134話 レオンvsユウキ -後編-
レオンとユウキの戦闘が開始した。
光が空中で弾け合い、地面が衝撃で巻き上げられる。
佇むクロエにも、衝撃の余波が襲い掛かった。クロエの背後に隠れるカガリは、首を竦めて目を見開く。
「ちょ、ちょっと! 一体どうなっているのよ!?」
余りにも早すぎる高速戦闘であり、カガリの知覚能力では残影が見えるのみ。
どちらが有利なのかすら、わからない始末である。
「状況は、一見互角に見える。けれども……」
「――けれども?」
「レオンお兄ちゃんの方が、余裕を残し、思い通りに状況を導いている、ように見える」
私はそれ程解析が得意ではないのよ、そう言いつつ、クロエが見たままを伝える。
「はあ? 見える、ってアヤフヤだわね。で、どっちが勝ちそうなの?」
クロエは暫し沈黙し、
「このままなら、レオンお兄ちゃんが勝つ」
断言した。
「フン。まあいいわ。ワタクシも断言するけど、ユウキ様に敗北は無い。絶対に」
力を込めて言い切るカガリ。
クロエはカガリをチラリと見やり、否定も肯定もしなかった。
何も言わず、黒騎士卿クロードに翳していた手を放す。レオンの一撃で、酷く大怪我をしていたクロードは、今は傷跡も判らぬ程の状態だ。黒鎧まで完全に再生しているのだから、驚きである。
目を開けるクロードの唇にそっと指を這わせ、クロエは小さく首を振る。それだけでクロードを意識の外に追いやり、クロエはレオンとユウキの戦いへと意識を向けた。
黒騎士卿クロードは何も言わずに立ち上がり、クロエに並んだ。
「ちょっと、貴方は二人の戦いが見えているのかしら?」
立ち上がったクロードに、カガリが問う。
それに対し、言葉ではなく頷く事で返事とするクロード。
「ッチ。あんな戦いを目で追えるだけでも、アンタも十分に化け物だったみたいね。
まあいいわ。どうせ勝つのはユウキ様だし、アンタも新たな主の勝利を見届けるといい」
それだけ言って、カガリはつまらなそうに手頃な岩に腰掛けた。
角度的に、クロエの防御結界に守られるように位置取りするのは流石である。
カガリにとっては自分の知覚を遥かに上回る戦闘であり、聊かの経験にもならぬと悟ったのだ。それに、彼女はユウキの勝利を信じており、結果の見えた戦いに興味は無い。
クロードはカガリと異なり、自分の置かれた状況に戸惑ったままだ。
しかし、クロエに諭され自分の状況を不用意にばらす愚を冒さなかった。実は彼の意識は、クロエによって、レオンに忠誠を誓った状態に戻されていたのである。
クロエの能力は、回復では無い。その本質は、時間の巻き戻し。
ユウキに上書きされた状態すらも、時間を元に戻す事で無かった事にしたのである。周囲の時間をそのままに、部分限定された者のみに能力の影響を及ぼす事が可能とする。
その能力は、ダメージだけに留まらず、全ての状態異常――つまりは、疲労や死亡さえも――無かった事に出来る究極の力。
ただし、残念ながら赤騎士の復活は不可能であった。ユウキが奪った力を使用してしまっている為、既に干渉出来なくなっているのだ。
絶対的な力ではあるが、万能では無い。
その事は、クロエが熟知している。まして、彼女はまだ能力に覚醒したばかりであり、完璧に使いこなせる訳でも無いのだ。
