140話 研究成果
食生活が更に豊かになった。
毎食、デザートには果物だったのだが、ケーキが追加されたのだ。
ああ、生きてるって素晴らしい。食べ過ぎると飽きるので、日曜日と祝日などの特別な記念日に用意して貰う事にした。
満たされる生活。スライムに転生したての時には、考えられないような贅沢な暮らしぶりだ。
これで東の帝国の問題が無ければ趣味に没頭出来るのだが……。
最近思うのが、俺とヴェルドラに有志を加えて、宣戦布告と同時に攻め落としてしまおうか、とか考えてしまったりしている。
待つのが性に合わないのもあるが、どう考えても、守るより攻める方が簡単なのだ。
守備力を分散し、考えられる侵攻ルートを守るには兵数が足りないだろうし。かといって、偵察部隊の配置だけしておいてルート確定してから迎撃に向かうのもリスクが大きい。
ドワーフ王国内部を侵攻するのは流石に無いだろう。
中立国である武装国家ドワルゴンは、技術の高い兵装を持つ常備軍を保有しているのだ。
入り口と出口を守備するのにも適しているので、大軍での攻略には向いていない。国そのものが天然の要塞とも言えるのだから。
海路は無い。船舶数が足りないだろうし、海には大型の魔海獣が棲息しているのだ。
足場の条件の悪い海上での戦闘だと、リスクが高すぎて選択肢に入らないだろう。海を無事に通れるかどうかも不明となるからだ。
同様の理由で、竜の棲まう山脈もまた選択肢から外れる。
結局の所、ジュラの大森林を通過するルートしか選択の余地が無いのだ。
となると、軍事行動が可能となるルートの選出は三つ、か。
ただし、その内の一つはドワーフ王国の隣接領域となる。許可無く侵攻する場合、魔物の国とドワーフ王国による挟撃の恐れもある為、普通は選択しないと思う。
結局、二つの侵攻ルートが最も可能性が高く、軍を二つに別けて対応するのがセオリーとなるのだ。
だが、本当にそんなに単純か?
考えても仕方ないが、その予想通りに帝国が動くなら、帝国が魔物の国を舐めているか、圧倒的な大軍を擁しているかのどちらかと言う事。
何しろ、軍事の専門では無い俺の考えでも、侵攻ルートはこの二択を選ぶのだから。
戦争のプロが他に選択肢が無いという理由で、単純に予想出来るルートを選ぶ事は無いだろう。
いや、逆に他にルートが無いからこそ、圧倒出来る戦力を揃えるまで動いていないのだ、と考えられる。
となれば、その大軍に対し、戦力を別けるのは愚策。
駄目だ。
考えているとイライラして来た。
やはり此方から攻める方がいいんじゃね?
というか、帝国が宣戦布告した瞬間、特攻をかけるのが正解なんじゃ?
真面目に考えても正解は出ないだろう。臨機応変に対応するのが良い。
臨機応変。
何やら素晴らしい響きの言葉だし、出来る男というイメージもある。
よし、それでいこう。
念の為、海上ルートも含めて、偵察任務に着かせている。各所に転移魔法陣を設置しているのだ。
長距離連絡手段と、緊急移動の準備は完璧であった。あくまでも個人用だが、連絡には十分である。
何かあったら報告が来るだろうし、それから考える事にしよう。
結論を出した所で、俺は立ち上がり食堂へと向かう。
頭を使うと甘いものが欲しくなる。デザートは特別な日と祝日と決めたけど、オヤツは別だ。
早速、シュナに頼んでケーキを用意して貰おうと思う。
自分に甘いのが俺の良い所。食べ過ぎて飽きるとか、飽きた時に考えればいい話だろ。
そうに違いない。
あっさりと自分の方針を覆し、食堂に向かうとシオンが居た。
俺を見ると満面の笑顔を浮かべて、手に持つ皿を差し出してくる。
何だろう、この嫌な予感は……。
「リムル様、お待ちしておりました!
水臭いですよ、リムル様。
一言、申し付けて頂ければ、私がケーキ(のようなもの)を用意いたしましたのに……。
はい、どうぞ! シュナの作ったものと同様の味で、量は数倍です!
