番外編「ポンタの試練」
山頂に聳える巨大な幹を持つ龍冠樹。
その聳える巨大すぎる樹木は周囲の空一面に伸ばした枝葉で以て巨大な樹冠を形成し、山頂に降り注ぐ日中の強い日差しを和らげて柔らかな木漏れ日を足元に落としている。
空に吹く風が龍冠樹の枝葉を揺らせば、地面に零れ落ちる木漏れ日も一緒にキラキラとした光の小波のように揺れて、それを見ていた自分は思わず目を細めていた。
そんな風に乗って少し離れた場所から人々の賑やかな喧騒と、作業をする音が耳に届く。
山頂に残るかつて“刃心一族”が拠点としていた社跡には、今多くの山野の民の職人達が作業をしており、久しく人気の無かった山頂に活気のある声が聞えてくる。
石材によって築かれた壁と違い、長年の風雨に晒された木造の屋根は腐り落ちて無くなっていたものを、今山野の民の職人達の手によって再び屋根が蘇ろうとしていた。
社跡に屋根がかかれば、ここも本格的に拠点として色々と整備が進められるだろう。
そのまだ見ぬ未来の姿に思いを馳せながら、見上げていた視線を下に戻す。
社跡の前に広がるそこは、伸び放題だった下草が綺麗に刈り込まれ、大きく開けた草地が広がっており、丁度芝生のグラウンドのような光景が目に入ってきた。
そんな草地の真ん中にこんもりとした草色の小さなこぶ状の出っ張りが見えているが、時折もぞもぞと動く様を見れば、それがただの草の塊でない事が分かる。
「ポンター、美味しそうな木の実見つけたわよ~」
そこへ聞き慣れたアリアンが呼ぶ声が響くと、今まで草の塊に見えていたものからひょっこりと三角の形をした耳が立ち上がり、次いでその下からキツネ顔の頭が覗く。
綿毛狐とも称される精霊獣のポンタだ。
「キュン☆」
アリアンの言葉に反応してか、草地から顔を上げたポンタがトテトテとゆっくりした動きで声の主の方へと歩き出すが、その動きは非常にゆっくりだ。
大きなぼんぼりのような白い尻尾を左右に振って歩く姿は実に和む──のだが、今回のこれは少々事情が異なるようだった。
ポンタとはいつも一緒で、毎日見ていたからこそ気付けなかったのかも知れない。
一言で言えば、全体的なフォルムが丸くなっているのだ。
まるで双子の毛玉が草地をゆっくり跳ねて動いているようにも見える。
綿毛狐ではなく、完全なる綿毛に近い容姿になっていたのだ。
自分はそんな丸っこいフォルムへと進化を遂げたポンタを追い越し、先回りをするようにアリアンの下へと歩み寄って声を掛けた。
「アリアン殿、その木の実だが少し待ってもらえないだろうか?」
自分はそう彼女に切り出すと、手を差し出して暗に彼女の持つ木の実を渡すように要求する。
しかし、アリアンはそんな此方の無言の要求から木の実を守るように後ろ手に持ち替え、自らの身体でガードするようにして、訝し気な視線を向けてきた。
「ちょっと、何よアーク? これは私がポンタに上げるんだから、渡さないわよ」
此方の意図をポンタのおやつを取り上げる事だと理解した彼女はそう言って断固拒否の構えを見せるが、自分はなおもその手に持った木の実を出すように要求する。
そんなやりとりをしていると、足元までやってきたポンタが不思議そうな顔で見上げてくる。
「うぅむ、ではアリアン殿。その木の実をポンタにやるのであれば、しゃがまずにその高さでやるように構えて貰っても構わないだろうか?」
自分がそう言って要求を変更すると、彼女は此方の要求の意図を掴めず眉根を顰めて首を傾げる。
その様子から、アリアンはポンタの変化を見過ごしているようだった。
しかし、彼女は木の実を渡さなくていい事に安堵してか、首を傾げながらも持っていた木の実を手の平に転がして、足元にいるポンタに見せるようにする。
「ポンタ、美味しそうな木の実よ?」
赤く熟れた木の実の匂いに釣られてか、ポンタが鼻先をヒクヒと動かすと、アリアンの手の平の上で転がる木の実を見上げて鳴いた。
「きゅん!」
そうしてしばらくアリアンの足元をウロウロとしていたポンタだったが、いっこうに木の実を貰えない事を不思議に思って再び上を見上げると、ようやくいつものように自らの精霊魔法を使い、その風に乗って飛びあがろうとした。
しかし、上昇気流のような風を精霊魔法で生み出すものの、ポンタの丸っこい身体は低空をふわふわと浮かぶ程度で、いっこうにアリアンの手の平の高さにある木の実の位置まで上がらない。
そんな様子を見ていたアリアンが、ようやくポンタの変化に気付いてその大きな金色の瞳を見開いて此方に驚きの眼差しを向けてきたので、それに頷いて返した。
