144話 地下迷宮攻略-威力偵察小隊-
三人の人物が、豪華な部屋にて緊張した面持ちで立っている。
直立不動で、この部屋の主を待っているのだ。
この部屋の主は、神楽坂優樹という。
最近帝国に遣って来て、あっという間に軍団長の座に着いた男。
だが、彼等からすればそれは当然だと考えていた。
何しろ、ユウキは……
「やあ、待たせたね! 座って待ってて良かったのに」
そう言いながら、ユウキが部屋に入って来た。
後ろには、秘書のようにカガリが付き従っている。
「いえいえ、ユウキ様。我等は貴方様のシモベです。お気遣いなど不要です」
代表し、一人の男が答えた。
男の名はダムラダ。
秘密結社、三巨頭の頭の一人。
そして、この三人の人物こそが、三巨頭の頭達なのである。
「ははは、相変わらずダムラダは固いね」
笑って受け流し、三人に座るように薦めるユウキ。
促されるまま席に着くと同時に、ユウキは本題に入った。
「で、ダムラダ。魔物の国の様子はどうなっている?
戦力の推移、そして、技術開発の進行具合はどうだ?」
「は! 戦力は日増しに増大しております。
かの国では、20万人を養う事が可能な規模で、国内開発が完了している模様。
各部隊の編成も進んでおり、評議会や新組織である委員会とも繋がりがあります。
ジュラの大森林の向こう側は、魔物の国の根が張り巡らされていると言って良いでしょう。
現在組織されている兵力数は、5万は下りません。
数は帝国の敵ではありませんが、個々の戦力が高く連携も巧みであり、侮れませんな。
また、傭兵やその他で、数はまだ増える要素を残しております。
総数では、12万〜15万には達するものと思われます。
技術開発について、ですが――
現在、魔物の国の国内での開発は行っていない模様です。
結界で守っているのは、住民の安全の目的でしかなく、技術漏洩についてではありません。
ですが、"魔導列車"なるものが突然稼動し、運搬能力の常識を破りました。
恐らく、どこかで開発は続けられていたのでしょう。
残念ながら、一商人である私では、これ以上の技術開発についての情報は掴めませんでした」
「なるほど、一商人である君でも、軍隊の規模は掴めたのかい?」
「はい。軍隊については、隠す気が無いようですな。
大きく別けて、二つの軍団になるようです。
ゴブタ将軍率いる第一軍団と、ゲルド将軍率いる第二軍団です。
表向きの主力は、第二軍団でしょう。ただし、此方は工作部隊という面が強いようです。
本命はやはり、第一軍団。
高火力の火炎能力者を多数揃えている、高速機動部隊です。
第二軍団による前線維持と、第一軍団による蹂躙、そういう作戦ではないか、と」
「高速機動? 馬か何か、そういう移動手段を使うのかい?」
「いいえ、軍事練習を遠目にて魔道具を用い観察しただけなのですが……
対峙する状態から、開始の合図と同時に有り得ぬ速度で全体が移動しておりました。
遠目にてあの速度だと、恐らくは馬以上の速度でしょう」
「へえ……。観察用魔法を使用すると、妨害魔法で邪魔されてしまってね。
ここから魔物の国の情勢を把握するのは難しいようだ。
君の持ち帰った情報は貴重だよ。
だけど、それだけが全戦力とは思えないんだけどね……」
「ああ、そう言えば……
あの国の衛星都市として、迷宮都市が御座います。
地下迷宮と呼ばれる複雑な建造物があり、それを囲むように都市が出来ておりまして。
その地下迷宮の中に都市がある、そういう噂が流れておりました」
「地下迷宮の中に都市……」
「はい。その都市の中に、技術開発の拠点があるのでは?」
「――なるほど。有り得る、いや……そう考えるのが妥当、か」
ユウキはダムラダの報告を聞き、思案する。
戦力数はそんなものだろう。
ただし、その内容は疑問が残る。軍団が二つとはリムルという魔王の思考からして、少ないと感じるのだ。
それにあの国には、異常なまでに強い魔人が複数存在する。
ベニマル、ディアブロ、シオン、ゴブタ。
四天王と呼ばれる者達。
軍団を任されているのが、四天王の中で最も弱いとされるゴブタ将軍のみというのも胡散臭い。
いや、胡散臭いというならば、あの国の魔人は全員どことなく胡散臭い感じではあるのだが……。
旧十大魔王並みの強さの者達が、一人の魔王の下に何人いるのだ、という話である。
(ああ、やはりリムルさんを仕留めるのに失敗したのは痛い、な)
そう悔やんでも仕方ない。
