150話 真なる思惑
その日、改良を終えて完成した、監視魔法の実験を行った。
場所は戦略級軍事官制戦闘指揮所――通称、管制室――である。
ノリと勢いで格好良く名称を決めたが、長すぎると少し反省していた。
ぶっちゃけ、皆『管制室』としか呼んでいないので、本来の名前を知る者の方が少ないくらいだった。
迷宮100階層のヴェルドラの私室横に新設し、魔物の国の作戦会議室から出入り出来るようになっている。
重要拠点は、基本的には迷宮内部に設置してあるのだ。
結果は上々。
武闘会の時にも使用した大スクリーンが複数セットされ、それぞれに違う場所の光景を映し出している。
ジュラの大森林内各地や、ドワーフ王国の貿易路。様々な要所毎に、監視を行う事が出来るようになっている。
海路やカナート大山脈の様子さえも、何の問題も無く映し出されていた。
原理は簡単。
俺の開発した、〈物理魔法〉"神之怒"でも使用した、レンズ状の水玉を精霊で操っているのだ。
低コストで運用出来る優れものである。
巨大なレンズと拡大された光景を鏡で反射させ、成層圏界面付近に展開された同様の鏡を中継し、この地点まで映像を転送させている。
同時に、移した光景をそのまま『空間支配』により直接転送も行っており、一瞬のズレも生じさせないデータリンクも成立させていた。
モニターに映すのは、智慧之王により画像処理が為された後の精度の高い映像なのである。
二重に映像を入手し、片方を潰されるか誤魔化される事が無いようにしている訳だ。
さて、この監視システムが完成した事で、実はもう一つのメリットがあった。
この官制室に居ながらにして、"神之怒"を発動させる事が可能となっていたのである。
自分で実験してみて、広場にて訓練中のゴブタの足元に落としてみたのだが、まさか成功するとは思わなかった。
驚き飛び上がったゴブタの顔が忘れられない。
「馬鹿やろう! 油断してるからだ!!」
と、逆に説教しておいたけど、ゴブタは悪くないと思う。
また、"神之怒"の性能も上がっている。
元々、『大賢者』にて最適化を行っていたのだが、今の智慧之王は納得いかなかったようで……
より入念に改良を行い、常時衛星を幾つか空に浮かべるシステムを開発してしまった。
夜に使用出来ないというのが気に入らなかったようだ。
俺の魔素を元に、大精霊クラスの操作による静止衛星が、成層圏界面付近に常設されている訳だ。
足りない分だけを、補うだけでよくなっていた。
更に、昼夜関係ない位置で直接太陽光を収束し、反射させて何時でもエネルギーを放射可能とする。
エネルギーロスが生じるのは仕方ないが、それでも以前以上の威力の光線を夜でも使用可能となっていた。
当然だが、昼間ならば消耗も少ない。
扱う光量も増大し、熱量も増えて。
熱線砲並みの威力を発揮させる事も可能となっている。
人間の軍隊なら、俺は一歩も動かずに全滅させる事が出来るかもしれない。
そんな感想が出るような魔改造が行われていたのだ。
さて、大スクリーンに各地の様子が映し出されて、実験は成功した。
その事を確かめた俺が執務室に戻ると、シュナがやって来てお客だと告げて来た。
こう見えて、結構客は多いのだ。
まあ、俺の仕事の大半はお客の対応だと言っていい。
残りは、魔法開発や面白そうな品を思いつき、適材適所に発注するくらい。
遊びも仕事の内なのである。
そんな感じなので、客の対応は真面目に行っているのだ。
シュナの案内で向かった応接室には、四人の人物が緊張した面持ちで待っていた。
見覚えのある三人組と、初めて見る老人であった。
三人組は、この前迷宮攻略で活躍していた、シンジー達だったのだ。
先ず挨拶を行い、事情を聞く。
やはり彼等は帝国からの密命にて、情報収集を目的とした作戦行動を行っていたらしい。
正式に名前を名乗り、内情を説明してくれた。
ユウキからの命令だったと言われて納得する。アイツならやりそうだと思ったのだ。
だが残念な事に、ユウキの見立てよりも迷宮の難易度が高かっただけの事。
というか、俺の見立てよりも高かった訳だし、そこは人を笑えない話である。
普通に考えて、あんなに成長――というより進化――しているとは思わないし、仕方ない話だと思う。
まあそれはいい。忘れよう。
で、それをユウキに報告したそうなのだが、それが何故か他の軍団の長に漏れてしまったそうで……
