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骸骨×骸骨

 その者は紛れもなく、デルフレント王国の王都で遭遇した同一人物だ。


 ある程度の距離を開けて足を止めた自分は、黙したまま相手を見やる。

 面布の奥から漏れる視線が真っ直ぐに此方に注がれているのを感じ、まずは自分が口を開いた。


「我の名はアーク。お主がヒルク教の教皇にして、一連の三国侵攻の首魁である事に相違ないか?」


 二人と一匹だけの空間に響く自分の問い掛けは、思った以上に大きく相手に届く。

 しかし、相手は僅かに持っていた錫杖を揺らしただけで、此方の問いに答える様子はない。


「……何故だ。……何故だ? 何故だ?」


 静寂に包まれた教会内で、男──教皇の小さく繰り返される言葉だけが僅かに耳を打つ。

 その言葉の意味を理解しかねて、自分は首を傾げながらも小さく問い返した。


「何故とは?」


「その口調、態度!! 何故、そこまでキャラに入り込んでプレイしていて、そんな不正行為を行える!? 答えろ! 何故だ!!【邪霊喰牙(イビルソーン)】! 【邪霊喰牙(イビルソーン)】!」


 前回とは打って変わったヒルク教皇の態度に思わず足が後ろへと下がると、相手は間髪入れずに魔法攻撃を放って来た。


 教皇が振りかざした錫杖の先から幽霊のような実体のない腐った人の頭部が三つ現れ、さらに追撃で放った三つを合わせた計六つの頭部が歯を剥き出しにして此方に襲い掛かって来た。


 その問答無用の攻撃に、自分は背負っていた聖雷の剣(カラドボルグ)を抜き放ち、テウタテスの天盾を構えてその攻撃を迎え討った。


 剣で斬り裂き、盾で弾いて襲い来る幽霊頭を確実に処理していく──この魔法自体は既に一度、リオーネで相対した際に見ていたので冷静に対処ができる。


 しかし教皇は此方の時間を稼ぐ為に先程の魔法を放ったようで、既に次に放つ魔法の準備に入っており、振るわれた錫杖の先に魔法発動の兆候が表れていた。


「待てっ! 不正行為とは何の事だ!?」


 自分は相手の注意を少しでも此方に引き付けようと、教皇に向かって彼が先程言い放った言葉の意味を知ろうと、そんな声を上げた。


「【召喚・邪蛇戦士(ボティス)】!!」


 だが教皇は此方の問いには答えず、その代わりにとして振るった錫杖の先を地面に差し向けると、その示した場所に大きな魔法陣が展開されて、その奥底から巨躯の戦士が姿を現した。


 全身を鋼と革の装備に身を包んだそれは身長が三メートル半はある。

 両手に構えた身の丈程もある大剣に、頭部は蛇によく似た爬虫類系でその眼光は鋭く、二本の角と下顎から生えた二本の牙の計四本が天に向かって突き出していた。


 その姿はまるで龍王(ドラゴンロード)ウィリアースフィムの人型時の姿によく似ている。


『ジャシャァァァァ!!』


 威嚇するような咆哮と共に、その蛇頭の戦士が大剣を大上段に振りかざして、幽霊頭の処理に追われている此方に向けて振り下ろした。


 ズガァァァァン!!

 けたたましい程の音が響き、蛇頭の戦士が振るった大剣の切っ先が教会の石床を粉々に砕く。


 その時の攻撃の衝撃で教皇が放った先程の幽霊頭の一つが消滅し、自分はその攻撃範囲から【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って逃れた。


 しかし邪蛇戦士(ボティス)はその巨躯とは裏腹に軽快な足取りで、すぐに此方との間合いを詰めて大剣を縦横無尽に振るってくる──それを自分は構えた聖雷の剣(カラドボルグ)で捌く。


