125話 勇者の記憶
来客が多く、執筆時間がなかなか取れず遅くなりました。
お待たせして申し訳ない。
"真なる勇者"クロエ・オベールの誕生。
本来、それはヒナタの死と同時に起きる出来事であるハズだった。
けれども。
魔王ルミナスの介入により、運命は書き換えられる。
果たして、その原因は何だったのか?
目が覚めたクロエは、ヒナタが無事に復活出来た事を知り、涙を流して喜んだ。
落ち着いて話をしようという事になり、ヒナタ、勇者、ルミナスの三名は応接室に移動した。そこで、目覚めたクロエを交えて話をする。
子供達も緊張の糸が切れた様子で眠そうにしていたので、グレンダが別室にて休ませている。
聖騎士達も、ヒナタの復活を目にして緊張が解けたのか、一旦休憩する事にしたらしい。
朝から気を張り詰めて会議をしており、何時の間にか夜になっていたのだ。
今後の方針を定めるのは重要であるのだが、魔王ルミナスが出て来ている現状、神聖法皇国ルベリオスとの敵対は今すぐにどうこうという話では無くなっている。
自由組合を敵にするのはある程度仕方が無いと思われるが、人類連合として各国を纏める力がユウキにあるとは考えられない。
何よりも、ヒナタの復活は彼らの絶望を払拭し、重苦しい空気を霧散させてしまっている。
そうした訳で、本格的な会議は明日に行う事になったのだ。
三人を案内してから、ニコラウスは侍女にお茶の用意を申し付けると、ヒナタを背後から抱きしめて離れる様子が無い。ヒナタが離れるように言っても、
「もう二度と失いたくありませんので」
と、取り付く島も無いのだ。
結局、ヒナタが根負けし、ニコラウスは居ないものとして話を進める事になった。
ヒナタの顔が真っ赤になっていたのだが、ニコラウスからは見えない。クロエとルミナスは見て見ぬふりをする優しさを持っていたのが、ヒナタにとって幸いであった。
「良かった、ヒナタ……無事だったのね。ヒナタは魂が消滅して、死んでしまうものと思っていた……」
「ああ、クロエ。私も驚いたよ。ルミナスが出向いて来るとは思わなかった。
まして、私の蘇生に手を貸すとは、な」
「ふむ。それについては、教会にも情報網を広げていたのだ。
妾の下から聖櫃に守られたクロエを盗み出した者を探る為に。
そして、クロエの復活を知り、より情報を集めようと出向いたまでの事。
あの場に立ち会わねば、そなたの復活は無かったであろうな」
その遣り取りを聞きながら、クロエは思案していた。
その表情は驚愕に満ちて、只事では無い様子になっている。
その事に気付き、心配そうにヒナタとルミナスが声を掛けようとした時、
「思い出した。いいえ……思い出せた、わ。
どうやら……
未来は滅びに向かうみたい。
私は未来で、ユウキに敗北し、殺される事になる。
魔王ギィ・クリムゾンと一騎打ちになり、その隙を突かれて二人纏めて……。
でも、死ぬ間際に、過去に向けて時の精霊の性質を持つ、自分の分霊体を放った。
自分の知識と経験を伝える為に……。
結果、過去の私と、リムル先生に助けて貰って、暴走を防いで貰った時に融合したのね。
だから、今は二順目、になるのかな?