遠慮せず、召し上がって下さい!」
ニコニコしながら、差し出す皿に、何やらコンニャクのような大きな塊が乗っている。
え? ケーキ……!?
思わず受け取った皿に乗る物体を眺め、助けを求めて周囲を見回した。
誰も居ない。逃げた、か?
どうやら、最悪のタイミングで来てしまったようだ。
「おい、これはケーキなのか?」
「はい! 味は完璧に再現しておりますよ!」
自信満々のシオン。
だが、嫌な予感は増すばかりだ。
味は完璧? それは、味以外は駄目って事じゃ?
俺は自分の方針転換を後悔しつつ、一口だけ食べてみる事にした。
こんな事なら、自分で決めた通り、食後のデザートだけを楽しみに待つべきだったのだ。
そもそも食事の必要も無いのに食い意地を張ったから、この様な修羅場に遭遇してしまう羽目になる。
スプーンで削り、一口、口に含んだ。
吐くかと思った。
食感はコンニャク。そして、味は甘ったるいケーキ。
見た目は灰色。そして、見たままのコンニャクの食感なのだ。
ケーキとは、視覚情報も重要だと、再認識した瞬間であった。いや、ケーキに限らず、食事は見た目も重要なのだ。
素材がそのまま出てこられても、美味しそうには見えないのである。
「どうです? 美味しいでしょう?」
完璧ですよね? と言いたげな、シオンのドヤ顔にイラっとする。
コイツはアレだ。先ず、料理とは? という基本的な所で躓いているようだ。
「座れ。ちょっと、そこに座れ。説教だ!」
「え!? どうして?」
ドヤ顔から一気に涙目になり、シオンがうろたえるが、お構いなし。
それから30分程、俺は懇々と、シオンに料理の何たるかを説教したのだった。
シオンに説教を終え、ようやく一息つく。
放置していたのが失敗だった。シオンは、何でもスキル任せに結果だけを出そうとする。そんな事では、一生成長する事は無いだろうから。
俺の説教が堪えたのか、シオンはシュナに料理を教わると約束してくれた。
というか、以前からシュナに教わっていたのでは? いやいや、そんな事は無いだろう。
少し心配だが、これで一先ずは大丈夫だ、そう思う事にする。
考えを切り替えて食堂から出た所で、ばったりとクロベエに出会った。
「おお、探しておりました、リムル様。やはり此方でしたか」
「ん? 俺を探してた? 何かあったのか?」
「ええ、以前より依頼を受けておりました、新型の武器が完成いたしましたぞ!」
クロベエが嬉しそうに報告してきた。
以前の依頼? 多すぎて、どれの事か思い当たらない。
ともかく、クロベエについて、工房に向かった。
工房は相変わらず暑い。温度に影響を受けないから良いものの、中での作業は大変そうだ。
久しぶりに来たが、工房には人――魔物も含む――が増えていた。
「弟子が増えたみたいだな」
「ええ、お陰様で。しかし、まだまだですな。使い物になるのは作れない者の方が多いです」
俺達が会話しつつ工房に入ると、声に気付いて弟子達が顔を上げた。
そして、俺の姿に気付いて一斉に立ち上がり礼をする。その勢いにびっくりしてしまった。
クロベエを見ると、
「馬鹿どもが! さっさと作業に戻れぃ!」
大音声で怒鳴りつけ、弟子の作業を再開させる。
彼らの気持ちも理解出来るかも。職場に社長がやってきたら、緊張もするというものだ。
それも、下っ端の部署に。
俺も実感は余り無いけど、この国では王様なのだし、気軽に遊びに行くのは可愛そうかも知れない。
元の世界の会社で本部長クラスの職場見学の際でも、前日から大掃除をして準備などしたものだし、それが社長ともなると失敗は許されない雰囲気になる。
所帯が大きくなればなるほど、気軽に接するとかえって気を使わせる事になるかも知れない。
だが……
「悪かったな、突然来て。でもな、ちょくちょく遊びに来ると思うから、そんなに緊張しないでくれ」
と、声を掛けておいた。
馴れ馴れしくされると問題かも知れないが、一々緊張する必要は無いだろう。
俺は威張るのも大好きだが、緊張し過ぎて反応が無いのは面白くないのだ。
ゴブタのような、おバカな反応が好ましい。TPO――時と場所、場合に応じた態度――さえ弁えてくれればそれで良いのだ。
