185話 新たなゲームの始まり
俺とユウキは対峙し、互いの出方を窺う。
そんな緊張した空気の中で、
「そうだ、疑問なんですけど……どうやってこの場所を突き止めたのですか?」
ユウキが聞いて来た。
ふてぶてしいと言うのか、肝が据わっているというべきなのか。
敵対関係を明確にしてからそれを聞くか?
「教える訳ねーだろ!」
「あ、やっぱり?
駄目元で聞いてみたんですが、流石にリムルさんもそこまで御人好しじゃ無かったか」
残念そうに肩を竦めるユウキ。
だが、本心では残念には思ってはいないのだろう。
言葉の遣り取りをしつつ、俺の隙を伺っているだけなのだ。
実際、ディアブロの言う通り、モスの諜報活動は完璧だった。
ある程度の大きさの見せ掛けの分身体と、極小サイズの分身体と、同時に貼り付けていたのだ。
大きな方はバレても良い。
というか、バレる事で敵を安心させて、極小サイズの分身が通信を行っても不自然ではなくなるようにと考えられていたのである。
バレた方が消える間際に魔素をばら撒き、カモフラージュするのだ。
本当に、諜報活動を任せるのに相応しい能力だったのである。
さて、もう一度現状を整理する。
ヴェルドラ奪還前の状況における戦術的勝利条件。
1.ヴェルドラの奪還。
2.脅威の除去。
3.帝国兵の皆殺し。
これについては、ほぼ完了している。
目標達成と言っても良いだろう。残るは実質、皇帝を始末するだけなのだから。
なので、現状における勝利条件を見直すと、
1.クロエの奪還。
2.皇帝の始末。
3.ユウキを始末。
となるだろうか。
一番重要なのはクロエの奪還であり、最優先としたい。
しかし、三つの命令がある以上、ただ取り返すという訳にもいかないだろう。
最悪の可能性を想定をするならば、俺がクロエを喰って、魂の解析による呪いの解除を試してみるという手もあるだろうが……
智慧之王による魂の解析が進んでいるとはいえ、失敗する危険も大きい作業となる。
なるべくなら、術者=ユウキを始末して、無難に呪いの解除を行うようにするべきであった。
ともかく、ユウキがクロエを動かす前に、何とか決着をつけたいものである。
リムルが対ユウキについて思案しているのと同様に、ユウキも想定外の事態に溜息をつく。
追跡に気付いた時点で、こうなる事を予想していなかった訳ではないのだが、予想した中での最悪の状況となった事に溜息を禁じえなかったのだ。
(やれやれ、本当にどこまでも邪魔してくれるよ……)
ともかく、この状況をどうにかする必要があった。
この時点でユウキに取れる策は限られている。ヴェガが一瞬にして退場になったのも痛かった。
まあ、ヴェガに関しては問題は無いのだが……。
ユウキに取って、現状でクロエに命じるのは悪手であった。
現在、ユウキと同等以上の強さを持つと考えられるのは、ギィ・クリムゾンとミリム・ナーヴァ、そして目の前のリムルである。
一度、魔王レオン・クロムウェルに敗北はしているものの、彼の能力は把握している。ユウキにとっては、次は何とか勝算のある相手になっていた。
だが、成長速度が異常なリムルに関しては、予測出来ないというのが正直な所だったのである。
リムルをクロエに始末させた場合、その瞬間にクロエは解き放たれる。
なので、リムルとクロエが相打つ必要があるのだ。計画としては、両者の決着が付く前に介入し、能力を奪うのが理想である。
だが、能力を奪うことに失敗した場合、リムルが殺された事に怒り狂うミリムを相手にする事になるだろう。
クロエが敵対しない事は救いだが、どう考えても分が悪かった。