 グレニス程の剣技ではないかも知れないが、それでも相手の剣の力量は確実に自分より上である事を察して、思わず舌打ちをして後ろへと下がった。


 だが邪蛇戦士(ボティス)はすぐに此方へと肉薄しようと迫り、自分は牽制の為にそこに魔法を放つ。


「【火炎弾(ファイヤバレット)】! 【火炎弾(ファイヤバレット)】!」


 その牽制魔法は難なく邪蛇戦士(ボティス)が振るう大剣によって掻き消され、あっという間に此方との間合いを詰めて、再び追撃の攻撃を放ってくる。


 相手は巨大な大剣の両手持ち。対して此方は相手程の巨剣を振るっている訳ではないにも拘わらず、相手の懐に飛び込めずに終始防御に回っていた。


 時折、邪蛇戦士(ボティス)の死角から教皇が魔法攻撃を放ってくる為、なかなか踏み込めないのだ。


 教会に置かれていた信者用の長椅子、それが邪蛇戦士(ボティス)が振るった大剣の一撃で粉々に吹き飛び、一瞬此方から相手の姿が消えた瞬間、迷わずその場から次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って離脱する。


 立ちこめる土煙を避けるように転移を繰り返し、その狙いを教皇に絞る。


 ガキィィィン!!

 不意を突いて教皇の目の前に転移して振るった一撃に、相手は慌てて構えた錫杖で防いだ。


 教皇は自分と同じく短距離の転移魔法を使えるが、こうして密着すれば早々に使えなくなるだろうと、自身の経験をもとに振るった剣に力を込めて相手を押し込む。


「ぬぅぅぅぅぅぅ!?」


 どうやら力では圧倒的に自分の方が上のようで、教皇は面布の奥から覗く赤い光をギラギラと滾らせながらも苦悶の声を上げている。


 その漏れ出る赤い光からは、此方へと向ける敵意が目に見えるようだ。


「もう一度聞く、不正とは何だ? 我には貴様の言う不正に心当たりなどないぞ」


 教皇を力で押しながら、されど相手を攻撃しないように力加減しつつ先程の問いを繰り返す。

 すると教皇はその顔を上げて、此方に向かって頭突きをするように顔を近づけて怒鳴った。


「その力だ! 自身のユニットのみで一軍に対抗しうるなど、いくら間抜けな運営でもそのようなユニットの戦力調整などする筈がない!! そんな事をしてまでゲームが楽しいのか、貴様は!?」


 その教皇の口から吐き出された言葉に、自分は一瞬意味を計りかねて押し込む力が緩む。


 次の瞬間には教皇が後ろへと大きく飛び退り、此方がそれに反応して間合いを詰めようとしたそこに、舞い戻って来ていた邪蛇戦士(ボティス)に進路を妨害される。


 バキャァァァン!!

 両者が打ち付けた剣の間に派手な火花が散り、教会の空気を震撼させた。


 何合か剣を叩き付け合い、邪蛇戦士(ボティス)の一撃を盾で捌いて、相手の体勢が僅かに揺れた瞬間を見計らって距離をとるように後ろへと飛び、牽制に邪蛇戦士(ボティス)に向かって魔法を撃ち込んだ。


「ふむ、厄介だな……」


 教皇の先程の言動──その意味する所は、彼は未だにこの世界がゲームであると信じて行動しており、此方がゲームプレイ上で不正な行為に手を染めているとている糾弾してきたという事だ。


 だが彼の言動には違和感がある。

 いくら最新のVRゲームであっても、その世界に入り込んで見た映像が本物と見分けがつかないという事などありえない、というのが一般的な理解の筈だからだ。


 どんなに美麗で緻密な映像描写であっても、今の自分がこの世界を見て感じているような、触覚、嗅覚、味覚などを感じられるような機能は存在していない。


 そんな物はSF映画などに登場するフルダイブ技術に代表されるような、未だ空想の産物でしかなく現実には──いや、自身が知る上ではだが、そこまでの技術は世界に登場していない筈だ。