俺の言葉で肩の力の抜けた弟子達。
それを確かめ、一つ頷いて奥の部屋に進んだ。
――ちなみに、俺の知らぬ事であったが、弟子達が緊張した理由は俺が魔王だからというだけでは無かった。気付いていない間に、魔物の国の三大アイドルの一人に、俺が選ばれていたのだ。俺、シュナ、シオン。驚きの人気である。他に、ラミリスとミリムを加えて、人気を奪い合っているのだとか。順位は敢えて言わないが、俺とミリムがダントツなのだそうだ。全く、隠れて何をやっているんだと、聞いた時は呆れたものである――
さて、以前頼んだという品を見せて貰う。
クロベエは自信ありげに装備を収納している箱を取り出し、俺の前に持って来た。
中に入っていたのは、力強さを感じさせる幅広剣だ。特徴的なのは、剣の根元にビー玉サイズの丸い小さな孔が空いている事か。
孔の数は3個。他には目立った所は無かった。
勿論、剣としての性能はそれなりのものであるのは当然なのだが、クロベエが鍛えたのならば他を圧するという程ではない。弟子の作品と比べるなら話は別だろうけど。
材質は純魔鋼であり、貴重ではあるが特別な素材というわけでもなさそうだ。
こんな言い方は可笑しいけれど、至って普通の特質級武器である。
別に魔法が掛けられているという感じでも無いようだし……。
「これは? クロベエの作品なら、別段飛びぬけているという訳ではなさそうだけど?」
判らないから聞いてみた。
クロベエが普通に剣を打つと、一日に一本出来上がる。平均的に仕上がりは特質級であり、失敗した時で希少級の中の上等な部類の出来栄えであった。
丁寧に造りこんだ場合、2〜3日で一本出来るのだが、その場合は最低でも特質級クラスの品質を維持しているのだ。
だが、未だ伝説級は遠いようで、素材から拘り抜いても成功例は無かったハズである。ただし、出来上がった特質級クラスの武器を数年間達人が使い込めば、武器進化で伝説級に進化しそうではあったけれど……。
なので、クロベエがわざわざ特質級武器を俺に見せるというのは考えられなかった。
「フフフ、判りませぬか? 以前、リムル様が申していた仕組み。
この玉を、こうしてこの剣の孔に嵌め込みます、と――」
クロベエがそう説明しながら、箱に入っているビー玉のような黄色い玉を剣の孔に嵌め込んだ。
すると、それまでは単なるブロードソードだったのに、雷の魔力を纏った魔法剣に変化したのである。
こ、これはまさか!
「お、おいクロベエ! クロベエちゃん! 完成しちゃったのかい?」
俺は興奮し、クロベエに問うた。
クロベエはニンマリと笑みを浮かべ、
「ムフフフ。やりましたぞ!」
ドヤ顔で返事する。
ああ、シオンのドヤ顔にはイラっとさせられたが、今回は素直に褒め称えたい。
そう言えば、純魔鋼の武器に魔力を馴染ませて、属性を込めた魔石を嵌めたら魔法剣が造れるのではないか? と、クロベエにカイジンと相談した事があったよ。
カイジンも一緒に研究していたようで、二人の共同研究の成果なのだろう。
「どうですか、思い出して貰えましたかな?
遂に魔素を直接凝縮させて、純度の高い魔石を精製する事に成功しました。
込める魔力の属性により、土・水・火・風の四元素に分類出来ます。
また、この属性を付与した魔石を、属性核若しくは、魔玉と名付けました。
組み合わせ次第により、属性変化も可能ですな。当然、孔の数しか組み合わせ出来ませんぞ。
まだ完成したてで実験途中ですが、中には危険な組み合わせもありそうです。
あと、どれだけ頑張っても、孔の数は3個が限界でした。
それも100本打って1本出来るかどうか。
普通に打っても、孔空きを作るのは難しいようでして……
お恥ずかしい事に、弟子達では、孔の空いた武器を打つ事すら至難のようです。
かろうじて、4人の高弟どもが1個の孔空きに成功しただけですじゃ。
まあ、まだ諦めた訳ではありませぬが、3個の孔空きならば、伝説級相当の威力。
そう確信しております」
誇らしげに、クロベエが説明してくれた。
素晴らしい。素晴らし過ぎる!