せめて命令が2個残っていたならば、この場でリムルを始末させて逃げる事も可能だったのだが……
幸いなのは、ユウキがクロエに対し残り1回しか命令出来ない事を、リムル達が知らない事であろう。
クロエを隠れたままにさせたのは、良い判断だったと思うユウキ。
リムルはユウキがクロエへの命令を行う可能性を考えて、迂闊には行動出来ないでいる。
それを利用し、何とかこの場を遣り過すのだ。
そして最悪の場合、奥の手を使う事も必要になるかも知れない、そう考える。
(なるべくなら使いたく無かったんだけど、ね)
そう思うものの、現状の危機を脱するには、他に手立ては無さそうだった。
リムルの配下の悪魔達。
ユウキは、その高位悪魔の実力を、正しく把握出来ていた。
この場に出現したのは、3柱。
それぞれ、デーモンロードすら霞んで見える、危険な領域の者達だ。
(有り得ないね。化け物過ぎるだろ)
というのが正直な感想。
恐らく、一対一なら勝利出来るだろうけど、3柱同時に向かって来られたら敗北は必至。
悪魔は自分よりも弱い者には服従しない。召喚による支配時間も、高位であればある程に短くなるのだ。
3柱同時に召喚により従えているとは思えない。ならば考えられるのは、リムルはあの3柱よりも格上となっているという事。
躊躇っている場合では無く、奥の手を使用するしかこの場を乗り切るのは困難そうだった。
(せめて、リムルさんが来る前に皇帝に天使之軍勢を行使させていれば……)
そう考えた時、事態が動いた。
ユウキにとって、都合の良い事が起きたのだ。
テスタロッサは周囲を睥睨し、危険が潜んでいないかを監視していた。
何も問題ないと判断する。
実際、周囲には人気のない帝都の郊外である。
並べられた死体と、苦しんでいるようだが目覚める様子のない十万近い兵士達以外に人は居ない。
それらの気配を監視しつつ、油断せずにリムルへと気を配るテスタロッサ。
ユウキがリムルに対し何か行動を起こしても、即座に対応出来るように。
カレラはヴェガを始末すると、ウルティマへと向き直る。
皇帝の解放は自分達に託された願いであり、契約。必ず成し遂げる必要があった。
手を下すのはウルティマの役目。
リムルがそう定め命じた以上、カレラに不満は無い。なので、自分は近藤との戦いを汚したヴェガを始末する事を優先したのである。
それも片付いた以上、さっさと皇帝と黒幕を始末してしまうべきだと考えていた。
黒幕であるユウキを一瞥したが、そこまでの"脅威"だとは思えない。だが、漠然としない予感めいた"不安"を感じさせる人物である。
"脅威"と思えぬのに、"不安"を感じさせる。
この時点で、カレラはユウキは危険だと判断していたのだ。
ひょっとすると、今の自分達ですら欺く程の実力者である可能性に思い至っていたのである。
(考え過ぎだと思いたいな。いや、そう思わせる事こそが、ヤツの狙いなのかも知れない)
初めて目にする神楽坂優樹という少年。
だが、その見た目にそぐわぬ老獪な雰囲気が、カレラの本能に嘗て無い警報を鳴らしていたのだ。
それはもしかすると、近藤中尉から受け継いだ油断の無さ、警戒心と観察眼によるものであったのかも知れない。
現時点で、ユウキに対し最も強い警戒心を抱いていたのは、間違いなくカレラであった。
そして、ウルティマは。
皇帝ルドラに対峙していた。
真っ白になった髪。青白い肌。病的な弱弱しさを感じさせるが、強い意志を秘めた瞳の輝き。
まだ少年とも呼べる、若き皇帝に。
先程からブツブツと、
「何だ、貴様等は? 今、何と言った?
近藤やダムラダが死んだ、だと?
ヴェルグリンドは一体何をしておるのだ……
ダムラダが? 近藤までもが!?