 それこそ未来でもなければ──、

 そこまで思考して何かの気配を感じ、すぐにその場から飛び退くと、先程まで自分が立っていた場所に教会の長椅子が派手な音を立てて突き刺さっていた。


 しかし自分がその長椅子に気を向けた矢先、横合いから超高速で踏み込んで来た邪蛇戦士(ボティス)の一撃を寸での所で盾で防ぎ、反撃に剣を振るいながら相手に魔法を放つ。


「【岩石鋭牙(ロックファング)】!」


 邪蛇戦士(ボティス)の足元に放った魔法によって、教会の石床を突き破って幾つもの棘状の岩が襲い掛かるが、相手は瞬時のその場から離れてその攻撃の範囲外に逃れてしまう。


「きゅ~ん……」


「大丈夫だ、ポンタ。面倒だが勝てぬ相手ではない……」


 首元で心配そうな声を上げるポンタに、小さく息を吐いて宥めるように声を掛ける。

 そうして先程中断させられた考えを改めて再開し、相手の教皇と蛇頭の戦士を視界に収めた。


 未来。

 もし、現実と見紛うようなゲーム技術が確立され、現実となった社会でこの異世界へと放り込まれた場合、人はその場所をゲームの中だと思うのか、それとも別の世界であると認識するのか。


 目の前にいる教皇が、その答えではないのか──。


 荒唐無稽な話にも思えるが、これは何となく予想されえた事だったのかも知れない。


 この世界には今までに自分以外でも何人かの転移者がいると確信ができた人物がいる──カナダ大森林を造った初代族長エヴァンジェリン、猫人族を当時の帝国から救い出し、それらの者を纏めて刃心(ジンシン)一族を名乗った初代半蔵、そして南大陸で獣人の王国を築いた初代大王など。


 彼らがこの世界を訪れたのは自分より遥かに昔、それこそ何百年も前だ。


 だが彼らが遺した逸話や技術、物などを鑑みれば、それは自分が暮らしていた年代とそう変わらない思考や知識を持っていた事が何となくではあるが窺える。


 カナダ大森林を造った初代エヴァンジェリンがこの世界へとやって来たのは優に七百年以上前だが、カナダという国ができたのは1800年台後半、まだ三百年も経っていない。


 どう考えても時代や人物が合致していない事を考えると、現代の人間が過去へと飛んだように、未来の人間がこうしてこの現代へとやって来る可能性は大いにあり得るだろう。


「お主がこの世界をゲームと称する根拠、それはなんなのだ!?」


 果たして自分のこの呼びかけに対して何の効果があるのだろうか──そんな考えが脳裏に過る中、それでも自分はその問い掛けを目の前のヒルク教皇に向けて尋ねていた。


「何を言っている? 根拠? 馬鹿な、現実とゲームの区別もつかないというのか!?」


 教皇のその驚きに満ちた声色と、面布の奥からでもはっきりと分かる侮蔑の視線。

 だが、それも致し方のない事なのかも知れない。それでも──、


「この世界はゲームでも、ましてや幻の類でもない! お主が手に掛けたこの街の住民はここで生まれ、生活し、そしてお主の手に因って殺されたのだぞ!? 分からぬのか!」


 そんな此方の声をまったく黙殺するように、教皇は手に持っていた錫杖を天高く掲げた。


「見ろ! 【邪霊喰牙(イビルソーン)】!」


 そうして教皇が高らかな声で宣言し、錫杖を振るって此方に向けて放った不気味な魔法を、自分は盾で弾き、剣で斬り捨ててから再び教皇を睨むように視線を向ける。


 そんな此方から彼を守るかのように、蛇頭の戦士が大剣を構えた姿で教皇の脇に立つ。


「魔法が使える! 化け物がいる! そして何より──」


 そう言って声を荒げた教皇は自らの面布を自身の手で乱暴に剥ぎ取ると、その下に収まっていた骸骨の顔を外に曝し、暗い眼窩の中に収まっていた赤い人魂のような光を一層強く輝かせた。


「私のこの顔が何より、現実でない事の証左だ! これの何処をどう見れば現実だと思える? ん? この世界はPACCによって創り出され、脳内に投影された仮想現実でしかない」


