かにそれもありますね。プリンすごく美味しかったですし」


「そうだよ。頬っぺの方も触ってみなよ。ぷにぷにだから」


「ぷにぷに……なんか美味しい食べ物みたいな表現ですね」


「なんでもかんでも食べ物に結び付けるな! っていうかこっちくんな! 触ろうとするな!」


「スウシーア様のご許可は下りたのでちょっと触ってみようかと」



 やめろやめろと手で追いやるが、セツラは構わず頬っぺたを突っつこうと人差し指を伸ばして来る。

 ひとしきりそんなやり取りをしたあと。

 まだ講義が三つ終わった程度だというのに、ひどい疲労を感じてしまった。



「はぁ……まったく一体何がどう面白いんだよ……」


「えー、すっごく面白いですよー。いまも絶賛面白い最中です」


「だよねー」


「俺は微塵も面白くなんてないわ!」



 変な結託の仕方をしているスウとセツラに叫び返すと、話に入り込めなかったリーシャが同情の視線を向けてくる。



「話が兄様の思っているものと、全然違う方向に……」


「リーシャ、やっぱり俺の味方はリーシャだけだ……」



 心配そうな視線をしてくれるだけでありがたい。

 あのときの失態をイジらなかったのもリーシャだけだ。

 改めてリーシャはかけがえのない存在だな思っていると、スウがオーレルの方を向いた。



「まあでも基本的にこんな感じだよねー。緩い感じで勉強してるよ? 最近じゃクローディア様もよく顔を出すようになったし」


「なるほど。そうなのですね」


「そうそう。だから、ここはあなたの期待に副うものじゃないかな?」



 スウはオーレルにやんわりとそう言って、ことを収めに掛かる。

 そんな中、ふと隣にいたルシエルが、ぼーっとしていることに気付いた。

 まるで、死んだ魚のように目にハイライトがない。



「ルシエル? どうした?」


「……はっ!? 俺いまなにかとんでもない幻覚を見ていたような……」


「いやいや幻覚じゃなくてな」


「うーん。ここにいると俺の上級貴族のお姫様像がどんどんおかしくなっていくような」


「スウもシャーロットもクローディア様もみんなその場で態度変えてるだけだからな。このノリを他の場所に持ち込んだら危険だぞ」


「ああ、うん。気を付けるよ」



 アークスはルシエルとどこか疲労感をにじませながら、そんな話をする。

 ここに来る上級貴族のお姫さま方はみな息抜きに来ているうえ、特にスウは猫を三重にも四重にも被っているのだ。ここでのことを普通だと思うと痛い目を見る。とはいえ、力を抜いているときこそ普通なのだろうがとは思うのだが。



 そんな中、オーレルがルシエルを次の標的に変えた。



「それでルシエル・アルカン。君はケインのことをどう思う?」


「へ? 俺ですか? いやどう思うって言われましても……同じ魔法院の、同じ石秋会の出の人間としか」


「君はそれの程度の認識でいいのか? 君も南部の魔導師として一旗揚げるなら、これからケインと競い合う間柄になるのではないのか?」


「え? いや、ええと……」



 オーレルの高ぶった訴えに、ルシエルは半ば押され気味。

 そうでなくても発言するたびに物理的に近付いてくるのだから圧倒もされよう。


 ……なんというか、是が非でも敵対させようとしている感がすごい説得だが、これは単に味方を作りたいだけなのだろう。オーレルがやたらと不器用なせいで、おかしな方向になっているが。