赤騎士の復活までを彼女に望むのは酷であるだろう。彼女を責める者は居ないのだが、彼女は悲しげに赤騎士をみやった。
彼女に出来る事は無く、これ以上勝手には動けない。
溜息を一つつくと、クロエは意識を戦いへと向けた。
レオンとユウキ。二人の戦いはまだ始まったばかりである。
しかし、意識を集中させたクロエの目には、大きく戦況が動く様がハッキリと見えていたのだ。
ユウキは、自分の考え違いに臍を噛む思いだった。
甘く見ていたのだ。
レオン・クロムウェル、新参の魔王。
元人間で、カガリ=カザリームを倒した魔王。
カガリが弱すぎた為に、レオンの実力を低く見積もっていたと言える。
幸いにも、自身が究極能力に目覚めたお陰で、今だに戦闘を続行していられるけれども、もしも目覚めていなければ既に敗北していたのは間違いない。
(って言うか、これ程強いとは思わなかったよね)
今も繰り出された光の拳の一撃を受け流し、思考を重ねる。
受け流しつつも、大量にエネルギーを削られたのが実感出来た。このままでは、どのみち敗北は時間の問題なのだ。
ユウキの能力は奪う事に特化している。相手のエネルギーを奪うのが主流だ。この能力は、攻撃と同時に、回復にもなる通常ならば攻守一体の万能技だと言えた。
相手がレオンで無ければ、の話である。
レオンの能力の属性は、光=浄化。つまりは、魔の属性を浄化する事に特化した、正に勇者に相応しい能力である。
そんな人物が魔王をやっているのだから、ユウキとしてはふざけるなという気分になるのも仕方ない話。
愚痴を言っても仕方が無いのだが、ユウキの目覚めた能力は悪魔系、つまり魔属性だった。攻撃する度に浄化を受ける、つまりはダメージを受けるのだ。
奪ったエネルギーよりも、浄化される分が多い。まして、相手の攻撃も全てを回避出来るわけでもなく、時間当たりのダメージ量では、完全に自分が負けている事を自覚せざるを得なかった。
(やばい、かな? このままじゃ、負けてしまうよね)
能天気にも思える思考を重ねつつ、次の策を思案する。
最悪、クロエの投入? しかし、それは避けたい。それをしてしまうと、世界を破滅に導く事が難しくなる。
理由は簡単。この世に存在する、最強存在、ギィ・クリムゾンとミリム・ナーヴァを倒す事が出来なくなるからだ。
そして、リムル。
一度会ったあのスライムは、異常だとユウキの直感が告げていた。成長速度からして異常だが、こちらを見透かすような目で見つめてくる。その視線は不快であり、どうしても見逃す訳にはいかないと判断していた。
(――まさか、リムルさんが僕の本質を見抜いたとも思えないけど……。
それでも、あの人は、さっさと始末しないと危険な気がするな)
そういう事であった。
クロエを使用する場面は、ここ一番が望ましい。
二名の強者と、一名の危険人物。
ミリムは、その性格故に、結構簡単に騙せそうだと判断していた。故に、問題なのはギィとリムルである。
ユウキの判断では、ギィ相手ではクロエだけでは不安であると考えている。だからこそ、リムルを始末させる。
その後、クロエとギィを争わせて、同時に二人を始末するという計画だったのだ。
クロエを今動かしたら、リムルを倒すのが難しくなりそうだ。そういう予感があったのである。だからこそ、ユウキはクロエに命令する事を選択しない。
さて、ではどうしたものか?
