183話 契約の成立
俺とヴェルグリンドは向かいあい、雌雄を決するべく同時に攻撃を仕掛ける。
互いの攻撃が直撃し、俺は吹き飛ばされ、ヴェルグリンドはその身の一部を切り裂かれる。
戦況は膠着状態に陥っていた。
だが、この戦いは既に結果が見えている。
一見、激しい戦闘が繰り広げられているように見えるだろうけど、俺には結構余裕が出来ていたのだ。
派手に吹き飛びはするのだが、それは衝撃を受け流す為であり、ダメージは受けていない。
ヴェルグリンドの能力の解析も粗方終了し、相性の問題により、俺の脅威とは為り得ないと判明していたからである。
俺の勝ちだ。
そう確信していたのだ。
その時、俺にディアブロが念話を送って来た。
(クフフフフ。どうやら、"ネズミ"が紛れ込んでいたようです。
旗艦に追い詰めましたが、如何いたしましょう?)
話を聞くと、排除は簡単に行えるらしい。
それぞれの戦況も、それなりに苦戦はあったものの、死者は出ていないとの事だった。
今の所"ネズミ"は、未だ戦闘継続している悪魔王達の中で、カレラと軍服の死闘を、隠れて監視しているとの事。
仲間であるハズの者の手助けをする様子でも無く、怪しいヤツである。
何でも、倒れた仲間の死体を喰っていたらしいので、捕食系の能力を持っているのかも知れない。
だとすると、狙いは軍服か?
現在、俺の命令で、この空域からの空間転移を妨害する結界が張られている。
邪魔をされたくなかったし、逃亡を許すつもりも無かったからだ。
"ネズミ"とやらが脱出を狙っているのなら、手段はこの空域からの離脱しかない。
結界を一部でもいいから破り、飛空船でそこを突破する。そして、転移により脱出するのだ。
ならば……転移先は安全な場所、つまりは仲間がいる所になるだろう。
ここで尻尾を掴むべきか、"ネズミ"を始末するべきか。
コソコソ動く者、か。
怪しいのは、ユウキだ。
"ネズミ"を始末してしまえば、背後の者との繋がりは絶たれてしまう。
皇帝を始末すると、帝国本国も大混乱に陥るだろう。だとすると、その混乱に乗じて勢力を増す可能性もある、か。
どの道、"ネズミ"は罠に掛かっている。
このまま皇帝に食いつくのを待ち、吊り上げるのが良さそうだ。
背後の者が誰かは不確定だが、ここで一気に禍根を断ち切ってやる。
("ネズミ"を泳がせろ。目的は転移による脱出だろうから、転移先を突き止める。
そこで仲間と接触した後、始末しろ。背後関係を突き止めるのを優先せよ!)
(御意!)
"ネズミ"ごと、背後の者を一網打尽にする。
そう考え、俺はディアブロへと命令を下したのだった。
ディアブロとの遣り取りを行いつつも、ヴェルグリンドとの戦闘は継続中だ。
智慧之王によるサポートもあるので、かなり余裕があるからこそ可能なのだが、我ながら凄いと思う。
ヴェルグリンドの攻撃は全て、誓約之王による絶対防御により完全に防いでいる。
それに対し、俺の攻撃である"暴風之剣"は、ヴェルグリンドの巨体を防御を無視するように切り裂く事が出来るのだから。
もはや覆す事が困難な程に、状況は俺にとって有利となっていたのである。
ヴェルグリンドは、竜形態から人型へと変化した。
確かに、巨体であるので、どうしても防御が手薄となる。防御力の向上を狙うならば、人型になるのは利点ではある。
だが、それでは攻撃力は格段に落ちる事になるだろう。
能力効果は変わらないとしても、基礎となる利用可能な魔素量は大きく減ってしまうのだ。
けどまあ……俺からすれば、どの道防げてしまうのだから、人型になられる方が遣り難いというのは間違いない所であった。
ヴェルドラの姉も、蒼色の髪の美しい女性であり、ついつい剣を向けるのを躊躇ってしまうというのも理由であったけど……。
しかし、智慧之王のヤツ、この状況で俺から誓約之王を奪ってどうさせようとしていたのか?
暴食之王だけ残すところから考えると、喰えと言っているようなものである。
ヴェルグリンドは、俺が放った数発の"暴風之剣"を掠らせただけで、大きく疲労した感じになっている。
このまま攻撃するだけでも、俺の勝利は間違いないのだが……
「き、貴様! 私達、最強たる"竜種"を……
私の弟を奪った挙句、私とルドラの願いを邪魔するな!!」
"灼熱竜覇加速励起"を放ってくるヴェルグリンド。
人型になって威力は低下しているかと思えば、集中する事により的を小さく絞る事で竜形態と同等の効果を発揮しているようだ。
規模は小さくなっているが、対象が俺だけだから問題ないのだろう。
――もっとも、その攻撃は既に解析済みであり、俺には通用しないのだけど。
「先に手を出して来たのはそっちだろう!?
