148話 遅すぎた決断
書ききれなかった。
区切り良い所で投稿します。
広くて日当たりの良い、快適な部屋。
その部屋に三人の客を招き、老人――宮廷魔法使いのガドラ――は椅子を指し示す。
三人は恐縮しつつ、この厳格な魔法使いに勧められるままに椅子に腰掛けた。
ガドラはそんな三人を見やり、少し笑う。
一端の兵士になったというのに、未だ自分に対して緊張している弟子が面白かったのだ。
弟子であるシンジとその友人達が訪ねてくるのは、事前の連絡にて知っていた。
そして、預かっていた装備品についての調査も終わっている。
ただし、それを正直に告げるかどうか、それはまだ思案の最中だったのだが……
その驚くべき性能は驚愕すべきものであったのだ。
ともかく、先ずは預かっていたバルディッシュと、腕輪等をシンジに返す事にして差し出した。
ガドラが差し出した装備品を受け取り、バルディッシュは大柄な友人に手渡すシンジ。
そして、腕輪は懐に仕舞い込んだ。
それが終わると同時、
「で、師匠……この腕輪、どういうものかわかりましたか?」
気になっていたのであろう、本題を尋ねて来た。
特定の場所内に限り、死んでも自動復活が可能となる効果。そんな性能を有する魔法品等、文献を幾ら調べたとしても見出す事は出来なかった。
ただし、思い当たる事が無い訳でも無い。
「ふむ。相変わらず、せっかちじゃな。まあ、ワシも人の事は言えぬ。
結論から言うと、魔法による鑑定は出来なかった。残りの二つは技術局に調べさせておる。
だが、恐らくこの腕輪の謎は解けぬだろうな。
だがのう、思い当たる事が無い訳でもないのじゃ。
そこで、質問じゃが……
貴様ら、この腕輪をどこで手に入れた? その場所は何と呼ばれている?」
なのでそれを確かめるべく、質問を返すガドラ。
ガドラはこの腕輪の出所は聞いていない。ただ、効能を調べて欲しいという依頼を受けただけである。
三つ腕輪を渡されて、どういう性能なのか調べて欲しいと頼まれたのだ。
その際に少しだけ聞いた内容が、『特定の場所内に限り、死んでも自動復活が可能となる効果』というとんでもないものだったのである。
シンジが腕輪を渡して来た時、変に先入観を持たずに調べたいと言って、詳しく話しを聞かなかったのはガドラなのだが……
結果は、魔法による解析不能というものだった。
不特定に変化する精霊の波動により、魔法の干渉が悉く阻害されたのである。
全ての属性の波動が複雑に絡み合っているので、特定パターンの割り出しすら出来ない有様だった。なので、諦めて技術局に依頼する羽目になっている。
技術局に頼むのは負けたようで誇りを傷つけられるのだが、ガドラは誇りよりも実利を優先する性格であった。
悔しいとは思いつつも、残り二つの腕輪を渡して調査を頼んだのである。その結果はまだ出てはいない。
「自分も魔法にて鑑定してみましたが、失敗し……糸口も掴めませんでした。
未熟故の失敗だと思っておりましたが、師匠もですか……
場所は、西側――帝国では、ジュラの大森林の反対側を"向こう側"或いは、"西側"と呼ぶ――の森付近、
魔物の国という、魔王が治める新興国の衛星都市です。
そこにある、地下迷宮という、積層型地下建造物に入る際に購入可能なアイテムです。
そこで、迷宮の説明と同時に、販売してくれるのですが……
半信半疑でしたが、身を以って体験致しました。
間違いなく、死んでも復活する効能を持っていました」
「ほほぅ……迷宮、とな? して、この腕輪は何度でも使用可能なのか?」
「いいえ、一回死ぬと光の粒子になって消えてしまいます。
まあその場合は、死んで外にいるので、再入場しないといけませんし。
料金支払い時に、再度購入する必要があるようです」
「……その迷宮とやらは、入場料を取っておるのか?
というか、誰でも入場可能なのか?」
「はい、そうですね。どうも、観光資源として、魔王リムルが運営しているようですね」
「なんと……魔王が、か……」
シンジの説明に絶句するガドラ。
考えてみれば、余りにも酷い話ではある。
人類の敵と言われる魔王。
魔王は絶対者であり、基本は相互不可侵を貫く方が賢い。
魔王に豊かな領土を支配させているのは、魔王が他国に対して領土的野心を持たない――持たせない――ようにする為なのだから。
その意味に於いて、ガドラは帝国が領土的野心を西側に向ける動きについては、反対の立場である。
一年前に、ファルムス王国が魔王の逆鱗に触れて滅んだ。
民へは直接被害は出なかったようだが、王は凄惨な最後を遂げて国も消滅したのだ。
その事件をきっかけとして、魔王内での何らかの動きがあったらしい。
新たに八星魔王として、人類社会に通達が為されたのだ。
広く名前を知られている魔王は4柱。
ギィ、ミリム、レオン、そして話題のリムルである。
西側諸国がどう考えているのかは知らぬが、ガドラとしてはリムルという魔王を怒らせるのは危険だと考えていた。
名が知られるようになってからの活動が激しすぎる。
そして重要なのが、旧十大魔王の一柱であるクレイマンが消えたのに、新参であるリムルが名を残した事。
その事が指し示すのは、西側に怖れられていたクレイマンを上回る存在だ、という事である。
それに、一万を超える軍勢だったと言われるファルムスの軍事行動に従軍した者で、生き残りがいないという点だった。