彼等は捕まり、尋問を受けたのだそうだ。
言いなりにされる薬など投薬され、果ては心臓に爆弾を埋め込まれたらしい。
そんな時、シンジの師でもある宮廷魔法使いのガドラ老師――一緒に来ている老人だそうだ――に救い出されて、逃亡して来たのだそうだ。
「って、爆弾は大丈夫なのか?」
質問すると、
「ああ、それはもう取り外しました。新しく腕輪を買って、迷宮内で爆発させてきましたよ!」
ケロっとした顔で、シンジが答える。
手術で取り出そうとすると自爆するという、お約束のような爆弾だったらしく、他に良い案が思い浮かばなかったらしい。
何でも、牢からガドラ老師に出して貰ってすぐ、シンジの転移魔法でこっちにやって来たのだそうだ。
その足で迷宮に向かい、帝国側が脱出に気付き爆弾を起爆させる前に、迷宮内で自爆させたとの事。
いや……確かに迷宮内で死んでも復活するんだが、思い切った事をするものである。
「迷宮内のトラップとか、魔物との戦闘でしか効果が無いとは思わなかったのか?」
と聞いてみると、青褪めた顔になって言葉を失っていた。
どうやら、慌てていてそこまで考えてはいなかったようである。
「おい、シンジ……おい! まさか、考えてなかったのか!?」
マークの突っ込みに、
「は、ははは。考えていたさ、モチロンね!」
目を泳がせて答えていた。
まあ、その時はシンジが自分の能力で治療するつもりだったと言い張っていたが、真っ先に試したのがシンジだったらしい事には突っ込まない方が良いだろう。
その後、ユウキを信じない方が良いとガドラに言われ、それならばと亡命を決意したのだそうだ。
俺は、そこで初めてガドラ老師に目を向ける。
派手さは無いが、高級そうな魔法服に身を包んだ、眼光鋭い老人である。
「で、そのガドラさんは、何故一緒に此方に?」
俺の質問に、
「実はワシ、転生者なのですじゃ」
突然、驚くような事を言い出すガドラ老師。
三人組も驚いて、ガドラ老師を見つめている。
ガドラ老師によると、大魔導を極めるべく、何度も転生を行っていたのだそうだ。
で、前回のヴェルドラ討伐戦にも参加し、見事に殺されたそうで……
「正直、事前に転生の儀式を済ませておいて正解でしたな。
この目で見ておきたくなったのです。自然に生み出された、魔の極限を」
この世界にたった4体しか生まれていない、"竜種"。
それは、魔物の頂点にして、この世界の最強種。
そして、実際に戦ってみた経験から言って、ヴェルドラに帝国軍が勝てるとは思えない、との事だった。
そのヴェルドラの盟友となった魔王、つまり俺にも興味があったそうで……
「ワシ、別段帝国に義理がある訳でもないのですよ。
ワシが手塩にかけて育て上げた軍団も取り上げられて、最早未練もありませんしな。
それに、この国の迷宮に、アダルマンめが棲み付いたと、弟子から聞きまして……」
なんと、ガドラ老師は、千年以上前にアダルマンと友人だったらしい。
その時は、西側――ジュラの大森林の俺達寄りの方――の小国で、隠れて魔術研究を行っていたそうだ。
要するに、生まれ変わる度に、各王宮の秘蔵書を読み漁り、知識を蓄えていた、と。
根っからの自己中心主義者であり、忠誠心とかには縁が無いと言い切っていた。
大したジジイである。
内心で、少し尊敬してしまったのは秘密だ。
当然、ラミリスの名前や迷宮についても詳しかったらしく、シンジ達から話を聞いてピン! ときていたらしい。
それを知らない事を調べた風を装い、シンジ達に話すなどと小細工をしたのだが、それも意味が無くなったそうだ。
「シンジ達が持ち帰った武器や、"魔晶石"が注目されてのう。
強欲な者達が、戦争開始を声高に叫び始めよった。
何のかんのと言って、後10年は持つと思っておったのじゃが……
戦争が始まる前に転生する予定だったのじゃが、失敗したわい。
しかし、その原因はユウキという若造にあるじゃろうよ。
ここ最近頭角を現し、新しく軍団長に上り詰めた実力者じゃが……
他の軍団長へ情報を流し、明らかに戦争へ向けて興味を持たせておった。
まあ、ワシには最早関係ないわい。
さっさと脱出する事にしたので、ついでに弟子を助けたという訳じゃ」
抜け抜けと言い放つガドラ爺さん。
だが、その話が本当ならば、俺の思惑通りでもある。
迷宮内から、良質の"魔晶石"や、高性能の武具が獲得出来ると知らしめる。
するとどうなるか?