 表情の無い骸骨の顔がカタカタと揺れて、しっかりとした口調で此方に語り掛けてくる。


 PACC──まったく聞いた事もない単語だが、それが彼の世界で現実と見紛う程の体感を与えてくれるシステム、または筐体の総称なのだろう。


 いったい何年、何十年先の技術かは分からないが、目の前のこの男はやはり未来からこの異世界の地へと訪れたのだろうという確信と共に、そんな技術で体感した仮想現実とこの世界の現実の見分け方を自分が知る訳もなく、それ以上の言葉が出なくなる。


「私はもうこのゲームを長年やり続けて既に飽き飽きしていてね、さっさと終わらせて現実に戻りたいと思っていた所なんですよ。この際、不正の事は目を瞑るとして、運営にログアウトの申請を要請したいので、連絡をして貰えませんか? どうも私の方は不具合でログアウトができないんですよ……まったくこういうのをクソゲーというんですかね?」


 教皇はそう言って一人くつくつと小さく笑ってから、その視線を此方へと向けた。


「……悪いが、我が知り得る中でこの世界にログアウトという概念はない」


 そう言って返すと、教皇は落胆した風でもなく、ただ小さく肩を竦めて見せた。


「そうですか……ならば! 邪蛇戦士(ボティス)!!」


 教皇の合図と共に再び邪蛇戦士(ボティス)が大剣を振るって飛び出してくる。


 ガァァァンンンン!!

 自分と邪蛇戦士(ボティス)の剣が絡み合い、此方の力押しで相手を後方へと吹き飛ばす。


 しかし教皇はその隙にさらに魔法を発動させて、新たな(しもべ)を教会内に呼び出した。


「【召喚・邪骨悪魔(バラム)】!」


 教皇の背後に生み出された巨大な黒い影、そこから血のように赤い魔法陣が浮き出ると、地面の奥底からせり出すように巨大な骨の悪魔が教会の中に姿を現した。


 頭部は牡牛と人の頭骨が縦に並んだような姿に二本の角が生え、黒々とした四つの眼窩の奥からは赤く灯る敵意の眼差しが此方を見つめていた。


 教会内部の空間はかなり広いが、それでも身長十五メートルもある骨の悪魔──邪骨悪魔(バラム)が突如として出現すれば、その圧迫感はかなりのものだ。


 邪骨悪魔(バラム)が両手に持った巨大な曲刀を振り上げ、それを此方に叩き付けるように振り下ろすと、辺り一帯の全てを破壊して教会の内部が一気に土煙で染まる。


「くっ、流石に二体を相手にしながら教皇の相手はマズイ!」


 視界不良で転移魔法を発動できない為、自分はその場から走って距離を取り、まずは大技を使って片方の召喚された悪魔を倒す算段を付ける。


 躊躇っている暇はない──教皇は本気で此方に仕掛けてきていた。


「【守護者(ガーディアン) 天源の熾天使(ラファエル)】!!」


 足元に巨大な魔法陣が描き出され、自身の中から大量の魔力が注ぎ込まれていくのを感じていると、そこに瞬時に間合いを詰めて来た邪蛇戦士(ボティス)の大振りの一撃を盾でまともに受けて、教会の壁に背中から叩き付けられ、発動途中だった魔法陣が掻き消えてしまう。


 天騎士を使って一気に巨大な方の邪骨悪魔(バラム)を排除しようと試みたものの、発動に用いる際の大量の魔力だけを消費して、肝心の天源の熾天使(ラファエル)を召喚する事が叶わなかった。


 天騎士の戦技はどうしても溜めが長い為、こういった接近戦の中で発動させるには向いていない。

 まさかこんな場面で魔法不発による魔力消費のみという、ゲームでは無かった作用に思わず兜の奥で苦笑いが出てしまう。


「【聖雷の剣(カラドボルグ)】!」


 戦技の発動で持っていた剣に紫電が走り、その剣身が青白く輝き倍以上の長さへと伸びる。


 追撃してくる邪蛇戦士(ボティス)の攻撃を躱して、相手の間合いの外から聖雷の剣(カラドボルグ)を振るって相手の角の片方を斬り飛ばした。


『シャァァァァ!!』


 邪蛇戦士(ボティス)が威嚇の声を上げて後ろへと下がり、再び大剣を構えて此方を睨む。


 しかしそこに、頭上からの邪骨悪魔(バラム)の叩き付け攻撃が降ってきて、思わず転がるようにして避けて、轟音と共に再び巻き起こった盛大な土煙に飲まれて相手の姿を見失う。