……馬鹿な……有り得ぬ。それでは、余は一体何の為に……」
うわ言のように繰り返すルドラ。
強き意思を感じさせる瞳の輝きは明滅するように揺らぎ、その心を映し出す鏡のようでもあった。
ウルティマには関係の無い話ではあったが、落ち着いたのを見計らって、
「ダムラダって人が、貴方を殺してくれ、だって。
ボクが引き受けてあげたら、安心して死んだみたいだよ。
近藤って人も似たような感じだったって。
あそこのカレラっていうボクの同僚と戦って、散ったんだ。
二人とも、貴方の下に逝ったから、また一緒になれるんじゃない?」
気軽に声を掛けた。
ウルティマなりの最後の思いやり、のようなものである。
だが、その言葉の効果は劇的だった。
「そう、か。二人は誇り高く、散ったか。
であれば、余も、無様に散る事は許されぬな。
この世の支配者の一人として、最後まで諦める訳にはゆかぬ。
我が威にて、正義之王を従えてみせようぞ!」
往年の覇気を纏い、高貴なる意志を持って、皇帝ルドラは叫んだ。
長き時を生き、世界を賭けた勝負を行う、支配者の一人として。
今までのように制限を設けるのではなく、全ての意思を込めて正義之王を行使する。
暴走による被害で文明が消え去ろうとも、自分に殉じた部下の想いに応える為に。
自分が暴走した時に備えた、最後の命令。
それを、自分に忠実な部下達が実行したのだと知る。
ならば、最後まで自分は皇帝として君臨するべきであろう、そう考えたのだ。
……しかしそれは、ユウキによる思考操作の影響を受けているという事に、皇帝は気付かない。
心が弱まり、精神に破綻が生じていたが故に、究極能力による抵抗力が落ちていたのに気付いていなかった。
また、"王宮城壁"の絶対防御に頼り切っていたのも原因である。
何をせずとも守られていたが故に、意思の力で抵抗するという経験が無かったのだ。
ルドラに忠誠を誓う者がいる限り、全ての悪意から身を守る絶対防御。
しかし、その効果は忠誠心を持つ者がいなければ、まるで発揮され無いのである。
ほんの僅かな影響を与えたのみではあったのだが……
ユウキの仕込んだ思考操作の"蟲"は、皇帝の抵抗を受ける事なくルドラの精神を侵食し、その目的を達成する事に成功した。
すなわち、天使之軍勢の発動である。
ヤバイ!
危険を察知し、ウルティマは行動に移った。
「させないよ! "紅蛇死毒手"!!」
だが、僅かに遅かったのだ。
「余の意思に従え! 天使之軍勢発動!!」
ルドラの最後の魂の力を吸い尽くし、天使之軍勢が発動した。
その神聖なる力に阻まれて尚、ウルティマの"紅蛇死毒手"は勢いを弱めつつも皇帝ルドラの心臓を貫くべく迫った。
しかし、皇帝ルドラを鍵として、天界の門が開いたのだ。
ウルティマの"紅蛇死毒手"は直前で効果を打ち消され、ルドラに一歩届かなかった。
帝都上空に、神聖なる気配が満ち溢れる。
そして、魔に対する究極の軍勢として、天使の軍団が顕現を開始したのだ。
状況は動いた。
先ず最初に動いたのは、ユウキである。
思わぬ所で皇帝が望む通りの行動を取ってくれたのだ。
駄目元で放った"蟲"が効果を発揮するとは、嬉しい誤算である。
ユウキの見立てでは、、"蟲"が効果を発揮したというよりも、壊れた皇帝が正義之王に抵抗出来ず使用した可能性の方が高いと考えている。
ユウキの意思と正義之王の目的が一致した事こそが、この状況を生み出したと言えそうだ。
ともかく、ユウキは動く。
ユウキの目的。
それは、究極能力『正義之王』を皇帝ルドラから奪う事であった。
本来、強い意志を持つから究極能力を創り出す事が可能となる。だが、ルドラのそれは借り物であった。