帝国側から、早期開戦を言い出す者が出るのは予想出来た。
ぶっちゃけ、待つのは性に合わない。ここ一年、待ちに徹したが、イライラするだけであった。
さっさと勝負を付けて、ユウキを倒しクロエを救う。
その為に、向こうから攻めて来て貰いたいと思い、三人を見逃したのである。
でなければ、わざわざスパイと判っている相手を見逃す理由も無いのだ。
「よし、予定通りだな!」
俺の言葉にシンジ達は驚いた顔をしたが、ガドラ爺さんはしたり顔で頷くのみ。
此方の思惑に気付いていたようである。
当然、ユウキも俺の考えは見抜いたのだろうけど、その策に乗っかる感じで動き始めたという事か。
ガドラ爺さんの話では、帝国は開戦に向けて動き出したらしい。
宣戦布告というよりは降伏勧告が、たった一度為されるのだそうだ。
それに従えばよし、逆らうならば開戦であり、その後は一切の容赦が無いのだとか。
ならば、此方も手を抜く必要はなさそうだ。
一気に勝負をつけ、禍根を断ち切るのみである。
三人の亡命は、俺の一存で受理された。
ガドラ爺さんは客分扱いである。
だが、この爺さんは後に60階層の新たなる守護者となり、魔王守護巨像とは別の隠しボスになるのだが……
今は関係の無い話であった。
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大会議室での開戦に向けての会議が終了し、皇帝は自室にて寛いでいた。
傍に侍るのは、蒼色の髪の美しい女性。
皇帝ルドラは、隣の美女に向かい、
「さて、駒が出揃ったようだよ、ヴェルグリンド。
今回はどうなるかな? お前の弟は出て来ると思うか?」
と、親しげに問い掛ける。
問われた美女、ヴェルグリンドは、皇帝に対し自然に返答する。
何故なら、彼女は最強種である"竜種"の一体、"灼熱竜"ヴェルグリンドなのだから。
「ええ、ルドラ。出て来るわよ。あの子、お祭りが大好きだもの」
「そうか、そうだな。余の軍勢で倒せればよし。さもなければ……」
「今回こそ、ギィと我が姉ヴェルザードに王手をかけたいわね」
「ふふっ。ギィは狙っているぞ。お前がヴェルドラと戦えば、隙をつく気でいる」
「ええ、忌々しい。そうでなければ、さっさと私があの子を始末するのに」
「ははは。
だがな、今回は余の能力、究極能力『正義之王』の特殊スキル、
天使之軍勢の使用も可能となっている。
ギィの仲間達も勢力を広げているようだが、まだ纏まりきれていない。
今回は我等が圧倒的に有利だぞ」
「あら? じゃあ、あの子を仲間に引き入れる計画を実行出来そうね。
倒してしまっては、ギィへの駒に出来ないし、私が弱らせるから貴方が捕獲する?」
「ふむ。それも良かろう。しかし、不便なものだな、人の肉体は……
毎回生まれ変わり、自我と魂を継承するものの……
良いタイミングで能力制限がかかってしまう。
今回は、余は完全状態になるまで待った。
軍勢も準備良し、能力の制限も無い。
お前がヴェルドラの意識を集中させる事が出来れば、余の"王者の支配"にてヤツを手中に出来るだろう」
「あら、じゃあ勝利が間近だわね。
でも……
なんだかあの子、封印が解けてから本調子じゃないみたい。
荒れ狂うような暴力的だった魔素嵐が、綺麗に消え失せているのよ。
まだ調子が戻っていないのかもよ?」
「構わぬだろうよ。
ギィは人間を弱者と切り捨て、手駒には加えていない。
それなのに、魔王達を育ててはいるが、まだ支配も出来ていない。
現に、新参のリムルという魔王の方が、他の魔王の受けが良いようだしな」
「そうね。
ギィが人間を手駒にするのもルール違反だけど、ね。
私達が魔王を手駒に引き入れるのはルール違反だし、丁度良いけど。
あの魔王が育つ前に、早めに潰しておいた方が良さそうね。
それにしても、良いタイミングであの場所に魔王が集まったわね。
リムルとラミリス、うっとおしい魔王を二匹同時に潰せるし」
「そうだな。まあ、せいぜい派手に暴れて貰うとしよう。
ヴェルドラが手に入れば、後は用が無い。
お前の究極能力『救恤之王』にて慈悲の雨を降らし、
さっさとあの町を攻め滅ぼしてしまうが良いだろうよ」
「そうね、久しぶりに施しをしましょう。安らかなる死を、ね!」
二人は暫く語り合う。
そして、翌日。
帝国から、歴史上例の無い大軍勢が、魔物の国を目指し出撃したのである。