本当は何度も繰り返しているのかも知れないけど……。
もしかすると、この世界は何度も繰り返されているとしても、私でも全てを認識する事は出来ないみたい。
残念ながら、勇者の分霊体と融合した自分は、未来の知識と経験を思い出す事は出来なかったし。
今でも、前回の記憶しか思い出せていないので、二度目でしかないのかも知れないけど。
その記憶に照らし合わせると、ヒナタが今生きているのは奇跡的な事なのよ。
恐らくだけど……一つだけ、前回と違う行動を取る事に成功した。
ほんの些細な行動だけど。
その結果、今は私の思い出した未来とは違う道筋を辿り始めている。
この世界の未来がどうなるのか、私は見届ける。
そして、願わくばこの世界を救いたい」
侍女により用意された紅茶を口にして、一口啜ってからクロエは告げた。
彼女の知る、"思い出した過去と未来"を。
前回、或いは何度も繰り返された時間。
リムルの召喚によりクロエと融合した勇者の最後の力の欠片は、その力を持ってしても自分に知識を伝える事は出来なかった。
得た能力は、ユニークスキル『時間旅行』であり、その力は過去への限定的跳躍。
一方通行である上、条件が複雑で使い勝手は良くない能力である。
クロエは前回(或いは毎回)、殺されたヒナタと過去へと飛ぶ。
長い時を旅し戻って来て目覚めた時、自分がヒナタを殺すのだ。
それは、変わる事なく繰り返される運命であるハズだった。
だが、今回は違う。
今までは、ヒナタは復活する事は無かったし、リムルが死んでいるのだ。
ヒナタはリムルと一度しか戦う事が無い。
王都からクロエ達と別れて帰ろうとする時、いつもクロエが泣きついてリムルを引き止めていた。
結果、少し時間を無駄にして、慌ててその場で『空間移動』によりリムルは魔物の国に帰還している。
王都の外で待ち伏せしているヒナタは、常にすれ違いによりリムルとの遭遇をしていない。
ユウキの思惑が常に外れていると言えた。
だが、今回はクロエはリムルを引き止めなかったのだ。
リムルに大人であると思われたくて我慢した。その結果、大きく状況が変化したと言える。
まず、引き止められたリムルは、ヒナタと遭遇する事なく魔物の国に戻り、配下を守る事に成功する。
しかし、魔物の国を敵視する西方聖教会とファルムス王国の連合軍に敗北する事になるのだ。
ヒナタ率いる聖騎士団は無類の強さを誇り、いくら上位魔人より強いリムルや配下の魔物達が奮戦したとしても、その強さの壁を超える事は不可能であった。
結局、リムルはヒナタと一騎打ちになり、その場で完全消滅させられていたのである。
続いて、その戦にて大量の魂を獲得し、クレイマンが真なる魔王として覚醒する。
ミリムとフレイ、そしてクレイマンの連名にて魔王達の宴の開催が承認され、ルミナスも当然会議に出向くのだ。
その隙に、動き出したユウキによる聖櫃の強奪が行われる。
ヒナタが戻った時、怒り狂ったルミナスによる命令で、聖櫃奪還作戦が遂行されるのが毎回の流れだったのだ。
ここでヒナタの魂を手に入れて過去に飛ぶ事になるのだが、ユウキによる思考制御の"呪いの結晶"効果により心を壊されたヒナタは、能力と魂のエネルギーをクロエに渡すのみである。
その知識や感情を共有する事は無く、クロエは我流で力を蓄え、長い時間の旅を辿る事になっていた。
だから、そもそも真なる勇者に覚醒した時点でヒナタの自我が戻る事など、望むべくも無かったのだ。
ヒナタが勇者と戦っている時、ルミナスもまた戦いの最中にある。
クレイマンによる命令で、ミリムが攻め込んでいるのだ。
命令というよりは、入れ知恵。
リムルの死が、ルミナスの差し金であるという、ユウキの助言に基づくクレイマンの甘言。
その言葉に騙されて、ミリムは激怒した。
ルミナスと言えども、ミリムが相手では分が悪い。三日三晩の戦いの後、ミリムに敗北する事になる。
しかしミリムも無事とは言えず、弱った所をユウキの命令にて覚醒した勇者に殺される事になるのだ。
この時、ミリムがリムルの死の真相を知っていれば、少しは違った未来になったのであろうが、ここはクロエにもどうする事も出来ない。
クロエが知る事実は、ミリムがルミナスを殺したという事のみ。
しかし、この結果を受けて、魔王サイドの戦力は大きく減少する。
ミリム、ルミナス、カリオンの三名が消えたのだ。
隠れていたカリオンも、結局はその後の動乱でフレイを守り死ぬ事になった。
東の帝国が侵攻を開始し、クレイマンによる魔王達への戦闘行為が開始されたのだ。
結果、世は混乱に包まれる。
その混乱の最中、クロエはユウキの命令により、ギィの討伐に向かい、命を落とすのだ。
これがクロエの知る今までの流れであり、現在とは大きく掛け離れた状況であると言えた。
クロエの話を聞き終えて、場に静寂が齎される。
余りにも聞き流せない内容であり、彼女達なりに考える時間が欲しいという気持ちもあるが故に。
時間が何度も繰り返されているのかどうかは確かめようが無い話なのだが、前回の世界が崩壊という話は無視出来ない。
「それじゃあ、私が復活出来たのは、本当に偶然の結果なのね……」
ポツリと、ヒナタが呟いた。