その事を知るユウキは、皇帝から能力を奪えると確信していたのだ。
ただし、当然ながら条件があった。魂の力が弱まっていないと不可能なのである。
つまり、天使之軍勢を発動させて、最大に弱まった皇帝からならば、能力の簒奪が可能だったのだ。
「あはは! 悪いね、リムルさん。僕の勝ちだ!」
ユウキは、究極能力『強欲之王』を発動させ、皇帝に迫った。
「奪能掌!!」
起死回生の一打。
ここで能力を奪い、天使の軍団を支配下に置く。
この状況を突破し得る、唯一の作戦であったのだが……
「甘い、な」
リムルの呟きが聞こえた。
は? ユウキが疑問に思うより早く、その頬に衝撃が走る。
「クフフフフ。その行動は予想の範疇です」
完全に気配を消し、隠れていたディアブロにより、ユウキは不意打ちを受けて吹き飛ばされていた。
それだけで意識を刈り取られそうな、多重の防御結界を打ち消される、一撃。
しかし、その攻撃すらも、手加減した形跡がある。
何しろ、武器を使用しない素手による一撃だったのだから。
「――クッ! まさか、もう一柱いたのか……!」
事此処に至っては、最早、出し惜しみする余裕は消えていた。
ユウキは表情を消し、笑い出す。
「く、くくく、あははははははは! まさか、ね。
まさか、本当に……、一番危険なのが、貴方だったなんて、ね。
流石ですよ、リムルさん。
出来るなら、僕自身の力で世界を滅ぼしたかった。
でも、残念ながら……
僕では、貴方には勝てそうもない。それどころか、そこの悪魔にさえ――
――貴方は出鱈目過ぎますよ。やはり、出会った時に感じた悪寒は本物でしたね。
あの時、本気で始末していれば良かった。
どこかで狂ってしまったのかな? まあ、今更いいですけどね。
いや、案外、僕を止める事が出来るならば、それはそれで世界の意思。
後は、――が判断してくれる、か。
サヨウナラ、リムルさん。
案外、アナタの事、好きでしたよ。
――本当は、友達になりたいと思う程には、ね……」
そして、そんな意味の判らない事を言い出した。
殴られて可笑しくなったのか? と、そう思った瞬間、
「避けろ、ディアブロ!」
強烈な悪寒がして、俺は叫ぶ。
直後、俺がギリギリ反応出来るかどうかという速度で、ユウキが動いた。
辛うじて、ディアブロもユウキの繰り出す双蛇短刀の伸縮自在攻撃を回避して――避けきれずに、その表情から笑いを消した。
ディアブロの脇腹を、薄く斬撃の跡が走る。
「この私に傷を負わせるとは……。侮れませんね」
「逆に褒めてやろう。ボクの攻撃を躱した事を。しかし――」
しかし――
そう。ユウキの目的は、攻撃ではなかった。
皇帝の前に立ち塞がるディアブロを避けさせる事で、道を開けたのだ。
カレラが即座に銃を撃ったが、伸縮自在の双蛇短刀が鞭のようにユウキの周囲を旋回し、全ての銃弾を弾き飛ばす。
能力効果を付与した銃弾を、だ。
テスタロッサの魔法攻撃を無力化させつつ、襲い掛かるウルティマを往なす。
ダムラダを上回る体術により、ウルティマの軸を崩し掌底打を叩き込んで見せた。
何時の間にか練り上げていた気を叩き込まれて、ウルティマの動きが一瞬だが封じられる。
その一瞬で十分だった。
神速で動き、それに反応した悪魔達をあっさりとあしらって――
ユウキは、皇帝に辿り着く。
「来い、正義之王!」
ユウキの手が、皇帝ルドラに接触した。
その瞬間、周囲は眩い光に包まれる。
本来、究極能力を持つ者から、その能力を奪う事など不可能だ。
自ら生み出した能力は、魂の奥深く、心核に刻まれているのだから。
