153話 大戦勃発 -蹂躙の始まり-
戦場に居る全ての魔物達は、自分達の主の言葉を魂で受け止める。
自分達の忠誠と信頼の全てを受け入れてくれる、絶対支配者の言葉を。
魔物達の心を歓喜が埋め尽くし、湧き上がる衝動に任せて、その魔力を解き放った。
町で生活する上で、環境に影響を与えぬようにと抑制していた魔素が放出され、周囲の魔素濃度が一段上昇する。
もはや、恐れるモノは何も無い。
彼等は、その内なる衝動のままに戦場を駆ける。
ゴブタは副官に目配せし、近くに呼び寄せた。
この戦場に於いては、集団行動は却って的になる危険を孕む。
観察し、(勝手に智慧之王と)相談した結果、戦車の主砲は目視による照準を行う余裕は無いだろうとの結論に達している。
つまりは、集団を一個の魔物と見立て、その動きを予想し狙いを付けているという事だ。
熟練の一糸乱れぬ動きが仇となった訳である。
「これより、班毎に自由に攻撃を許可するっす。
星狼鬼衆はリーダーとなり、緑色軍団を率いるっす。
思念は常にリンクさせ、各個自由行動を取りつつも、連携は忘れないように」
「了解であります。ゴブタ将軍はどうなさるので?」
「自分は遊んでいる場合では無くなったっすよ。
我等が主が見ているっす。
無様な真似は出来ないんで、今から本気出すっす」
その目を見て、副官はゴブタの本気を悟る。
滅多に見れぬ、上司の本気を。
御武運を! とだけ言い、即座に軍団に対する号令を放った。
そして、
「巻き込まれるな! ゴブタ将軍は本気だぞ!!」
そう伝える事を忘れない。
同期である星狼鬼衆は元より、ゴブタ配下の者ならば、ゴブタの天才性を熟知していた。
指導能力が異常に高く、ゴブタの教えの下に皆熟練する速度が尋常では無いのである。
況や、ゴブタの個体戦闘能力に関しては天才の一言で片付けられるものではなかった。
ゴブタの指揮能力は全く駄目だが、そんな事は問題とならぬ程に直感に優れている。
また、隠れて何者かの入れ知恵でも受けているのかと思う程、機を見た判断を下す事もあった。
そのゴブタが、全軍一致での行動が不味いと判断したのなら、分散するのが正解なのだろう。
そして、ゴブタの得たユニークスキル『魔狼召喚』による"魔狼合一"は、星狼鬼衆が集団で掛かっても相手にならぬ程に、強い。
その事を良く知るだけに、その行動は迅速だった。
ゴブタは、そのまま一人だけで敵陣に向かって突き進む。
戦車の砲身が此方に向くのを目視し、
「さて、暴れるっすよ! 魔狼合一!!」
瞬間、ゴブタを黒い霧が包み込む。
(待っていたぞ、ゴブタよ。リムル様に、我等の力を見せようぞ!)
ランガの意識の語りかけに応じ、
「良い所を見せるっす。行くっすよ!」
内なる魔力を開放した。
黒い霧がゴブタに吸い込まれるように掻き消えて、黒き狼を纏った、一人のゴブリンの戦士が顕現する。
禍々しい二本の角の生えた、人型の黒狼。
硬質化した黒き毛皮は、飛んできた戦車砲弾すら弾き飛ばす。
ゴブタが一声吼えると、"黒き稲妻"が戦車部隊の上空から降り注ぎ、戦車に施された防御結界と干渉しあい眩く光を発する。
その様を観察し、雷撃による感電効果に対する効果もある事を悟るゴブタ。
しかし、その耐電撃能力は万全では無いらしく、精密な機械部分に重大な損耗を与えているようだ。
ゴブタは嗤う。
(これは、大した事無いっすね)
さて、それでは始めよう。
ゴブタは、愉しげに戦場を駆け巡る。
その速度は音速を超え、最早、帝国の戦車部隊では肉眼で捕捉不可能であった。
鳴り響く雷鳴に、行動不全に陥る戦車部隊。
そして、
「さ〜て、どこまで付いてこれるっすか? 疾風魔狼演舞!!」
戦場を黒き疾風が駆け巡り、超音速衝撃波による破壊が帝国戦車部隊を襲う。
やがて、その衝撃波は竜巻へと成長し、"破滅の嵐"を上回る"破滅の竜巻嵐"が発生するのだ。
計算され尽した動きにより、効果的に敵軍を殲滅する。
恐るべきゴブタの対軍殲滅技、それが疾風魔狼演舞なのであった。
戦場の一角は、こうして崩壊したのだ。
地上でゴブタが無双を開始した頃、上空でも変化が生じていた。
ガビル率いる第三軍団である。
ガビルは、リムルの"声"を聞いた直後、
「聞けい! 我輩達は、これより修羅道へ入る!!」
と宣言した。
一斉に表情を引き締める魔物達。
ガビルの言葉は続く。
「青色兵団よ、貴様等は未熟だ。
故に、地上戦を援護せよ!