 すると、ルシエルが困った様子で口を開く。



「えーっとまあ、ケインとはいずれ競争する間柄にはなるんでしょうとは思い、ますでしょうか……?」


「ならば俺と君は同志だ」


「ええ……?」



 手を差し伸べてくるオーレルに、ルシエルはさらに戸惑う。

 だが、そんなルシエルの戸惑いも余所に、オーレルは話をどんどん進めて行く。



「うむ、同志ルシエル。よい響きだ」


「ちょ、俺もうそっちの括りに入ってるんですか!?」


「同志アークスといるということは、君も同志だろう?」


「いやちょっと待ってください! すでに俺の方も同志決定なんですか!?」


「ふむ? 同志アークスはすでにケインと競い合っているはずだが?」


「それはそうかもしれないですけど……!」



 突然社会主義的な呼ばれ方をされるアークスとルシエル。一方でオーレルは仲間ができたようで随分と満足そうだ。

 ルシエルもオーレルがいる手前、いつもの「めんどくせぇ」という気疲れしたようなセリフも口にできない。


 ともあれと、突然被害者になってしまった友人に、頭を下げておく。



 ふと、オーレルがルシエルに訊ねる。



「同志ルシエル、君はどうしてここに?」


「まあ、なんていうか話の流れで入りびたることになりまして」


「ほう?」


「それにここだと講義ではやらないことも勉強できますから、ためになります。なにせ去年主席を取ったスウシーア様と今年の入学試験の主席のアークスがいますから」


「ふむ。勉強熱心なのだな」



 するとスウが口を開く。



「魔法院で勉強することは随分前に終わってるからね」


「でも初めて知ることとか結構あるぞ?」


「そう? でもそれって役に立つ?」


「そりゃあ役に立ちそうもないのはスウだからだろ。俺みたいな小細工積み重ねないといけない人間にはかなり有益だって」



 それは自身の正直な感想だ。実際参考になる部分や、普通レベルの魔導師の『魔法に対する認知』についても、わかってきた。



「でもほら。アークスにはこの前のアレがあるじゃない」


「おい、その話は」


「え? どうせアレもすぐに知れ渡ることになるでしょ?」


「なんでそう思う?」


「だってアークスだし。またなんかあったら使うの確定でしょ? むしろ何かあるから作ったんじゃない」



 すると、ルシエルがどんな話をしているか気になったようで。



「アークス。お菓子や『えあこん』以外にもなんか作ったのか?」


「ん? ああ! 今度のはすごいぞ! 詳しくは言えないけど、会心の出来だ!」



 そうやって力強く語り始めた直後、スウがその言葉に被せるように口を開く。

 ぼそり。



「『俺は天才だ! そうは思わんか……』」


「やめろ、もうやめてくれ……お願いだから声真似もしないで……」



 有頂天なテンションから突然ずーんと気持ちが沈む。

 それを見たスウは噴き出すのを堪えるかのように震えている。

 一方でリーシャが、自身のそんな様子を見て、優しく背中を撫でてくれた。



「兄様。私はわかっていますから。大丈夫ですよ」


「リーシャ、ありがとう……ありがとう……」



 妹が優しく慰めてくれる中、余計な口が挟まれる。



「ほらー、アークスさんやっぱりおたおたしてるじゃないですかー」


「うるせえ! 一部分を切り取って言うな! こんなのばっかりじゃない!」



 そんなやり取りをしている中、テーブルの一角を占有していた人物が口を開く。



「――-アークス・レイセフト、今度は一体何を作ったですか?」



 机の上に身を投げ出してのっぺりしているのは、魔法院の筆頭講師であるメルクリーア・ストリングだ。

 冷たい紅茶をちびちびと啜りながら、話かけてくる。



「えーっと、ここでその話をするのはちょっとですね」



 言いにくそうにして、暗に察してくれと態度に表す。

 ここにいるのは気心の知れた人間ばかりだが、それでも不用意に話すのはよろしくない。

 そもそもオーレルもいるのだ。



「まあいいです。ここで言いにくいならあとで工房に行くです」


「はい。ではそのときにでも」


「ちなみに、報告はきちんとしてるですか?」


「すでに伯父上とギルド長には伝えてあります。立会人にもなっていただきましたし」


「そうですか。なら私が言うことはなさそうです」



 メルクリーアはそう言うと、またテーブルの上でぐでーんとし始めた。



「……なんて言いますか、お疲れですね」


「当たり前です。この前の件のせいで、他の警備ばかりか魔法院の講師までも、王都の主要な場所の警備や巡回に就くことになったです。あっちに駆り出されこっちに駆り出され、もうくたくたです。お休み欲しいです……」