肉体に刻まれた通常能力や、魂の表層部分に刻まれたユニークスキルとは一線を画す、正しく究極能力なのだからである。
だが、ルドラの持つ『正義之王』は、心核に刻まれたものでは無かった。魂に埋め込まれただけであり、強い意志と力により制御されていた代物だったのだ。
故に、"天使之軍勢"の発動により魂の力が枯渇した状態の今ならば、ユウキの持つ究極能力『強欲之王』の奪能掌により、簒奪が可能だったのである。
「!!」
皇帝の、声無き声が発せられた。
魂に埋め込まれた能力を、抉り出すように奪われたのだ。
その痛みは想像を絶し、既に壊れていたであろう皇帝の精神に更なる深刻なダメージを与える事になる。
そしてユウキは、
「これで自分の魂の力を使わずに、天使の軍勢を呼び出し掌握出来た。
色々と予想外の出来事はあったが、概ね、計画通り」
と、無表情に呟いた。
そして、最初からそうする予定であったのだと言わんばかりに、天使達へと命令を下す。
憑依せよ! と。
まるで最初から熟知していたかの如く、ユウキは『正義之王』を使いこなして見せる。
帝都上空に顕現し大空を埋め尽くす勢いで舞っていた天使達は、ユウキの命令に応えるべく、速やかに自分の肉体を構築する為に受肉を開始した。
しかし、用意されていた死体や、10万の混成軍だけでは100万の軍勢の受肉には数が足りない。
それを補ったのは、そう――無垢なる善良な人々、帝都に住まう臣民達だったのだ。
帝都に待機させて、情報を送らせていたモスからの報告に、激昂する。
「手前、ユウキ! 天使達を止めろ! 関係ない民間人まで巻き込むんじゃねえ!」
俺の叫びに、ユウキは無表情に此方を一瞥しただけ。
まるで、何を言われているのか理解出来ないという様子。というか、表情豊かに他人をからかうのが好きだったユウキらしからぬ反応である。
今のコイツは、まるで目的を遂行する事しか考えていない……言うなれば、智慧之王や"世界の言葉"のような感情を持たない意思とでも言うかのような感じ……
――サヨウナラ、リムルさん――
先ほどの、ユウキの言葉が思い出された。
――そうか、ユウキは表層人格だったのか……。
俺に智慧之王が居たように、ユウキにも何らかの意思が"居た"のだろう。
ただし、智慧之王とは違って人の感情を理解しようとしない、冷たい意思が。
今思えば、ユウキの行動には矛盾が多い。
本気で世界の破滅を願いながらも、どこかで躊躇し、失敗していた。
最後の最後で躊躇うせいで、ユウキの計画は悉く失敗していたように思う。
それはつまり、本人の自覚していない"迷い"のせいだったのだろう。能天気そうに演じつつ、本当は悩みに悩んでいたのかも知れない。
そして、最後の言葉は本心だったのだ。
(馬鹿やろう……だったら、相談してくれよ……)
最後に迷い、選択したのだ。
計画を破棄し世界を滅ぼす事を諦めるか、強行して最後の引き金を引くのか……。
そしてユウキは、引き金を引いた。
ユウキの中の、悪徳の意志を解放したのだ。
迷いのない悪意は、世界を躊躇う事なく破滅へと導くだろう。決して野放しにする事は出来ない。
もはや別人と化したユウキは、世界にとっての"脅威"となったのだ。
ユウキは無表情にリムルを一瞥し、直ぐに視線を地上で受肉する天使達に向ける。
そして、命じた。
「熾天使を喰らい復活しろ。 カガリ、そして、ヴェガ」
安置されていたカガリの死体と、頭を砕かれたヴェガの肉体は、ユウキの命に従い蘇生を開始する。
ヴェガの魂を束縛していたカレラの"怨嗟恐呪縛獄"は、ユウキの放った"消滅念波"により解除される。