「かなりマズイな……、完全に向こうのペースだ」


 そんな独り言を漏らし、土煙の立ちこめる視界の先を目を細めるようにして睨み、相手の気配を何とか探ろうとする。


「【邪霊喰牙(イビルソーン)】!」


「【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】!」


 土煙の中から突如飛び出して来た三つの幽霊頭を迎え討つように、戦技による衝撃波を放ってそれら全てを薙ぎ払い、さらに不意に感じた直感に従って魔法を発動させる。


「【炎蛇招来(フレイムヴァイパー)】!!」


 魔法が発動と同時に周囲に火の粉が舞い、巨大な炎の蛇が姿を現すと、自分の周囲に炎の道を引くように一周してから此方の示した先──視界を阻む土煙の立ちこめる中へ、鎌首を擡げて獲物を狙うかのように音も無く飛び込んで行く。


『ギシャアァァァァァァァァァァ!!!』


 しかし自分が直感した先、土煙の向こう側に邪蛇戦士(ボティス)が隠れていたようで、炎の蛇に絡めとられた蛇頭の戦士は全身を焼かれながら、断末魔の声を上げてその呪縛から逃れようともがくが、炎の蛇はそれを許さずにさらに全身で邪蛇戦士(ボティス)を灰へと変えた。


 ようやく一体の始末を終えたと思った矢先、頭上から迫り来る風圧と共に、巨大な曲刀が炎の蛇を叩き潰し、その衝撃に教会の柱の何本かが巻き込まれ吹き飛び、支えを失った鐘楼の一つの屋根が底の抜けた入れ物のように崩れ落ちてくる。


「【召喚・邪蛇戦士(ボティス)】!」


「ちっ!?」


 教会の一部が崩落する轟音が響く中、微かに聞こえてきた教皇のその声に自分は思わず舌打ちをしてその場から素早く飛び退き、再び周囲の気配を探るように全神経を研ぎ澄ませる。


 左から迫る何かを感じて咄嗟にその何かの気配を避けるように飛ぶと、土煙の中から影を濃くして迫り来る新たな邪蛇戦士(ボティス)の姿を捉えた。


 牽制の魔法を放ち距離を取ろうとする此方に、邪骨悪魔(バラム)の巨大な曲刀による追撃が飛ぶ。

 辺り一帯を破壊し、容赦なく全てを瓦礫へと変える圧倒的な邪骨悪魔(バラム)のその攻撃に、有効な手立てが打てずに牽制に【飛竜斬(ワイバーンスラッシュ)】を放って、その場を離れる。


 時折、狙いすましたように邪蛇戦士(ボティス)が土煙の中から躍り出て、此方に大剣を振るっては再び土煙の中へと消えて次の機会を狙うなど、非常に鬱陶しい事この上ない。


 せっかく立派な教会建築だが、背に腹は代えられないと、剣を振り上げて魔法を発動させる。


「【雷撃豪雨(ライトニングダンパー)】!!」


 急激な気圧の変化と共に、崩れ落ちた元鐘楼塔のあった大穴から覗く空が黒く染まっていき、やがて黒雲から無数の雷撃が教会の屋根へと降り注ぎ、その内の幾つかが鐘楼塔を破壊して根元から折れた塔の先は周辺に瓦礫の雨として降らせた。