 メルクリーアは力なく言って、その小さな身体から暗く重いオーラをにじませる。

 以前に魔導師ギルドに現れた不審者が現れた件で、現在は警備が強化。魔導師ギルドを狙ったのが陽動ということも考慮し、別の主要施設にも警備が増員されたという。貴族たちだけでなく、魔法院の講師にまで及び、それによって講義にも空白が生まれ自習が増えた。



 メルクリーアもその煽りを受けたというわけだ。



 ふと、ルシエルが口を開く。



「でも、来週には演習があるんですよね?」


「聞こえないです聞こえないです」


「演習? なんだそれ?」


「あれ? アークス、知らないの? 演習のこと」


「スウも知ってるのか。リーシャは?」


「はい。私も知っていますよ?」


「セツラも?」


「もちろんです」



 どうやら知らないのは自分だけらしい。



「アークスは最近休みがちだったからな。講義の前に講師たちが言ってたぞ。来週、魔法院で講師や上級生が魔法の演習をやるから、急用のない者は必ず見学に来ることって」


「へぇ……そんなイベントがあるのか」



 これも勉強の一環だろう。講師陣が魔法を見せてくれるというのはいい勉強になりそうだ。



「でも魔法院の全体のイベントということは」


「そうです。私が責任者なのです……うぅ」


「それは……心中お察しします」


「今日クローディア様が来てないのもそれの準備のためだよ」


「なるほどな」



 特に生徒会みたいなことをしているクローディアには、かなりの業務が回ってくることだろう。あとで手伝ってもいいかもしれない。

 それはともかく。



「でも、どうしてメルクリーア様がここに?」



 すると、メルクリーアはすくっと立ち上がる。



「そんなの決まってるです。ここなら他の講師に見つからないからです」


「要はサボりですか。国定魔導師様がそんなことして大丈夫なんですか?」


「最近ちょっと働きすぎだからいいのです。それに、この程度のサボり昔の禁鎖よりはマシです」


「カズィやっぱりサボってたんですか」


「まあ実際は必要のない講義を抜けていただけなので、そこまで不真面目というわけでもなかったですが」


「当時の先輩としてはよく目に付いた、と」


「そうです。そしてこの部屋は、歴代のサボり魔たちが使っていた部屋なのです」


「えぇ……」


「カズィ・グアリだけではないですよ? カシームやノアも使っていました。当然二人はスウシーア様のように勉強部屋として使用する名目ですが」



 まあその辺もなんとなくはわかる。

 カシームはカズィやリサたちと一緒に入り浸る流れで、そのまま卒業まで使っていたのだろう。ノアはあれだけの実力だ。早々に個人で勉強する方向に切り替えたのかもしれない。



「ではメルクリーア様も使っていたということですね?」


「それは言ってないです。邪推するなです」



 踏み込んだことを言うと、ちみっこ魔導師にぺしんと頭を叩かれる。



「あと前に言った職員の控え室に『えあこん』を導入する件、急いでくださいです」


「あの、メルクリーア様? 無茶言わないでくださいよ……」


「うぐぐ、この期に及んで断ると言うですか」


「ですからいまは、この前の不審者の件もあって工房もてんやわんやでして」


「お金はあるです!」


「人が足りません!」


「雇えばいいです!」


「機密が漏れます!」


「ではどうすればいいですか!」


「そんなの俺が聞きたいですよ!?」


「溶鉄の魔導師様のところにはすぐに届いたと聞いたです!」


「伯父上には死ぬほどお世話になってるのでそこは優先しないとですね! っていうかメルクリーア様のご自宅にも二台ほど届けたじゃないですか!」


「業務中も使いたいです!」


「ではご自宅に送ったものを持って来ればいいのでは?」


「そしたら家で使えないです! どっちにも欲しいのです!」


「ちょ、それはいくらなんでも理不尽じゃないですか!?」



 食い下がり、最後には駄々っ子のように手足を床に投げ出して、ぶーぶー文句を言い始める。エアコン設置問題、先ほど話した警備のことや、講師の質に関する文句まで。相当ストレスが溜まっているらしい。