無理せず、訓練通りに行うがよい」
「しかし、あの飛行する者共――飛空船――はまだ数が……」
「問題ないのである! 貴様等は心配せず、存分に力を発揮せよ!」
空戦の訓練をしていなかったのが悔やまれるが、今それを言っても仕方がない。
全てはこの戦争が終わってからの話である。
青色兵団はガビルの命令に従い、空戦域を離脱して行った。
そのままガビルの指揮を離れて行動し、各個独自に地上部隊の援護に入る。
空からの援護を受け、地上部隊の勢いも加速する事になるだろう。
ガビルはそれを見届けると、前方の帝国軍空戦飛行兵団を睨みつける。
「飛竜衆よ、大空の覇者は誰だ?」
『我等、テンペスト飛竜衆であります!!』
「その通りだ。我等の空を汚す者共は、始末せねばならぬ。
リムル様のご命令だ。
全員、全力を尽くせ!
自我を飲まれるなよ? 総員、『竜戦士化』せよ!!」
『オウ!!』
ガビルの命令に、飛竜衆が応じた。
『竜戦士化』という、彼等の切り札。
圧倒的なまでに戦闘力が上昇するが、その分凶暴性が増す。
破壊衝動を抑え込む事が出来ないが為に、今まで封印されて来た能力であった。
しかし、リムルの命令は全力を出せ、というものである。
躊躇う理由は何も無いのだ。
『竜・身・変!!』
一斉に、その本来の力を解放する飛竜衆達。
テンペスト最強部隊の、真なる戦闘能力が開放された瞬間であった。
赤黒い筋肉が一気に膨張し、その表面を漆黒の竜鱗が被い尽くす。
身長が1.5倍程に巨大化し、その体積と質量も大きく増加した。
攻撃力、防御力。
言うまでも無いが、変身前と比較にならない。
これで自我が無くなっていれば、単なる力の化身でしか無いのだが……
彼等は見事に自我を保つ事に成功する。
真なる竜戦士が誕生した瞬間だった。
「一人、一隻落とせ。出来るな?」
『無論です!!』
「よし、かかれぃ!!」
ガビルの号令に、一斉に動く竜戦士達。
帝国虎の子の空戦飛行兵団は、もはや哀れな子羊でしかない。
何故ならば、『竜戦士化』状態になると特殊効果により魔法が通用しなくなるからだ。
自然効果である"神之怒"すらも通用しなくなる。
全ての魔法攻撃及び自然効果を無効化する障壁が自然発生し、その身を守護しているからだ。
魔素量で言えばAランク以上[EP:40,000〜60,000]相当にまで強化され、その力は上位魔人を上回る。
ましてや、元より強力な個体であったガビルならば……
馬鹿げた魔素量を誇る、凄まじい戦士に変身していた。
そして、その力は、
「いくのである! 喰らえ、我輩の必殺の! 渦槍水流撃!!」
気流が渦を巻き、大気中の水分を一点に集め、魔力の大渦が飛空船を一隻飲み込んだ。
100名を超える魔法使いの魔力で編まれた魔力結界が、何の抵抗も出来ずに砕かれる。
正しく、轟沈であった。
ガビルは調子に乗り、
「フハハハハ! さあ、どんどんいくのである。
一隻も沈める事が出来なかった者は、後で判っているであろうな?」
その言葉に引き攣る飛竜衆達。
既に、残存艦は100隻を切っている。何名かは獲物が居ない状態なのだ。
その事に気付くと同時に、飛竜衆達は一斉に各々が狙った飛空船に向けて襲い掛かって行ったのだった。
ファラガ少将は、目の前の光景に愕然となる。
魔力結界で常に守られている上、障壁盾を前面に展開させている空の要塞。
その飛空船の一隻が、魔物の一撃で沈められたのだ。
龍人族という珍しい種族のようだが、人型の竜とも呼べる戦闘力を有しているらしい。
たった100匹程が上空に残った時、嫌な予感がしたのだが……
突然、その力が大きく増加したと観測班から報告を受けたのだ。
飛竜を操る者達が撤退したのを見て不安を感じた直後、異常が始まったのである。
正しく、変身とでも呼ぶべき現象であった。
残った竜人共は、飛竜をも凌ぐ戦闘力を示し、飛空船へと襲い掛かかって来る。
魔法を増幅して放っているのだが、まるで通用しないのだ。
まるで、魔法そのものが通用しないと言わぬばかりに。
(くっ、そんな馬鹿な事があるものか!)