本来ならば魂ごと消滅するのだが、ヴェガの魂は特別性であり、代用が利く事をユウキは熟知していた。
何しろ、ヴェガを生み出したのは自分達なのだから。
ヴェガは特殊な戦闘生命体であり、ユウキが、出会ったリムルの能力から発想を得て生み出したのだ。
能力の格では、『捕食』よりも『簒奪』が上である。
『簒奪』ならば、同性能の能力を獲得する。しかし、『捕食』では劣化した能力しか得る事は出来ない。
だが、『捕食』にも利点があるのだ。
それは、能力の融合、であった。獲得した能力を最適化する事が可能なのだ。
であれば、大量に能力を奪い最適化を行っていけば、何れは究極能力へと到達する可能性がある。
そう期待して、生み出したのがヴェガである。
故にその魂も代用が利くし、肉体の再生能力は常軌を逸していた。
だからこそ、カレラの呪縛から逃れる事が出来たのだ。
カガリは言うまでも無い。
魂となっても耐えれる元魔王カザリームであるカガリは、計画の成功を信じてずっと待っていたのだから。
ユウキの本質を知る者として、カガリはユウキの敗北を一切疑ってはいなかったのである。
カガリが復活を果たすと同時に、ヴェガもまた復活を遂げた。
熾天使を喰った、覚醒魔王にも匹敵する、恐るべき聖魔人として。
カガリ達が復活するのを横目に、ユウキは俺に向き直り、口を開いた。
「ねえ、ゲームをしましょう。
ボクを止める事が出来たら、貴方の勝ち。
出来なかったら、貴方の負け。
勝利者が得るものは、この世界。
開始は一ヶ月後。
返答は必要ありません。
ゲーム開始へのカウントダウンは、既に始まっていますので。
これは、創造主の最後の意志です」
そう、一方的に宣言する。
ユウキは続けて、隠れたままのクロエを呼び寄せた。
そして、一言命じる。
「隙を見て、ギィを相手しろ。
始末出来なくても、それはそれで構わない。
ただし、ゲームの邪魔はさせるな!」
クロエは俯き加減に出てきて、俺に何か言いたそうにしていたが、ユウキの命令に頷き去って行った。
俺もクロエに声をかけたかったのだが、何かを言い出せる状況に無い。
ユウキが俺にクロエをけし掛けるかと思い、緊張していたのも理由の一つだけど。
ともかく、今ここでクロエと戦う事にならなかったのは僥倖である。
そうなっていた場合、俺がクロエと戦う以上、ユウキにカガリとヴェガ、そして天使軍団を、悪魔王達だけで処理するのは厳しいだろうし。
残りの悪魔公を呼び寄せる事は出来るけど、天使の軍団は厄介だった。
これは悪徳の意志の言う通り、俺とゲームに持ち込む為のユウキの意志だったのだ。
ユウキらしく、悪徳の意志を解放する際に、最後に命じていたのだろう。
それは俺に対する時間稼ぎなのか、俺を救う為の時間稼ぎだったのか。
本当に世界を滅ぼすか迷ったが故に、最後にゲームによって決める事にしたのだと思う。
ユウキらしく無責任な、出鱈目ぶりであった。
どちらにせよ、戦いの時は今では無いという事か。
今攻撃を加えたとしても、"王宮城壁"の絶対防御を獲得したユウキへは攻撃が通らないだろうから。
不利な状況に陥ったのは此方であったのだから、助かったと考える事も出来るのだ。
ユウキはこの場で出来る事は終わったとばかりに、カガリ達と天使達を率き連れて何処かへと転移してしまった。
恐らくだが、正義之王の能力で天界へと戻ったのだろう。
天使を受肉させ、天界に戻れるのかと疑問に思ったが、出来たのだから問題ないのか。
ともかく、一ヶ月後のゲームの開始までは時間が出来た事になる。
ユウキも悪徳の意志による能力の再編成と、天使を部下達に受肉させる時間が欲しかったのだろう。