普通の戦争なら、三割の死傷者が出た時点で、作戦行動の失敗を意味する。
その時点で降伏すべきなのだ。
伝え聞く魔王の人柄から、降伏したならば命までは取らないと思えるのだが、結果は皆殺しであった。
降伏する間も無く全滅させたのか、配下の暴走が原因か。
だが、何より恐ろしいのが、逃亡を許さぬ鉄壁の囲い込み能力であろう。
一万以上の軍で、生き残りが居ないなどと……常識では考えられない出来事であった。
大規模魔術を行使するなら、或いは可能だろう。
全軍を囲い込み、逃亡を許さぬ速度での、核撃魔法ならば……
その規模の大魔法を行使する時間に、魔力を集中させている間の防御、相手側が一切魔法障壁を展開していなかった奇跡。
そうした要素が全て条件をクリアしたならば、ガドラでも不可能では無いかも知れない。
けど、そうした事は先ず有り得ない。
何より、核撃魔法による地形変形など、自然環境に及ぼす影響は確認されていないのだ。
何らかの、未知なる攻撃、あるいは多数の配下による囲い込み殲滅戦にて逃亡者を出さなかったのだろう。
恐ろしい、素直にそう感じる。
そんな相手に、わざわざ此方から戦争を仕掛けるなどと……正直、軍上層部は無能の謗りを免れまい。
(皇帝をお諌めすべきであろうに、な……)
そう思い、憂鬱な溜息を零す。
それから気分を変えて、弟子であるシンジの疑問に答える事にした。
「さて、魔王といえば、だ。貴様達は、何名魔王が居るか、知っておるか?」
「はい、8名ですよね?」
「っえ? 10名じゃなかったか? いや、11名になったんだっけか?」
「――マーク……去年、入れ替わったばかり……」
ガドラは溜息をつき、説明を始めた。
「馬鹿め……軍属の癖に、情報収集も出来ぬでは、真っ先に死ぬのが目に見えておるわ。
魔王は、8柱だ。自らを八星魔王と称しておる。
――星に匹敵する能力を有するという意味であろうよ。
現に、"新星"のリムルでさえ、個体で一軍に匹敵すると言われておる。
軍上層部は、リムルの言は豪語だと判断しておるようだが……ワシは真実だと思っておる。
が、今回はそれは置いておいて、だ。
魔王の1柱に、"迷宮妖精"と呼ばれる者がおるのだ。
どう思う?」
その言葉に息を呑む三人。
恐る恐るシンジが考えを述べる。
「ラビリンス……迷宮、ですか?」
と。
重々しく頷き、ガドラは一冊の書物を取り出し、三人に示した。
西側のウルグレイシア共和国にあるという、『精霊の棲家』という名の迷宮。
地下、あるいは空中に広がる迷宮だと世間では言われていたらしいが、真実は異なる。
ある意味正しく、ある意味、間違っている。
その書物に記されているのは、『精霊の棲家』に住まうのは精霊だけではなく、精霊からその身を妖精へと変質させてしまった女王の住処だと言うのだ。
「その女王こそ、"迷宮妖精"と呼ばれる魔王の1柱じゃよ」
ガドラの言葉が三人に重く圧し掛かった。
更に、
「ウルグ自然公園に迷宮の扉のみ存在していたらしいが、今は消え失せたそうじゃ。
時期的には、リムルが魔王を名乗ったのと同時期。
そして、その数ヵ月後に地下迷宮が公開されておる」
と続いた。
最早、間違いないと確信しているのだろう。
シンジ達としても、否定する言葉は持ち合わせてはいない。
「師匠……気付いていたんですか?」
そう返すのがやっとである。
ガドラは意地悪く笑うと、
「当然じゃ! 馬鹿共め……情報収集は全ての基本ぞ?
戦も、経済も。魔道の探求を志す者ならば、尚の事。
精進が足りぬわ!!
そして、もう一つ。
貴様等が負けたという相手、それも予想がついておる」
「え!? し、師匠、何故それを?」
「ユウキ殿に聞いた。貴様等が何処へ何をしに向かったのか、な。
その時点で答えは出ておったが、何事も決め付けは良くないのでな」
「はは、申し訳なく……」
顔を真っ赤にし、恥じ入るシンジ。
魔術師として、師に何度も言われていた情報収集が甘かった事を、指摘されるまで気付けなかった自分に恥じたのだ。
だが、日本育ちで緊張感の足りないシンジと、この世界で長年生きて来た老獪なるガドラを比べるのは、若干酷というのも確かなのだが。
ともかく、シンジ達は猛省を言い渡されると同時に、60階層の守護者の情報を得たのである。
千年前の偉大なる聖騎士と、それを従える高潔なる聖人の話を。
そんな人物達が魔に転じたのだ、その脅威は上位魔将に匹敵すると言われても頷ける話であった。
「嘘か真かは知らぬが、こちらの書物では、
『聖騎士アルベルトの剣は、上位魔将をも切り裂く』
と、書かれておったぞ。恐るべき剣の達人であったのじゃろうて……」
その師匠の言葉を聞き、うんざりするシンジ。
(そりゃあ、勝てる訳ないって!)
という心境であった。知らなかった以上仕方ないが、復活出来る場面で無ければ死んでいたのだ。
今後は、仲間を危険に晒さぬ為にも、より深く情報収集を心掛けよう、そう誓うシンジ。
しかし、その決意は少しだけ遅かったのだ。
何故ならば、彼等は既に、新たなる危機に巻き込まれていたのだから……
宮廷魔法使いのガドラの部屋の扉が開かれ、数名の兵士が入って来たのだ。
突然の出来事に、驚くシンジ達。
だが、既に事態は動き出しており、シンジ達が帝国から抜け出すという判断を遅らせた事が、穏便に逃げ出せる機会を逸する事になったのである。