「なあスウ、ちょっと助けてくれよ」


「え? 私?」


「あ、アークス・レイセフト!? ここでスウシーア様を巻き込むのは卑怯です!」



 さすがの国定魔導師も、スウほどの上級貴族を向こうに回したくはないのだろう。

 三角帽子の位置を直して焦った様子で訴えかけてくる。

 一方でスウは一度思案するような素振りを見せたあと。



「そうだね。取り急ぎなら、上級貴族を減らすとかかな?」


「いやどうやって? っていうかお前がそれ言うと怖いからヤメテくれ」


「怖いって何考えてるの。さすがに斬首は私にもできないよ」


「いやいやいやいやどうしてそこですぐ斬首に繋がるんだよ! 怖ぇよ! 恐怖政治か!」


「スウシーア様。ダメです! 陛下のようになってはいけませんです!」



 メルクリーアがそう言うと、ふいにスウの口元に不穏な笑みがまとわりつく。

 しかし、その薄ら笑いはすぐに消え、いかにもお上品そうな笑みへと変わった。

 部屋にいた全員が金縛りにでもあったかのように硬直する。



 やがて、その口から飛び出してきたのは、



「あら? メルクリーア様。栄えある国定魔導師が恐れ多くも陛下へのご批判をなさるのは、褒められたことではないのではありませんか?」


「ち、ちがっ! あわわわわ! ごめんなさいですごめんなさいですー!」


「お願いだから冗談でもここでその手の貴族っぽいギスギスはやめてくれって……」



 最も位の高い貴族家のご令嬢恐るべし。というかほんとパワーバランスがどうなってるのか毎度毎度不思議である。

 これまで出会った偉い人物は、みなスウに平身低頭だった。

 アルグシア家とはそれほど力を持った家なのか。それにしても行き過ぎなのではないか。



 そんなことを考える中、ふいに視線が向けられていることに気付いた。



「アークス~?」


「な、なんだよ?」


「またあの面白い遊びでもする?」


「わかった! 余計ないこと考えないからやめてくれ! ほんとやめてください!」



 スウの脅しに対し、一度逃げるように立ち上がる。

 そして、部屋の隅に置いてある温蔵庫から、角煮まんを取り出す。

 室内にふわりと(じゃん)の香ばしい香りが匂い立った。



「メルクリーア様。これでも食べて元気出してください」


「これはなんですか?」


「角煮まんです。佰連邦(バイリャンバン)でよく供されるらしい食べ物です」


「らしいとはなんですか?」


「俺、そっちのは見たことありませんから」



 そう言ってメルクリーアに差し出すと、彼女は角煮まんをまじまじと見つめながら。



「ダックサンドによく似てるです。ですが、どうしてここに?」


「上級貴族のお嬢様がどうしても食べたいって言うので作りました」


「だってアークスったら祝賀会から一向に作ってくれないんだもん。催促もするよ」


「プリンは作ってるだろ」


「プリンはべーつー!」



 そんな話をする最中、角煮まんに反応したのはセツラだった。

 わんこさながらに口元に涎をにじませながら、物欲しそうに近寄ってくる



「アークスさんアークスさん! すごくおいしそうですねそれ!」


「味は間違いない。でも包子(パオズ)の数には限りがあるから、割り当てがなくなったら普通のパンになるぞ」


「私はお肉だけでも一向にかまいません!」


「わかったわかった。順番があるからちょっと待ってろ」



 食いしん坊をどうどうと宥めすかしながら、手際よく準備に取り掛かる。

 そんな中、メルクリーアが別のものに反応する。



「私は最初に話していた『ぷりん』というものが気になるです。私の分はないのですか?」


「あれは予約制です」


「準備がなってないです。成績に響くですよ?」


「いやちょっとそれいくらなんでも職権乱用ですって!」