そもそも、俺とヴェルドラを戦わせようとしたのはお前等じゃねーか!」
「黙れ! 弟が、貴様如きに喰われるなどと、有り得ぬ話だったのだ!
不出来な弟だとは思っていたが、まさか魔王如きに後れを取るとは……
まして、その魔王に取り込まれ、私を追い詰めるなどと……」
逆切れに近い感じだ。
怒り狂い、無茶苦茶に熱線を放って来る。
残念ながら、俺には通用しないけど。
しかし、どうしたものか。このまま剣で攻撃すれば消滅させる事も出来るだろうけど、一応はヴェルドラのお姉さんだし……
(おい、ヴェルドラ。お前から説得して、大人しくなって貰えないかな?)
(!? 無茶を言うでないぞ! 一瞬、息が止まるかと思ったわ。
我の事で怒っておる姉に、暢気に声を掛けれる訳がなかろーが!!
実は元気に生きていて、お前に協力してるとバレでもしたら……)
うん。
ヴェルドラが全く当てにはならない事は、良く理解出来た。
しかし、本当、この人……肝心な時に役に立たないよな。
そもそも今回の騒動にしたって、もう一人の姉に会いたくないと逃げ出したヴェルドラが原因だった訳で……
あれ? 何で俺が苦労しているんだろう?
段々、別の意味で腹が立って来た。
(しかし、このまま消滅させる訳にはいかないだろ?)
(……う、む。それは困る、な。
そうだ! 我はお前に強制されていた事にしよう。
姉も、我のように取り込んでしまってくれ!
そして、我と同じ立場になって貰えば良い。
今のお前なら可能だと、智慧之王も言っておる故に!)
……何言っているんだ、コイツ?
お前、それって怒られるのが嫌で、友達のせいにしてる駄々っ子じゃねーか!
しかも、それだと悪者になるの、俺じゃん!
というか、やっぱり暴食之王だけを残そうとしたのは、そういう意図があったのか。
智慧之王とヴェルドラはグルだ! と、俺は確信を得たのだった。
だが、確かに。
自分が死んだと思い込み激昂している姉の前に、ノコノコと顔を出すのは気不味い、それは理解出来なくもない。
その気持ちはわかるのだが、面倒ごとを押し付けられているだけのような気もしなくもないのだ。
それに……後でヴェルドラが、ノリノリで剣に力を込めてたとバレて激怒される事になっても、俺のせいにはしないでくれるだろうか?
強制されていた事に! などと言っている時点で、俺に責任を押し付けようとしてくるのが目に見えている。
まてよ? 同じ立場……
ヴェルドラに対し、俺が何かを強制する事は出来ない。
了承を得て、動いて貰っている。というか、ヴェルドラは結構好き放題している。
基本的に、一度"開放"を行えば、ヴェルドラに何かを強制するのは無理なのであった。
俺に不利益な行動を取るようならリンク解除も可能だろうけど、ヴェルドラが拒否するならば、リンクを解除したとしても消滅したりはしないのだ。
ヴェルドラに何かあって消滅するか、自分の意思で俺の中に戻るかしないと消えないのである。
つまりは、そこに強制力は何も無いという事。
ヴェルドラと同じ立場にする。
つまり、ヴェルグリンドを喰って、"開放"すれば良い。
そうすれば、ヴェルドラが強制はされていなかったと証明出来るだろうし、とばっちりは無いだろう。
姉弟喧嘩? 知らん知らん。
そんな事までは、俺の監督範囲ではないのだ。
俺はヴェルグリンドを喰い、ヴェルドラと同じ状態にする事を決意した。
ただし、開放状態で暴れられても困る。
ヴェルグリンドに対しては強制は出来ないが、不利益な行動を取るようなら回収とか可能だろうか?
《解。問題ありません。"竜種"と同一体となっており、余裕があります。
また、"開放"に制約を設ける事も可能であろうと推測します。
その事に関しては、個体名:"灼熱竜"ヴェルグリンドとの交渉が必要となります 》
むむ?
つまり、先ずは喰う。
そして、ヴェルドラ同様に能力化する際に、条件を付けるという事か?