実際、リムルと王都で戦っていたからこそ、リムルはヒナタの能力をある程度解析し対策を取る事が出来たのだ。
もしも初戦で逃げ場の無い全面戦争になっていたならば、敗北は間違い無い事である。
そして、ヒナタとの遭遇により帰国が遅れたせいで魔王としての覚醒に至るのだが、この覚醒による流れの変化や影響の大きさは、クロエにも想像がつかない程である。
前回とは完全に別の道筋。
ヒナタにしても、リムルによる解呪が為されたお陰で、心が壊される事なく生還出来たと言えるのだ。
ルミナスにとっても、ミリムの襲撃という最悪の事態が起きる事なく、こうして無事にクロエとの再会を喜ぶ事も出来る。
過去において、ヴェルドラとの戦いでルミナスの命を救った勇者。
そして、初めての友であり、ルミナスにとっての思い人。
そのクロエとの約束で、クロエの眠る聖櫃の守護をルミナスは任されたのだ。
聖櫃が奪われた時は気が狂うかと思う程に激怒したが、こうして無事に事が運んだのはルミナスにとっても僥倖であった。
今回は、全てが奇跡的な程に良い流れに乗ったと言えるのだ。
「妾にとっては、クロエが無事だったのが何よりも嬉しい。
無論、ヒナタがクロエの一部であったのならば、ヒナタの生還も喜ばしい事だぞ」
「ええ、ありがとう。しかし、こうして考えると、運命の道筋を変更するなど、奇跡だな」
ヒナタの言葉に、皆が同意する。
勇者の一部として意思を持ち、長い時をクロエとともに歩んだヒナタだからこそ、その言葉の意味は大きい。
仮に勇者の分霊体を得て最後の記憶を思い出したとしても、出来る事は限られるのだ。
確定し、確認された過去を変更する事は出来ないのだから。
それはつまり、未来における誕生の瞬間までは、勇者には如何なる攻撃も通用せず、無敵であると言う事。
過去に飛んだクロエは、その持つ魂を鍛える事になるのだが、その安全性は揺ぎ無い。
結果が確定している以上、その事象に至るまでは如何なる事からも守られている。
まるで、繭による自己防衛を行い、羽化の時を待つ蝶のように。
この過去の世界は、勇者を育て守る約束の時間なのだ。
だからこそ、過去のユウキを殺し未来を変えようとする行為。これは、不可能なのである。
子供のクロエに接して話し世話をしているという、"確認された出来事"がある以上、ユウキはそれまで決して死ぬ事は無い。
勇者の身を守る法則は、子供のクロエの認識しえた出来事全てに適用される。
それこそが、"勇者育成プログラム"の要である、能力の効果。
ユニークスキル『無限牢獄』と、ユニークスキル『時間旅行』の複合効果である。
時間牢獄とも言える、確定事項を守り抜く絶対的強制力が働く時間。それが、クロエの旅して来た時間なのだ。
だからこそ。
クロエが未来の記憶を持っていたとしても、自分の能力が枷となり出来る事は殆ど無かった。
リムルの前で未来の勇者の分霊体と融合してから、過去を旅して来た自分が目覚めて重複存在となるまでの間しか、クロエに何か出来る時間は無かったのだから。
その意味において、リムルを引き止めなかったという行為が及ぼした影響は最高の効果を発揮したと言えるのだ。
リムルを引きとめた事で、リムルが死にヒナタも壊れる結果となった世界。
リムルを引き止めなかった結果、リムルが魔王に覚醒し、ヒナタが"勇者の卵"を獲得した世界。
確かに、ヒナタの言う通り、偶然の結果である。
しかし、その偶然は余りにも都合が良い結果を齎した。
勇者の卵を獲得するのも、本来であればクロエにヒナタの魂の能力が流れ込んだ事により生まれるハズだったのだ。
その点でも、今のクロエは今までのクロエと比べられぬ程、強い。
ヒナタの意思が共に過去に行った事で、クロエは孤独を味あわずにすんでいる。そして、優秀な教師としてのヒナタの指導の下、ヒナタの知りえる技術を全て習得出来たのだ。
それだけの下地が出来ていたからこそ……
――究極能力『時空之王』が目覚めた――
未来の記憶を思い出せたのは、この能力のお陰である。
今までのクロエには出来なかった事。
本来ならば、『絶対切断』と『無限牢獄』にヒナタの『数学者』と『簒奪者』が統合されて、究極能力『希望之王』を獲得するのみだったのだ。
それが今回、ヒナタの魂の力を無駄にする事なく吸収し、ヒナタの魂の残滓が混ざる事の無い純粋な状態での覚醒。
それが齎したのは、時間と空間を支配する絶対的な力。
究極能力『時空之王』と『希望之王』という二つの能力の覚醒であった。
この能力に目覚めたクロエは、今この瞬間から過ごした時間を、何度でも繰り返し記憶するという能力を得た。
戦闘において、相手の攻撃を見てから再度スタートを行う事も可能になったのだ。
それは、絶対的な優位性をクロエに齎し、勇者クロエを最強の存在へと至らしめる。
そして……。
目覚めた能力により、クロエは理解する。
この世の理から解き放たれた存在、究極能力を持つ者達の事を。
目の前のルミナス然り。
クロエの愛するリムル然り。
そして、今回の運命の書き換えに、リムルの存在が必要不可欠であった事を悟る。
恐らくは、リムルが究極能力を得た事で、運命の理から抜け出した事が、今回の奇跡の理由だったのではないか?