だが俺にとっても、智慧之王による自分の能力の再編と、部下達の覚醒を待つ時間が出来た。
この時間は有効に使わなければならない。
ルミナスやレオン、そしてギィにも連絡し、事に当たるべきである。
魔王達の宴を発動するのが良いだろうな、俺はそう思いつつ今後について思いを馳せるのであった。
今回の件は、最後の詰めが甘かったのは間違いない。
判断を間違ったとは思いたくないが、或いはそれは"慢心"による失敗だったのかも知れない。
自分の得た新たな力を把握して、予想されるべき最悪の事態を考慮して尚、まだ予想が甘かったのが原因なのかも知れない。
"魂の保護"があるが、念の為に究極能力を所有する者のみで黒幕を始末するつもりであった。
それは、黒幕がユウキであると考え、部下を奪われるのを怖れたのが理由である。
しかし、ユウキを警戒するのは間違ってはいなかった。
油断は無かったのだ。
ただ、皇帝は壊れていて、天使之軍勢を使用する可能性は低いと考えていた。
いや――使われても問題ない、そう考えていたのだ。
下手に絶大な力を得たせいで、脅威に感じなかったのである。
ヴェルグリンドの話からの予測で、天使の軍勢は問題では無い、そう判断してしまっていたから……。
それが、最大の失敗。
ユウキに対する警戒を強める余り、皇帝ルドラを軽視したが故の、事態の悪化であったのだ。
だがそれでも……全ての状況が予定通りであれば対処可能であった。
だが残念ながら、ただ一点、俺の予想を超える事実があったのだ。
ユウキが実力を隠しきっていた事。
もう一人のユウキとも呼べる裏の人格は、俺の想像を超える実力を有していた。
故に、状況は最悪の事態へと至る。
最善を尽くそうとした結果、そうなった。
それだけの話であったのだ。
皇帝ルドラは崩御した。
帝都の臣民300万の内、凡そ三分の一が天使により帰らぬ人となるという未曾有の"大災害"の中で。
見取ったのは、ヴェルグリンドだ。
俺の能力により顕現し、ルドラを浄化の炎で荼毘に伏した。
長き時を生きた英雄の最後にしては寂しいものであったが、せめて盟友とも呼べるヴェルグリンドに見取って貰えたのは幸運であったのだろう。
俺が、彼の人生を語るのは烏滸がましい。
なので、それ以上言う事は何もなかった。
ただ一つ、"契約"が果たされたというのだけは、確かな事であろう。
その後、俺は帝都の掌握を宣言し、臣民達への自粛を促した。
暴徒は排除すると明言し、治安維持を優先させる。
同時に魔物の国へと連絡し、クリシュナに一軍を率いて帝都に向わせた。
全速力で戻って来るだろうから、5日もあれば帝都に戻るだろう。
後の事はクリシュナに任せるつもりであった。
魔物の国による反撃にて、帝国を倒す予定であったが、思わぬ流れであっさりと俺が支配する事になったのは予想外だ。
しかし、この状況では仕方がないと言える。
帝国上層部が全滅し、貴族院が残るのみ。
放置する事は内乱を誘発し、治安の悪化を招くだろうから。
せめて、民の幸せを守りたいというルドラの願いは、俺が引き継いでやりたいと思ったのだ。
魔王としてではなく、一人の"元"人間として。
クリシュナの到着と同時に、俺は魔物の国へと戻った。
既に各所に連絡は行っている。
それぞれに準備は始めているだろう。
最後の戦いに向けて。
――そして、一ヶ月後。
世界規模の大戦が勃発する事になるのだ。
途中で切れ無かったので、少し長くなりました。
これにて、"竜魔激突編"は終了です。
次回は、一週間か遅くても二週間後には再開予定です。
暫くお待ち下さるよう、お願いします。