クロエに書かせた契約書には、ユウキの命令を邪魔しない、とするので精一杯だった。けれど、ちょっとした命令ならば問題ない。恐らくは、クロエの人の良さによるものだろうが、ちょっとした頼みならば聞いてくれる。
だが、流石にユウキ達を守りつつ、ここを撤退というのは無理だろう。
(やって来たのが、リムルとルミナスだったならば、計画通りだったのに……)
ユウキは、一つ溜息を吐くと、迷いを捨てて切り札を一つ、切る事にした。
レオンの強さを見誤った事を後悔するのは、ここを脱出した後で行う事にする。そろそろ決断せねば、冗談では無く敗北する事になるだろうから。
「はは、レオン。ゴメンね。君を過小評価し過ぎてた。
だから、とっておきの切り札を使わせて貰う事にするよ!」
「ふ、好きにしろ。無駄だろうが、な」
「そんな強がりを言って、後で卑怯だなんだと言わないでくれよ?」
そして、ユウキは究極能力『強欲之王』に統合された『召喚者』の能力を起動し、地面に極大魔法陣を描き始めた。
地面に転がる複数の死体。ユウキの部下達と、赤騎士のそれ。
その肉体が膨張を始め、一つの肉塊になる。
ユウキの描く魔法陣より這い出した、蠢く邪悪なる者が、その肉塊と一つに混じりあい……
狂った咆哮を放った。
嘗て、竜族の始祖たる"星王竜ヴェルダナーヴァ"が娘に与えた護衛竜がいた。
とある王国に罠にかけられて殺された、大いなる力を持つ偉大なるドラゴン。
その躯は、主たる少女の進化と同時に、凶悪な力を有する混沌竜へと変貌した。
魂無き悲しさ。善悪を超越した、破壊の化身へと転じたのだ。
主たる少女はその事を嘆き、誰にも知られぬように封印したという。
しかし、長き年月が経ち、その身から湧き出る瘴気が周囲の環境を蝕み始める。
邪悪な瘴気の原因究明という調査依頼を受けて、自由組合が原因に行き着くのは自然な流れであった。
「目覚めよ、混沌竜! お前の真なる主はこの僕だ!」
目覚めた竜を用い、追っ手たる魔王を始末する。
当初の計画では、この竜が暴れている隙に脱出する予定だった。
しかし、今は違う。今は、覚醒した究極能力『強欲之王』により、混沌竜の主はユウキとなった。
目覚めたばかりだというのに、圧倒的な威圧感を放ち、急速に周囲の魔素を吸収し力を付けていく混沌竜。
全長20mを超える、竜族の直系。今や、その最強竜が、ユウキの意のままに動くのだ。
その咆哮、そして噴出す瘴気の吐息にて、山腹から頂上にかけての岩肌と樹木が腐食し、崩れ落ちる。
混沌竜の能力、瘴気呪怨吐息の効果であった。
ユウキは笑顔を浮かべ、カガリは青褪める。
クロードは表情が見えないが、自身の主であるレオンを信じている様子。
そして、クロエは拳を握り締める。万が一、レオンが敗北するようならば、自分が混沌竜を滅ぼす決意を込めて。
「ははは! どう? 余裕ぶってるからこういう事になるんだぜ?
今、僕に忠誠を誓うなら、快く仲間に迎えてあげるけど、どうだい?」
ユウキの提案を、鼻で笑うレオン。
彼は、この展開を読んでいた。その上で、召喚を邪魔しなかった。
それはつまり……
「やはり、混沌竜だったか――。
愚か者め、太古の亡霊を蘇らせるなど、竜皇女ミリムの逆鱗に触れるぞ?
魂の繋がりが切れたら直ぐにミリムにも伝わるだろう。
お前は終わりだよ、神楽坂優樹」
「……なるほど、ね。気付いてて僕に好きにさせたって訳かい。
でもさ、ミリムが来る前に、君は死ぬんじゃない?」
「ッフ、試してみるか?」
表情を消し、ユウキは混沌竜へと命令を下す。
目の前の敵を殺せ! と。
混沌竜は、間違いなく強い。その力は、"竜種"に次ぎ、自然界に発生する魔物達の最上位に君臨するだろう。
だが、心なき魔物は、知恵もまた無いのだ。理論だった攻撃も出来ず、暴れるだけの暴力の化身。
以前の、覚醒もしていない魔王達だったならば、その圧倒的なエネルギーによる力押しでも上回れたかも知れない。しかし……
レオンは天才であり、しかも属性は光=浄化。
混沌竜の天敵とも言える存在であった。
「もう一度、言ってやろう。貴様は、俺を舐めている。
わざわざ召喚の時間をやったのは、今のお前が何をした所で、絶望的なまでに力の差があると知らしめる為だ。
見せてやろう、この俺の力の一端を!」
言葉と同時、レオンが黄金の光に包まれる。
その背に生じた黄金の翼。それは、純粋な光のエネルギーで構築されている。
種族としての天使族に酷似してはいるが、本質は全く別のもの。36対72枚の翼は、光の本流そのものであった。
そして、その手に顕現した聖炎細剣を持つ。
神話級のレイピアであり、レオンの所有する最強の剣。細くしなやかな刀身には、美しい蒼白い炎の紋様が浮き出ていた。
レオンは、剣を片手に、左手に黄金円盾を構える。
此方は鎧と同様に伝説級ではあるが、レオンの聖気と混じりあい、高い防御力を有していた。事実上、魔属性の攻撃では、浄化によりダメージを半減以下に抑える事が可能である。
完全武装したレオンは、表情を無くしたユウキを一瞥し、興味を失ったように混沌竜へと視線を移す。
そして、
「殺すとミリムの恨みを買いそうだな。ならば、再び眠りにつかせるまで!