いや、それよりも……
前回も、ひょっとしてリムルは生き延びていて、究極能力に目覚めていたのではないのか?
そんな疑問が心に浮かぶ。
仲間を殺され、絶望と怒りの中で、リムルが生き延びていたのだとしたら……
何らかの手段で、クロエの手伝いを行い、過去に干渉し得たのではないだろうか?
(いや、流石に先生でも、それは無理よね)
クロエは自分の想像を振り払い、立ち上がる。
「長居してしまったわ。常にユウキの傍に居る必要は無いのだけど、ね」
そう言って、帰る準備を行うクロエ。
自分が究極能力に覚醒したにも関わらず、ユウキの支配、"三つの命令"は未だに有効なのだ。
この事から推測されるのは、ユウキもまた、究極能力を有しているということ。
クロエはユウキに攻撃出来ない。
故に、最強の能力を得た今でも、ユウキを討つ事は出来ないのだ。
彼の望みが世界に混乱を齎す事である以上、いつかは明確に倒す必要がある。
ヒナタとルミナスにその事を告げると、
「無茶をするなよ?」
「うむ。ユウキは妾にとっても敵じゃ。クロエ、危ない事をするでないぞ?」
「うふふ、大丈夫よ! 私がユウキに手を出せないのと同じく、ユウキからも私に手出し出来ない。
手を出したら、支配が解除になるのよ。
だから、私は大丈夫。以前の世界と違い、この世界は安定してるから。
ただ、気をつけるとしたら……東の帝国の動きでしょうね。
ユウキの配下は既に工作を行っているでしょうし、此方も対応するように準備を進める必要がある。
出来るなら、ジュラの大森林の周辺国家による大同盟を結んでおければ良いのだけど」
「東の帝国? そのようなもの、妾達の敵では――」
「駄目よ、ルミナス。過信は禁物!
東の帝国には、召喚者が主となる"異世界人"が多数いるの。
ユウキの召喚した戦闘能力の高い者達が、東の帝国の軍部に所属している。
それは馬鹿に出来ない戦力で、上位魔人よりも強い者も多い。
何よりも……あの国には、"灼熱竜ヴェルグリンド"が居る。
決して油断しては駄目」
クロエはルミナスを諭す。
ルミナスもクロエの言葉に、自分の考えを改めた。
確かな戦力を有する帝国が、組織だって軍事行動を取るならば、それは確かに脅威である。
「ではやはり、リムルの下に訪れ、同盟を申し出るのが最善か」
「うん。先生は必ず助けてくれると思う。
というより、この世界を救う鍵は、先生にあると思うのよ」
ヒナタの言葉にクロエが同意した。
ルミナスは少しリムルに嫉妬するが、そこは我慢して同意する事にする。
魔物の国と、西方聖教会。そして、神聖法皇国ルベリオス。
彼女達の話し合いで、同盟を結ぶという方針が定まったのである。
それは後に、"聖魔同盟"と呼ばれ、実現する事になるのだ。
説明回。書いてて混乱しました。
時間の概念なんて考え始めたら、辻褄が合わない事も多く気軽に書けない事に気付きました。
何度か頭が混乱しそうになりましたが、大丈夫でしょうか?
致命的な間違いが無い事を祈ります。
クロエは、今回で世界線の移動に成功!
世界線変動率も1%くらいは変動したんじゃなかろうか。
ちなみに、リーディング・シュタイナーも今回獲得しました!