最悪、ヴェルグリンドが納得しないようならば、能力化せずに『胃袋』に隔離してても良いだろう。
別に能力になってもらわなくても、事が終わってから開放すれば良いのだ。
俺が"竜種"と同一体になってから、能力の性能も上昇した感じがするし、ヴェルグリンド一体くらいは隔離してても問題無さそうだし。
方針は決まった。
さっさと実行する事にする。
「ともかく、危険は排除する! 二度と、俺達に手を出せないようにな。
ヴェルグリンド、お前は暫く反省してろ!!」
「舐めるなよ、貴様の思い通りになどなるものか!」
ヴェルグリンドとの激しい攻防は続いた。
何と言っても、速いのだ。彼女を捕らえるのが難しくなっている。
人型になって戦闘力が下がった筈なのだが、より戦い難くなっていた。
それでも、誓約之王を駆使し、『断熱牢獄』を出現させて退路を断っていく。
そして遂に、俺はヴェルグリンドを捕捉する事に成功したのだった。
「貴様、ふざけるなよ! 此処から出せ、出すがいい!!」
暴れるヴェルグリンド。
美女に迫る怪しい人物、それは俺だ。
見た目がスライムだったら犯罪だっただろう。かと言って、16歳くらいの美少女である今の状態でも、それはそれは妖しい雰囲気になっているのだ。
仕方ないのだ。
これも危険排除の為である。
俺はヴェルグリンドに手を翳し、一息にその身体を捕食した。
攻撃的なエネルギーを隔離する感じに、それは何の問題も無く実行される。
ただし、流石は"竜種"である。
完全に捕えているのだが、中々隔離されてくれないのだ。
暴れに暴れまくって、『断熱牢獄』で囲っていても尚、俺の身体を焼き尽くすような熱さが襲って来るのだった。
熱無効の俺が、熱いと感じるのだから大概である。
ダメージは受けないのだが、ここで精神的に押し負けると、一気に火傷を負いそうな予感があった。
正しく、意思のぶつかり合いなのだ。
「貴様、弟のように私は甘くないぞ!
それに、間も無く私を助けに、ルドラがやって来るだろう。
貴様は終わりだ、魔王リムル!」
それは無いと思うな。
既に状況は詰みの状態だし、ルドラの乗った飛空船はこの空域からの撤退を開始しているのだから。
「だが、お前の言う皇帝ルドラとやらは、お前を見捨てて逃げるみたいだぜ?」
「何を馬鹿な! ルドラは私がいるだけで無敵なのだ。逃げる訳が……」
ヴェルグリンドは俺の言葉を鼻で笑おうとして失敗した。
飛空船が速度を上げて、この空域から離脱しようとしているのに気付いたようである。
「ば、馬鹿な……何故だ? 何故、私を見捨てるのだ……ルドラ!?」
そして、何かに気付いたように目を閉じる。
暫くすると、俺に捕食されまいと抵抗していた力が消えた。
そのまま抵抗なく、俺の『胃袋』の中に納まるヴェルグリンド。
――そうか……もう、壊れていたんだね……、ルドラ――
そんな呟きを残して。
ヴェルグリンドは大人しくなった。
何かを諦め、悟ったような雰囲気になる。
抵抗する様子も見せないが、このまま吸収してしまう訳にもいかない。
先ずは交渉なのだが……
悲壮な感じになっており、何だか声を掛けずらい。
(おい、私を消滅させるなら好きにしろ。敗北を認めるし、抵抗はしない。
だが、覚悟はしておく事だ。
弟を殺し、私までも殺すのだ。
我が姉、ヴェルザードが貴様を許しはしないだろう)
(ああ、うん。その事なんだけどね……)
(何だ? 聞きたい事でもあるのか?
だが、残念だったな。天使の暴走を止める術など、私は知らん。
また、何か知っていたとしても、貴様に教える義理は無い!)
(いや、そうじゃなくてね……)
どうするか迷う俺に、ヴェルグリンドがさっさと自分を吸収しろとせかしてきた。
どうも、ヴェルドラを喰った事で殺したのだと誤解しているようだし、自分も同じ目にあうのだろうと覚悟も決めている様子。
此方の話を聞いてくれないので、中々に大変であった。
(何が言いたいのだ、貴様は!
ルドラが壊れた今、私が生きる意味も無い。
喰うなら好きにしろと言っている!)
短気な性格なのだろう、ヴェルグリンドが怒り出した。
正直、怖い。ヴェルドラが苦手意識を持つのも頷ける。
(お前は何か勘違いをしているようだが、ヴェルドラは生きているぞ!
そもそも、友達を殺す訳ないだろ? 先ずは話を聞いてくれ!)
(何だと!?)
体感的には長い説得――実際には数秒だろう――の末、ようやくヴェルグリンドが状況を理解してくれた。
ちなみに、その間、一切ヴェルドラは喋っていない。どうしても俺に全責任をなすり付けたいようであった。
何だか疲れた気がするが、交渉を続ける。
そして、俺に協力してくれる気があるなら、ヴェルドラと同様に自由を認めると伝える。
協力する気が無いのなら、全てが終わってから解放すると宣言した。
ヴェルグリンドは暫し沈黙し、何事か考え込む。
そして徐に口を開き、
(条件がある。いや、条件というより、頼みがある。聞いてくれるか?)