ユウキは溜息を噛み殺し、思案を続ける。
ジュラの大森林周辺国家から集まる騎士や義勇兵は敵では無い。
数は意味が無く、集まっても問題とならない。
だが、大森林から集う魔物達は危険である。
本来なら烏合の衆と無視しても良いのだが、魔王リムルの下でならば、予想以上の動きを見せると考えた方が良さそうだ。
その集団に加え、何らかの技術開発による強化が為されれば、思わぬ打撃を受ける事も有り得る。
ユウキとしては、自身の配下含めて損害が出るのを問題視している訳では無いのだが、だからと言って相手の戦力を掴んでおく努力を惜しむつもりも無いのだ。
「ヴェガ、どう思う?」
ユウキは、腕を組み話を聞くだけだった、三巨頭の頭の一人に話を振った。
ヴェガ、三巨頭の"力"を象徴する頭である。
ヴェガは重々しく頷くと、
「潰せば良い。心配なら、悉く! 全てそれで解決する」
そう自信満々に答えると、ニヤリと笑った。
(コイツ、力は強いんだけど、頭が悪い――というより、悪すぎる――んだよな……)
ユウキは内心で溜息を吐き、しかしその考えもアリだと判断した。
確かに、心配なら地下迷宮を攻略させて、内情を調べれば良いのだ。
「ミランダ、君の考えは?」
三巨頭の最後の頭、"女"を司る美貌のミランダ。
少女のようでもあり、熟女のようでもある。怪しい魅力を発する女性であった。
「そうですわね……。
相手の魔王に性別があったなら、この様な面倒事で煩う事も無いのですが……
技術情報を持ち帰るにも、開発されている場所が何処か特定しませんと、調略も出来ません。
口の軽そうな技術者や、女に弱そうな責任者も居ないのでは、ね。
戦争ではお役に立てそうもありませんし、其方はわたくしが調査を引き継いでも良いのだけど……」
「いや、それは私が引き続き調査しよう。
あの魔王は隙だらけのようで、案外用心深い。見知らぬ者への警戒は怠らぬだろう。
ミランダ、君では目立ち過ぎる」
「あら、そうかしら?」
「そうだね、ミランダは引き続き、機甲軍団の軍団長を頼む」
「俺は今まで通り、魔獣軍団に潜入待機か?」
「頼むよ、ヴェガ。決して軍団長を殺しちゃ駄目だぜ?」
「判った。努力する」
「ユウキ様、手駒を何名かお借りしても?」
「ああ、いいとも。じゃあ、100人衆から何名か見繕うよ」
「ええ、お願い致しますね」
地下迷宮を攻略するという事で話は纏まり、三巨頭達は退席する。
後に残ったのは、ユウキとカガリのみ。
実は既に戦争の準備は終わり、後は敵情報を調べるのみなのである。
他の将軍に比べて余裕のあるユウキが、情報収集の任務を請け負ったのだ。
「ねえ、ユウキ様。彼等は上手く踊ってくれるでしょうか?」
「さあ、どうだろう。
上手く誘導して、思う通りの戦禍を撒き散らせる事が出来ればいいんだけど」
「でも、遂にここまで来ましたね。もう間もなく、開戦ですよ」
「ああ、そうだな。上手く死を刈り取らないとね」
そして、二人は邪悪に嗤いあう。
彼等の目的は帝国の勝利では無いのだ。
ユウキの思惑と帝国との利害が一致した、ただそれだけの関係なのだから。
勘違いしてはならないのだが、ユウキが帝国の勝利に責任を感じる必要はないのである。
ただし、迷宮内部の調査は必要であると考えた。
何らかの罠や仕掛けがあるのは間違いないだろうし、世界を滅ぼすにも迷宮の中に逃げ込まれては意味が無い。
攻略の糸口を見出す為にも、調査くらいはしておいた方が良いという、軽い思いつきでしかなかったけれど……。
結局その思いつきにより、地下迷宮攻略班が思わぬ報告を齎す事になるのだが、それはユウキの知る所では無かったのである。
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ユウキが地下迷宮攻略を決めた時、帝国情報局に於いても魔物の国について同様の報告が為されていた。
そしてまた、ユウキの手の者が魔物の国に向けて動き始めた事も。
情報を受け取った人物である近藤中尉は、寡黙な男である。
「そうか、御苦労」
と、報告者に対し言葉を掛けただけで、それ以上の発言はしない。
他人に自分の考えを陳べるような男では無いのだ。
短く刈り上げられた黒髪が、引き締まった雰囲気を感じさせている。
無表情の中に光る眼光は、相手を射抜き全てを見透かすように鋭い。
好青年であった。まだ20台前半といった若さに見える。
しかし、その目に優しい光は無く、老獪な叡智を感じさせる。