魔素撹乱放射により、魔物はその行動力を鈍らせる。
その法則を利用し、弱体化させようとするのだが、対象の動きが素早すぎてなかなか捉える事が出来ないでいた。
だが、最初の一撃を放った指揮官と思しき個体には、弱体化の効果も意味が無いように感じられた。
次元が違う強さなのだ、と理解する。
全ての魔素撹乱放射発生装置の波長を集中させなければ、あの個体の動きを止める事は難しいだろう。
もしかしたら……
(まさか、あの個体が"ヴェルドラ"なのか!?)
自分の考えに思わず納得するファラガ。
なるほど、封印が解けてから弱体化したと噂だが、あの様に姿形まで変形する程弱っていたとは……。
いや、その上で尚、あれ程の強さを誇るのだから、封印前は如何ほどに強かったのか想像も出来ない。
だが、今のヤツなら逆に仕留めるのも容易だろう。
ファラガ少将がそう悟り、集中攻撃命令を下そうとした時、
「ねえ? ここではお客にお茶も出さないのかな?
ボク、喉が渇いたんだけど?」
紫紺の長い髪をポニーテールにした美少女が、いつの間にか隣の副官席に座っていた。
その身は軍服に包まれて、年に似合わぬ格好となっている。
(一体何処から!? いや、それよりも――)
「貴様、何者だ?」
ファラガ少将の誰何に、部下達が振り返り少女に気付く。
艦内に異常は検知出来ない。
それなのに、その少女は当たり前の様にそこに居るのだ。
「何者か、だって? ボクの名前はウルティマ。
今日はね、色々と聞きに来たの。
君達、もう直ぐ死んでしまうでしょ?
だから、その前に色々と教えてよ!」
無邪気な笑顔で、そんな事を言う少女。
だが、ファラガ少将は、その少女に何とも表現しずらい感覚を覚えていた。
例えるならば、そう、絶対的な強さの皇帝近衛の上位者に相対した時のような……
いや、下手をすればそれ以上の。
(まさか……この俺が、恐怖を感じているのか? こんな少女に!?)
しかし、現にこの少女は、たった一人で艦内に侵入してのけた異常な存在なのだ。
ファラガ少将は軍刀を抜き、少女に対し身構える。
ファラガも、剣の腕にはかなりの自信を持っていた。今だ現役で、Aランクの冒険者にも負けないという自負もある。
ファラガの纏う空気の質が変わり、少女との間に目に見えぬ緊張の糸が張り巡らされた。
「何を聞きたい?」
ファラガが問う。
少女――ウルティマ――は嬉しそうに頷くと、
「この船の仕組みと、運用方法。帝国内の戦力。
どのくらい強い者が居るのか、今いる軍団以外でも全て。
まあ、その他色々。
安心していいよ。喋らなくても、勝手に知識を奪うから」
抜け抜けと言い放った。
「馬鹿め、ついてなかったな。お前の前に居るのが、その強者の一人だ!」
ファラガ少将はウルティマが喋る隙を狙い、大上段に振り上げた刀を一気に振り下ろす。
部下に対し剣術を指導する程の腕前である、達人クラスの斬撃。
魔人すらも避ける事が出来ずに両断される、必殺の一撃であった。
「じゃあ、先ずは君から聞こう」
「っえ?」
背後で、声が聞こえた。
ファラガ少将の必殺の一撃は、椅子に座っていた筈のウルティマを斬るどころか、触れる事すら出来ず空を切る。
そして、有り得ない事に、目の前に座っていた筈なのに、気がつくと背後に移動していたのだ。
「何だと!?」
慌てて振り向いたファラガの横を、何か丸い塊が飛んで行った。
ベチャ! と、壁に叩きつけられて染みを作っている。
首から上が無くなった魔法使いの一人が、思い出したように痙攣しつつ床に崩れ落ちた。
「大した事知らないんだね。どんどんいくよ〜」
そう言って、無造作に頭をもぎ取り、数秒弄ると捨てるという行為を繰り返すウルティマ。
艦橋は、絶叫と恐怖に彩られる地獄に変貌していた。
「そ、総員、魔素撹乱放射を使用せよ!!