「アリアン殿が事ある毎にこうして食べ物をやるおかげで、ポンタは自らの魔法で空を飛ぶ事もままならぬ程に太ってしまっていたのだ。これは早急に何か手を打たなければならぬな」
そう言って返した自分に、アリアンが此方の言葉に反応して片眉を跳ね上げた。
「ちょっと! この前、ランドバルトに行った時にポンタ用のおやつに豆類買ってたのはアークだったでしょ!? 忘れたとは言わせないわよ!?」
そんな彼女の剣幕に自分は視線を逸らして空を見上げる。
「はて? 最近はとんと物忘れが酷くてよく覚えておらぬのだが……」
そう言って惚けて見せると、すかさず彼女の手によって兜をはたかれて、その場で被っていた兜が一周して元の位置に戻った。容赦のないツッコミだ。
そんなやりとりをしている所に、今度は忍者装束の姿のチヨメが現れた。
「ポンタ、ここにいたのですね。どうしのたですか、お二人共?」
彼女はそう言って顔つき合わせる此方の様子を訝しむように首を傾げるが、自分とアリアンはそんな彼女の手に持たれた赤い果実を目敏く見つけて声を上げた。
「あぁ! チヨメちゃん、その手に持っているそれ、どうしたの!?」
アリアンの唐突な問い掛けに驚いたチヨメは、その蒼い瞳をぱちくりとさせながらも、手に持っていた赤い果実を見せてやや自慢げに自身の尻尾を揺らして答えた。
「ここへ来る途中になっているのを見つけまして、ポンタに上げようと思って持って来たのです」
「きゅん! きゅん!」
そんな彼女の言葉を聞いて、足元でポンタが嬉しそうに尻尾を振る。
ポンタのそんな様子にチヨメの瞳が僅かに細くなっていた。
どうやらこれは思った以上に深刻な問題のようだ。
今まで、それぞれが持ち寄った食べ物を皆が別々にポンタにやっていたのだろう。
そして結果が今の飛べなくなったポンタの現状がある。
このままでは浮く事すらままならない状態になってしまう可能性が大だ。
ならばやる事は一つだ。
「すまぬが、チヨメ殿。しばらくポンタには食べ物を勝手にあげる事を禁止させて貰う。これ以上ポンタが太ってしまえば、飛ぶ事はおろか、浮く事もできなくなってしまう。それではポンタの為にもならぬ故な。ここは心を鬼にしなければならん」
「きゅん!?」
そう言ってチヨメに理解を求めると、彼女ははっとした顔をしてあらためてまじまじとポンタの顔を覗き込み、深刻そうな顔をして頷いて返してきた。
「確かにそうかも知れません……。ボクとした事が、不用意に食べ物を与えすぎていたのですね」
「チヨメちゃんだけのせいじゃないけどね……」
猫耳を伏せるようにして尻尾を垂らして項垂れるチヨメに、アリアンは肩を竦める。
こちらのそんな雰囲気に足元のポンタが不安そうに見上げてキョロキョロと視線を動かす。
そんなポンタの視線を遮るように前に立つと、少し重くなったポンタの身体を抱き上げる。
「うむ、今日よりポンタには減量の為の運動をして貰わねばならんな」
「きゅん!?」
自分がそう言ってポンタに笑い掛けると、ポンタは全身をビクッとさせて助けを求めるような視線を周囲にいるアリアンやチヨメへと向ける。
しかしその願いは儚く潰える事になった。
「安心して下さい、ボクがニンジャになる為に積んだ修行法をポンタ用に改良し、元の美しい精霊獣の肢体を取り戻すお手伝いを致します」
「きゅん!?」
チヨメのそんな勢い込んだ追加支援の申し出に、ポンタは首を左右に振って此方の腕から逃れようともがくが、ふっくらと身体全体を覆う体脂肪は掴み易く逃げ出す事は叶わない。
そうして一頻り抵抗を試みるも、逃れる事ができないと悟ったポンタは悲痛な鳴き声を上げながら首と尻尾を項垂れさせた。
「きゅ~~ん……」
まぁ、人間のように厳しい運動などを課さずとも、きっちりと食事制限をして過ごして森を駆け回ってさえいれば体形は自ずと戻るだろうが、出された物にすぐに飛びつくポンタにも責任の一端はあるだろうから、今はこのまま黙っておく事にしよう。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました。
「骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中」のWEB版はこれにて完結です。
書籍版ではこの先のエピローグ的なお話をやるつもりですので、この物語を気に入って下さった方はその際には宜しくお願い致します。
そして遅くなりましたが、新作の「魔王オレ、只今異世界で奮闘中!」も宜しければ読んで頂けると嬉しいです。
それではまた、何処かでお会いできればと思います。(/・ω・)/