「それが筆頭講師の権限というものですよ――はむ」



 そんな冗談を挟みつつ。

 流れのまま、スウに角煮まんを出すと、一方でメルクリーアがその小さな口でかぶりついた。もぐもぐと角煮と葉野菜、包子(パオズ)を一緒に咀嚼する中、その表情が徐々にとろけていく。



「どうです?」


「おいしいです! とろとろです!」



 メルクリーアはニコニコだ。先ほどの鬱屈した表情はどこへ行ったかというほど、機嫌の良さそうな表情をしている。これが忙しくて大変な彼女の助けになれば幸いだ。エアコンの話はどうあっても無理な話だが。



「ダックサンドの屋台の一部もこれにして欲しいです」


「そのためには養豚場を作らないと難しいでしょうね」


「豚ですか……それは難しい話です」



 以前にもノアとそんな話をしたが、やはり難しいのか。



「そこだよね。魔導師系の上級貴族は豚の飼育を軒並み嫌うから、反対されて終わりだよ」


「そんなに呪詛(スソ)が溜まるもんかね?」


「豚の飼育には汚れは付き物でしょ?」


「他の家畜だって似たようなもんだろ?」


「それを言っても頭のお堅いお年寄りは聞いてくれないんだよね。表面上ははいはいって言っていい顔するけど、何かにつけてのらりくらりだもん」



 スウはそう言ってため息を吐く。そのあとに「やはり斬首か……」と物騒なボヤキをしたことは、その場の一同視線を合わせて聞かないことにした。



「うん! おいしい! やっぱりこれだよね!」


「お気に召したならいいけどさ。っていうか勉強する前にお菓子とか軽食とか作らされるのどうなんだよ?」


「だってお腹減ったら勉強できないでしょ?」


「腹が減ったら食堂で食べればいいんじゃないか?」


「だってアークスの方が美味しいもの出してくれるし。最近は何か新しい料理は作らないの?」


「無茶言うな。俺は料理人じゃないんだ。そんな簡単にポンポン出てこないよ」



 角煮まんをもぐもぐしながら無茶振りをしてくるスウにそう言いながら、他の分の準備もする。



「オーレル様」


「同志アークス、気遣いすまないな」


「ほら、リーシャ」


「兄様、ありがとうございます」


「ほい、ルシエル」


「俺の分もいいのか。ありがとう」


「セツラの分も」


「ありがとうございますありがとうございます! 精霊様妖精様アークス様!」


「お前はこんなときだけ調子のいいのな……」



 みな口に合ったのか、角煮まんをうまいうまいと言っている。



 そんな風にたまり場の住人や客人たちに御馳走していた折。

 ふいに廊下を急ぐような乱暴な足音が近づいてくる。

 やがてそれはたまり場のドアの前で止まり、ノックもなくドアが開かれた。

 しかして現れたのは、クローディア・サイファイスだった。



「アークス・レイセフトはいますか!?」


「クローディア様。いかがなさいましたか?」


「いかがもなにもありません!」



 クローディアはいつになく態度に余裕がない。何か急いでいるらしい。


 そんな最中、某国定魔導師様がすかさずテーブルの下に引っ込んだのは、さすがの反射神経というべきか。アイスティーのカップも角煮まんのお皿も丸ごと消えているところを見ると、やはり出て行くつもりはないのだろう。



 ふいにスウが何かに気付いたように手を叩く。



「あ! もしかして角煮まんの匂いに釣られたとか?」


「なんの話ですか! そんなことより一大事です! 手を貸しなさい!」


「一大事、ですか?」


「そうです! このままでは演習が中止になってしまいます!」



 やにわに彼女の口から飛び出してきたのは、そんな台詞だった。



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