聖霊よ舞え! 対魔封三角錐聖結界!!」
四柱の小さな三角錐の形状をした、クリスタル状の聖霊が、レオンの意思に従い混沌竜を包み込む大きな三角錐を形成する。
それは、聖浄化結界をも上回る、聖属性の究極結界であった。
レオンの構築した結界には、[効果:永続]が付与され、囚われた者を封じ込める。『無限牢獄』に並ぶ最上級の封印術であった。いや、対象が魔属性であるならば、その効果は上回っているかも知れない。
この結界の存在こそが、唯一レオンがギィに勝利する可能性を生じさせている。最も、ギィならば瞬時にその結界の危険性を察知し、囚われる事が無いだろう。故に、策を弄し、一万回に一度勝利出来るかどうか、というレベルでの成功率なのだが……
ただし、対象が理性なき魔物であるならば、防ぐ術は無い。
哀れな混沌竜は封印を破ろうともがくが、無駄な抵抗というものであった。更に、結界の効果が発動し、混沌竜から魔素を吸い上げて結界の強度を補強する。こうなっては、最早動くことも封じらてしまった。
ミリムが施した、生命循環の結界ではない以上、如何に強大な魔素量を有する混沌竜であっても、このままでは100年足らずで消滅する事になる。
レオンはその事で、自分がミリムに恨まれる可能性を考えるが、その時は封印を解除しミリムに任せれば良いと考える。八つ当たりでミリムの不興を買うと面倒な事になるが、今考える事ではない。結界に調整を加えると、そのまま躊躇わずに地中に埋め込んだ。
結局、混沌竜は一瞬でレオンによって再封印される事になる。
それは戦闘とも呼べぬ、圧倒的なまでのレオンの強さを象徴する出来事だった。
「さて、貴様の切り札はこれで終わりか? 終わりなら、次は俺の番だな」
ユウキに視線を戻し、冷酷に告げるレオン。
立場は完全に確立し、ユウキがレオンに勝つ事は出来ないと思われる。
だが、
「あはははは! まさか、これ程、とはね。魔王、凄いよ!
正直、舐めてた。でもさ、既にその竜の力の源は奪ったから、もう要らないよ。
君から受けたダメージも回復したし、ね。
さて、そろそろ本気を出すかな」
ユウキの言葉通り、ユウキの両手を竜鱗が覆い、その身を先ほど混沌竜を覆っていた瘴気と同質の気が覆っている。
それはやがて、竜の鱗を彷彿とさせる、黒く禍々しい鎧へと変質した。
レオンは自身が施した結界を地上へ戻し、
「貴様!」
ユウキに向けて叫ぶ。
混沌竜は、骨と化し、そして風化し崩れ去ったのだ。
ユウキの言葉通り、全ての中心たる核を奪われ、力を失った結果である。
これでは、ミリムの怒りが! そう、レオンが思った瞬間――
「そんな心配をしている場合じゃないと思うけど?」
先ほどに比べるべくもない速度で、レオンの背後に跳躍するユウキ。
そして、背後から強烈な蹴りがレオンを襲った。
竜の力を奪い、竜戦士と化したユウキ。更なる追撃をかけ、レオンを仕留めようと動き出そうとした瞬間、
「調子に乗るなよ、虫けらが!」
黄金の光が激しく放たれ、辺りを真っ白に染め上げる。
目を開ける事も出来ぬ光の奔流の中、純白金の鎧に身を包む、怒れるレオンがユウキを睨む。
その背に再び出現した、36対72枚の翼。結界を使用した際に、消滅していたが、無尽蔵とも言えるレオンの霊気にて再構築されたのだ。
光天使vs竜戦士
その勝負は、一瞬で決着がついた。
怒りに燃えるレオンが、ユウキの反撃を一切許す事なく、猛烈な攻撃を加えたのだ。
聖炎細剣による光速に迫る速度の流麗な刺突技により、ユウキの全身は一瞬で血まみれになった。
混沌竜の力の結晶たる黒く禍々しい鎧は、浄化の力を有する剣に耐えられず、粉々に砕かれる。
その力には、未だ、大人と子供以上の隔たりが存在していたのだ。
(クソ、馬鹿な……これ程だなんて……)
ユウキは、自身の自我が薄れ行き、消えて無くなりそうだと感じる。
このままでは、不味い。このままでは、敗北が確定してしまう。
何より……
――さて、そろそろボクの出番かな?