と言ってきた。
何となく、流れから予想が出来たのだが、俺はヴェルグリンドの話を聞く事にする。
ヴェルグリンドの頼みは、予想通り皇帝ルドラについて。
最初に俺たちに手を出した事を謝罪してから、ヴェルグリンドは話始めた。
皇帝ルドラがその持つ究極能力『正義之王』に蝕まれ、その最後が近かった事。
だからこそ、今回のギィとの勝負に勝てるように、念入りに準備を行っていたらしい。
そのせいで俺の台頭を許し、結果、全ての計画が失敗に終わったのは運が悪かったのか必然だったのか……
ともかく、皇帝の能力から考えるに、ヴェルグリンドさえいれば絶対に安全であり逃げる必要は無い。
その事に気付かぬルドラではなく、この状況が既にルドラの精神の異常を証明していると言えた。
絶対無敵の結界と、ヴェルグリンドの能力を正義之王にて属性変化させる攻撃手段を持っているという話であり、間違いなく正常な判断が出来なくなっているのだろう。
何より、
(私の声が聞こえていないようだった。多分、ルドラはもう……壊れている)
ヴェルグリンドは悲しそうに、そう告げた。そして、
(ルドラの魂を、輪廻の輪から解放してあげて欲しい。
あの人は、長き時を、我等の願いを一身に受けて生きてきたのだから……)
そう、俺に頼んできたのだ。
しかしそれって、仮に統一出来たとしても、その後の展望がまるで無い。
どっちにしろ、正義之王の暴走を止められなければ、ギィに勝てても意味が無い気がする。
そう思っていると、
(いや、ゲームに勝利した時点で正義之王を返却する予定だった。
ギィさえ倒してしまえば、もはや必要ないから)
俺の疑問にヴェルグリンドが答えてくれた。
返却というのか、消し去る事が出来るのだそうだ。
天空門を通って行く事の出来る天界に、正義之王の能力で行く事が出来るらしい。
そこに、"星王竜"ヴェルダナーヴァを祭る祭壇があり、能力の封印も行えるのだそうだ。
勝利の報告がてら祭壇に行き、ついでに能力の返却を行う予定だったとの事。
もともと、究極能力『正義之王』は"星王竜"ヴェルダナーヴァの能力だったそうで、
(幾らルドラが"聖人"だったとは言え、その制御には限度があった。
だから何度も転生を繰り返し、自我を継続したまま生まれ変わる必要があったの。
二千年以上支配し続けていられただけでも、彼の意思の強さの証明になるわね……
でも、それももう終わり。
どうかルドラを、解放してあげて欲しい)
ヴェルグリンドはそう話を纏めたのだ。
その時また、タイミング良くディアブロから報告が入る。
曰く、
(リムル様、リムル様も知る人物、ダムラダが逝きました。
死闘によるもので、相手はウルティマ。
見事な戦いの後、ウルティマが勝利したのです。
そしてウルティマは、ダムラダの死ぬ間際の依頼を引き受けました……
状況を伝えます)
との事。
そして、念話にて圧縮されて情報が送られてきた。
俺は納得する。
もはや、皇帝を生かす事は出来ないようだ。
事情までは判らないが、忠誠を誓っていると思われるダムラダ――そもそも、このオッサンも謎が多い。ユウキの腹心だと思っていたのだけど違ったようだし――が皇帝の死を願っている。
そこには、ヴェルグリンドのような事情があるのだろう。
偉大だった皇帝、か。過去の功績よりも、現在の状況が重要なのだけどな。
そう物思いに耽りそうになった時、
(リムル様、カレラと軍服の戦いも終了しました。
私の落ち度により、"ネズミ"に横槍を入れられてしまいました。
申し訳御座いません)
(逃げられたのか?)
(いいえ、動向は把握済みです。
モスの分身を忍ばせておりますので、転移されても逃がしません。
ただ、カレラと軍服の勝負に水を差されてしまったのが悔やまれます)
俺が泳がせろと命じたせいで、"ネズミ"を制止するかどうかで判断を迷ったのだろう。
結果としては、モスが"ネズミ"の攻撃を中和し、見た目程にカレラと軍服への影響は無かったようなのだが……
それでも、満身創痍であった二人にとっては、勝負の続行を中断する結果となってしまったのか。
この"ネズミ"は許せんな。
そしてまたカレラも、軍服からの依頼を契約として、ルドラの始末を託されたのか……
引き受けた以上は、実行せねばなるまい。
俺は決意した。
(ヴェルグリンド、俺はルドラを解放すると誓おう。俺に協力しろ!)
宣言する。
ヴェルグリンドは一瞬の躊躇いも見せず、承諾の意思を伝えてくる。
契約は成立した。
ヴェルグリンドは俺の中で昇華され、新たな能力となり生まれ変わる事になる。