 屋根が無くなればその内、この大量の土埃も風によって流されていくだろうという目論見だ。


 だがあまり悠長に待っている時間はなさそうだった。根本的な現状の解決策は、あの教皇を何としてでも止める事しかないだろう。


 邪蛇戦士(ボティス)を一体仕留めたが、教皇はさらに追加でもう一体を召喚してしまった。


 しかも厄介な邪骨悪魔(バラム)までと召喚を複数扱え、さらには自身が魔法の攻撃を放ってくる。

 例えこの場を話し合いで収められたとして、彼がこの異世界を現実として認識を改めるかと言えば──どう考えても否だろう。


 そうであれば彼は今と同じように、淡々とこのゲームと信じる世界でゲームを続けていく──。

 あの時の彼の言動は頑なで、それでいて確信に満ちていた。


 彼の言葉を聞いていた自分が、むしろ逆にこの世界を現実だと思い込んでしまっているかのような思いまで抱いてしまったのだ。


 襲い来る邪蛇戦士(ボティス)邪骨悪魔(バラム)の攻撃を躱しながら、首元のポンタに声を掛ける。


「ポンタ、奴の気配を追えるか?」


「きゅん? きゅん!」


 自分のその言葉に理解の色を示したポンタは、先程までしっかりと首元に巻き付いていた身体を離して、ぐるりと首回りを回って周囲の気配を探る。


「きゅん! きゅん、きゅん!!」


 ポンタが大きな綿毛の尻尾を膨らませて警戒するようにある方向を示して鳴く姿に、教皇の存在を捉えた事を確信した自分はそのポンタの示した先へと走り出していた。


 この濃い土煙の中では相手も自分と同様に転移魔法を使う事はできない。

 ならば──。


 襲い掛かって来た邪骨悪魔(バラム)の曲刀を何とか躱し、その隙を突いて来た邪蛇戦士(ボティス)聖雷の剣(カラドボルグ)で受け止めて、やや薄く晴れた土煙の向こう側に教皇の影を見つけると、片方の空いていた手で腰元にあった水筒を引き千切ると、それを教皇へと向けて投げつけていた。


「ポンタ! 【風刃(カッター)だ!!】」


 自分の合図の意図を正確に読み取ったポンタが、今まで社跡で練習していた魔法を発動させる。


「きゅ~~ん!」


 魔法士職が使う基本魔法の一つ、不可視の一陣の風の刃が自分の意図した狙い通りに、正確な軌道を描いて目の前の水筒を真っ二つにして、中身の液体を辺りに撒き散らした。


「なっ、水!?」


 その液体をまともに被った教皇は、自身の顔に掛かったその液体を手で拭って怪訝な顔をする。


 だが次の瞬間には、教皇の空虚だった眼窩には目玉が浮き出て、みるみる内に骨でしかなかった身体に肉体が再生されていき、やがて自分の目の前には豪奢な法衣を身に纏った黒髪のやや凡庸な男が不思議そうな顔をして立っていた。


 しかしそれもほんの束の間だった──。


「あっ、あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!」


 その男が突如、顔を掻きむしるように苦しみだしたのだ。


 教皇だった男は獣の咆哮のような断末魔を上げて、その場でのたうち回るように転げて、やがて上半身を起こすと、その血走って見開いた瞳で此方を見つめて何かを訴えようとする。


 しかし男の髪が真っ白に染まって次々と抜け落ち、目玉だ萎み頬がこけて、身体中の肉が収縮して枯れていくと、震えてカタカタと乾いた音を奏で始めた口元から、僅かに言葉が漏れ出た。


『……これで、……よ……く元の……帰れる、のか……』


 微かな風が靡けば掻き消されそうな、そんな最後の教皇の言葉に自分は思わず眉を顰める。


「これで、お主はこの世界からログアウトできる……」


 自分のその言葉に、教皇の白いミイラのようになった頭が頷くように前に倒れると、まるで今まで灰を固めて形を作っていたかのように、瓦礫の山の上に白い灰の山を築き、残った教皇の錫杖が大きな音を響かせて転がり落ちていった。