ただでさえ魔法剣は貴重なのに、属性変更を可能とする魔法剣など、存在してもいないだろう。
とんでもないものを造り出したものである。
すっかり忘れていたけど、これがあれば対帝国にも重宝しそうだ。
ついでに、孔の数でレア度が大きく変わる訳だし、迷宮内のボスドロップに設定するのも面白そうだ。
普通の剣でも孔空きが出来るか弟子たちに練習させて、成功品を階層ボスのドロップに設定しておこう。10階層毎の大ボスには、ランダムで属性付きの魔玉も落とさせる。
まあ、それも30階層を越えてからの話。40階層から設定しておけばいいか。
「どう思う? 品数は揃える事は出来そうか?」
「ええ、今から隊長クラスに配る分を作製しますので、失敗品を迷宮に回せるでしょう。
一般兵にまではどうせ回す余裕は無いですし、上品質の装備は大量生産品で間に合います。
問題ないでしょう」
「そうか。では頼む」
クロベエの快諾を受けて、方針が定まった。
まあ、迷宮は30階層を越えると、本格的に鬼仕様になっていく。
50階層ボスが、制限無しのゴズールなのだ。俺達の次の目標でもあった。
先に帝国を潰さないと、楽しく遊ぶ事も出来ないじゃないか。クロエも連れて来て、早く安心したいし。
やはり、帝国にユウキがネックだな。
さっさと問題を解決したいものだ。
「ところで、以前よりリムル様に馴染ませている魔鋼ですが、どのような按配ですかな?
そろそろ完全に馴染んだのでは?」
おもむろにクロベエが聞いてきた。
え? そういえば、忘れてたけど、俺の専用武器を作成する為に、魔鋼を馴染ませていたんだったな……。
「う、うむ。大丈夫。覚えているよ?」
「はい」
「ちょっと待って、今出すから」
少し慌てつつ、忘れていた事を悟られないように泰然と。
俺は、暴食の胃袋内部で馴染ませていた魔鋼を取り出した。
虹色に輝く魔鋼。
金を混ぜた訳でも無いのに、神輝金鋼以上の輝きを放っている。
むむ? どうやら、いい感じに熟成している感じである。
「どうだ? いけそうか?」
「こ、これは――!!」
興奮を通り越し、声も出ない程驚くクロベエ。
ちょっと俺も鑑定してみよう。
《解。神鋼:究極の金属 》
だってさ。
オリハルコンの上位版みたいだ。
俺が精製した神輝金鋼以上の性能を持つ、正に完成された金属と言えた。
「ヒヒイロカネ、ですか……凄まじい。永久不変の神話級の素材、ですな」
所有者の魔力に馴染み、あらゆる性質の魔力を反発する。
最強の武器にも防具にも転用可能な、究極の金属であるらしい。
残念ながら、特別濃厚な魔素を注入した、武器作製用の少量しか出来ていない。
この量では俺の武器しか出来ないだろう。
だが、これでようやく、俺の専用の刀が出来そうだ。
通常の武器では、全力を出す前に耐え切れずに壊れてしまう。何度も複製して造りながら戦うのも馬鹿らしい。
いざという時に壊れそうでは、身を守るのに適していないのだ。
俺はクロベエに虹色に輝く神鋼を渡し、刀の作成を依頼した。
恭しく受け取るクロベエの目は、並々ならぬ緊張と興奮で怪しい光を放っている。
これは期待出来そうだった。
後の事をクロベエに任し、俺は工房を後にする。
まだ見ぬ刀に思いを馳せて。
そして、一週間後。
クロベエから、刀が打ち上がったと連絡が入った。
ようやく、俺専用の武器が完成したのである。