(まだだ、まだ僕は負けてない!)
ユウキは、消え入りそうな意識を掻き集め、
「無駄だ、と言っただろう? 貴様では、俺の動きに追従する事すら出来ない」
目の前に立つレオンの動きを見失い、聖炎細剣にて左腕を切り飛ばされる。
激痛がユウキを襲い、既に力をコントロールする事も覚束なくなってきた。
地面に墜落し、蹲る。切られた腕を止血し、上空に浮かび自分を見下ろすレオンを睨み付けた。
最早、勝敗は決している。レオンの圧倒的なまでの実力を見誤っていたようだ。
太古の竜、混沌竜の力を奪ってさえ、遠く及ばぬ実力の差。
レオンの言葉通り、究極能力に目覚めたとしても、天と地ほども格に違いがあったのだ。
「終わりだな」
レオンが最後通牒を宣言すると同時、レオンを中心にユウキを取り込む形で、積層型立体魔法陣が形成されていく。
色鮮やかな色彩により、魔法陣はそれ自体が発光と明滅を繰り返し、瞬く間に完成した。
「滅びよ、"36式聖浄化霊子撃滅光崩"!」
36対の翼から、煌く光が放たれる。
その光は、積層結界に衝突すると乱反射を繰り返し、結界内を光で埋め尽くした。
触れるものを崩壊せしめる、霊子光の乱舞。レオンの最大最強の広範囲殲滅能力であった。
結界で覆う限定空間内の殲滅率は100%であり、逃れる術は無い。
左腕を切断され、地面に蹲るユウキもまた、光に刺し貫かれその身を無残に穿たれる。
結界内に光が満ちた時、霊子崩壊を起こし、この能力は完結する。
ヒナタの放った"霊子崩壊"の何千倍以上ものエネルギーが発生し、結界内の全ての対象を崩壊させるのである。
そして、結界内が光に満たされた。
閃光。
魔法陣の消滅とともに、光も収まる。
地上に立つのは一人の人物。
しかし、その人物は不機嫌そうに、
「逃がした、か」
と呟く。
そう。
地上に立つのは、レオン一人。
圧倒的なまでのレオンの実力を確認し自身の敗北を悟ったユウキは、左腕を切り落とされた時点で撤退を決断していたのだ。
その瞬間、最大限に持てる力を駆使し、思考誘導で僅かな時間を稼いだ。
結界構築に集中していたレオンの隙を突いた、絶妙なタイミングで、である。
しかし、褒められるべきはユウキであろう。最後まで勝負を捨てず、そのしぶとさは評価に値する。
だが、逃げられたという現実は変わらない。レオンは、協力を約束した二人の魔王と、恐らくは怒り狂って向かって来ているであろう魔王少女に思いを馳せ、憂鬱な気持ちになった。
「やれやれ、此方の方がより深刻だ」
クロエを自由にするのはもう少し先になりそうだし、ユウキには逃げられた。
今回の作戦は、完全に失敗である。
逃げる事に成功した時点でユウキは作戦勝ちであると言えるので、戦いには勝ったが、勝負には負けたようなものだ。
勝利の余韻などまるでなく、レオンは今後を思い溜息をつくのだった。