 そうしていつの間にか、自分と相対していた蛇頭の邪蛇戦士(ボティス)の姿も、巨大な骨の悪魔である邪骨悪魔(バラム)の姿も、まるで煙の中で見た幻のように消えていた。


 あの教皇に浴びせかけた物は、龍冠樹(ロードクラウン)の麓に湧く霊泉である温泉水だ。


 自分と同じ境遇、自分と同じ姿──それから推測した教皇の身体の弱点は、かつて自分があの龍冠樹(ロードクラウン)の霊泉で味わった感情の反動作用だ。


 こちらの世界へと来てから一月ほどの感情の揺り戻し、それだけでも中々に壮絶な思いをしたあの作用が、あの教皇の反応を見ればどれだけ長い年月、感情を戻さずに居たのかと考えてしまう。


 ヒルク教皇だった男は、自分と同じく感情の負荷を感じない体質だった。

 さらに加えてこの世界がゲームであると信じて疑わなかった事で、この世界に暮らす者にも特に何の感情や思い入れも無く、単なるNPC程度の存在として自身の術の原料としていたのだろう。


 だが本当に彼がこの世界をゲームだと信じて、そこに暮らす人々がNPCだと思っていたのなら、感情が揺り戻された際にあれ程の反応を見せただろうか。


 もしかすると、教皇はこの異世界がゲームではなく現実だとどこかで薄々気づいてはいたものの、既に自身の行いを受け入れる事ができない所まで来てしまい、事実から背を向けていたのか。


 それとも長い年月をこの世界で暮らす中で、小さく降り積もった感情の波が彼の精神が耐えられない程の大きさにまで成長したのか──既に灰となって形を失くした教皇には聞く術はない。


 そして、もしかすればこの教皇の姿は自分の未来の姿であったかも知れないという事実に、思わず身震いをして肩を竦めてしまった。


「きゅん?」


 じっとその場を動かずに、そんなかつて教皇だった目の前の灰の山を見つめていると、首元でポンタが訝しそうに首を傾げて、ペロペロと此方の顔を舐めてくる。


 元気づけようとしてくれているのかも知れなない。


「アーク? ちょっと居るなら返事しなさいよぉー」


 不意に背後から聞き慣れた声が聞えて後ろを振り返ると、教会の正面扉が開かれてそこからいつもの馴染の気配を纏った人影が入って来る様子が見えた。


 その長身の人影の横には少し小柄な人影も追従しており、頭部の獣耳が盛んに動いている。


 そうして徐々に目の前の土煙が晴れて、崩落した天井の大きく開いた開口部から日の光が差す。

 すっかり廃墟の教会と化した中に入って来たのは、アリアンとチヨメの二人だ。


 アリアンは教会の壮絶な破壊痕を眺め回した後、何か言いたそうな瞳で此方を見つめてくる。

 チヨメは油断なく辺りの気配を探るように、忙しなく猫耳を動かしてはゆっくりと歩いている。


 自分がこの世界へと来た時、彼女達に巡り合っていなければどうなっていただろうか──。


 ──いや、それはここで心配しても意味の無い事なのだろう。


 小さく(かぶり)を振って、大きく息を吐く。

 自分はこの世界で彼女達と出会い、そして今もこうしてこの世界で彼女達と生きている。


 足元に転がっていた教皇が所持していた錫杖を拾って、それを彼女達に掲げて見せた。


「アリアン殿、チヨメ殿、教皇は我が討ち取ったぞ!」


 そう言って彼女達を見返すと、アリアンは小さく肩を竦めて、さも当然そうな顔をした。


 チヨメは猫耳をパタパタと大きく動かして、此方にするすると寄って錫杖を覗き込む。


 この世界は自分が生きて、暮らしていくに値する世界だ──自分がそう認めれば、その世界が自分の居場所となる──それだけで今は十分だろう。


 自分は抜いていた剣を鞘に納めると、ゆっくりとした足取りでアリアンの下に足を進めた。


今日は「骸骨騎士様」のⅧ巻の公式発売日です。

書店でお見掛けの際にはお手に取って頂けますと幸いです。


そしてこの骸骨騎士様の物語も残すは「終章」のみとなりました。

最後までお付き合い頂ければと思います。m(_ _)m

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