それもその筈。
近藤中尉こと近藤達也は、見た目通りの年齢では無いのだ。
近藤達也は"異世界人"である。
ここ帝国に於いては、"異世界人"はそれ程珍しくは無い。帝国の方針として、"異世界人"の保護というものがあったからというのが、大きな理由の一つである。
タツヤもまた、その方針に救われた者の一人なのだ。
この世界には、魔法があった。だからこそ、彼は命が助かったと言えた。
この世界に来た時、彼は死を賭して敵軍に特攻を仕掛けて、無数の銃弾を受けて死に掛けていたのだから。
運が良かったのだ。
たまたま、帝国の首都に落ちて来て、そしてその傍を帝国の重鎮たる魔法使いが通り掛かったのだから。
タツヤはその運により命が助かった。そして、一度捨てた命を、皇帝の為に使うと誓ったのだ。
そして70年程経過したのだが、彼は老いとは無縁だった。
何時までも若き日の姿のまま、帝国の影に潜む情報統括本部にて決して表舞台に立つ事は無く。
彼を救った魔法使いは、既に居ない。
タツヤを弟子に取り、全ての魔法を教えてこの世を去った。人の営みのままに。
故に、彼の存在を知る者は腹心の部下が数名と、皇帝その人のみなのだ。
情報に巣食う怪人。
帝国の影に潜む者。
人であり、魔を従える者。
様々な二つ名で恐れられている事を知っているが、人と交わらぬ彼にとっては関係の無い話であった。
中尉という階級も、実は相応しくは無い。
実の所、皇帝陛下から、より上位の位を授かっていた。
だが、彼は"中尉"なのだ。
前世――というよりは、元の世界というべきだが――で供に散った部下達の想いを忘れぬ為に、彼は中尉のままなのである。
近藤中尉、彼こそが帝国情報局局長であり、各軍団長でさえ無視し得ぬ存在。
ただし、その正体は不明とされ、恐れられている人物なのだ。
さて、帝国に"異世界人"が多い事には、もう一つの理由があった。
それは、召喚されて来た者達が多いからだ。
神楽坂優樹、元自由組合の総帥であり、帝国に亡命した者。
その亡命が簡単に認められた理由は、以前より"異世界人"を保護し、帝国に送り届けてくれていたからであった。
その数、100名に達する。
その100名はユニークスキルを持つ者が多く、近衛軍に所属する者も多い。
ユウキが言うには、偶然見つけたので保護した、との事だったが、それが嘘なのは調べがついていた。
少年のような見た目だが、その行動は老練である。
近藤中尉と同様、見た目で判断するのは危険な人物であると判断するべきであった。
そして近藤は、それだけ大量の"異世界人"を用意出来た理由を、召喚によるものであると断定していたのだ。
魔法を用いて召喚するには、個人の才能にもよるが効率が悪い。だが、召喚時に魂に刻み込むレベルにて、忠誠を誓わせる事も可能となる。
裏切りが無い部下を用意するには、召喚が最も適しているのである。
実際の所、近藤中尉の危惧は間違っては居なかった。
全員がそうでは無いのだが、一部の者への召喚時の命令は、確かに存在していたのである。
中には、勇者マサユキのような意図と違う者が呼ばれる事もあったし、命令が上手く書き込めないまま召喚された者も居る。
そうした者はより強い力を持つのが特徴だったので、完全に支配出来ないのも気にせずにそのまま帝国に送り込まれていたのだ。
ただし、マサユキのようなケースは問題外。
使い勝手が悪い上に、命令に従わなくなる事が予想される場合、それなりの処置を施して始末していたのであった。
そういった事情を知る事の無い近藤中尉ではあったが、ここ一年のユウキの言動と行動から推測し、ユウキが送り込んで来た者達の危険性に思い至っていた。
その認識は余りにも正確で、恐るべき洞察力だと言って良い。
他の軍団長にしても、ユウキを面白く思っていない事も調べがついている。
帝国のシステムは、『力こそ全て』というものだ。
だからこそ、ユウキを表立って非難する者は居ない。
帝国の頂点の一人にまで上り詰めたユウキに対し、文句を言える者も少ないのだ。
だが、と近藤中尉は思う。
(危険だな、神楽坂優樹。君は排除すべき存在のようだ)
他の軍団にならばまだしも、皇帝陛下を守護すべき近衛軍に所属する者が、他の者に忠誠を誓うのは問題であった。
今はまだ、表立って動く事は出来ない。
だが、不自然な動きを見せた時、それがユウキの死ぬ時となるだろう。