目の前の悪魔に照準を集中させるのだ!!」
恐怖にパニックに陥っていた魔術師達が、ファラガの言葉で正気を取り戻す。
慌てて、全員が携行型の魔素撹乱放射でウルティマを照射した。
「へえ、これが魔素撹乱放射ってヤツ?
新兵器なんでしょ? 何でも魔物に絶大な効果が有るとか言う。
でも、これって意味あるの?」
可愛らしく首を傾け、ウルティマが疑問を呟いた。
「はは、もうお仕舞いだぞ、貴様。ハッタリで切り抜けられると思うなよ!」
ファラガは余裕を取り戻し、部下に合図を送った。
一斉に拳銃を抜き、ウルティマへと向ける兵士達。
「悪魔用、滅殺弾を使用せよ!
ソイツは最悪の上位魔将クラスだ。油断するな!」
ファラガの命令に、敵が魔素撹乱放射によって動きを封じられている間に、弾丸の換装を行おうとする兵士達。
だが、
「う〜ん、良く判らないな。
これって、魔素を乱して存在を阻害するという理論だよね。
魔素で肉体を構成している者程、その効果が大きくなるんでしょ?
でもさ、ボクみたいに、受肉してたら意味ないんじゃない?
それに、下級な悪魔ならいざ知らず、上位存在にとっては意味が無いよ。
君達が呼吸を自然に行うように、ボク達が思うと自然と魔法が生じるんだから。
こんな風に」
そう言うと同時、ウルティマの姿が掻き消えて、兵士の一人の首が飛んだ。
一瞬で移動し、兵士を一人殺して見せたのだ。
「ね? 今のはただ移動して、一人の頭を飛ばしただけ。
君達の言い方で、音速を超えて移動したんだよ。
でも、衝撃波とか出ないでしょ? だって、この移動は魔法だからだよ。
そして、ね」
手首を軽く振ると、その先が一瞬霞んだようにブレて見えた。
直後、ドン! という衝撃音と共に、兵士の一人の頭が破裂する。
「こうやって、物理法則に従って、衝撃波を出す事も出来るんだよ」
ファラガの頭に、説明するウルティマの言葉がようやく理解出来た。
どこか遠くで異国の言葉を話しているかのような、そんな不思議な感覚がする。
本能が、理解を拒絶しているのだ。
上位魔将? 本当にそうなのか?
自分の実力から考えて、上位魔将には勝てないまでも、時間稼ぎ程度は可能だと考えている。
自分と同格の者が複数名居るならば、決して勝てない相手では無いという事だ。
だが……
目の前の少女には、どう足掻いても勝てる見込みが無かった。
「ひ、ひぃい!! 化け物!!」
完全なる恐慌状態に陥る兵士や魔術師達。
目の前に、死そのものが具現化した存在が立っているのだから、その反応は当然とも言えた。
「さて、と。じゃあ、質問を再開しま〜す!」
その、朗らかとも言える少女の声が、恐怖に陥った者達が聞いた最後の言葉となる。
数分後。
知識を全て奪い取ったウルティマは、満足そうに艦橋を後にする。
彼女は情報武官であり、情報を持ち帰るのが任務なのだ。
満足すべき成果を上げていると自分では思っているが、それを判断するのは彼女達の主であり、ウルティマでは無い。
そして、旗艦から飛び出そうとして、
「あ、そうそう。全力を出していいんだったね」
思い出したように呟いて、一つの魔法を発動させた。
ウルティマが飛び立った直後、魔法は発動し、旗艦は火球に包まれる。
核撃魔法の一種である、破滅の炎によって、痕跡も残す事なく徹底的に。
その火球は大きく膨れ上がり、爆発を生じさせる。
一次被害による超高熱の炎と、二次被害である爆発による衝撃波。
炎により爆発四散した旗艦は、その艦体を破裂弾へと化して、周囲の仲間の船を撃ち貫く。
音速を超えて飛散する船の破片は、それだけで甚大な被害を齎したのだ。
空中にて大惨事が発生したのだが、飛竜衆達への被害は計算されたようにゼロである。
いや、ノルマを達成出来ずに、後に間接的な被害を受けた者が出るのだが……
そんな事まではウルティマの知った事ではない話であった。
この大爆発により、趨勢は決した。
元より戦いを有利に進める事が出来なくなっていた帝国空軍は、全機轟沈という不名誉な記録により敗北する事になったのである。