帝国の影に潜む者である近藤中尉は、決して裏切り者に容赦しないのだから。
「精々調子に乗るがいい。君の命は、既に自分の手の中なのだ」
冷酷な光を瞳に浮かべ、帝国の闇の中で近藤中尉は静かに呟いた。
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ユウキの命を受けて、三名の人物が選出された。
ユウキの配下100人衆の中から、混成軍団に所属する者という条件で選んだのだ。
異世界から来たと言うだけで軍団の上位に入れる程に、帝国は甘く無い。
だがユウキの選んだ100人衆は、戦闘能力に長けたユニークスキルを有する者ばかりであった。
だからこそ、その全てが各軍団の中に潜み牙を隠して生活しているのだ。
ユウキの命令を受けて一斉に蜂起し、各々の軍団を掌握する為に、である。
混成軍団をユウキが掌握した今、その日は近いと皆が思っている。
そんな中、突然の地下迷宮攻略指令に、その三人は戸惑いを隠せない。
帝国がジュラの大森林の向こう側を侵攻するのは間も無くの筈なのだ。その時期に地下迷宮攻略とは、疑問に思うのも当然であった。
帝国が侵攻を開始し、ある程度の戦線が伸びきった時点で、ユウキの手の者による軍事的反乱が予定されていた。
これにより、一気に帝国を手中に治め、その勢いにて世界征服に乗り出すのだ。
彼等はユウキにそういう説明を受けていたのである。
その三人、
谷村 真治
マーク・ローレン
シン・リュウセイ
は、予想外の命令にダムラダに食って掛かる。
「おいおい、おっさん。俺達を呼びつけて、迷宮攻略だと?
ふざけんなよ! それとも、舐めてるのか?」
「まあ待てよ、マーク。ユウキさんに何か考えがあるんだろ?
知ってる事を教えてくれるよね、ダムラダさん」
激昂するマークを宥めつつ、シンジがダムラダに問うた。
100人衆は、それぞれがユニークスキルを有する戦闘エリートである。
そのプライドは高く、三巨頭を下に見ているのだ。
ただし、"力"を象徴する頭、ヴェガには一目置いていた。だが、金勘定が得意という目で見ているダムラダに対しては敬意を持つ者が少ないのである。
そんな100人衆の中でも、シンジは比較的ダムラダと親しい方であった。
今回も、ダムラダに八つ当たりするマークを宥める役を買って出てくれたのだ。
シン・リュウセイ、この男は無口であり、何を考えているのかも判らない。
だが、言われた事は確実にこなす。黒髪を三つ編みにして背中に流して、ダムラダと同様の中華風の服を着用していた。
その服の下には、様々な暗器が仕込まれているらしい。
シンジは自ずと、このチームを纏めるのが自分になるのだと悟っている。
不安が無い訳では無いが、この三人が今回の迷宮攻略班――正式名称、威力偵察小隊――なのだ。
そういう訳で、チームリーダーとしてダムラダに質問したのである。
ダムラダは状況を説明した。
今回の戦争に関する準備と調査の中で、迷宮内部だけが未調査である事を。
そして、その迷宮内部にて、何らかの秘密が隠されている可能性を。
捨て置いても問題ないかも知れないが、念の為の調査である事を。
(いや、本当はユウキ様には他に思惑があるようだが……
それは、私には想像も許されぬ事だな。迂闊な事は言わぬ方がよかろう)
敢えて全てを語る必要もない、そう判断し、ダムラダは説明を終える。
ただし、魔王リムルの恐ろしさと用心深さの説明は、念を入れて何度も行った。
かの魔王が自信満々に創った迷宮。
ダムラダの知る限り、攻略したという話は聞いていない。
勇者マサユキが、30階層を突破した、という噂を聞くのみである。
「くれぐれも、警戒を怠らぬように」
「おい、おっさん! 俺達を舐めているのか?」
「まあまあ、マーク。待てって。
ダムラダさん、話は理解した。案内を頼めるかい?」
「ああ、私が案内と、向こうでの世話を任されている。準備が出来たら出発しよう」
「了解」
そして、翌日。
結成された者を案内し、ダムラダは転移魔法陣へと向かう。
果たして、この三人が迷宮を攻略出来るのか?
あの迷宮の中に何が隠されているのか、その心配よりも、攻略可能かどうかの心配をするダムラダ。
だが、口にはしない。
それを言い出せば、文句を言われるだけなのは判りきっているのだから。
多少痛い目にあえば良い、そう思うダムラダなのだった。
そして、帝国から来た三人の威力偵察小隊による、迷宮への挑戦が開始されたのである。